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ACTion 67 『葬った時へ』

 闇が背後へ吸い込まれてゆく。

 光は一足ごとに膨れ上がるとその中に、騒ぎ立てる声をひしめかせた。

 包み込まれ全身に浴びれば、ハレーションを起こし視界が白く焼けつく。

 強すぎる刺激に、まさに脳髄を撃ち抜かれていた。

 目を閉じたはずだが何も変わらず、失われてゆく平衡感覚によろめき、しばし闇雲と体を振り回す。

 やがれ絞れてゆく瞳孔が、真っ白だった世界へひとつ、シミを滲ませたなら、そうして空いた穴から見覚えのある格子はのぞく。剥げ落ちた塗装とサビが絡み合い、鳥かごよろしく格子はリングへかぶせられていた。見上げてなぞり、その目を足元へ落とせばそ薄汚れたマットは広がる。改めアゴを持ち上げたなら、囲う、満員御礼と詰め込まれた観客たちはそこにいた。

 思い思いにがなり立てるその姿に、思わずアルトは勘弁してくれ、と耳を塞ぐ。だが何の効果もありはせず、ひたすら押し寄せる刺激をコントロールすべく集中できるナニカを探し、身をひるがえし続けた。

 瞬間、それは目にとまる。チャンピオンは情動渦巻く泥のような光景の中、やはり無機質と立ち尽くしていた。

 あいにく互いを隔てる檻はもうない。

 だからこそじかに伝わる冷静も過ぎた冷ややかなその気配は、刺激の渦からアルトを引き上げてゆく。のみならず、まるで虚無の穴を開けたかのようなその存在に、なおのこと脅威を感じ取っていた。

 かなうはずがない。

 思いは過ぎり、抱いた危機感が自ず構えた体勢を低くさせる。

 気づけばみごと氾濫、混濁していた情報はアルトの中から削ぎ落とされると、過剰だった刺激は扱える程度にまで絞れていた。意識にかけられたフォーカスが、取り囲む世界からチャンピオンだけを浮き上がらせてゆく。

 なるほどこれが操作性というやつか。

 ひとりごちたなら、そのぼやけた周辺視野でソレは動く。

 積み上がった観客席のその上、壁にはめ込まれたアクリル窓の向こうだ。いくぶん反射して見通せはしなかったが、立つ『ヒト』型の影には馴染があった。二人並んで立っていたなら、背の高い方がワソランで低いもう一人がネオンではないか、と目を細める。ならば今まさに始まろうとしている試合を前にマグミットが席を外しているとは考えづらく、その向こうにマグミットもいるはずだと開いたその目を凝した。

 その周辺視野がたわむ。

 気を取られ過ぎたと気づいたのは、それからだった。

 慌てて振り返る。

 微動だにしなかったチャンピオンが、半歩、一歩と歩み寄って来ていた。

 動き出した躯体に、客の怒号と野次に身振り手振りがヒートアップする。

 重なりアナログな接続音は、頭上でブツリ爆ぜると、時を告げた。

『本日は、当コロニー主催、ワイヤースリーブマッチへご来場いただき、まことにありがとうございます。本チャンピオン戦は無差別、無制限。デッド オア アライブで実施。なお本試合のレートは、チャンピオン 一.○二倍。チャレンジャー 一〇八.四五倍となっております。払い戻し期間は試合終了直後より、三千六百セコンド。どうぞ最後まで存分にお楽しみください』

 かしこまったその後に、紳士ぶった拍手が会場を席巻する。

 制して高らかと、ゴングは鳴り響いていた。

 建前だけの拍手が薄情とひるがえる。あおる罵声に奇声は先ほどよりも大きさを増し、応えてマットを掴むチャンピオンの両足が筋張った。同時にアルトは体内から、アナログな接続音よろしくブツリと鳴り響く音を聞く。

 瞬間、肉迫するチャンピオンが、現実からさえも飛び出していた。



 煌々と灯された照明が、リングを焼き付けていた。のみならず興奮するまま発せられた観客たちの熱い声が、これでもかとリングを炙っている。

 囲まれたリングはまるで、縮こまってしまっているかのようだった。

 閉じ込められて弄ばれるまま、なおさら玩具と両者はそこに立っている。

 見下ろしてネオンは唇を噛みしめた。

 あともう少し早く鉄扉を潜り抜けていたなら、こんなことにはなっていなかったのに、と思う。だがあの時、後戻りする場所もなければ、塞ぐ相手を突き飛ばして飛び出すだけの力は、ふたりになかった。ただ『ホグス』に、もうすぐ始まる試合を見ないつもりはないだろう、と投げられ、望み通り下層を後にしたが再び水槽の並ぶ部屋へ連れ戻されていた。

 そこで装置はひっきりなしと稼働を続けている。それが何を調節しどこをどうつないでいるのかなどまるでわからなかったが、それぞれの傍らに添え置かれた低い水槽の中で液体は波打つと、次々、消費されていることだけはネオンにも見て取ることができた。

 黒服も『ホグス』も放り込んですぐ、ここを立ち去っている。

 今ならそんな装置を止めてアルトを水槽から助け出すことは出来たが、止め方が分からない以上、下層で繰り広げた無謀をここで再演するなど出来やしなかった。

 と、傾いだ天井の向こうから『ホグス』は姿を現す。

 ひとりだ。

 分かるや否や、ネオンの傍らから飛び出していったのはワソランだった。唸り声と共に振り上げた拳が、『ホグス』めがけて空を裂く。

『まったく懲りないひとだ』

 押し止めるヒマなく、その拳は言う『ホグス』に絡め取られていた。すぐにも後ろ手に締め上げたなら、不甲斐なさを呪う声がワソランの喉からヤケクソと放たれる。

『かなわないなら、それ以上、酷いことをするのはやめてっ!』

 ネオンは咄嗟に声を上げる。

 チラリ目をやった『ホグス』が、つまらなさげと引きつけていたワランを押し出した。ままにその足を、二本の水槽の前へと繰り出してゆく。

『待たせちゃったようね』

 遅れてマグミットの声は聞こえていた。

『それとも待ちきれなくて暴動かい? おねえちゃんたちのやることは、いちいち小ざかしくて飽き飽きするよ』 

 ワソランを見やり、付け加える。片足を引きずる独特のリズムで、磨り減ったフレキシブルシートへ腰を下ろした。

『いいかい』

 教えて言うそれは、決して善意からではない。

『大人しく観戦してな。でないとあたしの気が変わっちまうかもしれないよ。お兄さんだって、チャンスは欲しいだろう』

 聞いてネオンは、うろたえる。

 ひどい。

 思えばマグミットへ眉をひそめていた。

 なぜそんな風に言ってしまえるのか。

 まるで分らなかったなら、あのとき過った疑問がネオンへ囁きかける。

 死んだとして悲しむ者などいないだろう身の上とは。

 見殺しにされて当然と割り切れる、身の上とは。

『あなたには……』

 想像できないからこそ、言っていた。

『あなたが同じ目に合ったとき、悲しむひとはいないの?』

 いやそんなはずなどないと思うままに、ひとりでも思い出せたなら、こんな仕打ちは出来なくなると考える。だがマグミットは目に、幾度となく見せつけられた憎悪を浮かび上がらせただけだ。

『あの時、わたしに薬などくれてやらなければ、あんたたちの運命も変わっていたろうに。 恩だとか、情だとか、わたしがそんな取引に応ずると思ったら大きな間違いなんだよ!』

 吐きつける。

 リングでは低い声が淡々と、場内アナウンスを読み上げていた。終われば鳴らされるだろうゴングに、もう後がないことを感じ取る。

『取引なんかじゃない』

 黙ってなんておれなかった。続く言葉を、その先を、残された唯一の攻撃に変えてネオンは連ねゆく。

『あなたが可哀そうだった。私は誰も殺したくない。死んでなんか欲しくないだけ。あなたみたいに諦められない。ねぇ、諦めてしまったあなたは、だから絶望したの? だったらいつ、あなたはそうして諦めてしまったの? 誰がそんなことをあなたに仕向けたの? そんなひどいことを、したの?』

 とたん空気は張り詰める。意味を理解しかねたのではなく、突きつけられた全てへ固く口を閉ざしたマグミットの放つそれは、『ホグス』さえ振り返らせていた。

『あの、影像?』

 それは唯一知る、マグミットについてだった。だからしてあてずっぽうだったとしても

事実、うるさい下層の片隅に設えられた小奇麗な空間や、丁寧だったケガの処置に、掛けられた洗いたての毛布の香りは、妙に楽しげなあの映像とかみ合うのだ。そしてその全てがささやかなプライベートだったからこそ小さな驚きを伴い目の当りとし、むしろこうして繰り広げられる血生臭い催しに、猥雑と並ぶ店先や暴挙を好むマグミットの振る舞いにわざとらしさを、見せつけるための芝居だとしか思えなくなる。

『おねえちゃん、あんた、全部、見たのかい?』

 ようやく返されたマグミットの声は、地を這うほども低い。

 否定することも肯定することも拒んで今度は、ネオンが黙した。

 睨み合うほどに確信するのは、あてずっぽうなどではなかったという手ごたえだ。でなければこうも拒まれるはずなどなく、同時にネオンは潜む途方もない闇を垣間見る。そう易々と聞き流せぬほど、死力を尽くして諦めてきたナニカが、そこに確かと黒くとぐろを巻いていた。

 耳へ、試合の開始を告げてゴングは鳴り響く。



『どこだ!』

 最上階層、乗り合わせていた多くの利用者と共にトラは、エレベータを降りる。

 後からも吐き出されてくる利用者中で立ち止まると懸命と振る頭で、こんな場所にありながらも着込んでいるだろうあの喪服を探した。しかし押し付けがましくも目に飛び込んで来るのは、フロアへ散らばりゆく利用者の後ろ姿と『ワイヤースリーブマッチ』という造語表記だけだ。しかも始まった試合にもう、入場は不可らしい。

 面倒なことになった。

 漏れる舌打ちに自然、眉間へ力はこもる。

『ええい!』

 唸りトラは、ともかく会場へ潜り込める手立てを探して駆け出していた。

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