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ACTion 66 『GOOD BOY BAD GAME』

 コマ落とされる記憶の中で、汚れた白衣が翻る。

 長く逗留したせいで潰れた背中は、まるで今の自分を見ているようだった。

 絶え間なく響き引き続ける騒音は、ここクラウナートの強制採掘所より世界へ向けて供給すべく、休むことなく軟化パラジウム鉱石を掘り続ける掘削機の音にすぎない。

 うるさいなどと思えなかった。ただ懐かしく、愛着さえ感じている。

 だから今もなお、この場所を選んでいた。

 今日からここで暮らせばいい。

 監獄の一角、軍医の分厚い手が押さえつけるかのように頭を撫でる。瞬間、全ては後戻ることのできない分岐点を越え、力の及ばぬ彼方へマグミットを追いやっていた。

 選んだことなどありはしない。ましてや罪人であるはずもなかったあの時だ。幼さのあまり選択の余地があることにすら気づくこともできないでいた。その瞬間まで、まるごと世界を信じていただけだったのだ。


 あれはフロートに乗せられたレコーダーだ。

 指差して、母親と言う女がご覧と誘う。

 逃がさぬように抱きかかえた父親と言う男は、野太い声で笑っていた。

 だからして覚えていることの全てといえば、映像としての断片であり、映像を伴わぬ声ばかりだった。

 宇宙一の遊園地へ行こう。

 荷物は片手で振り回せるほどしかない。

 思い返せば、その中に報酬を収めて帰るのなら、潰れたバックが相当だった。

 そうして辿りついた、灰色に荒廃したクラウナートの強制採掘所。

 出迎えた男たちは労働者の外見だったが、並ぶ制服とやたらに仲がよかった。誰もかれもがマグミットに菓子やバルーンを手渡してくれそうになく、想像と違えば違うほど、あのとき覚えた不安は期待はずれを通り越して際限なく、マグミットの中で膨らんでいった。だとして疑問を口にしても、連れ立ち歩く父親の手はきつくマグミットの手を握るだけで、声高な母親は男たちの輪に加わろうとさえする。

 が、唐突にその輪は切れていた。

 労働者の男が倒れる。

 飛び交う怒号に、父親の足は止まっていた。

 裂いて、なだれ込む一団が、黒光りする凶器の引き金を矢継ぎばやに引く。

 労働者のかばう男たちは、その中のひとりをかばって取り囲み、制服が腰からショットガンを抜き取った。

 だがパンパンと乾いた音は、全く違う方向からだ。

 弾き飛ばされて制服の体が、地面で砂埃を上げていた。

 立て続けに作業服の男たちも倒れてゆけば、囲った輪は切れ、かばわれていた労働者がむき出しとなる。

 刹那、足をすくわれたように労働者もまたその場に崩れて落ちていた。

 上がる母親の悲鳴には、血の色がついているかのようだ。

 わずか、まだ立っている男たちが散り散りに逃げ始める。目の前で足音は慌ただしく交差し、幾度けり飛ばされそうになったか知れず、紛れて父親はまくまわれていた労働者の体をまさぐった。

 乾いた破裂音が鳴りやまない。 

 喚き散らす母親は、懸命な父親の肩を叫びながら揺すっている。

 ふたりの怒鳴りあうような会話は確かに聞こえたが、不思議な事に今でもその内容は一言も思い出せない。

 父親が、薄いバックを寝そべる労働者の体へ叩き付けていた。

 それきり母親と肩を並べる。

 きびすを返すや否や、一目散とその場から駆け出した。

 振り返りもせず。

 ただ逃げていった。


 今日からここで暮らせばいい。

 説明のつかぬ衝撃の後の、妙に柔らかく暖かな手のひらを感じながら、マグミットはうなずいたが、それでも心の中ではいつか必ず迎えに来てくれるんだ、と信じていた。

 宇宙一の遊園地。

 初めての旅行にと記録した映像には、まだ続きが残されている。映った笑顔のその先が、期待に胸を膨らませたその後が。



 ほうと息を吐き出せたのは、ひどく久しぶりのような気分に見舞われていた。生きた心地がすると言うのは、まさにこのことだろう。

『余計なことを』

 整えられたカウチに横たわり、マグミットはロケットを閉じる。物理ロックのそれはパチンと音を立てると、またいで貼り付けられていたシールの切り口を再びそこに晒した。

 確かに長らくクラウナートで過ごした体は、それが成長期と重なっていたため受けたダメージも計り知れない。完体の急な完装についぞ定時の投薬を忘れていたといえばあまりに間抜けた結末だが、昼夜のないコロニーの時間管理はそれほどまに難しかった。そうでなくともチャレンジャー探し向かったマグミットを気にかけ、『ホグスが』迎えを走らせたように、発作はいつ何時、襲い来るやも知れない。

 いつの間に貼られたシールは、破損すれば信号を放つ単純な仕掛けだ。さしずめ前回、開いたあと、『ホグス』が仕込んだものなのだろう。覚えが無いだけに、こうして目覚める前の仕業だと思えば、納得できた。

 サイドテーブルは逃げ出そうとした女たちもろとも、何事も無かったかのように片付けられている。小さく笑ってマグミットは、それを着衣の中へ落としこんだ。

 と、まるで見ていたかのようなタイミングだ。螺旋階段を足早に駆け降りてくる靴音は聞こえてくる。

『失礼します』

 『ホグス』が形式程度、声を上げていた。

『中を』

 辿り着いた『ホグス』へマグミットが切り出したのは、すでに何を告げに来たのかを察しているからだ。

『見たの?』

 立ち止まった『ホグス』が、いっとき口をつぐんでいた。

『外からシールしたまでです』

 選び抜いた言葉は、ある意味、期待通りが残念というべきだろう。

『言うと思ったよ』

『わたしにはこの場所が、ボスが必要ですから』

 『ホグス』は付け加えもする。だからしてマグミットは、埋まるように寝そべっていたカウチを押しやり背を浮かせていた。

『次のチャレンジャーはお前だ、というかもしれないよ』

 その顔を『ホグス』ヘ向ける。だが小さく笑う『ホグス』に動揺はなかった。

『もとより棺桶で宇宙を漂っていた、半ば死んだも同然の身です』

『そうとも、ここは捨てられた者の場所だ。誰だって、過ぎ去った事に興味なんてないもんだよ』

『ならば、現状のご報告を』

 間髪入れず切り出されたなら、マグミットは無言で先を促していた。

『パドックの公開を終了。チケットブースも残り三百セコンドほどで締め切りとなりました』

 どうやらこうして横たわっているうちに、思いがけず時間は過ぎていたらしい。

『あの身の程知らずのおねえちゃんたちは?』

『上に』

 上出来だと言う代わりに、マグミットはカウチから立ち上がる。

『わたしが行くまで、試合の開始は待たせておきな』

 応えて『ホグス』が眼を伏せていた。

 遠ざかる足音は、やがて螺旋階段を上がってゆく。

 興味もなければ捨て去ったも同然の過去だとしても、その上に今ここが存在しているなら、覆して全てへ揺さぶりをかけようとする者を見過ごすことは出来なかった。捨て去ったからこそ現れたなら、それは徹底的に打ちのめさなければならないものでしかない。存在を認めるわけには、ゆかなかった。

『諦めな。迎えになんて、こさせやしないよ』

 マグミットは眉間へ力を込める。

 声は騒音に飲み込まれる。マグミットは服地の上からロケットを、強く握り絞める。



 取り巻き、無数の眼がこちらを見ている。共に上げたどよめきは、肌を撫でる程度のざわつきだったに違いなかったが、ラボで聴覚の鋭さを持て余したネオンが度々、防音室へ逃げた理由が、今ならよく理解できた。

 タイトに締めてあげるといったマグミットの言葉通り、吸い付くような操作性に変わった完体の、ゆえに増した感覚信号の伝達速度と量にさらされ、アルトはなるほど、これが先に興奮剤を投与しておいてやる、と言った理由なのかと思い知らされる。過敏、鋭敏となった五感は今やその域を超えると、精神的負荷そのものアルトを押し潰そうとしていた。

 目の前で手を叩きながら茶番だ、と笑う『レンデム』の息遣いが、ほどなく離れたところでとっとと殺られちまえ、と『デフ6』が投げつける憎しみが、瞬きさえ忘れてのぞきこむ『ヒト』の目の冷たさが、あまりに鮮明と伝わってくる。そんな客たちを押しのけ『レスミット』は、パドックと手元の電子ウォレットを忙しく見比べているが、呪文のように呟いている配当の計算が途中で間違っていることには気づいておらず、距離を失い耳元では、『こいつを逃したら帰れねぇ』と絞り出される造語さえも聞いていた。

 様子は幾つものラインを並列につないだようで、しかしながら意識が絞られることはなく、周辺視野さえ鮮明なままむしろどれもに焦点は当たり続ける。

 翻弄されてアルトは降りの中で身をひるがえし続け、それでも足りぬと押し寄せる刺激に、早くも呼吸を早くしていた。脳が腫れ上がるような圧力に、認識の臨界に達した世界がマーブル模様と溶け合い始めるのを感じ取る。

 これ以上は受け入れられない。

 危機感が駆け出させる。

 だとして触覚もまた過敏過ぎるせいだ。掴んだ檻に、指を切り刻まれたかのような痛みを覚え、背後へもんどり打っていた。つまり打ちつけた背も転んだ程度に終わらず、衝撃が脳を震わせる。だとして明瞭過ぎる視界が霞むような気遣いこそ、ないらしい。

 おかげで見上げたそれが、隣り合う檻があること知る。

 中に、完体は立っていた。

 チャンピオンだ。

 繰り返す実践と言う名のトレーニングに、その体はひと目見てそう断言できるほど、岩と発達した筋肉で覆われていた。受けた傷も無数に刻み込まれると、百戦錬磨の兵と言う風格を漂わせてさえいる。なによりアルトが驚いたのは、まるでそこにいることを気づけなかったように、この喧騒の中にあっても落ち着き払った様子だった。チャンピオンこそ神経系が鈍麻であるはずもないなら、それは尋常ならざる精神力、もしくは完体操演の手練れだとしか考えられなくなる。

 ただ圧倒されていた。

 吹き出す焦りの手なずけ方が分からない。

 だが同時に、感情の欠片すらみせぬチャンピオンを凝視すればするほど、チャンピオンの鎮静はアルトの中へ流し込まれもする。やがて吹き荒れる感情と声は遠のくと、手がかりにアルトは、その身を起こしていった。

 及ばないとしても、対等に渡り合うなら真似て装うのは、その沈静しかない。これからに備えて予行演習だとばかり、アルトはなるべく遠くの、見えにくく聞こえにくいものへ注意を投げる。そうすることで押し寄せる情報量のコントロールを試みた。

 と、それは取り囲む群衆の片隅だ。場違いな喪服を着込んだ『エブランチル』は、そこにいた。傍らで互い違いに両眼を回す『ヘモナーゼ』を引き連れると、背後にパンクな鬣をなびかせるツナギ姿の獣さえ従えている。普段なら信じられず瞬きのひとつもしていただろう。だが覚醒している今、アルトに疑う余地はなかった。

 思わず身を乗り出す。

 下層ですれ違ったスラーたちだ。

 知らせて手を振り上げていた。言語機能の出力が絞られたことを忘れ、さらには見た目が似ても似つかぬ貧相な完体であることすら忘れ、呼びかける。そうしてただスラーの「目」に期待した。見抜いたなら、行動を共にしていたハズのネオンに気づいてくれ、と願う。

 気づいたのかどうか、やがてスラーたちはそそくさとこの場を離れていった。

 合図にしたように、檻はガクンと揺れて下層へ引き込まれてゆく。

 晒し者の時間は終りを告げ、闇が辺りを覆い尽くしていた。

 絶対的な時間感覚は、その時すでに失われていたのだと思える。どれほどそこに放置されたのかはもう判然とせず、だからこそ満を持して檻はついにその時が来たことを告げると、引き込まれた闇の果てに光を灯す。向かって進み出ることを促し、足元へ一本、道を浮かび上がらせた。

 そこにチャンピオンがいるのかどうか、鋭さを増した視覚に聴覚をもってしても察知できない。だからこそ、進まねばならないのだろうと思う。

 腹の底から細く息を吐き出せば、己のものではない完体の、内臓感覚がなお鮮明に己が意識を紡ぎ出そうとしていた。握り絞めた拳に腕を包み込む筋線維は絞れてギシリ、浮き上がり、有刺鉄線でも握らされたかのような痛みをその手に走らせる。

 こうも過敏な触覚で、あの巨体を殴りつけるのかと想像していた。なら笑いは卑屈ともれるほかなくなり、ままにアルトは何も履いていない足へ力をこめる。

 しっかと床を踏みしめ最初、一歩を踏み出していた。

 そこにあるだろうリングを目指し、光りの中へと進んでいった。

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