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ACTion 64 『ワイヤレスセッション 1/2』

 録画が始まったことを知らせて、コックピットのアクリラに開いたウインドの端へ、赤いランプは点滅する。

『模擬コロニーへ着艦した。わしはこれより中へ潜り込む』

 押し殺した声でトラは、吹き込んだ。

『わしはわしのやり方でネオンを探すつもりだ。もしネオンの居場所が知れたなら、すぐにもバンプへ送り込んでくれ。わしの通信機に届くようにしてある』

 その通信機をバイブレーションモードに設定し、トラは耳に掛けることなく腹のシワへと押し込んだ。操縦席を押しやり、狭苦しいそこから体を引き抜くようにして立ち上がる。

 手がかりはただひとつ。

 ネオンとジャンク屋が入ったという、店の名前だけだ。

 しこうしてボディーチェックのゲートを抜け、トラは禍々しくも淫靡な吹き抜けスペースに立つ。降り注ぐホロ広告の中、折り重なるなまめかしい映像や綺麗どころを見回した。目の前に落ちてきたホロ広告を、掴めるだけ空中から掴み取る。明滅する店名へ、次から次へ目を通していった。しかしながら、一体ここにはどれほどの店がひしめいているというのか。お目当ての店の名は見つからない。

 血眼となれば傍らを、次々と綺麗どころは通り過ぎ、振り向かせようとしてかわるがわるとその腕を掴んでいった。

 その手の中にはいつしか、そんな彼女らの残して行ったホロ広告も入り混じる。よくまあ、これだけ色々な店名があるものだと、そんなホロ広告へも目を通し始めたところで、しまった、と顔を上ていた。

 握らせた相手を探して視線を走らせる。だがその背を見つけ出すどころか、トラには肝心の姿すら思い出せない。諦めトラはホロ広告へ目を落とした。

 ネブライザー。

 間違いなくそこで探す店名は明滅している。

 それ以外を手の中から払い落とした。矢継ぎばやスクロールさせて、広告面にマップが表示されるのを待つ。目にしたなら、トラは行く先を見据えていた。そこに奥へ続く唯一の通路は伸びると、取り合わせなど一切無視した色使いで途切れることなく利用者を飲み込んでいる。

 またひとり、綺麗どころがトラの腕を掴もうと身を寄せていた。振り払ってトラは歩き出す。鼻息は違う意味で荒く、吸い込まれてゆく利用者に紛れ通路へ足を踏み入れていった。

 早々に、足元で水滴は跳ね上がる。これで擬似重力が解かれでもしたらどうなることか。設備の悪さに顔をしかめ、そんな水溜りさえ蹴散らし狭い間口の店の、ドアごとに掲げられた店名へ目を這わせる。やがて見つけたその文字に、足を止めていた。前へ近づいていったなら、自然、仁王立ちとなる。

 体をこすりつけながらでなければ通り抜けられそうにない、ドアだった。睨みつけて意を決し、静かにトラはドアを押し開けてゆく。なら迎え入れて暗がりは、トラの視界を覆っていった。



『どうで、やんすか?』

 つまり、店の入れ替えが終った今、スラーにモディーたちは再び最上層、『ワイヤースリーブマッチ』会場を訪れている。モディーは片目をスラーへ向け、スラーは先ほどまでカラだったパドックの檻を睨みつけると、その傍らに煮え切らない面持ちのライオンを従えていた。

『そいつはまだ、早いってんだ』

 スラーの睨む檻は、中に控える何者かの影をのぞかせ未だ遮幕が張られている。答えてスラーはモディーを叩きつけ、いつものごとくむぎゅっ、と潰れたモディーこそ、ぬかりがなかった。

 と、やおら周囲がざわつき始める。

 見れば並ぶ檻のうち右側の遮幕が、かけられていた電圧を落とし始めていた。

 囲んで利用者の頭はよりいっそう揺れ動く。

 紛れてスラーもまた、その瞳孔を大きく開いていった。

 完体だ。

 四肢を持ったそれは標本にも似た骨格へ、重ねた激戦の数だけ断絶と再生を繰り返し、岩のように発達した筋肉をまといつかせるチャンピオンだった。そこに種族の区別はない。筋肉の薄い顔面など頭蓋骨がむき出しになったような状態で、印象はむしろ生き物であるというより機械めいている。操る何某がこの体の向こうにいるなどと、すぐさま想像できはしなかった。

 そんな完体への興味と吟味が、賭けに興ずる者の中で吹き荒れる。晒されても完体は臆しない。至極落ち着き払った二つの眼球で、周囲を睨み返してさえいた。

 飴玉でも舐めているように膨らませていた片頬から舌を抜いたスラーは、そんなチャンピオンを前に置いてニヤリ笑う。

『さすが、チャンピオン。今日も絶好調だぜ』

 ならばおっつけ、左の檻も透け始めていた。

 無論、おさめられているのはチャレンジャーだ。

 そんなチャレンジャーが常に不利であり続けるのは、完装間際のやせ細った筋肉と、使いこなせるハズない完体そのものが足手まといとなるせいだろう。そして今回も例外なく放りだされた環境に恐れおののくチャレンジャーは、逃げ場を求めて身を翻すと、棒切れにも似た貧相な体で七転八倒、支離滅裂な動きを続けている。

 挙句、吠えた。

 驚き周りで利用者たちが仰け反る。

 気の早い利用者は、それだけでどちらに賭けるかを決めたようだ。チケットを買い求めるべくパドック前を離れていった。だがスラーは動かない。それどころか開いた瞳孔のまま、瞬きもせず檻の中をのぞきこみ続けていた。

『しゃ、しゃちょー?』

 様子に、モディーさえもが呼びかける。それきり何事も起きなければ、いつもの調子を失ったスラーにライオンもまた振り返っていた。

『どうした、スラー。今日はどちらへ賭ける? あなたなら、この化け物の向こう側が見えるのではなかったのか?』

 ならスラーの口は、こう開く。

『どちらに賭けるだと?』

 その眉間を、見る間に詰めていった。止んでいた瞬きを再開させ、そこに笑いと苦々しさを織り交ぜた表情を浮かべてゆく。

『ふざけたことを抜かすな』

 口走ったなら、どうりで黒服たちがザワついていたはずだ、とこぼすままに身をひるがせいた。

『決まってるだろ』

 歩きはじめたその歩幅は大きい。

『一枚でいい。モディー、お前はチャレンジャーのチケットを買って、先に会場へ入ってやがれっ!』

 語気に、その背を追いかけていたモディーの足も止まる。

『い、一枚でやんすか?』

 遠ざかるスラーとチケットブースを見比べ口走った。

 振り返ることなく、向かってはスラーは声を張り上げる。

『ぼやぼやするんじゃねぇっ! チャレンジャーが負けそうなら、死ぬ気で応援してやれっ!』

 その意味など分かりはしない。だがとにもかくにもモディーは走り出す。

『わ、わかったでやんす』

『どういうことだ? どこへ行く? 一枚では、いくら配当が高くとも……!』

 うがってライオンも口を開いた。

 前でスラーはいつしか駆け出している。立ち塞がる利用者を跳ねのけると、エレベータを目指していた。

『とんでもねーぜ』

 吐き捨てる。

『チャレンジャーは』

 それはライオンにとって、にわかに信じがたい言葉だ。

『ジャンク屋だ!』



 闇に目が慣れるまで挙動不審であったことは否めない。

 だからして声は、立ち尽くすトラへかけられていた。

『いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてで?』

 振り返ったそこには、『ヘモナーゼ』種族のボーイが立っている。

『ネオンはどこだ』

 ああだ、こうだ、と言っている余裕がない。気づけばトラは単刀直入と突きつけていた。

『……は?』

 おかげで空く、中途半端な間。無理もない。しかしながらどうにか業務用の笑みをはりつけて、ボーイはこう聞き返す。

『ネオン? ですか?』

 睨み返され、たじろいだ。

『いや、はや、ええ、ウチにはネオンなんて名前のコはいませんがね。他の店とおまちが……』

 だからこそトラの手は、そんな『ヘモナーゼ』へ伸びる。握りつぶさんばかりの勢いだ。細い首を掴み上げると、目の高さにまで引き上げた。

『ネオンはわしの娘だ。こんなところで働いてはおらん!』

 吐きつけたとして、離せと言わない『ヘモナーゼ』はボーイの鏡だ。

『じ。じゃ、お客さんは一体、何をしに、ここへ?』

 手足をばたつかせ、トラへ問う。

『ここへ落ち着きのないヒトのジャンク屋と、同じヒトの金髪の女が来たはずだ』

 向かってトラは、シワの間から引き抜いた映像メモリーのスティックを引き抜いた。掲げてワンプッシュすれば、投影された解像度の荒いホログラムがその下で、ネオンとアルトの顔を背中合わせと回転させ始める。

 とたんボーイの顔は引きつっていた。それきりぎこちなくだ。あさっての方向へ声を上げる。

『しゅ、しゅにーん!』

『これはいけませんな』

 おっつけ揺れた影は、トラの注意を引いていた。

『一体、どうなされましたか、お客様?』

 新たに現れたこの『ヘモナーゼ』こそ、この店の責任者なのだろう。これでもかと見下ろすトラにも、もろともしない。

『ここにきたハズだ。娘を返してもらおう』

 トラはボーイを投げ捨てていた。

『はて?』

 主任と呼ばれた『ヘモナーゼ』は答えて返し、トラの突き出すホログラムへその目を向ける。納得したようにひと息つくと、トラの前にその小さな胸を反らせていった。

『どこのパパだか存じ上げませんが、あの白いのがお目当てですか』

 向ける目はもう、客を見るそれではない。

『ですがね、あいにく買い取る権利は次にウチが有してるんですよ。上で話がまとまらなければ、そのお兄さんがウチへくれてやってもいいと言ったんですから。その手付けとして情報だってくれてやった。それを急に横から……』

 聞かされてトラの目は、精一杯に瞬きする。

 そんなトラの背後で投げ捨てられたボーイは、打ちつけた腰をさすりながら立ち上がろうとしていた。まどろっこしく見ていたのだろうか。いたわる様子もなく主任は、来客はすぐにもお帰りだとボーイへとアゴを振る。

『さて、どういうワケでこんなところまで追いかけてこられたのかは知りませんが、それはそちらのご都合だ。いまさら返すなんて話は通りませんな』

 言った。

 つまり、例のごとく暴れ出すなら、トラにとっては頃合となる。だがさすがに学習の成果が現われだすのも、頃合となっていた。だからして短絡思考に形成されつつあった新たな回路は、珍しくもトラの中で冷静さを発動させる。

『ヤツが、ネオンを売りに来ただと?』

『ええ』

『今は上で、交渉の最中なのだな』

 一際、『上で』へ力を込めると確かめた。

 瞬間、主任にボーイの脳天に、あ、の文字は浮かび上がる。

 見て取りトラはスティックの頭を再び押した。元の位置へしまいこむと、鼻からふん、と息を抜く。

『世話になったな』

 振り返りざま吐きつければ、見送らんがため開けられていたカーテンが、そこにトラの花道を作り上げていた。

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