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ACTion 58 『UNKNOWN MEMORY』

 何が起きているのかなど分かるはずもない。ただ確実に、このまま放っておけば死んでしまうことだけは、ネオンだろうと見て取れた。その脳裏に「絶好の機会」と言葉は瞬き、しかも見守るだけで成し得るというのなら「これほど都合のいいことはない」とさえ過る。

 その目の前でマグミットは、またひとつ途切れそうな呼吸に背を大きく膨らませていた。命を搾り出すようにして吐き出し、次を吸い込もうともがいて必死に身をよじる。

 そうして横たえた体をまさぐる手が、襟元を握りしめた。とたん驚いたように、ヒモにつながれた銀色のペンダントトップは飛び出す。

 とらえたマグミットの目が、大きく見開かれていた。喘ぎながらも震える手で手繰り寄せ、壊れ物と両手で大事に包み込んだなら、狙い定めたように縁へ立てた爪で開きにかかる。

 その息はすでに途切れがちと、ひゅーひゅー鳴る喉すら危うい。

 押して開いた中からは、たった一粒、オレンジ色のカプセルは顔をのぞかせていた。

 めがけてマグミットは、指を伸ばす。だがおかしなほどに、外して指は宙をさ迷う。募る苛立ちに力めば力むほど、ペンダントトップを握る手は震え、ついに弾き出されてカプセルは飛び出していた。ネオンの靴先へコツン、と当ってラグへ落ちる。

 追いかけマグミットが頭を持ち上げていた。求めて腕を伸ばすが届かず、這いずる面持ちは鬼と化す。だがもう力は残されておらず、全てを悟ったマグミットの表情から次第に力は抜け落ちていった。

 その目尻でネオンへこちらへ投げてくれ、と哀願する。早く、と催促して指を伸ばし、むしろネオンが後ずされば、力尽きてどうっと床へ投げ出した。

 浅く繰り返されていた呼吸はそこでふい、と深さを取り戻す。強張っていた体も苦痛から解き放たれると、柔らかくしなってゆく。さなか、浮かべたマグミットの笑みがネオンをとらえていた。

 見殺しにするのか。その笑みでネオンへ語りかける。だがされて当然。そこに納得の色もまた重ねた。それこそ望むところだと混ぜ合わせたなら、自虐も極みと自身を笑い、直視することこそ出来ずネオンは背を向ける。

 ごめんなさい。

 気づけば胸の中で呟いていた。

 でなければ大事なものなど、守れやしないのだ。そしてマグミットが死んだところで悲しむ者など誰もいないはずだった。

 はずが、決めつける己にネオンは気づかされる。

 果たして悲しむ者がいない、とはどういうことのなのか。

 思い返していた。

 いつからその中で、マグミットは生きることとなったのか。

 思いは、その寂しさが、絶望が、一体、誰に与えられたものなのかを探らせる。

 分けてほしいほど、憎い。

 そのとき言葉は蘇り、理解できたような気がしてネオンは息をのんだ。だからして憎しみを憎しみで返し、寂しさを寂しさで塞ぐなど、間違いだと火は点く。

 それは間違っていたが、損ねていないハズだった。 

 ネオンは足元のカプセルを拾い上げる。

「それにあたしが誰かを殺したりしたら、アルトが悲しむもの」

 いや損ねたりしたら、そもそも誰も救えない。

 だからして急ぎ、横たわるマグミットの傍らにひざまづいていた。オレンジ色のカプセルはネオンの指先にさえ馴染みが悪く、逃さぬように力を込めて半開きとなったマグミットの口へと押し込む。テーブルの上で横倒しとなっているポットを掴んだなら、辛うじて残っていた中身をマグミットの口へ流し込んだ。息さえ残っていたなら飲み込むハズだと、鼻をつまんで口を閉じさせる。

 力に、マグミットは手を振り回し、つまり手遅れでなかったことを示して飲み込んだことを示す喉が大きくうねった。あれほどくの字に曲がっていた体はとたん針金を通したように反り返ると、弾き飛ばされてネオンは後ろ手をつく。

 見れば、うつ伏せと寝返ったマグミットは、そこで起き上がろうと身を持ち上げていた。そこから、舌打ちが聞こえてきそうなほど憎悪に満ちたまなざしを投げる。

 刹那、腕は折れていた。

 精根尽きたといわんばかりだ。マグミットは床へと崩れ落ちていた。最後の最後までネオンを捉えて離さなかった瞳さえもが恨みを残して閉じられたなら、欲するままの眠りに落ちる。背中が、ネオンの前で規則正しく上下した。

 理解するまで幾らか。散らばる食器に立ち上がり損ねて、ネオンはのけ反る。そうしてただ目の前に転がるモノが死体でないことに、ほっとしていた。見放さなかったことに自分こそ、救われてみる。

 だが今のうちである事に変わりはない。ぼうっとする頭を振って、マグミットの肩を揺らしてみた。目覚めないことを確かめたなら、傍らへ放り出されたペンダントトップに気づき目をやる。

 古びたそれは口を開いたきり、中から宙へ光を照射していた。

 映像だ。

 親指の先ほどもないそこに何が映し出されているのか、気にならないわけがない。のぞき込むようにネオンは顔を近づけてゆく。なら同じように向こう側からも、前屈みとのぞき返してくる笑顔はあった。それは額の広さが印象的な『テオフィリン』種族だ。間に子供を挟むと、その男女がそこには映し出されていた。とぶしつけに、映像の中で女がネオンへ向かい指をつきつける。誘われ視線を持ち上げてゆく子供は戸惑うかのようで、抱き寄せ男がネオンへと、いや画像の外へと手を伸ばした。

 映像はそこで途切れる。

 巻き戻されて映像は、再び冒頭から始まっていた。

 そのどこにも首から提げたマグミットの姿はない。いやそれとも、とネオンは伏せたマグミットを凝視する。この体の中に、映像に映る誰かは住んでいるのか。

『……あなたは、誰?』

 問いかけたところで返事はなく、今はワソランを探すことに急ぐ。

 持ち込んだプログラムを走らせる端末は、いまだ検索中を示して秘かにグリーンのアイコンを小さく点滅させていた。保冷庫の影には誰もおらず、さらに右へ視線を向けたたところで、おや、とネオンは瞬きを繰り返す。見覚えのない明かりはそこに灯っていた。ワソランと再会した時、そんなものはなかったはずで、予感そのものに引き寄せられてネオンは歩み寄る。

 ならワソランが背を擦り付け縮こまっていたそこには、厚さ三十センチほどの棚が何枚も、縦に詰め込まれていた。明かりが灯っているのはその中でも右端の一枚のみで、明かりの下には青い突起が付いている。

 触れていた。

 軽い空気音がもれ出す。

 共に棚は、ネオンの前へ吐き出されていた。そこにワソランは、立ったままで納められている。

『ワソランっ……』

 思わず手を差し出し、ごわつく何かに阻まれ、ネオンはあたりをまさぐっていた。仮死強制だ。それきり真空パックされている。分かるや否や見つけた蘇生タグを、指で起こした。つまんで一気に足元まで引く。

 とたん吸い込まれゆく空気にラミネートは膨れ上がり、白くけぶって中から煙は溢れ出す。共に、長い腕もまた伸びた。まるで全力疾走でもしてきたかのようだ。荒い息遣いでワソランは、棚から身を乗り出してくる。言葉をかけるその代りだった。その体をネオンは受け止め、抱きしめる。

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