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ACTion 57 『分けて欲しいほど、憎い』

「何、何なの? ね……、ねぇ、ちょっとっ!」

 黒服たちが箱を押し出し始めたなら、追いかけネオンは駆け出していた。押し止まることはおろか、開け放って連れ出せやしないと知ったところなら、力は抜け落ち立ち尽くす。噛んだ唇に痛みは走るが、まだ足りない。

『これでますます、お兄さんの生存率は上がったようだね』 

 『ホグス』と共に装置を弄っていたマグミットが、そんなネオンへ振り返っていた。

 教えて聞かせる口ぶりは生ぬるく、そのぬるさがそぐわずネオンを刺激する。己ずその目が睨み付けていたとして、その食らいつくような視線をもろともせず、肩で払ってマグミットはアルトの浮かぶ水槽へと視線を持ち上げてゆく。

『闘争ってのは基本、生存本能だからね。生きて帰ることに固執しなきゃ、ここぞって時に踏ん張りが効かなくなる。これは最近、嫌というほど知らされた事実さ』

『あたしはエサじゃない』

 ネオンは吐いた。

『どっちが勝つのか、見ものだね』

『そんな試合になんて、出させやしない』

 言葉がネオンを駆り立てる。

『返して。アルトを返してっ!』

 だが向けられたマグミットの視線こそ冷ややかと、ネオンのはらわたを掴み上げていた。

『ひけらかすなら』

 声は聞き取れぬほど低く、重い。

『そのこだわりがどれだけ愚かかってことを、あんたたちもその身で知ればいいのさ。けれどまぁ』

 ひるがえす手のひらで、言いもする。

『それまでまだ時間はあるね。久しぶりのお客様だ。食事でもどうだい?』

 臆面もなくネオンを誘ってみせた。

『食事がまだ早いなら、とっておきの茶もあるのよ』

 選択の余地がないことを示して『ホグス』もただちに、身をひるがえしている。

『おいで。何もメインディッシュはおねえちゃんだ、なんて言いやしないよ』

 後に続いてマグミットもまた、きびすを返した。

『あたしの気を変えさせたいなら、おねえちゃんにとっても大事な時間だと思うけどね』

 付け加えてぶら下がるハレモノの下から、ネオンの顔を盗み見る。

『下に用意させるからね。ここを出るよ』

 背けて床を蹴り出した。

 言い分には一理あり、しかしながら自ら気を変えさせたいなどと、警戒するマグミットにはすでにあり得ないとさえ思えてネオンは戸惑う。だが誰もいなくなったこの場所に立ち尽くしていて、何も変えることができるのか、と問えば否だった。

 従うなどと生理的に受け付けなかろうが、ネオンもまた床へヒールを突き立てる。マグミットの背を追いかけて、アルトの浮かぶ水槽へと靴先を向けた。

 そこに浮かぶアルトはマネキンよろしく、無機質なままだ。巡る最悪と心細さに涙はこみ上げ、場合じゃないと叱りつける。ただ水槽へ、そっと手のひらを沿わせた。伝わる温もりを感じ取りながら瞳を閉じる。

 口づけた。

 顔は上げない。

 マグミットの後を追いかけた。

『誘っておいて、おいてけぼりはないんじゃない?』

 天井の傾ぐ通路を通り抜け、右に折れて進んだところ。鉄扉を押し開けるマグミットへ、声をかける。

『レディには準備ってものが必要だと思ったって、いいでしょ』

『あら、これ以上、どうめかし込めって言う気かしら』

 稼働する装置の音が足元から吹き上がり、ネオンは慣れたというよりもマヒしたに近い着衣を整えなおす。呆れたように眺めたマグミットの頬には、下層から投げかけられる計器の光が淡く反射していた。

『全く、あんたには滑稽なほど似合ってないよ』

『きっ、着ろっていったのは、そっちじゃないっ』

 放ってマグミットは螺旋階段を下りてゆくのだから、言うほかない。

 ならそこには、早くも食事の準備は整えられていた。カウチの傍ら、サイドテーブルに、それが生鮮食品であることを示す陶器皿は置かれると、盛られた料理ができたての湯気を上げて並べられている。保存の都合からミールパックが常の船内食にはあり得ない光景に、ネオンは思わず口を開く。

『すごい……』

 一足先に辿り着いたマグミットは、そんな皿に抜かりがないことをチェックすると、胸元で両手をこすり合わせていた。遜色ないなら、ぽん、と叩いて向かいの椅子をネオンへ勧める。

『お掛けよ』

 警戒してしまうことは否めない。ネオンは恐る恐る椅子へと近づく。

 させておいてティーポットを手にしたマグミットは、つぼみのようなツマミをつまんでフタを取ると、立ち上る湯気を吸い込み、戻し、テーブルからすくっと立ち上がったかのような白いカップへ若草色の液体をゆっくりと注ぎ入れていた。たちまち立ちのぼる香りは、身につけても差し障りのないほど甘くまろやかだ。そこには目覚めた時、嗅いだ毛布の香りを思い出させる清しさがあった。

『おねえちゃんは、いい身分だね。分けてほしいほど憎いよ』

 切り出すマグミットはあまりに自然といえよう。

『あいつらだってそうだ。だからこうして話がしてみたくなる』

 そうして注ぎ終えたポットを、テーブルへと戻す。 

『そして、ひねりつぶしてやりたくも、なる』

 カウチへ埋まり込むと、ハレモノに潰れた目をネオンへ向けた。

『毒も薬も入っちゃいないよ』

 振ったアゴで、再度、腰かけるようネオンを促す。だとして信用したからではない。対峙するためネオンは椅子へ、腰を下ろしていった。

『あなたのやりたいことが、分からない』

 言う。

『それは今、教えてあげているところだからね』

 さあ準備は整った。言わんばかりに皿を見回すマグミットの返事は、片手間だ。もうナイフとフォークをつまみ上げている。

『おねえちゃんも、遠慮なくどうぞ』

 だとしてネオンの手が、膝の上から離れることはない。

『絶望も、諦めたりも』

 その言葉を口にする。

『しない』

 言い切ってなお曖昧だと、伸ばした背筋で繰り返した。

『できないわっ!』 

 瞬間、眼前でマグミットは表情を強張らせる。最初一口を頬張ろうとしていた動きは止まり、緩んでいたはずの頬さえもを引きつらせていった。そこから血の気は、見る間に失せてゆく。伴い見開かれてゆく両目は周囲を吸い込むと、カッと一点を睨みつけて張り付いた。とたん掲げられていた手が、糸が切れたかのように落ちる。持ち上げられていたフォークごと、叩きつけた皿は跳ね上がり、あれほどまでに穏やかと湯気を上げていた中身は辺りへ散ると、ネオンへと飛んだ。

 それきりだ。どうっとマグミットは、テーブルへ伏せる。

「な、に……?」

 ネオンは息をのみ、震えだしたマグミットの手が、握っていたフォークをふるい落とした。開いてティーカップを、食器を、グラスさえもを次々とテーブルからなぎ払ったなら、ついに己が胸元を鷲掴みにして床へその身を投げ出す。

 勢いに、ネオンは椅子ごと後じさっていた。

 聞こえてくる唸り声は、ただ事ではない。

 擦るような足取りで、ネオンはテーブルを回り込んでゆく。そこに苦悶の表情で全身を痙攣させるマグミットを、見つけていた。

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