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ACTion 56 『俺の、言葉は』

『まぁ聞くところによると、完装間際は身に合わないEMUを着せられているようだってハナシらしいからね。 多少の違和感はあるだろうけれど、どこだって住めば都だ』

 話しかけるマグミットへ、完体と呼ばれたその生き物はゆっくりまぶたを閉じてゆく。再び開いたその下で裏返っていた目玉でマグミットをとらえなおすと、おそろしくぎこちない瞬きをしてみせた。

 ままに凝視する義眼とも呼べぬ有機の瞳は、露骨なまでに憎悪を剥き出しとしている。しかしその感情こそが、この造り物の中に存在する何者かの意志をあらわとしていたなら、食らうことで身をもって接続の成功を確認したマグミットは、むしろ大歓迎と興奮していた。

『わからないだろうから、お兄さんに言っておいてあげるとね』

 何よりその口調が証明している。

『生体信号のやり取りは、専用ゲージと完体に注入されたマイクロマシンで行っているのよ。そんなに気の利いたものじゃない。だからここやリングのゲージから逃げ出そうなんて思わないことだね。パージの手順を飛ばして信号を途絶えさせたりしたなら、お兄さんの意識だってそこここに浮遊する電子と同じに放電、消えちまう可能性だってあるってことを覚えておきな』

 手のひらを宙でぱっ、と開いてみせた。視線を滑らせ、足元に這いつくばるネオンを見る。

『嘘じゃないよ』

 穏やかだが、刺す釘は鋭い。

『過去、信じようとしなかったバカが、リングへ上がる直前にゲージから飛び出してね、それきりどこかへ消えちまった』

 肩をすくめる。

 見つめてネオンは息をのみ、様子にコトの重大さは伝わったらしいとマグミットは後ろ手を組む。ぶら下がる腫瘍ごと、その表情を引き締めた。

『さて、ビッグなゲストに、懇切丁寧な取り扱いの説明はここまでだ』

 その背後で、『ホグス』が銃を元の位置へ差し戻している。

『なんてったってお兄さんの完体がブカブカのままじゃ、コンマを争う試合運びの中でチャンピオンに太刀打ちすることはできやしないってもんだ』

 離れてマグミットは、箱へと歩み寄っていった。中を、そこに立つ完体を、注意深くのぞきこむ。

『最後に、そのぶかぶかのスーツをタイトに締めてあげるよ』

 やおら鳴らした指を肩の位置に掲げた。目にして『ホグス』は駆け寄ると、懐へと手を差し入れる。

『ただし、ここから先はお兄さんの好きなようにさせてあげる。そりゃ完体の感度を上げるとね、反射スピードも出力だって格段に跳ね上がっちゃう。チャンピオンとやりあうなら、それくらいが当然だとわたしも思うよ。けれど完体側から流れ込む感覚情報の負荷に操演側が耐えられなくなるって場合もある』

 マグミットは肩へ掲げていた手で、己が額をコツコツ、突いてみせた。

『ちょっと、おかしくなるってこともあるってわけよ』

 笑った。

『だからこれは、うちからの配慮のつもり』

 そんなマグミットの手に、それは渡される。

『シラフで無理そうなら、先に興奮剤をうっておいてあげるけれど? おにいさんの考えはどう?』

 『ホグス』が懐から抜き出したのは、リンジに薬液が装填されたフレックスペンだった。当然ながら、その類に市販されているものはない。案の定、シリンジには、軍の帯禁マークが貼り付いている。

『そ、い、つ、は……』

 完体の、口がおずおず動き出していた。

『ひ、つよ、う……、な、いね』

『ほ! もう発語機能にまで、絡んでいるっていうのかい?』

 よほど驚いたらしい。聞いたマグミットが素っ頓狂な声を上げてみせる。

 だがそれこそよく知ったアルトの切り出し方なら、ネオンは大きく両目を見開いていた。吸い寄せられてその場から、立ち上がってゆく。

『まぁ確かに、勝ってここから帰ろうっていうのなら、ラリってちゃ話にならないからね。そういう選択もあるだろうさ』

 吐き出すマグミットはどこかつまらなさげだ。受け取ったばかりのフレックスペンを、無用と『ホグス』へ投げ返した。

『まぁ、シラフでせいぜい頑張りな』

 箱の中へと、吐き捨てる。

 とたん完体が大きく揺さぶる体で振り払ってみせたのは、そんな言葉ではなかったらしい。そうして得た新たな自由でもってして素早い瞬きを繰り出してみせる。

『……ぅ、るせ、え。俺、がヤる、の、は、き……、さま、だ』

 こころもち、かかつぜつさえ良くなったような言葉を放った。

『貴様の、首をへ、しお、る。そのせ……、せなかと、同じ、にな』

 気持ちよくなど聞いてやれないマグミットの頬に、影が落ちる。

『ふん。垂れ流しかい。どうせなら思慮ってものを装えるくらい、綿密とつながってから喋るんだね。じゃなきゃ余計なだけだ。残念だけれどその口は、念入りにシャットアウトさせてもらうよ』

『だ、まれ。ゲスやろ、う』 

 それきり向けた背へも完体は投げた。

 知ったことかと払い落とすマグミットは、遠巻きに待機する黒服たちへ撤収の合図を送っている。見逃すはずもなく黒服たちは再びゲージへ群がっていった。

『先に言語を絞りますか?』

 『ホグス』もまた確かめてマグミットへ問いかける。うなずくマグミットに迷いはなかった。

 間にもゲージは手際よくフロートを作動させた黒服たちにより、床から浮き上がってゆく。翻弄さて右へ左へ、ネオンはただ視線を走らせ続けた。

 まさかこれが最後などと、思いたくはない。だからまた会えるに違いなく、待って、などと、すがってその希望を否定しすることができなかった。それでも引き止めたいのは、どちらが現実なのかをもう、感じ取っているからにほかならず、その時ネオンの脳裏に時間を稼ぐほかない、と言葉は浮かぶ。だからして上げた声には何の準備もなかた。ゆえに自分でさえもが、驚かされるほどとなる。

「迎えに行くからっ!」

 箱の中の、身知らぬカタチをした知ったる面影へ言っていた。

「言ったでしょ。勝たなくても、負けなくてもいいからっ!」

 声にそこで完体も、何事かとネオンへ首を捻っている。

「わたしが行くまで待ってて。そう約束してっ!」

 アルトなら分かるはずだと、瞳を揺らした。

 いやそもそも、それが信じてもらえない約束だとしても、だからこそ吐き出さねばならないもうひとつの言葉があることを、ネオンは両の手に握り絞める。

「だってあなたがいないと、困る。わたしは、わたしは……!」

 けれど込め過ぎた力に言葉はボロボロと、その手から、体中からこぼれて落ちた。それもこれも気づかないフリで過ごした時間が長すぎたせいに違いなく、気づいた今、それはもう扱い切れないほどの大きさになっていることに胸を詰める。果てに思いつめた顔をしていることは、自分でも嫌と言うほど感じ取れた。頼りなさに、なおさら歪んでゆく頬が止められなくなる。

「シリ、半分見えて、るぞ」

「……は?」

 完体に言われて瞬きを繰り返していた。

「ま、全部み、えち、まうより、は、たま、ん、ねー、わ、な」

「は、ぁっ?」

 言い分に、歪んだ顔も元へと戻ってゆく。戻ってむしろ、逆方向へと歪んでいった。ついでに飛び上がると、色々あり過ぎて忘れていたような腰周りへ手を絡ませる。

「あ、あのねっ! い、今、そんなこと、言ってる場合じゃないのっ! わたしはっ、わたしが言いたかったのは、ねぇっ!」

 だからこそ無理から仕切りなおせば、握りこぶしも意地で震えるその先が「あなたのことが好きだから、何が何でも助けてみせる。安心して待っていて」は、あまりにもしっくりこなかった。なによりそれは怒りついでにぶちまけるようなものでなく、果てにネオンの前に残されたのは、まったくもってガサツな手でかきまぜられた完成間近のパズルそれそのものとなる。そしてそのパズルをもう一度、そこまで完成させるにはどれほどの時間がかかるか想像もつかない。一言でいうなら台無しだった。まったくもって、何から何まで全てが台無しだった。

「な、なによ、もうっ!」

 放つ、こんなはずではなかった、の一言。

「あなたは一体、わたしのこと、どう見てたのよぉっ!」

 言わずにおれない。

「ぺちゃ、ぱい」

 挙句の一言は痛烈だ。ネオンの顔もごっそり半分、引きつる。

 もういい。

 思えば鼻から笑いさえもがフン、ともれた。

「な、んっ! つ、造ったのは、そっちでしょっ! だったらもっと、グラマーでセクシーにすればよかったんじゃぁ、なぁいっ!」

 もう、何を言っているのか、何が言いたかったのか、さっぱりわからない。ただやけくそでぶちまける。

「バカ」

 結んで尖らせた唇の先から、吐き出した。

 いや、二文字なんかじゃ物足りない。

「バカっ! バカなんか、大っ嫌いだからぁっ!」

「それで、いい」

 返えされて、不安になる。それこそ本当にどうにかなってしまったのではないかとネオンは完体を、そこにいるだろうアルトを食い入るように見つめていた。

「おれに、待ってろ、って、のは、無理なやくそくだ、ろ」

 だが、あざ笑うようにそう綴った完体こそ、アルトそのものだろう。おかげで全てがお得意の茶化しだったことを、ネオンはようやく気づかされる。

「待つの、は、お前だ」

 言うための全てなら、あまりにも見透かされていて、ぐうの音もなかった。だとしてもどうにかしたい思いだけが、駄々っ子のようにネオンから言葉を吐き出させる。

「そんなの、待ってるだけなんて、もういやだよ」

 その視界が不意にくもり、泣いたりしているハズはないと、慌てて目じりを手でこすった。間違いない。箱が再び遮幕を張り始めているせいだ。だのにまだ肝心なことは何も伝えられていなかった。

「待ってっ!」

 あと少しと、止めてネオンは背後へ振り返る。だが従う者などどこにもおらず、見る間にシルエットとなってゆく完体は、その影さえも遮幕の向こうに消してゆく。

「だいじょうぶだ。しんじろ、……よ。じぶん、を」

 中から投げかける完体のそれは、気休めだ。

「信じているわよ。だって気づいたんだもの」

 それでも言うほかなく、向かって完体はこうも続ける。

「お、れのことばは、お前、自身……」

 箱が白く塞がれていた。

 それ以上は聞き取れず、そして途切れた先を知る術こそ、ネオンにはもうなくなる。

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