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ACTion 42 『絶体絶命』

 押し止めてその時、怒鳴り声と足音は鳴り響いた。

 背を刺されたかのごとくマグミットの動きは止まり、ワソランの耳元で怒りもあらわと舌打ちしてみせる。胸元を、ゆう、と頭のひねられてゆく気配がかすめていった。

 そうしてわずかでも浮き上がったのがマグミットの体なら、ここぞでワソランは身をよじる。驚きマグミットは身を反らせ、押さえつけていた手はそこでワソランから離れた。

 手繰るフレキシブルシートがうごめく。合わせて抜け出そうとすれば、動きはまるで両足を切り落とされてしまったかのようにおぼつかなかった。ままにワソランは、床へと転がり落ちる。おかげでいっとき上下を見失い、立ち上がらなければと貼り付けた手のひらの向こうにマグミットの足が突き立てられたのを見た。

 気づけばひと思いだ。

 襟首を掴み上げられる。

 視界の端から空を切り、マグミットの平手打ちは飛び来る。

 食らえば、吹き飛ばされた体がフレキシブルシートへ投げ出されていた。頬に脳の芯までもが痺れてしばしワソランは、動けなくなる。

 背で、片足を引きずるように歩くマグミットの靴音が、独特のリズムを刻んでいた。どうやら不躾なあの音へ振り返ったらしい。確かにそれは近づいてくると、ただ事にない気配を漂わせていた。

『結局、あんたたちは不愉快なだけだよ』

 振り下ろした手を握りなおしたマグミットの言葉がワソランへ、投げつけられる。伏せたきりで聞いてワソランは、しばし吐き出す息さえ震えさせた。

 と、それは並ぶ水槽と水槽の間からだ。

 影は踊りこんでくる。

 黒服だ。

 勢い余って水槽へ手を突いたかと思うと慌てて引っ込め、マグミットへとその身を乗り出した。

『ヤ、ヤツら、ヤツらです!』

『失礼します!』

 ならすかさず別の声は、マグミットの背後からも飛んでくる。聞き覚えのあるそれは『ホグス』のものだ。

『配送ルートを利用した例の奴らが、ここへ……』

 マグミットが引いた片足で肩をひるがえしていた。だがそれ以上を遮って、新たな悲鳴は上がる。水槽脇の黒服だった。唐突に腕を振り回すと、今度こそ前のめりと倒れ込んでいる。

『その説明は、俺が省いてやるよ』

 声は聞こえて入れ替わりとそこへ、下層で出会ったあの『ヒト』は姿を現していた。

 そんな『ヒト』に尻を蹴り飛ばされたらしい黒服は、二発目を恐れて腕を振り回しマグミットの元へ走り出す。背後からは、目にした『ホグス』があり得ない第三者の姿に駆け寄ってきていた。 

『おいおい、女の扱いは丁重にたのむぜ。でなけりゃ、こいつらの脳ミソで床を汚すことになっちまうぞ』

 二言目に言う『ヒト』は、柱の影から次々と、下層で仕事を与えたはずの黒服を引きずり出してゆく。互いに腕を組ませた状態で両手を背後で拘束された四体は、食らったダメージに顔色も悪くおぼつかない足取りで、マグミットの前へ一列に並べられていった。

『後始末も面倒、ってもんだろ?』

 盾にして『ヒト』は片眉を吊り上げ、持ち上げた実弾銃の銃口を先頭に立つ『サリペックス』のこめかみへねじ込む。撃鉄を起こしてみせた。

 だからして同様にマグミットも、フレキシブルシートからワソランを掴み上げる。その両脇に『ホグス』と黒服はつき、さらに二体、騒ぎを聞きつけた二体が駆け来る足音を聞いた。

『……すみません、ボス』

 さらす無様に『サリペックス』が詫びている。その眉間が落ち着きなくうごめくのは、すでにこれからを感じ取っているせいか。

 見苦しい、と一瞥してマグミットはしばし、靴先で床を弾く。だとして何ら状況に変化がなければ、吐き出すため息と共にがっくり頭をうなだれた。

『あんたにとっちゃ残念賞だろうが、こいつらと女を交換だ』

 向けて『ヒト』が声を張っている。

 聞きながらマグミットは、片手のワソランを黒服へ預けた。

 そうして空いた手を開いてただ、掲げる。

 見て取った『ホグス』がすぐさま、胸元へ手を差し入れていた。

『動くな』

 制する『ヒト』の口調は鋭い。

 だとして見せつけゆったりと、『ホグス』はそこから実弾銃を引き抜いてゆく。目の前にぶら下げたならそれきり、開いたマグミットの手のひらへ乗せた。受け取ってふらり、歩き出したマグミットの姿にはまるで、緊張感というものがない。

『俺がよほど短気で、あんたがすこぶる優柔不断だったとしても、チャンスは四度あると思ってるつもりだぜ』

 だからこそ雲行きは怪しさを極め、感じ取った『ヒト』がなおさら四体を盾とその身に引きつけなおしていた。

『もう一度言う。床を汚されたくなければそれ以上は、動くな』

 だとしてここは、マグミットの船である。

『それは困った』

 マグミットは仕方なくその口を開いていた。

『その話は、さっきついたところでね。おねえちゃんは、わたしの言うことを聞く。その代わりにわたしはお兄さんらを逃し、おねえちゃんに情報を提供する。そういうことだったんだけどね。だのにお兄さんはそいつらを連れて現れたうえに、まだ何の約束も果たしていないおねえちゃんを返せ、と言い出す』

 やおら『ヒト』の視線が、ワソランへと飛ぶ。

『いやだね、まったく』

 遮りマグミットは、間へ入った。

『これじゃせっかくの取引も台無し』

 そこで立ち止まる。

 ふう、とひと息入れて、肩を大きく上下させた。

 刹那、腫れモノを跳ね上げ正面を見据える。奥で淀んでいた両眼を見開くや否や、そこに提げて来た銃口を重ね合わせた。

 銃声が辺りを揺るがす。

 四散する『サリペックス』の頭蓋に、血飛沫が飛び散った。

 様子に『ヒト』が身を縮めている。その手元から頭を失くした『サリペックス』の体は離れ、棒切れよろしく倒れてゆく。なら連なる『テラタン』に『ヘモナーゼ』も道連れだ。引きずられてよろめくそれぞれを銃口は、迷うことなくとらえていった。



「見るなッ」

 叫びアルトは、腕を伸ばす。背後に連れいていたネオンの頭を、その胸に抱え込んだ。

 重なり二発目は鳴り響き、音に息を飲んだネオンの身が強張るのを感じ取る。

 途切れることなく鳴り響いた三発目に頭を失った体は次々、床へ投げ出され、消え入る四発目を追いかけ血生臭さが辺りを覆い尽くしていった。

 見れば足元を侵食して、『サリペックス』の紫がかった血と『テラタン』に『ヘモナーゼ』の赤い血が混ざり合おうとしている。避けてアルトはネオンもろとも、その足を踏み変えていった。

『これで少し、ハナシが分かりやすくなったね』

 顔を上げれば微笑むマグミットが、用のなくなった実弾銃を背後へ大きく投げ出している。

『さて。条件が変わっちまったよ。お兄さん』

 一仕事終えた両手を、はたいてみせた。

 両手で受け取った『ホグス』もまた、その銃口をアルトへ向けている。その傍らからは、黒服がワソランを外へ連れ出そうとしていた。だが追いかけ、食らいつけるような状況でこそ、ない。なら躊躇するその耳に、けたたましい足音は飛び込んでいた。背後だ。目尻でわずかとうかがったそこに、新たな五体が姿を現す。生ゴミと積み重なる仲間の姿におののきつつも、あっという間にアルトとネオンを取り囲み、実弾銃を突きつけ身構えてみせた。そのうちの一体は、アルトの作業着にくるまれた残る実弾銃一式を抱えている。どうやら持ち運ぶに面倒と、エレベータの中に放り出してきたものを回収してきた様子だった。

『交換なんてしみったれた取引はやめだよ』

 そうして逸れたアルトの注意を、マグミットは呼び戻す。

 いまさらながらふたりも抱えてこの場に挑むなど、無謀が過ぎたと嘆いたところでどうにもならない。こうなれば両手に華は、両手に仇だ。アルトは寄せた眉の奥へ、両眼を窪ませていった。

『だいたいわたしに四度もチャンスはいらないんだよ。お兄さんにだって、そう。何度やっても、ここじゃ結果に変わりはないのさ。せっかく命拾いしたっていうのに。お兄さんはそれを台無しにしにきただけなんだよ』

 吐きつけそこでマグミットは、芝居がかった仕草で首をかしげてみせる。

『おや、また一匹、増えてるね』

 そうしてのぞきこんだ顔がネオンだったなら、視線にネオンが提げてい楽器ケースを慎重に握りなおした。

『残念ながら、こっちにも事情ってもんがあってね』

 かばいアルトも、言い放つ。

『ここでああそうですか、ってワケにはゆかないのさ』

 忘れず囲う五体へも、制して銃口を突きつける。

『あんたにふたつ、のんでもらうハナシがあったが、ここはひとつでいいとするさ』

 続けた。

『女を、返してもらおう』

 ここで引いてしまえば、後こそない。

『この期に及んで、それは度胸のある言い分だよ』

『わりあいに、こういう場面に慣れた生活を送っててね』 

 アルトは小さく笑って返す。

『お兄さんも、同じ穴のムジナ。蛇の道はヘビ、ってとこかな』

 マグミットもまた、茶化していた。

『一緒にしてくれるなよ。あんたらよりは、まっとうだ』

『もったいないねぇ』

 振り払えばマグミットが惜しむ。そこにはもう手に入らないという後悔が、あてつけがましくにじんでいた。

 読み取った『ホグス』は素早い。囲う五体へ、軽く振った銃口で合図を送っていた。応じて五体は発砲に備え、開いた両足で腰も低く身構える。

 まずい、と本能が、アルトの中で騒ぎ立てた。

 その身がネオンを押しのけ、前へ出る。

 が、それは水槽の陰からもまただ。

「アルトっ!」

 傍らからふい、とネオンの気配が消えていた。代わりにうろたえたような声は投げ込まれる。

 慌てふためき振り返っていた。

 いや、振り返ろうとした瞬間、制して冷ややかな鉛の感触に後頭部を刺される。キチキチと回転するシリンダーが小刻みと、その時アルトの鼓膜を食んでいた。

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