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ACTion 40 『求める理由』

 始まった乱闘を背に押し込まれたエレベータは、それがマグミットであると知って逃げ出して行った利用者たちのせいで、ふたりきりだった。

『彼は関係ない! 探しに来たのはわたしだわ。今すぐ、やめさせなさい』

 抱えられたきりワソランは、マグミットへ向かい吐きつけるが、それすら愉快とマグミットは昇降パネルを鼻歌混じりで弾いてみせる。

 従い閉まり行くドアの向こうで、いまだアルトと黒服たちは激しく立ち位置を前後させていた。覆い隠してドアは閉じ、何事もなかったかのような静けさでカゴはやがて上昇を始める。

『聞いているの?』

 諦めとは異なる冷静が、ワソランへそう口を開かせていた。

『そんなに大きな声をだしちゃ、ダメでしょう?』

 ならばようやくパネルから指を離したマグミットは、振り返る。そんなマグミットはカゴの行き先を設定していたらしい。いつしか停止階層の最上層のみが灯り、エレベータはそこへ向かう直通に変わっていた。

『それじゃ、ムードも何もあったもんじゃない』

 言うマグミットの口ぶりは楽しげだ。そして耳につくほども甘ったるい。ままに腫れてかぶさるモノの奥から水をたたえたような瞳でワソランをとらえてみせた。その一部始終に漂う余裕が、マグミットの圧倒的優位を際立たせる。だからこそ見せつけるなら、甘ったるかった響きはワソランの肝をヒヤリと掴み上げていた。

『ねぇ?』

 そうして強張る体を感じ取ったからこそ、投げていたわり、マグミットはワソランの襟元へ指を伸ばす。騒動に乱れた襟を丁寧と、整えなおしていった。

『……それこそ、必要ないわ』

 頭一つ分、背の低いマグミットを見下ろすワソランの目が、きつく細められる。

『やっぱり面白いおねぇちゃんだ』

 見上げてもなお襟を弄ぶマグミットの微笑みは、再び指先へと落とされていた。

『いいかい? おねえちゃんもこのわたしも、同じなのよ』

 話はそうして始められる。

『生まれた時から、この世は余生に過ぎないの。成す術なく、誰だってただ終わりへ向かって時の中を転げ落ちているだけなのよ』

 だがその話こそ、今なぜ必要なのかが的を射ない。だがマグミットは、それこそ考えてみれば分かることだと続ける。 

『だから生き物はみんな、その焦燥感を宿命と持ち合わせてる。感情がいい証拠。感情なんてものは、それが状況に応じてすりかわり、様々な形で出力されるだけのものに過ぎないのよ。だのに何の未練だい』

 どう形を整えなおそうとも納得いかない襟は今や、マグミットの思考を引き寄せるための玩具のようになっている。

『探し物だなんて。それこそ時にすがるようなマネは無様ってもんだよ。その愚かさに吐き気さえしてしまうじゃないの』

 目を、ワソランへ裏返した。

 とたん、金切声は投げつけられる。

『この船の中で、わたしの哲学を汚すのはおよし!』

 浴びたワソランの体は小さく跳ねていた。

『けれど、美しいものは好きだね』

 ひとたび取り戻した穏やかさで、付け加えもする。緊張に浅い呼吸を繰り返すワソランの、喉元を流れて落ちるウロコ模様へ視線を這わせた。

『さて、おねえちゃんに質問だ』

 問うて息を吐きかける。

『なら、どうしてここがこんなに繁盛しているか、あんたには分かるかい? ノウハウじゃない。なぜ男が女を求め、女が男を求めるかの理由だよ』

 だとして向けられた視線も質問も、ワソランにはあてがわれた刃物でしかない。安易に口など開けずにいたなら、がっかりしたようなマグミットの声は聞こえていた。

『分からないのかい? こうもお勉強が足りないのは、どうしてかねぇ』

 吐き出すため息は湿っぽい。

『それは終わりに向かって落ちてるからでしょ』

 言った。

『時間がないことを知っているから、次へつなぐことをわたしらの生理は危機的なまでにこの身に強要するのよ。それが理由なの。巷では愛だの恋だの、お上品ぶっているようだけれどね。そんなものはありはしないのさ。だから相手なんて、誰だってかまいはしないんだよ』

 その話も視線さえも、払いのけて思わずワソランは身を捻る。

『ダオ。いや、ダオ・ニールと聞こえたかな』

 だからこそ引き付けなおして、マグミットはこぼしていた。

『知っているの?』

 気づけば穴が開くほどだ。ワソランはマグミットの顔を見つめていた。だとしてそのためだったなら、マグミットが答えてみせる気配こそない。

『つまりだね、おねぇちゃんが不毛なのは、そこを勘違いしているからなのよ。強要されている事実が大事なの。それが誰かだなんて、問題じゃない。そしてわたしの言うことに間違いがないから、ここはこんなに儲かってる』

『答えなさい!』

 はぐらかされて痺れを切らせば、吐きつけたワソランにマグミットの目は腫れモノのその奥で、陰鬱とくぼんでいった。

『違うといってるでしょ。探しているつもりだろうけれど、本当は焦っているだけ。勘違いしているから大変な思いをしているだけなのよ。誰だってかまわない。理解すれば今すぐにでも、解決できるんだよ』

 盛り返して見開き象られていったのは、笑みだ。

『なんなら学習したあかつきには、ダオ・ニールとやらの居場所を教えてあげてもいいけれど』

 すぐにも引っ込め、すぼめた口で示してみせる。

『まぁ、おねえちゃんはアタマの良い子には見えないから、どうしたものかな』

 あからさまな気まぐれは、装ったものなのか本気なのかが判然としない。だからして取引などと呼べるはずもなく、ただ増えたように錯覚する選択肢だけがワソランを翻弄する。付け入りマグミットがその首筋へ、手のひらを張り付けていた。思う存分、温もりを吸い取ったなら、尖るアゴの形を確かめ強張るワソランの頬へと沿わせてゆく。

『本当に、ダオの居場所を知っているの?』

 恐る恐る問い返していた。

『おっとっと。だめだめ。知りたいなら、お楽しみのあとでね』

『あなたは、知っているのね?』

『それは、満点がでるまで教えられないのよ』

 最上層はもうそこだ。

 そして取引でないならその時、取引に変えるべくしてワソランは意を決する。

『なら、彼の居場所だけでは足りないわ』

 停止したエレベータが、揺れていた。

 仕掛ける一方だったマグミットの手は浮き上がり、言い分に驚いたような顔を持ち上げる。ワソランは、そんなマグミットの手を自ら取っていた。

『わたしと一緒にここへ来た二人を無事に、ここから出してあげて』

 己の腰へ導き、マグミットへ微笑みかける。

 聞いたマグミットの目が、暗く我を取り戻してくぼんでいった。

『……おもしろい、おねえちゃんだ』

 これまで聞いたこともないほどと、低く声は絞り出される。。だからこそ逃げることなくワソランは、ねじれていた体をマグミットへ向けなおした。

『いいえ。楽しいのは、これからじゃなくて?』

 見届けドアは静かに左右へ開いてゆく。

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