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ACTion 39 『檻と背中』

「……ぃえっ、ぷしッ」

 こんな書き出しがあったが、音源はトラではない。

「……だぁ、あぶしゅッ」

 説明する間もなく二発目さえ響く。

 その派手さに、ついぞ壁と睨み合っていた『サリペックス』がアルトへ振り返っていた。もちろんその態勢を強いたのはアルトだ。だからして振った銃口で前へ向きなおれ、とアルトは促し返してみせた。

 恨めしげな視線を残して正面へ向きなおってゆく『サリペックス』は、妙なウィルスでもうつされるんじゃないだろうなと言わんばかりだ。

 見届けアルトは、頬に口元をさすって残るムズ痒さを紛らわせる。

「クソ。どこかで適当な噂、してやがるぜ」

「じゃなくて、こんなカッコで、こんなところにいるからでしょ」

 すぐにも抱きかかえた自分の体をさするネオンに、突き返されていた。何しろあの過激なヒモ衣装を拒否したために着続けることとなったネオンのブラウスはまだ生乾きと重たげである。そしてアルトはと言えば、航行中、理髪店など立ち寄れるハズもない、思えばネオンより長い髪はタオルで拭ったきりと濡れたまま、その胸元に至っては、切羽詰って抱き合った際に受けたとばっちりでこれまた濡れた切と、心地悪さを残している有様だった。

 無論、時間に余裕さえあれば熱いシャワーでも浴びて、切り抜けた危機ごとリフレッシュしたいところだったが、現状、そんな場合でこそない。

 だというのにモディーの叔父が案内した上納金の配送ルートは、積み上げられたバイオプラントの栽培キットと予備パーテーションの向こうに隠れていた配電室の階段、そこを改造して各階層を繋いだエレベータで、足元こそ一枚板だったが四方は檻がごとく格子の囲う粗雑な造りときている。移動速度もウソのようにゆっくりしたものだったなら、空調の兼ね合いか、はたまたそれら温度差で生じる対流か、吹き抜けて行く風はとにもかくにも濡れた二人には冷たすぎた。

 ままに、目指す最上層の三十七層。

 果たしてこの先、待ち受けるだろう大一番を前に、地味に削がれてゆく戦意だけはどうにも保っておきたいと思う。だからして取り繕うべく威勢を張ったはずがこのザマなら、むっ、と横目にアルトはネオンを睨みつける。

「あたりまえのこと、言うん、……でぇっくしぃッ」

 が、その口からまた飛び出すくしゃみ。

 再び迷惑そうにダークスーツの背はよじれ、今度は『テタラタン』が心配げにそのシワを歪めてみせた。

「あたしに風邪、うつさないでよね」

「ああ、バカはひかねぇって昔からの話だ。お前は気にするな」

 再び振った銃口で前へ向きなおらせる。

 負けず劣らずの視線でネオンにもまた、言われていた。

「バカって言う方がバカよ」

「うるせぇ。一緒じゃ、こっちが迷惑なんだよ」

 おかげで店内、ここで待せてもらえ、と言って勃発した口論の続きはここでもまた、繰り変えされることとなる。

「だって、あんなところにいたらボンレスハムみたいな格好させられて、なにさせられるかわかったもんじゃないじゃない」

 確かにあのヒモ衣装を着せたがるモディーの叔父は、放っておけばそのままネオンを店に出しかねない勢いだ。だが拒否する自由は残されており、比べてこれからのひと悶着にそれは望めそうになかった。

「何かあったら、その靴で殴っとけ、てんだ」

 吐き捨てるアルトに、嘘はない。

「あ、そう。じゃあまた騒動でも起こせ、ってわけね」

 とそんなアルトの前に、寒さに血の気の失せたネオンの手は突き出されてくる。

「だったらあたしにスタンエア、貸しておいてよ」

 乗せたエレベータはようやく、十層をやり過ごそうとしていた。

 その手をチラリ、アルトは盗み見る。

 次の瞬間にも、振り払うようにその視線を逸らしていた。

「トラの野郎ッ」

 出るとすれば、もはやその名しかなくなる。

「だいたいトラがお前を置いていくってこたぁ、よっぽどお前に非があるってことだろ。 極Yのためだとか何とか言っても、まずこんなところへ来ようってのが理解不能だからな。そのうえ、す……」

 がその先を遮ぎるのは、またものあれだ。

「……あ、っぶしょぉいッ」

 豪快と撒き散らせば、浴びせかけられた四体が申し合わせたようにアルトへ振り返っていた。動くな、と睨み返す体にも力がこもったなら前屈みだ。倒して押し返せばちょうどと、にじるようだったエレベータの動きは止まっていた。

「……あ」

 ネオンが空を仰いでもらす。

『止まったな』

「なッ。こっちは急いでんだぞッ」

 『サリペックス』の片割れがこぼし、たまったもんじゃない、でアルトは喚いていた。

『スプリンクラーのせいでやんな。作動した後、動作を初期値に戻すのに、しばらく電力が止まるが常でやんな。千二百セコンドはこのままでやんな』

 ならなだめすかすに逆効果な解説を、『ヘモナーゼ』は造語で綴る。

『どういう構造になってんだよ、この船はッ』

『あ、あっしに言われてもでやんな』

 ロクなことになりゃしない。

 とはいえここへ至る経緯からもおおよそ想像がつくように、安全規定など真っ向から無視してこの船は、システムもまた好き勝手と拡張に変更を繰り返してきたに違いなかった。挙句、スパゲッティよろしく混乱した一部分だけを都合よく扱うことは出来なくなり、事態は起きたのだろうと片付けることにする。

「千二百セコンドもかよ……」

 一人身なら途中下車も他愛ない檻だが、あまりにオマケが多すぎて身動きが取れなかった。アルトは脱力し、見上げていても仕方のない頭上から視線を落とす。

「うそでしょ」

 ネオンも信じられない、と言わんばかりだ。

「ロクでもない船だぜ」

 おかげでなおさら寒さが身に沁みたか、ひとつ大きく身震いしてみせる。

「ダメ。我慢できそうにない」

 その体をさすったかと思えば、しばし思案するように眉を寄せた。

「そっち、くっついてもいい?」

 やがて付け足す。

 確かに、ここは互いに意地を張っても何の足しにならない。

「ああ」

 それはアルトも同じであったなら、ここは一時休戦するほかなく返していた。そうして

見張るべく四体の前へ、その腰を下ろす。ややもすればそこへネオンの背は、重ねられていた。

「やっぱり正解」

 落ち着きどころを探して体を揺するネオンの声が、聞こえてくる。

「向かい合うより断然、落ち着くしね」

 皮肉もまた、だ。

「背に腹はかえられないってこったな」

 言えば、そんな悪ノリにはしゃぐネオンが、声のトーンをひとつ上げていた。

「背に腹か、うまいこと言うじゃない。ね、ほら、連れてきてよかったでしょ?」

「お前は、カイロか」

 やり取りが、慣れぬはずの背にある感触と共に、記憶を躯体より呼び起こす。だがそれが何の記憶だというのか。躯体の記憶は五感と意味を伴わず、思い出せぬからこそもどかしさに、アルトはただこう切り出していた。

「余計なお世話だろうがな」

 その唐突さに何のことだろう、と背後でネオンが聞き耳を立てている。

「お前もあいつが、トラが、お前にどれだけ気持ちを砕いてるか知ってるなら、ちゃんと汲んでやれ。そのために一緒に生活してるんだろうが」

 そもそもこんなとばっちりを、これからも引き受けるつもりはない。

「だって……」

「俺が面倒見る義理は、もうないハズだ」

 声をくぐもらせるネオンの歯切れ悪さを、立ち切った。だがネオンはそれでも続ける。

「だって、トラはまたジャンク屋にでも助けてもらえって、わしに遠慮せず会いに行けって言うんだもの」

 それこそ全くもってトラの言い出しそうなセリフだった。

「カチンときちゃった……」

 アルトは閉口し、気づいたからこそネオンもまたまくし立てて言う。

「だからって、テンさんたちの下見に来たって言うのはホントだからね。あてつけだけで来たんじゃないわよ。そんなこともあったってだけで……」

「当たり前だろ。じゃなけりゃ、本気で怒るぞ」

「まかせてよっ」

 などど挽回するネオンの口ぶりこそ、はき違えていた。

「迷惑はかけない。今度は胴体なんかじゃなくて、一発で頭、撃ち抜いてみせるからっ」

 それこそ酷く横面をひっぱたかれた思いで聞いて、アルトは声を跳ね上げる。

「バカ野郎ッ」

 手加減のなさは、後から気づいた事実だ。

 だからして背中から、息を飲むネオンの強張りは伝わっていた。やがてそうっと、怒鳴られたワケを確かめようと剥がした背中で振り返ってみせる。真後ろの顔色など見て取ることがかなわなければ、再び元のへ戻っていった。

 沈黙を、アルトは吐き出した息と共に打ち破る。

「お前に殺しなんかさせられるか。だからさっきから迷惑だと言ってるんだ」

 しかし、そうさせたのは自分にほかならない。

「言っておくがな、あれは非常事態だったからだぞ。金輪際、お前にスタンエアを渡したりしないからな。覚えとけ」

 軽率だったと、自らを叱咤した。

「……ごめん」

 浴びせられたネオンの声が、縮んで消え入る。

 それははそれで罪悪感を抱かずにはおれず、

「謝るな」

 口ぶりは取ってつけたかのようになっていた。

「だいたいな、トラにそんなことをさせたなんて知れたら、俺があいつにヤられちまう」

 いただけない、と付け足してみる。

 だとしてネオンには、もう謝る気配すらない。

 おかげで会話もついえる。

「……それに」

 そして、それだけではまだ足りなかった。埋めてアルトは、こうも小さく搾り出す。

「お前は俺の大事な靴だからな。血まみれなんかじゃ、最悪だろ」

 聞こえぬはずなどないというのに、なおらさネオンに答える素振りはない。

 ただ沈黙に風が舞っていた。

 と次の瞬間、唐突にアルトの背へ重みはのしかかる。床を蹴り上げたネオンが思い切りアルトへ体重を乗せたせいだ。前のめりと潰されかけたアルトは呻く。

「がッ、なんッ」

「しっかり走ってるのっ?」

 それは、はしゃぐような口ぶりだった。

「すごく遠くへ行けた?」

 などと急にけたたましくなった双方へ、悶々と壁を向いていた四体さえ振り返る。

「もうあなたはセフじゃないってことくらい、分かってるわよ。そうだっただけで、もう遠くへ、好きな所へ行っちゃったってことも分かってる。そう、他人なんだ。わたしたちっ!」

 その嬉しそうな響きには、どこかヤケクソのような響きがあった。なら触発されたか、はしゃいで揺れたこの檻までもが、再び動き始める。ウインチを巻き上げる駆動音がダクトを満たし、みあう速度でこれまでになくダクトの中を昇っていった。

「何、言ってんだ。当たり前だろうがッ」

「トラもバカよね。いつまでたっても、やきもち焼いちゃって」

 どうやらあの鈍麻な移動速度こそ、スプリンクラーの影響を受けてのことだったらしい。

「お前こそ、しっかりしろ」

 力づくでネオンを押し戻す。

「はぁい」

 そうして返されたネオンの返事こそ、間延び加減がおふざけとわざとらしい。

 同時に思い出せず躯体を巡っていたそれが何だったのか、アルトの中で記憶は記憶として明滅を繰り返す。そう『F7』の記憶もまた檻と、異質な他者と二人で過ごした、ひどく閉じた世界だ。

 なくして恐怖を覚えるもの。

 あの時、二人の間にあったものが何だったのか。

 無論、クレッシェの受け売りがいただけないものであることは、すでに知れた話となっている。だからして剥げないこの記憶もまた同郷と同胞の哀れみに過ぎないなら、そこには酷い勘違いが潜んでいることになるはずだった。

 いや、深読みにこそ意味はない。

 それが己の始まりなら、なおさらだ。

 そもそも順調に昇り始めたカゴはもう、三十層へ差しかかろうとしている。吟味している時間こそないと、もろとも押しやりアルトは立ち上がる。

「トラとはちゃんと仲直りするわ。だから、あなたの名誉を傷つけるようなことも、金輪際しない」

 過ぎたおふざけの時間に、もがれた半身の温もりを追って座り込んだそこから、ネオンが顔を上げていた。

「当然だ。そのためにもとにかくここを片付けて、とっとと出ちまうぞ」

 答えて返せば、追いかけ立ち上がろうとネオンも身をしならせる。向かってアルトは手を差し伸べていた。

「少しは安心してよ。あたしだって、いつまでも同じじゃない」

 掴んで返すネオンの笑みは、いつも揺るぎない。

「ついてくるなら、俺から絶対に離れるな」

 頼りに投げれば、はっきりうなずき返すネオンの前髪が揺れた。

 吹き荒れていた風は、三十五層を通り過ぎたところでその猛威をおさめようとしている。見上げればひときわ明るい光は、最上層から降り注いでいた。

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