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ACTion 37 『ピンク・パニック 5』

『お役に立てて、光栄です』

 イルサリは返した。

 そのラインをイルサリりは、最も初回アクセス記録が古く、比例して最も接続回数の多い、父が時折、『じいさん』と呼び慕う、だからして自分にとっても重要な相手であることを理解している。

『ならばついでにもうひとつ。お前さんの知っておる、それまでを教えてもらえんかの。なんの、どうやらお前さんの親父殿は、かなりマズイ事態に遭遇しておるようじゃからな。わしらが助けに向かわねばならんだろうと思うてのことじゃ』

 言う『じいさん』は、父が慕うにふさわしい穏やかな口調で、そう指示を続けていた。

 だからしてイルサリは記録を辿る。

『マイナス一三五〇三九セコンド、積乱雲内、放置船に再潜入……』

 伝達完了までの所要時間を最速とまとめあげ、時系列でつまびらかとしていった。

 と並列にこなしていたのは、時を同じくして父のスクータ船へ舞い込んだ、もう一本の通信対応である。

『ご連絡、ありがとうございます。ただ今、本船の船長は通信に出る事ができません。お急ぎの方は、わたくしイルサリが船長に代わり応対させていただきます。ご希望でない方は、ピーと言う発信音の後、メッセージを記録ください。折り返し、ご連絡させていただきます』

 開いたラインへ自動応答メッセージを流す。



 だからしてその単調なメッセージを聞いたトラは、詰めた息を吐き出していた。

 『バンプ』の航路を変え、後にしてきたばかりのテンの船へ通信をつなぎ、手のひらを返したようなトラへ唖然とするテンから二人が向かったと言う模擬コロニーの座標を聞き出すと、これまで連絡を取ることを拒み続けてきたアルトのスクータ船へと、こうして通信をつなげている。

 無論、スクーター船の連絡を拒んだのは、ネオンの存在があったからに他ならない。デミやサスを通せばいかようにも出来ると分っていても、万が一にも『バンプ』にアドレスを残してしまえば、知らぬ間にネオンがこっそり連絡を取るのではないか、と気が気でなかったためだった。

 そのタブーを破った今、相手が応答するまでの間、ふいと腹の底が傷んだことは否めない。果てに、他者の手洗いをのぞいてしまった時より立場なく、愛しい人の日記を盗み見てしまった時より残酷な本音を浴びせられる結末を迎えてしまったなら。

 今頃、なんなの?

 本当はあたし、アルトと一緒にいたかったのに。

 言葉は過り、頭では理解していても巡る妄想に拷問だと、トラは自らへ嘆いた。

 食らってもなお、ネオンが無事ならそれでいい。

 言い含めるが、現実はなかなか複雑と一言ではまとまりそうにない。

 だが肩透かしも極限と、ネオンどころかそこにはジャンク屋さえいないと言う。

 自動応答のメッセージを聞きながら、気抜けてトラはしばし呆けた。

『る。留守か……』

 ようやく吐き出す。

 思えば二人は模擬コロニーへと向かっていたのだ。到着していれば、船に残っている道理こそなかった。

『よ、よかった』

 ひとまず胸を撫で下ろす。空いた手で自らの労をねぎらい、いシワを拭いさすった。

 前で通信モニターからは、ピーという間抜けた発信音が鳴っている。メッセージの録音を促すそれは、トラが喋らなければ沈黙が続くに違いない合図でもあった。

 放置しかねてトラは、どうにか我を取り戻す。さて何を吹き込んでおこうか。拭い終えた手をコクピットのダッシュボードへついた。

 とその時だ。そんなトラの疲弊を読み取ったように、自動だと思われた音声はこうトラへと話しかけてくる。

『よろしければ、わたくしがお伺いいたしましょうか?』

 抜群な間合いはまるで、八星レストランの給仕か何かのようだ。おかげでトラも、なんら疑問を抱くことなくするっと答えて返していた。

『う、いや。あ、頼む。ヤツとネオンはどこへいった?』

『はい。父上は他二名の同乗者と共に本船を離脱。模擬コロニーへ移動。現在……、』

 聞きながらふむ、とさえ相槌を打ってみる。

 喉を詰まらせた。

『な、んッ?』

 共にカッ、見開く両眼。

 何しろ、そこに含まれていた意味不明の単語がいただけないのだ。いや、意味は至極単純明解だったが、そこから広がる妄想がトラの思考にこれでもか、と待ったをかけていた。

 ままにトラは、拭ったばかりのシワをつまむ。目を覚まして伸ばせるだけ伸ばしてみた。だがその痛みに夢とこの現実が冷める様子はない。瞬いていた。その目を改め、通信モニターへと落とす。そこには先ほどから映像を拒否し、スクリーンセイバーだけを映す画面はあった。だからしてトラはすでに飽和気味となっている思考でもう一度だけ、考え直してみる。まるで先ごろの『デフ6』親子のように。

 そう、今、自分が会話しているこいつは誰だ、と。

 しかもこの声の主はあろうことかジャンク屋を「父上」などと呼びつけたところなのだ。そんな話など、一度も、欠片も、噂も、聞いたことはなかった。

『ちち、うえ、だと?』

 なら声の主は慌てて訂正してみせる。

『申し訳ありません。父上とは、当船、船長を指します』

 それは間違いであってほしいとさえ思える訂正だった。

『な、ん、だ、と?』

 伸ばし続けたシワからついに、その手は離れる。同時に脳内に、一つの結論を瞬かせもした。なにしろ子供がいるのだ。産ませた相手がいないわけがない。そしてそんな相手にこそ、相応の親密さはあるはずで、あろうことかネオンは、そんな相手のいる男を慕い追いかけていったというのだ。それはは真昼のドラマも真っ青の構図に違いなかった。

 それでも百歩譲って、とトラは考える。極Yの将来のため模擬コロニーへ向かうという話が本気だったとしても、口に出さずただ時折ぼうっと思い出すその様子こそ、無関心であるとは思えない。

 そんなネオンは今頃、この律儀に話すジャンク屋の子供を前に何を感じ、どう思っているのか。想像するほどにトラはわが身の事と、身悶えする。ネオンが心配だと思えばこそ、どうすることもできないコックピットの中でうろたえた。

『いかん、いかん、いかん! いかぁんっ!』

 気づけば強く握りしめていた拳を振って、喚き散らす。

『よ、よもやあのレンデムか?』

 テンの船でモニター越しにちらりと見た、あの見知らぬ女だ。思い出して、目を細めた。ならばこまっしゃくれたこの子供のみならず、母親までもが乗り合わせることとなってしまった閉鎖空間に、トラの脳内でヒステリック極まる愛憎劇は早々、展開されてゆく。果たしてそれは平凡極まる茶番か、それとも異才放つ高度な心理サスペンスか。思い巡らせたなら、トラのうねるシワにトリ肌は立った。

『な、なんてことだ』

 たまらずモニターへ向かい吠えていた。

『ネオンはわしが必ず守る。何がなんでもネオンは世界中の誰より、幸せであらねばならんのだ! 今すぐだ! 今すぐネオンを連れて帰る! とにかくネオンをここへ出せ!』

 だが子供は、変わらず冷静そのものだ。

『残念ですが、現在それは不可能です』

 いとも涼しげに拒否してみせる。

『マイナス三六八セコンド、父上から模擬コロニー内のナビゲーション指示あり。マイナス一四四セコンド、ライトネブライザー入店を確認。以降、通信は断絶。電源をオフにしているか、なんらかの通信障害が発生しているものと判断。現在、こちらからの呼び出しは不可能な状態が続いています。よって同伴者を呼び出すことも不可能です』

 ならば仕方ない、と納得せざるを得ないほど説明は手際がいい。

『店に、入った、だと?』

 いや、だからこそトラの目はそこでさらにパチ、ク、リ、三段階で瞬いていた。

『そ、それは、つまり、ネオンも、と言うことなのか?』

 確かめずにはおれず、待ち受ける結末に切れ切れと吐き出してゆく。

『質問に関する確認は現在不可能です。ですが状況から、その確立は高いと判断されます』

 介せぬ子供は、言い切っていた。

 瞬間、逃れられぬ緊張に、トラはごくり、生唾飲む。

『は、腹でも、すいたか?』

 強引なまでに当てはめる、メルヘンチックな妄想。

『いえ、飲食店ではありません』

 にもかかわらず、木端微塵と打ち砕かれていた。

 その先など聞きたくもない。

 などと耳を塞ぐまもありはしない。声は残酷なまでに、残りをこう綴って教える。

『ペアラウンジと分類された、風俗店です』

 とたんカマイタチがごとく、息はトラの口へ吸い込まれていた。

 やがて放たれたのは、乙女がごとく金切り声だ。

 絶体絶命。

 叫び声は広大な宇宙を切り裂き、その隅々にまで響き渡る。そう、ギルド商人にしておくには惜しいほどの類まれな想像力と、おかげで重ねた都合よい誤解に彩られたこの世界の隅々までに。

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