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ACTion 35 『ピンク・パニック 3』

 後ろ手に閉めれば闇は広がった。

 いや、照明が絞られているだけだ。

 目が慣れるまでだ、と気づいてしばらく。満たす重いリズムと、表のけたたましさからは想像もつかないけだるい雰囲気を全身で受け止める。混じる幾つもの息遣いにも触れたなら、その濃厚さを意識せざるを得なくなっていた。

 やがてほどなく絞れた瞳孔に、吊るされたチンケなカーテンは浮かび上がってくる。まとわりつくようなそれをアルトは払いのけた。

 やたら縦に長い空間はそこに開ける。

 ちらほら、見える光景にネオンが潰れたような声を上げていた。

「ぎゃ……」

 仕方ない。どこぞの惑星のバイオプラントとパーテーションで仕切られてはいるものの、そこに抱き合う男女はオンパレードでひしめいている。それぞれがそれぞれにお楽しみの真っ最中なら、なかなかもって壮観な眺めでもあった。

「でっ、ここ出るっ! ほか、ほかの道がいいっ!」

 だがそうは問屋がおろさぬと、真後ろで締めたばかりのドアは開け放たれる。塞ぎ、あの四体は、駆け込んできていた。

「出来るかッ。イヤなら目、閉じてろッ」

「そ、そんなじゃ、解決しないでしょぉがっ!」

 だからして力づくだ。アンカーよろしくネオンを引きずり、アルトは駆け出す。

「やだ。やだ。やだ。やだっ。やだーっ!」

 抗いきれず千鳥足。ネオンの絶叫が尾を引いた。

 連れてアルトは立ち塞がるバイオプラントへ身を躍らせる。突き抜けた所に沿わせて置かれていたフレキシブルシートがあったなら、埋まり込む足に前のめりとなりながらも飛び降りた。

『失礼ッ』

 いや正確には、そこに寝転がる男女ごと飛び越した。

『やだ、ごめんっ!』

 引きずられてまたぐネオンの振り回しきれなかった楽器ケースが、見事、横たわる男の後頭部をひっぱたいている。

『いらっしゃいませ』

 ついでにすれ違ったボーイに一声、かけられていた。が、気づかぬはずもない。すぐにもボーイの目は丸く見開かれていった。

『な、なんですか、あなた! ちょっと!』

 振り返ったその体を、四体の黒服たちは追い抜いてゆく。それがマグミットの部下だと分かるに時間はかかっていない。言うべきセリフを失ったボーイの目は点となり、くるり返した体でこう、声を上げていた。

『……しゅ、しゅにーん!』

 その主任がだれぞや知らぬが、さらにバイオプラントの間を潜り抜け、アルトは傍らで音の聞こえてきそうなキスを交わす二人をやりすごし、時に通路に沿って右へ左へ。退店途中と思しき客と正面衝突しかけたところで回転扉のようにかわして進路を捕えなおし、捨て置かれた衣服を蹴散らしながら、ひたすらに奥へ向かう。

 この薄暗さと迷路のような店内が味方したのか四体は、そんなアルトとネオンの姿を見失ってしまったらしい。ゆえに店に詰める客を片っ端から確かめはじめると、不躾な第三者の介入に肝を抜かした利用者と女の声は、そこここで上がっていた。

 刻一刻と近づいてくるその声を聞きながら、アルトは息を切らせて最後のパーテーションを右手にやり過ごす。ついに店の突き当りにまで辿り着いていた。

「やっと終わり?」

 様々な意味で摩耗したネオンがこぼす。

 答えることなくアルトはイルサリのいう変電室のドアを探し、辺りを見回した。だが剥がれ気味に浮き上がった壁紙の一部をくり抜きしつらえられてあるのは、手洗いへ続く踊り場のみだ。あとはこれといって何も見当たらない。

「左手です」

 止まった足にイルサリも、すかさずフォローする。

 従いそちらへアルトは走った。だがそこにあったのは、どでかい箱の山だけだ。壁に沿わせる格好で、予備のパーテーションとバイオプラントの育成セットはうず高く積み上げられていた。

「……ん、だとぉッ」

 こうなればイルサリを責める気も失せる。

 いや、そもそも時間がない。

 手入れを受けるたび背後で上がる細切れの悲鳴は牛歩の歩みながらも、もうそこにまで迫っている。苦々しく聞いて寄せた眉間の下で、アルトは両眼を窪ませた。

「なによまた塞がってるのっ?」

 見過ごせず、ネオンも低く吠える。

「違反だっつっても、聞くような場所じゃねぇ、ってかッ」

 舌打ちもろとも、吐いてアルトは振り返った。ならちょうどバイオプラントの葉陰に『テラタン』のシワに覆われた横顔はちらつく。

 咄嗟にネオンの派手なブラウスを匿っていた。

 その体を抱え込む。

 息継ぐ暇なくきびすを返し、つい先ほどやり過ごしたパーテーションの向こうへ駆け込んだ。

 自船の居住モジュールと変わらぬ広さが確保されたそこに、L字型のフレキシブルシートは据え置かれている。すでにそこでは二組の先客が、のっぺり自由と溶け合っている最中だった。身を隠せるようなものがあるとするならダンスタイムでもあるまいし、そんなL字シートに囲われ互いに程よい距離をおくと、ダンスタイムよろしく密着して揺れる三組の客たちの影くらいとなる。

「ちょ、ちょっと待って」

 いきなり視界を塞がれたネオンが、ギブアップを訴えて手を振り回していた。

 知ったことかと棒切れよろしく引きずって、揺れる三組を押しのけアルトは奥へ、壁際へ移動する。動けなくなったところで、匿っていた胸元からネオンはようやく抜け出してみせていた。

「どこ?」

 と、置かれた半透明のパーテーションへ、うっすら『サリペックス』の細いシルエットは映り込む。立て続け、甲高い女の悲鳴と憤慨する野太い声は重なり、逃げ場を失った客と女の手のひらがべたり、パーテーションへ貼り付けられた。

 目にしたネオンが、思わず叫びそうになったその口を自らの手で塞いでいる。

 気づくことなく、これまたアテはずれとシルエットを翻した『サリペックス』は、間違いなく隣り合うこのスペースを目指していた。

 それこそ、ないに等しい距離だろう。

 イコール、与えられた猶予は、即座にカウントダウンをはじめる。

 急かされアルトは、むさぼるように辺りを見回した。濡れた作業着から腕を抜き、脱ぎ捨て、剥き出しとなった腰のスタンエアを引きずり出したシャツの裾で覆い隠す。その手で、術をなくして固まるネオンから楽器ケースをもぎ取った。否や、抱きつく。その体を壁へ押さえつけるが早いか、遠慮なく片足を抱え上げた。

「ちょっ!」

 驚き逃げたネオンの頭が、壁で鈍い音を立てる。

「でっ!」

「いいから、しがみつけッ……」

 抱き寄せるというよりも、それは押さえつけるがごとくだ。かばって手のひらをあてがったなら、殺した声で吹き込む。

「な、なにっ!」

 だからして両手足を振り回すネオンは捕らえられた虫さながらとなり、おかげで体勢に見合う色気は吹き飛ぶ。

 さなか『サリペックス』の顔は、このパーテーション内をのぞき込んだ。

 揺れる三組の向こう。様子ははっきりとネオンの目に映る。

 瞬間、素直に抱きつく飲込みの早さは、悟りを開いたのかと思うほどだ。

 薄暗さと、ネオンの姿が見えないことに加えて羽織っていた作業着を脱ぎ捨てたせいだろう。『サリペックス』はそこに探す二人がいることに、まだ気づいていない。まずフレキシブルシートに転がる客へ首を突き出すと、これまで繰り返してきた通りと客たちを改めてみせる。上がる悲鳴と共に違うと分かれば、さらにもう一組をのぞき込んだ。

 その動きは、じれったいほどに鈍い。

 ままに二人の姿を隠して立ち塞がる三組へと、振り返ってみせた。

 気配を感じ取ったアルトの息遣いが、ネオンの耳元で確かに止まる。

 それはコトの成り行きをネオンへ予感させると、照明して後頭部にあてがわれていた手のひらはスタンエアへと静かに降ろされていった。だがそれはネオンにすらはっきり分かるほどに不利な賭けだ。何しろ今、『サリペックス』を視界に捕らえているのはアルトではなく、ネオン自身である。

 はがゆさがネオンに唇をかませる。だからといって、そこに覚悟というほどの決断を下した記憶はなかった。ただアルトの首にから絡めていた片腕をほどく。そのまま肩へ滑らせたなら、スタンエアを握ろうとする動きを押し止めて、軽く掴んだ。

「……なに、する」

 掠れた声が確かめている。

「任せて……」

 同様に消えそうな声で、ネオンもまた返していた。それきり肩から胸へ、アルトの脇をくぐらせ、腰骨に沿って背中へと伸ばしてみる。だらしなく引きずり出されたシャツの中へもぐりこませたなら、手繰った先に触れたスタンエアのグリップへ指をかけた。

「胴体、狙え」

 すかさず教えるアルトは、間違いなくネオンへ全てを託している。

 うなずき返す代わりだ。ネオンは差し込まれていた銃身を、ひと思いに引き抜いてみせた。小ぶりで軽いスタンエアは、初めて手にするネオンにも違和感がなく有難い。

 その目の前で利用客と女は、『サリペックス』の突きつける銃口にちょうどと左右へ泣き分かれている。双方を見比べ舌打つ『サリペックス』の目が、やがて最も奥を陣取る二人へ向けられた。

 訝しげなその表情が、アルトの肩越しにネオンをとらえる。

 それが最後だ。

 迷いこそ、分がない。

 ネオンはシャツを跳ねのける。

 スタンエアを振りかざした。

 突きつけるが早いか絞る、トリガー。

 乾いた破裂音は鳴り響き、『サリペックス』は吸い込まれたかのように面白いほど後方へと吹き飛ばされて床を滑る。勢い余ってパーテーションを押し倒すと、通路にまで投げ出されていった。その派手な音に、残り三体が猛烈な勢いで駆け寄ってきたことは言うまでもない。足元に放り出された仲間を見つけるや否や、血相を変えてパーテーションの中へ身をひるがえした。

 だからしてこうなれば、順番などあってないようなものだ。振りかざされようとする実弾銃がネオンの目にスローモーションと映り、制してトリガーを絞ればきっかり四発、破裂音は店内を突き抜けてゆく。

 なるほど、リミッターを外した装填数が五発なら、それは上出来の命中率だった。放ってネオンは思い出したように息を吐き出す。

 アルトが確かめ、身をよじっていた。

 そこにフレキシブルシートへめり込み、 バイオプラントへ引っかかり、床に顔面を押し付けた四体は転がってる。

「ね?」

 などとネオンが呼び掛けていた。

「連れてきて、正解だったでしょ?」

 笑う。

 が、けたたましい靴音はまだ止まない。それは店の入り口とは逆方向からだ。

『なにごとだ!』

 弾かれ、ネオンは音へスタンエアを振りかざしていた。

「残り一発だぞッ」

 知らせて言うアルトの拳が握り絞められる。

 ところがそうしてすっかり縮み上がった客の間から顔を覗かせたのは、どうにも見覚えのある顔と顔に、顔だった。

『何の音でやんすか!』

『どうなってやがる!』

 がっちり、目と目は合って固まる。

 間違いない。

 そこに立つのは、最初ネオンたちを売れとうるさかった『ヘモナーゼ』に、 あのパンクな鬣もそのままのライオン。さらにはサスの知り合いであるところのスラーにモディーだったのだ。

『あ……』

『あっ!』

『あ?』

『ア……』

『あッ』

『でやぁああっ!』

 誰がどのセリフを吐いたかなど、むしろ問題ではないだろう。互いを指をさし、唇を尖らせ、目を剥き合う。その一通りが終われば、一気に辺りは白くかすんでいった。それは思いがけぬ場所での、思いがけぬ再会がもたらしただけのものではない。むしろ「その」体勢だ。

『違う違うッ』

 これまたハモれば全力で慌てふためき、アルトとネオンはその身を離していた。

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