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ACTion 33 『ピンク・パニック 1』

『なッ、なんだと?』

 とちって、どもって、うわ滑る。そら恐ろしい確率を引き当てたこの偶然に、アルトは面食らった。と同時に展開は、引くに引けぬものとなる。

『いくらなのか、言ってみろ。わたしは盗人じゃないからね。証拠に、言い値に色をつけて買ってやるぞ』

 それもこれも口からのでまかせかと考えるが、だとして大枚をはたくのは当の小男だ。ついた嘘になんの利もない。たとえ誰ひとりとして振り向かずともホンモノだ、そう思うほかなくなる。

『そら、どうした?』

 などと催促する様が楽しげなのは、すでにうろたえるアルトの腹の内を知ってのことか。

『そのつもりで、意気込んできたんだろうが?』

 ここはひとつ適当な御代を請求して時間稼ぎ、機会をうかがうべきか。それともノーと突きつけ、ひと暴れするのか。全てはためらうが相当と、アルトの脳裏を駆け巡った。面持ちをワソランも息を飲んで見守っている。

『それとも』

 と、埋めてマグミットが頑なだった態度を崩した。

『誰か、探しているとか言ってたんじゃなかったかな?』

 跳ね上げた声で目玉をワソランへと裏返す。再びアルトへ、腫れて歪んだ顔を突きつけなおした。

『いいかい?』

 果てに、噛み合わせの悪そうな口を開く。

『ここは金さえ払えば誰でも楽しめるハッピーな場所だ。嗅ぎまわるだけのイヌがウロつくようなところじゃないんだよ。だいたい素性を探るなんて、他のお客様の迷惑だと思わないかい?』

 その背後で、到着したエレベータがドアを開いている。しかし奥から、利用者が吐き出されて来ることはなかった。ただ乗り込む順番を待っていた利用者たちが、道を開けて左右に裂けゆく。気にすることなくマグミットは、背にしてこれみよがしと大きく唇をめくり上げていった。

『マナー違反は紳士じゃないねぇ、おにいさん』

 そこに洞窟は開いて、死臭漂う言葉は吐き出される。

 なら利用者たちが道をあけたのは、彼らのせいだったらしい。『サリペックス』種族が二体、『ヘモナーゼ』種族が一体、『テラタン』種族が一体、 黒服姿でマグミットの背後に立った。

『ウチじゃ、お断りだ。出て行ってもらうよ』

 従えたマグミットが吐きつける。

『いちいち迎えにこなくていいといったでしょうが、あんたたちは』

 続けさま背後の黒服たちへ、こぼした。

 様子に、ようやく周囲もこの小男が何者であるかを感知するに至ったらしい。まさに同心円を描いて、だった。マグミットの周囲から利用者たちは後ずさってゆく。カンのいい者などすでに成り行きを察すると、エレベータへ駆け込んでいた。

『せっかくだから、あんたたちに仕事だよ』

 もろともせず、いやそれこそ水を得た魚か、マグミットは曲がったアゴを黒服へ振る。

『あいつをつまみ出しな。二度とここのゲートを潜るようなマネをさせるんじゃないよ』

 その顔をワソランへ向けた。

『おねえちゃんは、こっちだからね。わたしがちゃあんと、探しモノを手伝ってやろう』

 気圧されたワソランに声はない。

 抱きかかえたマグミットはそれきり、丸まった背をアルトへ向ける。

 瞬間、アルトの足は床を蹴りつけていた。

 目にした周囲の利用者たちが、呼応するかのように一斉に視界の外へ散らばってゆく。 入れ替わるように黒服たちが、アルトの眼前へ身を躍らせた。  つまりネオンを置いてきて正解だった、ということだ。

 駆け出して二歩目でアルトは、その身を右へ振る。迷わず小柄な『ヘモナーゼ』の上着を掴んで投げ飛ばした。それきり黒服たちをかわしかけたところで、ぐいと掴まれた肩に身をのけぞらせる。

 『テラタン』だ。

 残した後ろ足へ体重を乗せ、踏み止まっていた。ままに奥歯を噛んだなら、振り返りざまだ。掴まれた肩の反動すら拳に乗せて、見上げるほどの位置にある横面めがけストレートを放つ。

 シワに覆われた体へ拳がめり込んでいた。

 手ごたえのなさが何とも心地悪く、しかしながら怯んでいる場合でないならアルトは振り抜く。

 トラに負けず劣らずの巨漢が数歩、よろめいていた。

 スキに、掴まれていた肩を振り払う。

 きびすを返せばその目に、放置船でチェイサーにみせたタックルよろしく、躊躇のない抵抗ぶりをみせるワソランの姿は飛び込んでいた。だがマグミットの足取りは変わらず、ただそれだけで凶器じみた雰囲気さえもが漂い始める。

 めがけて腹へ力を溜める。

 放って床を蹴り出しかけて、迫る気配に視線を逸らしていた。

 背後だ。

 思い過った瞬間、背を蹴りつけられる。前のめりと弾き飛ばされ、踏み止まったそこからコノヤロウ、で振り返った。その鼻先を二発目は空を裂いてかすめてゆく。柔軟性に富んだ『サリペックス』の回し蹴りに、思わず数歩、後じさった。そうして泳いだ手を、作業着の裏へ回す。すったもんだも時間がもどかしいなら、探るまでもなくそこに貼りつけていたスタンエアのグリップを握りしめた。剥がしてゲートを通過する際、掛けていたリミッターを弾き上げる。銃床を叩いて、開いた両足で銃口をかざした。

 見る間に脹れ上がってゆくシリンダーバルーンに、周囲からどよめきの声が上がる。

 知ったことかと『サリペックス』の神経質そうな眉間めがけ、アルトはトリガーを絞った。間際、身をよじった『サリペックス』の体が、食らったエア弾に、床の上をワックス塗りたてと果てまで滑る。すかさず、殴りつけられたシワをさすっていた『テラタン』へも放った。とたん巨体はもんどりうって床に倒れ、あと二体と、アルトは銃口を泳がせる。

『アル……!』

 重なり、ワソランの声が聞こえていた。だからといって気をとられたつもりはない。だが不意に食らった衝撃に、アルトは我を取り戻す。押さえ込まれた銃口が、いつしか宙へ逸らされていた。残る一体の『サリペックス』がもぎ取らんばかり、そこで顔をゆがめている。

『野郎ッ』

 もみ合えば、ワソランとマグミットの後ろ姿が視界の端でちらついた。

『おい、待てッ……』

 怒鳴りつけるが、切れる息に小声と届いた気配はない。

 と、一撃見舞ったハズの『テラタン』と『サリペックス』が立ち上がった。つまり脳裏を防弾ジョッキという言葉はかすめゆく。

『そりゃ、マナー違反だろッ』

 刹那、脇腹に激痛は走った。

 死守していたハズのスタンエアが吹き飛ぶ。

 それどころか詰まる息に、丸めた体でしばし呻いた。その目に万族共通の急所、『サリペックス』のスネが映ったなら、どうにか吐き出せた息と共にかかとを叩きつける。悶える『サリペックス』を傍らに、弾き飛んだスタンエアへ視線を振った。拾い上げつつ、遠のくワソランとマグミットの後ろ姿もまた探す。その腰へ、しつこくもスネを蹴り上げたばかりの『サリペックス』が食らいついてきた。面倒くさいと体重を乗せたなら、それきり『サリペックス』を押しつぶす。

 瞬間、肩越しに『ヘモナーゼ』をとらえていた。いや、背後に立つ『テラタン』に『サリペックス』もまた、である。その手は銃を握り絞めている。しかもその銃こそ、気密性を必要としない造りをしていた。

「冗談ッ」

 思わず『ヒト』語ももれ出す。

 同時に腰へ食らいつく『サリペックス』から、アルトは乗せていた体重を引き戻していた。夢中で床へと這いつくばる。追って銃声が鳴り響いていた。それは、スタンエアがごとき軽い破裂音ではない。確かめるべく顔を上げたなら、壁一面に張り巡らされていたホロ広告が一所、潰れ、映像を乱していた。さらに容赦なく鳴り響く銃声に、ホロ広告はその周囲で二枚、三枚と弾け飛んでゆく。

 とたん後退していた利用者たちが、血相を変えて逃げ出していった。

 そうしてかき乱された空気に、わずかながらも火薬、硝煙の匂いは漂う。

 間違いなかった。

 実弾銃だ。

 物理弾に回転さえかかったその破壊力は、いくらリミッターを外したとはいえスタンエアの比にはならない。言うまでもなくコロニー、船舶では使用禁止の重火器だった。

 だからこそ意味不明の悪態は、アルトの口から次から次に飛び出す。

 反射的に抱えた頭でワソランの姿を探すが、不意の実弾発砲に逃げ惑う利用者たちのせいで、もう見えない。いや、すでにマグミットと共に、この層を去ったのかとも思う。

 戸惑えば伏せたアルトへ黒服たちは、とここぞとばかり肉迫していた。つい先ほどまでもみ合っていた『サリペックス』でさえ、アルトのすぐ足元で懐へ手を伸ばしている。ならもう再びここへ足を踏み入れるどころか、そのためにここから出ることすら危うくなろうとしていた。これでは追いかけるつもりが、追われているような有様だ。反転した状況に即した対応は、それほど数あるものでなく、起き上がるが早いかアルトは脱兎のごとくその場から駆け出す。

 追いかけ黒服たちもまた、この気密空間に風穴を開けかねない物騒な飛び道具を片手にステップを踏んでいた。

 後で、よしんば後があるなら、ワソランからなんと言われようとも、ココはひとまず退散するのみだろう。

 作業着のポケットへ落とし込んでいた通信機を引っ張り出して、耳へ掛ける。ただ今はその「後」のために、こう唾を飛ばしていた。

「イルサリ、まだいるのかッ?」

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