ACTion 29 『はうまっち』
どれだけ見回しても見慣れそうにない。
歩き始めたそれぞれの周囲で、余白を食い合い色は入り乱れ、肌を指して音は豪雨と降り注ぐ。中へ紛れ込んでゆく利用者は、すぐにも行き交う綺麗どころに囲まれると、引く手数多の大歓迎を受けていた。様子はまるで旧知の友と再会を果たしたかのようなはしゃぎっぷりで、正常な男女比はおかげで一気と回復されてゆく。しかしながらその実、友でなどないならその先は、見てはいけないあれやこれやだ。
おかげでようやく理解したらしい。顔を歪めたワソランが、露骨と拒んでアルトへ身を寄せる。
『離れるなと言っておいて、なんだがな』
ゆえに言わざるを得なくなるのは、アルトの方だろう。
『あんまり、くっつくな』
どうにもいろいろ当り過ぎてたまらない。
とにもかくにもアルトこそ聖人君主でないなら、目的がすり替わらぬうちに上質な情報源をひとすくい頂戴できる場所へ向かうべく歩き出す。随所で沸き起こる己が興味を完全封鎖すると、露出度激しい肉と肉の間をすり抜け、漂うドラッグの霞を攪拌してやりすごし、ネオン光の下をくぐり抜けた。
しょせん船の構造は、航行中にどの惑星でもメンテナンスが受けられるよう、どれも似たり寄ったりだ。ゆえに上層へ上がるための設備は船首もしくは中ほどに設けられていることが常で、そこから上がれるだけ上層へ飛べば、それなりの何某が居座るにふさわしい場所へ出るだろうとヤマを張る。
穴蔵がごとし細い通路へ潜り込んでいた。ネオンとワソランを両に、通路両側に並ぶ窓ひとつない店舗のドアをこれでもかとスクロールさせ続ける。そんな周囲で利用客たちは数多勧誘に絡まれているが、アルトには見向きもしない。その理由が、通路も中程にまでたどり着いたところでついにアルトを見つけていた。
一見して判別のつく安っぽい詰襟の上下に身を包んだ『ヘモナーゼ』だ。いつ気づいたのか、背後からそっと近づいてくる。
『お兄さん、目立ちますな』
潜めた声に、誰より早く振り返ったのは耳のいいネオンだった。そこで『ヘモナーゼ』の胸元に、広告らしきホログラムがスクロールしているのも見つける。そこにはお世辞にも上品とはとれない単語が並ぶと、見合う言葉を『ヘモナーゼ』もまた吐いた。
『ウチでなら高く買い取りますよ。どうです? ちょっと足を止めて、有意義な相談としゃれ込みませんか?』
その通り。アルトが勧誘を受けなかったのは同業者と、綺麗どころを売りに来たブローカーだと思われていたせいだ。そしてそれが当初より作りこんだアルトの役所だったなら、左右に従えたふたりを害なくかくまうための、これこそ苦肉の策でもあった。
知らずネオン傍らを追い越し『ヘモナーゼ』が、後ろ歩きも颯爽とアルトの前へ回り込む。胸の前でもみ手なんぞを繰り出しながら、互い違いに回転する片眼でネオンを捉えてひひひ、と笑ってみせた。
『ちょうどヒトが欲しかったところでしてね』
聞こえたなら、さすがのネオンも脳天で毛を逆立てる。そうしてフガフガ空を食むのは、喋るなと釘をさされたせいだ。向けた視線でアルトなにをや訴えた。なら『ヘモナーゼ』はもう片方の目で、ワソランもまたのぞきこんでみせる。
『そっちはレンデムですか。いいですねぇ。模様の出方によっては喜ぶ客も多いですから』
食らったワソランの反応こそ、言うまでもない。
つまりアルトが無視していられるのも、この辺りが限界だった。
『ここは三、二でいかがです?』
そんなアルトへ『ヘモナーゼ』は指を立てる。
『却下だ』
くわえた無煙タバコを唇の端から端へ渡してアルトは、ただ返した。
が、おかげでようやく成立した会話に、『ヘモナーゼ』の調子こそ上がる。
『これは失礼。なら、五、四で』
手馴れた間合いは踏んだ場数の証とでも言うつもりか。
『では、六、七』
だからこそ蹴散らす勢いで、アルトは足を繰り出し続ける。
『なら七、八……。八、九……』
強引なまでに先を急げば、さらに値は吊り上っていった。
『いや、九……』
ついに『ヘモナーゼ』が言葉を切る。
『冗談でしょ。これが相場だ。これ以上はダメですよ』
いさめていぶかしげと、どこをみているのやら見当もつかなかったその目をネオンへ向けた。
『どうにも、そこまでの価値があるとは思えませんがね……』
などとそれきりネオンへ手を出すものだから、アルトはネオンを引き寄せる。
『おっと。これは、あんたが気安く触れるようなシロモノじゃないんだ』
お預けを食らわされた『ヘモナーゼ』の面持ちこそ露骨だった。
『さて、どこまでが本当ですかね。確かめさせてもらえないようじゃ、信用なんてできませんな。ウチはこれでもホンモノが売りでしてね。作り物をつかまされたんじゃ、話にならない』
売り惜しむその様に、言いがかりさえつけ始める。さらには『お兄さん』と付け加え、商売指南としゃれ込んだ。
『そんなじゃこの辺りでは商売になりませんよ。だいたいウチくらいでしょうよ。ここまでの値をつけるなんてのはね。いい加減、腹割ってどうです? お兄さんも、すっからかんでは帰れんでしょうに』
これが最後だと通告してた。
『そりゃ、たいそうなご心配で痛み入るね』
仕方なくアルトも返してやる。
『だがどちらも俺が念入りに確認した上物だ。あんたにどうこう口出しされることじゃない。こんなチンケなトコロじゃ、もったいねぇのさ。もっと稼げる場所へ売りに行……』
『それはそれは、お盛んで……』
などと続く『ヘモナーゼ』の笑いこそ間が悪かった。言いかけたところで地味にネオンに足を踏まれてみる。組んだ腕で隠れた脇腹なんぞもまた、ワソランにつねり上げられてみた。
『どうか、されましたか?』
だからして途切れた言葉に『ヘモナーゼ』が、首をかしげている。
『い、いく、……つもり、だッ』
どうにか吐き切ったアルトの息は、なぜにやあがっていた。
『はぁ』
それでもとりあえずうなずく『ヘモナーゼ』は、それを気迫と受け取ったらしい。
『ここにも当然あるんだろ。VIP待遇ってヤツが』
便乗して迫るアルトへ、口を開く。
『まぁ、あることは……。お兄さんは、そちらをお探しなんですか?』
『ああ。ダメなら、ここまで降りてきてやるよ』
言ってみたものの、なぜかしら両側への警戒が解けない。
と何やら閃いたのか、思案するように『ヘモナーゼ』は宙を睨む。やがてその目を互い違いにクルリ、回転させた。最初、声をかけてきた時と同じだ。いかがわしげと、ひそめてアルトへこう投げる。
『案内情報料ですよ』
確認する相手へは、無言で促すのがセオリーだろう。
『その時は五、四で。上でフラれたからと言っても、それ以上は出しませんからね』
そうして『ヘモナーゼ』は胸元に流れる広告を、ホログラムへと転写させた。アルトへ手渡す。
『ここへお越し下さい』
万が一にもそんな日は訪れないだろうが、いや万が一にもそんなことが起これば、その時はこちらの命が危ういことになるだろうが、ともかく受け取りアルトは懐へとしまいこんだ。その顔へ『ヘモナーゼ』はこう囁く。
『最上階です』
その時ばかりは、あれだけ回り続けていたはずの両眼の動もピタリ、止まっている。
『ワイヤースリーブマッチ会場奥。そこにこの船の主であり、私どものアガリをハネているもとじめがいますよ。そこですな。入り口で、マグミットに用があると言えば十分でしょう』
否や身を引き、口惜しそうにネオンとワソランを盗み見た。
『ま、せいぜい、頑張ってみてくださいな』
残す捨て台詞で、きびすを返す。
『ワイヤー、スリーブ、マッチ……?』
言葉は聞き慣れず、アルトはただ繰り返す。だがその詳細を聞き及ぶまでもなく、『ヘモナーゼ』の背中はすでに利用者の中に紛れて見えなくなっていた。




