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ACTion 24 『旨し能力』

 スラーの話によるとワイヤースリブマッチとは、最上階の専用リングで行われるデスマッチでの賭け試合である、ということだった。観戦者たちはその生死を予想するというわけである。

 掛け金は一口、百GK。決して安いものではない。だが安全の内に身を置く限りは出ない多量のアドレナリンに浸るべく、常に多くの者が集まってくるらしかった。それもまた長旅の果てに晒されることとなった意志と情動の萎縮、『イルサリ症候群』の不安を拭い去るためだと聞かされたなら、これまた納得の顛末となる。

 だがしかしそこにはどうにも聞き逃せぬ言葉もあった。ライオンはついぞ、眉間に生えたテグスのような髭を逆立て繰り返す。

『せ、生死だと?』

 そんなライオンの傍らでは、足元から投射された等身大のホロ映像が蒼い腕を伸ばしスラーへ抱きついていた。突き抜けたところでスラ―の横顔へまた別の映像は映り込むと、模様を描いて渦巻く。

『だから、うけるんだよ』

 などと、スラーの浮かべた笑みはまるで、失態が見つかってしまった時のようで笑いきれていない。

『つまり錬金術とはその遺体を運搬する、ということか?』

 何しろ公に処分することのできない肉体だ。ライオンはひそめた声で確かめる。とたん歪んでいたスラーの口は、真の笑いに大きく開かれていった。

『面白い読みだ。あんた、ベストセラー作家になれるぜ』

 勢いに任せてライオンの肩さえ叩いてみせる。

『ならば一口乗るとは、あなたも賭けに参加するということか。ふん。錬金術だと? ただの無駄金ではないか。ばかばかしい』

 振り払ったライオンの口調こそ容赦なかった。おかげでスラーから大きなため息は吐き出される。改めその顔をライオンへと持ち上げた。

『忘れたのか? 俺はエブランチルだ。それも、ちょいとばかり神経質な、な』

 そこに狡猾ないつもの笑みは浮かぶ。

『見えるんだよ』

 それはかすれるような声だった。

『社長は負けないでやんす。社長がハズす時は、負けたいときでやんす』

 それまでウロコ模様の上にケミカルタトゥを流しこんだ『レンデム』に、怪しげな薬物を押し付けられようとしていたモディーが、振り切りライオンの前へと駆け込んで来る。

『そりゃ、勝ち続けりゃ、イカサマだって睨まれるに決まってるからな』

 並ぶ格好となったスラーの首へは、寄りかかった女が腕を巻き付けようとしていた。ならそつなく解いて、スラーはこうも問いかける。

『あんた、テラタンと、ここのモディーが対戦するとしたら、一体、どっちに賭ける?』

 そこで左右に並び続けていた店は途切れていた。路地は開け、歩き続けたスラーたちの前に多重高層船の移動手段として典型的なエレベータホールは広がる。 まだ到着していないのだろう。二基しかないエレベータを待つ利用者は限られた空間の中でごったがえし、その手持無沙汰を穴埋めして、周囲の壁という壁ではめ込まれたホロ広告が激しい明滅を繰り返すと、最後のアピール合戦を繰り広げていた。

 見回して驚嘆の面持ちのまま、ライオンはどうにかスラーの問いに答える。

『……それは、体格からしてテラタンだろう』

 それでいい、とうなずくスラーは満足げだ。

『いいか、だがそれじゃ賭けにならねぇ』

 諭し続ける。

『だからワイヤースリーブマッチってのよ』

『ワイヤースリーブマッチでやんす』

 得意げとモディーもまた追随した。

『いいか、試合は、対戦者の素性を隠して行われる。いえば筋繊維スーツをかぶせた天然完体による代理試合だ』

 とようやくここ最下層へ、エレベータは到着していた。降者に道を譲って待ちくたびれていた利用者たちは二手に別れ、吐き出された乗客と入れ替わでエレベータへ乗りこんでゆく。

 紛れてライオンもその一角に立った。 

 立錐の余地もないまま、すぐにもエレベータは上昇を始める。

 押し黙って到着を待つ乗客らの静寂は、独特だ。ライオンもまた身をゆだねながら、ついぞ聞かされた仕組みに感心する。だがここにもまた聞き慣れぬ言葉が紛れている事に、変わりはなかった。

『天然、完体?』

 聞き返す。

『しらねーのか?』

 意外だ、とスラーの眉間は開いていた。

『基属ips細胞の代替臓器製造技術、そいつで作った全身の呼び名よ』

 言われてなるほど、とライオンは口をすぼめる。

 そう、代替臓器製造技術とは、基属ips細胞による臓器製造だ。これは認定された難病にのみ許可された医療行為であり、手足、骨、筋肉、臓器、皮膚、血管、場合によっては脳髄の一部すら、種族の隔たりを越え、移植のために製造すことが可能な技術だった。ゆえに応用すれば全身を作り上げることも可能だが、ライオンが聞き返したように全身製造、完体の製造はメジャーではない。むしろ行為そのものは法律上、固く禁じられていた。

 理由は単純だ。そうして創り上げられた完体に生命活動を確認することはできても、意識と呼べる精神活動が検知されたことはなく、遺伝子の由来や、ふともすれば種族さえもを持たぬ個体が生み出されることもあり、それを一個人と見なすべきか、ただそこにある物質と捉えるべきか、生命倫理をふまえた的確なガイドラインがいまだもって明確とされていないためだ。たとえ万が一そうした何者とも言い難い匿名性あふれる個が氾濫する世になったとして、管理仕切れないというのが連邦側の本音でもあった。ゆえに天然完体の製造は禁止を余儀なくされている。過去、物議を醸しだしたサイボーグに関する生命倫理以上、有機体であるその存在は、とりわけ混迷を極めていたのだった。

『なら禁止されているハズでは……』

 思い起こし、ライオンは返す。

 と、揺れを感じることなくエレベータは最上層へとたどり着いていた。待ちかねたようにドアは開き、ワイヤースリーブマッチが目当ての利用者たちは詰め込まれていた狭い空間から、雪崩でも起こしたかのように出てゆく。

 ならい、案内するように足を進めてスラーもまた、そんなライオンへと振り返りる。肩をすくめてみせた。

『おいおい、そいつはここがどこだか知っていれば野暮な質問ってやつだぜ』

 その肩越し、散り散りにほどけた群衆の向こうに、最上階フロアは広がる。そこに過剰が過ぎたホロ広告はなく、フラットな自然光が辺りを照らし出していた。無論、あれほどうごめいていた綺麗どころは一体としておらず、利用者たちはただ正面に吊られた本日予定の試合案内ホロスクリーンを見上げると、その向こうに並べられたパドックらしき二つの檻を、好き好きに覗き込んでいる。かと思えば傍らで激を飛ばしているのは予想屋か。食いついている者も見受けられた。離れたフロア左壁面のチケットブースで、すでに購入している者の姿もある。

『いいか。見た目は四肢の無種族、無性別。天然完体同士は基本骨格も変わらねぇ。 そいつを闘技者が、神経系のデバイスを通して遠隔操作するってのが仕組みだ。これなら公平な賭けになる。だが……』

 切ってスラーもまた、辿りついた試合案内ホロスクリーンへ視線を持ち上げていった。

『完体を操演慣れした方が有利だって話は否定できねぇ。そのうえ完体も生身だ。闘技者が同じ完体を使い続ければ、筋肉や神経も闘技者の好みに強化されるってぇ、差は生じる。つまり反射スピードにパワーも上がって当然てことだ。だがよ、同時に完体は疲労もしやがるし、年も食いやがる。闘技者の体調もふせられたままとくりゃ、そのあたりがこの賭けを見極める醍醐味になるってわけよ』

 片眉を吊り上げた。そうしてアゴ先をつまむ。吟味するようにスラーは唇を尖らせ、やがて口を開いた。

『まあそれもこれも、俺様には意味のねぇ、カラクリだがな』

 その目をフロアの隅から隅へ這わせてゆく。そこには手持ち無沙汰もありありと、壁際で直立不動を決め込んだ主催者側のいかつい輩が立っていた。種族は実にバラバラだ。しかしながら制服らしきダークスーツを似合わないなりにも一様にまとっている。その胸元を片側だけが歪に膨れ上がり、携えているものの存在を明らかとしていた。つまり隠すつもりのないそれは、周囲への脅しなのだろう。

 確かめスラーは視線を引き戻した。

『言ったろ。見えるんだってな』

 聞いたばかりの言葉を繰り返す。

『この俺様の繊細な観察力を持ってすれば、パドックの天然完体越しでも、 闘技者の様子が手に取るように分かるのさ』

『社長はハズしたことがないでやんす。ライオンさんも、賭けるべきでやんす』

 おかげで話は、ようやくライオンの中でつながる。

『いかがでやんすか? 社長』

 相変わらず絶妙な合いの手を入れるとモディーが、再びホロスクリーンへ目をやったスラーの様子を盗み見ていた。

 刹那、モディーの脳天で豪快にはでったのは、本日の二発目だ。

『見りゃ、分かるだろうが!』

 この突発性に慣れたというのも、いかがなものかとは思うが、ライオンにもうなんら驚きはない。

『最終マッチに、チャンピオンの防衛戦が用意されてやがる。こいつぁ、大金が動くぜ』

 鼻息も荒くまくしたてるスラーは、本気だった。

『ここんとこ、めっぽう強いチャンピオンに賭け自体が成立しなくなってやがったのさ。誰も彼もチャンピオンに賭けるもんだから、配当があがらねぇ。そりゃ、主催者側も儲けになんねぇって、しばらくチャンピオン戦は休止になってやがった。そいつが再開とくりゃ、こいつぁ闘技者はサプライズチャレンジャーかもしれねーな。今回、荒れるぜ』

『社長には、お見通しでやんす!』

『よし、この一点買いに決まりだ』

 食らった一撃から復活したモディーの仕事ぶりは、見事だ。重ね、スラーもひと思いと吐き出していた。

『錬金術、か』

 ライオンはこぼす。

『どうだ? 知ればあんたも気に入ったろ?』

 スラーが顔を突き出していた。そうしてクルリ、踵を返す。両手を振り上げ、思い切りの背伸びを繰り出した。

『よし、チャンピオンと挑戦者を拝むまで、目の保養でもしながらハラごしらえだな』

 しかしその提案にこそ、乗れはしない。

『ま、まさか、あのわいせつな店か?』

 その場から、早くも三歩、ライオンは飛びのく。

『過剰反応が過ぎるぜ、あんた。安心しなって。こっちもヘンな病気、うつされたくねー。行きつけのマシな所がある。そこへ案内してやる』

 だからしてスラーは開いた距離を生めるように手招き、ライオンの肩へ手を回した。

『そ、それを聞いて安心した』

 果たしてこの場を離れるべく、エレベータのカゴが到着するのを再び待つ。

『しかし、その素性を明かせない闘技者たちは、一体どこからやってくるのだ?』

 持て余してふい、と過った疑問をライオンは口にしていた。

『そいつぁ……』

 なら珍しくもスラーの口調は勢いをなくす。

『噂によりゃ、主催者側がてきとーな所から、めぼしい輩を拉致してくるってハナシだぜ』

『なるほど、拉致か』

 納得していた。

 思わずうなずきかけさえする。

 が、たちまちライオンはその首を跳ね上げていた。

『拉致?!』

 同時にやはり一口も乗れる道理がない、とひとりごちる。

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