変身
おそくて申し訳ないです。
ごめんなさい。
大森林のマーロックの自宅へと戻ってきた。道中は特に何もなく、穏やかな旅路だった。
そして、森の中の自宅に着く。
「こんなところに住んでいるんだね。」
「不思議?」
「まあ。でも心地よく感じる。」
「それなら良かった。」
「お主等には明日から魔術の修行を始めてもらう。苦しいかもしれんが二人でがんばって見せるのじゃぞ。お主等二人は兄妹じゃ。」
「「はい。」」
「うむ。今日は、自分の身の回りを整えると良い。後は掃除じゃな。これから冬になると大掛かりな掃除などできんじゃて。それじゃ、始めなさい。」
実際に比喩でありつつも、サフェルとソファナの二人はどことなく似ているなと、マーロックは思いながら二人が作業を始めるのを見ていた。
また、サフェルもそんなことを思っていた。ソファナの髪の色はサフェルのよりも少し明るく、瞳の色も似た色をしていた。また、二人の境遇やらがそう思わせているのかもしれない。
「とりあえず、部屋をどうにかしようか」
「わかった。あ、それと、これから宜しくね」
ソファナは微笑んで、そう言ったがその表情は何処となく辛そうに見えた。
「ソファナ、あまり無理しなくていい。仲間を失うことはとても辛いことだ。」
「サフェルにもわかるの?」
「まあ、ね。俺も一人だけの生き残りだからな。一人でこの森を彷徨っていた時に師匠に拾われたんだ。」
「そうだったんだね。本当に私達は似た者同士なのかもね」
「・・・そうだね」
この世界に来た時の仲間達は確かに皆失ってしまったが、サフェルは異世界人であり、元の世界には家族がいる。そんなことを考えて返事が少し曖昧になってしまっていたがソファナが気がつくことはなかった。
サフェルはふと、あっちの世界では自分はどういった扱いになっているのだろうかと考えた。地球での最後の瞬間は、後頭部の痛みしか覚えていない。それだけだと自分は死んだのかそれとも生きていたのかはわからない。どちらにせよあまりに長い間行方不明になると死亡扱いとなる。もしそうなったら自分はいないことになる。もし帰れたとして、殺人の忌避感すら抱けなくなった自分を家族として迎え入れてもらえるのだろうか。もしそうしてもらえなかったとき自分は・・・。
そこまで考えたときこれ以上考えても仕方がないと割り切り、無理やり思考を切り替える。今はもっと大切なことがある。自分のことは二の次、三の次だと。それが一人生き残ってしまった自分の定めなんだと・・・。
また、別のことに囚われそうになる思考をソファナは引きずり上げる。
「そういえばサフェルは平気なんだね。」
「ん?なにが?」
「あの村で盗賊を殺してたでしょ?前にもあるの?」
「・・・いや、ないな。」
確かに人を殺したのはあの村でが始めてであった。あの場所に囚われていたときに戦闘訓練だ何だは受けていたが、殺すところまではいっていなかった。
「まぁ、俺は普通じゃないしね・・・。てか、そういうソファナも以外と平気そう?」
「私はスラムで育ったからね。あそこは人の生き死にが頻繁に見られるの。それに状況が状況だったからね。だからかな。」
「そっか。」
「私だけ平気だったらどうしようかと思ったよ。」
ソファナは、やさしく笑っていた。それをみてサフェルは肩を軽く竦める。
「ここがこれからの俺達の部屋だよ。」
そこは一応家の屋根裏部屋であり、仕切りがないためかなり広くなっている。また、そこには大きなクロゼットとベッドがひとつ、そして真ん中にテーブルがある。もともと客の宿泊のための部屋らしいので家具は充実していた。
サフェルの開始の言葉を口切にぱっぱと行動を開始する。始めは自分らの部屋から。掃除というのは上から下へとやっていったほうが効率がいい。地球で道場に通っていたとき、門下生みんなで大掃除をしたときの経験を思い出していた。
そして一階の片づけを始める。暖炉など日本でお目にかかることなどほとんどない。ここへ来て、マーロックがやっているのを思い出しつつきれいにしていく。
あとは埃を落とし、床を箒で掃き、床を水拭きする。
みるみるきれいになっていく部屋を見ていると、どこか達成感のようなものがわき上がる。そして完全にきれいになった部屋は前よりも明るく、広く、また心地よく感じるのだ。
そして掃除は順調に進んでいく・・・はずだった。
・・・あの倉庫の扉をあけるまでは・・・。
ガラガラッ!!
ドゴッバキッ!
ガシャン!
パリーン!!
「う、うわぁぁぁッ!!?」
「きゃぁぁぁぁ!!」
静かな森の中にそんな音と絶叫が響きわたり、そこの獣たちは平穏な日常から一瞬だけ追いやられるほどだった。
それは、一階の廊下の一番奥にあった。居間から順当にやっていき、最後におくのその扉の元へとたどり着いた。その扉は木製ではあるが他の扉よりもしっかりと作られていた。そして二人は、もう一息だと頷きあい、その扉を開け放った。
その先にあったのは、積み上げられた大量の魔術道具だった。そのほかにも、怪しげな薬の入った瓶や鍵のかかった小さな箱、さらには、なにやらわからない生き物の体の一部と思しきものまで・・・。それらがまるで雪崩のように襲いかかって来たのだった。
「な、なんなんだよ、これ」
「びっくりしたね。」
「ちょっと、師匠これどういうことですかぁ!?」
「サ、サフェル?」
「ん?・・・!?!?!?!」
悲劇は終わっていなかった。
「なんじゃこりゃぁぁーーー!!!!!」
サフェルの大絶叫は森中に響き渡るのではないかというほどで、あたりの木々から鳥たちがあわてて空へと避難する。それは、捕食者に襲われたときのそれと勝らずとも劣らずであった。
先と今のとで、慌ててやってくるマーロック。
「どうしたんじゃ!?」
さて、そこにいたサフェル君はというと・・・
「これどういうことだよ!?なんで女になってるんだよぉ!」
サフェルちゃんになっていた。
サフェルの声は凛と鈴の音のようにすんなりと耳に入ってくるような少女の声になり、また、身長も縮んでいる。サフェルのまだ、筋肉のある肉体は完全に少女のそれになり、胸も少し膨らんでいる。その姿はソファナと並べば目の色や髪の多少の違いを除けば、双子にも見えなくもない。それは髪型を二人ともいじっていないために髪型がほぼ同じだと言うことも原因だろう。
そしてソファナも呆然としている。あったときから、同性と思っていたが、実際はちがかった。それからは気をつけていたが、いま同性となった。しかし、違和感を感じる事もなく、逆に腑に落ちる感じがしていた。
いくら頭で意識していても、無意識下では完全に同性と思っていたようだ。
「・・・その部屋は魔術の研究をするのにつかっておった部屋での、長年つかっていなか――」
「そんなこと聞きたいんじゃないです!なんで俺は男じゃなくなってるんですか!?」
マーロックの最初の間はまるで何かをごまかすかのよう。
「それはのう、おそらくじゃがその部屋にあった、性別が逆転する薬でもかぶってしまったんじゃろう」
「薬?じゃあ元に戻るんですね!?」
「それなんじゃが・・・」
「え?まさか?」
「そのまさかじゃ。わしはどうやったら元に戻るかなんぞ知らんのじゃ。その薬がどこで手に入れたかとか何でできておるとか何もわからんのじゃよ。・・・うん、まあ、問題ないじゃろう。」
「大有りですよ!!」
「まあ落ち着くんじゃ。」
「これが落ち着いていられますか!?俺なんか方法探してきます!!」
そういってサフェルはその倉庫の奥へと入っていこうとする。
「お、落ち着くのじゃ」
「それは無理です。」
気を持ち直したソファナがサフェルを何とか落ち着かせようと火に油を注いでいく。
「サフェル大丈夫だよ!そのままでも問題ないよ」
「どうせ俺はもともと男らしさなんてないもんな!」
「ちがうよ!ちゃんとかわいくなってるもん!」
「そっちかよ!もう俺の男としての社会的立場がもうないじゃないか!?」
「それこそ大丈夫だよ!もともと女の子にしか見えなかったし!!・・・っあ」
マーロックは何故それをここで言うのかと頭を抱える。
サフェルにグサッっととどめの一撃が入り、サフェルのレッドゾーンだったHPがマイナスゲージへと飛ばされ、そして見事に撃沈した。
「ごめんサフェル!これは言っちゃだめだって思ってたのに、勢いと混乱で言っちゃった!」
ソファナはなおもサフェルに止めをさし続ける。それは悪魔もかくやといったものだろう。茫然自失としているサフェルが聞いていたかは、わからないが・・・。
「あーあ、やりすぎじゃよソファナよ。」
「え?」
「まあ、これからは気をつけるのじゃぞ?」
「え、あ、はい・・・?」
サフェルを二階へと連れて行き、散らかった廊下へとマーロックと、ソファナは戻ってきた。
「掃除もここまでじゃな。ここはわしが片しておこう。あれを治す薬もあるじゃろうしの。」
「え、あるんですか?」
「おそらくの。ああいった体が変化する薬はたいてい元に戻すものと一緒に扱うんじゃ。」
「へぇ。」
ソファナはサフェルへの憂いを少し晴らしていた。
「そういえばサフェルはお主に無理をするなと言っておったじゃろう?それはあやつ自身にも言えることじゃ。」
そんな事をマーロックは唐突に切り出す。
「・・・え?」
ソファナは理由のわからないと言ったような表情をしている。
「サフェルがここに来たのは何月か前のことじゃ。そのときのあやつはひどかった。この世のすべてを恨んでおったようじゃった。今のように話せるようになるまでそれなりに時が掛かったしの。」
「そう、なんですね・・・。」
「サフェルにもソファナにもすこし息抜きをと思って二人に掃除を任せたがまさかこんな事になるとはの。」
「そうだったんですか。」
「今でもわしには心を開ききっておらん、しかしサフェルは不思議とお前さんに心を許しておるようじゃ。じゃから、これからもふたりでがんばるのじゃぞ。」
「はい!」
ソファナは明るくそう答えた。実際ソファナはサフェルのことをあまり知らなかった。だから、こうして少しでも知ることができたのがうれしかったのだ。
ソファナもサフェルも二人の心のなかに潜む復讐心や、悲しみ、恨みといった感情が潜んでいるがそれはすぐにどうこうできるものではない。しかし、二人には時間が大いにあるとマーロックは信じていた。災難多き二人にこれ以上の不幸が起こらないことを心の中で静かに、しかし強く願うのだった。だが、この世界はそんなに甘くはない。それがわかるのはもっとあとになるが・・・。
(さて、どこにあったじゃろうな。サフェルのやつ、薬があると聞けばどうなるじゃろう。きっとかなり怒るじゃろうな・・・。)
マーロックは、サフェルがどれほど怒るか心配になりつつも、部屋のなかへ探しに入る。サフェルがこの後、薬があると聞き、今生一の危機になろうとは知る由などあるはずもない。
「サーフェールー!もういい加減にしなさいよー。」
「このまま一生女でいろってのか?」
「そんなこと言ってないじゃん。」
「マーロックさんはものすごい魔術師なんでしょう?ならきっと大丈夫だって。」
「そんなのわかんないだろ?さっきだってもとに戻す方法は知らないっていってたし、そもそもあの薬品自体のことも知らないらしいし・・・。」
「だから大丈夫だって。」
「何でそんな風に言い切れんだよ。」
「それは・・・、まあとにかく何とかなるよ。それにそのうち今の状態にもなれるって!」
「でもさぁ・・・」
「いいから!わかった?」
「はいはい」
「返事は一回だよ?」
「・・・・・・あ、あぁ。わーったよ!!」
「まったくもうサフェルは・・・。」
ソファナが無意識で言ったこの言葉を聴いた時、サフェルはあの日のことを思い出していた。その記憶は、ふとした瞬間にサフェルの思考を感情を一瞬で絡めとり、暗い闇の中へと引き込もうとする。もしその中に引き込まれたなら、そのたびにサフェルの心は少しずつ、しかしもっと憎悪と復讐に染まっていっていたかもしれない。
そうならなかったのは偏にマーロックとソファナのおかげだといえるだろう。そしてサフェルとソファナはお互いがお互いの最後の防波堤になりつつある事は、決して気がつく事はないが、それは着実に確実にそうなるだろう。
(はぁ・・・。ソファナだってこうしてがんばっているんだから俺もしっかりしないとな。別に囚われているんじゃないけど、こうして思い出すのはなぁ。)
「ありがとう。」
「え?何が?」
「なんでもないよ。」
サフェルは立ち上がり新たにもっとしっかりしよう心に決め、立ち上がり、さぁ掃除の再開だと、ソファナの手を引いていく。
「師匠ここの研究室の片付け手伝います。」
「おお、二人揃ってか。しかし良いのか?ここにはいろいろとあってさっきのようなことが起きないとも限らんぞ?」
「まぁそのあたりは何とかします。」
「そうだね。私もがんばります。」
「そうか。それでは頼むとするかの。ここにはそこまで危険なものはおいておらんはずじゃからのぅ。しかし気をつけるのじゃぞ。」
こうして魔術研究室の掃除は再開された。
この部屋は決して広くはないが、中においてある物の数が尋常でなく多かった。結局家全体の時間のほとんどがこの研究室であり、もう陽も暮れ始めていた。
きれいな黄昏時、空にはねぐらに帰っていくであろう、鳥(怪鳥?)の群れが列を成している。そんな中この三人は疲れに塗れていた。
「やっと終わったーー!」
とサフェル
「終わったね。にゃ。」
とソファナ
「よくやってくれたな」
とマーロック
サフェルは最大限に気をつけていたからか、最初のあれ以外には変化がないが、ソファナは薬品をかぶり猫の耳と尻尾が生え、マーロックはかなり若返っていた。今はどこにでもいそうな年寄りのようだが、昔のその姿はナイスガイだった。
夜の帳が降りきった頃、三人は早めの夕食を済ませた。
大掃除をした後、疲れているにもかかわらず、空腹にならないのはなぜだろう。それは疲れているからこそか・・・。そんなわけで、夕食はハーブやベビーリーフのようなものに木の実をあわせたサラダだけにとどまった。
「そうじゃ、明日のことなんじゃがなぁ。明日、獣人族の里へ使いに行ってくれないか?ちょうどいいしな」
「何がちょうどいいんですか!?今の俺らこんなんですよ?それにしゃべり方おかしくなっています。」
「だからこそだ。」
「それってどういうことですか?にゃ?」
サフェルのツッコミはスルーされ、ソファナが質問を投げかける。
「まえまえから獣人族にはお主等を紹介しようと思っていてのぅ。今、見た目は獣人族の猫人族に似ておるからのうそこまで警戒されることはないじゃろう。だからじゃよ」
「それならもっと前に師匠が連れて行ってくれてもよかったじゃないですか。そうでなくとも師匠が一緒にいれば大丈夫じゃないんですか?」
「それじゃだめなのじゃよ。獣人族と相対するには己の力と存在を認めさせねばならんのじゃ。それにわしの姿形もこのように変化しておるでな」
獣人族は自分の力で生き残る。自分の事は自分で守る、という考え方が強い。そんな相手に交渉や、対話を申し込むのに、自分よりも弱い存在に同等に接することができる訳がない。それに大森林は魔物が多く存在する。対話を申し込みたいが、どうかその間守ってほしいなどと笑い話にもほどがある。だから対等であると見てもらうために力を示さねばならないのだ。
また、獣人族のたどってきた歴史故に、強者に簡単に媚び諂うほどの安い誇り何ど持っていない。なので、礼節をかなり重んじる種族でもある。
マーロックは以前にもサフェルを獣人族に連れて行くべきか悩んだが、そのときはサフェルに不確定要素が多すぎたために断念せざるを得なかったのだ。今でも不確定要素は多いのだが・・・。それに二人に出かけさせるのにはわけがあった。
(さて研究室をきれいにしてはみたものの変化を戻す薬が見つからんとは・・・。家の中を隈なく探して見つからなかったら、最悪、自らで作るしかないじゃろうな。というか材料すらもないとは・・・。保険として、あやつに譲ってもらう事も考えておくか。)
ということで変化を解く薬を見つけられなかったマーロックは、ソファナにあるといってしまったことを思い浮かべた。ソファナはふとしたときに言ってしまうおそれがあり、それをサフェルに知られたら更に厄介なことになるのではないかと考えていたのだ。
「あ、あと獣人族と戦うとき魔術を使うのは禁止じゃからな。」
「いや、俺ら魔法使えないじゃないですか。」
「ということで明日は朝早くなる。お主たちはもう寝ると良いじゃろう。」
「ということでじゃないですよ。全く・・・。」
ソファナは快く、サフェルは不承不承といった様子で返事を返し、自室へと向かっていく。
「はぁ、師匠はああいうところがあるのがなぁー」
「でもまぁ、見た目からしてそんな感じはあるよね」
「絶対何かあるな」
「ま、まぁまぁ。それより明日早いんだからもう寝よう?」
「そうだな。」
二人は布団に篭る。ソファナは夢の中へ船をこぎ始め、サフェルは魔力の訓練を始める。そして二人とも、明日のことをどこか楽しみに思っていたが、本人等は気づいている様子はないのだった。
ちょっと現実が忙しくて書く時間があまり取れません。次はいつ投稿になるはわかりませんが続けていきます。
ゆったりと読んでいただけたら幸いです。