弓士
大学の準備で先週は投稿できませんでした。
申し訳ないです。orz
カン!カン!カン!――
辺りにはまだけたたましい警鐘の音が鳴り響いている。
「鎮圧部隊だ!全員武器を捨てて投降しろ!!」
「馬鹿か!んな事するわきゃねーだろ!!」
「野郎ども!行け!!」
「「「おぉぉぉぉーー!!」」」
「鎮圧部隊!総員掛かれ!!」
「「「おぉう!!」」」
商業区の大通りでは二つの大きな集団が戦闘を始めていた。二つの集団の人間が入り混じりまさに混戦状態になったとき、一つの影が裏路地に入っていった。また、その後を追うように2つの影もまた入っていった。
「ようし。ここまでは順調だな。」
「しかし、あいつらも馬鹿ですね。」
「俺たちに利用されているとは知らずにな。」
「だが俺たちもこれで賊のような生活もおさらばだな」
「そうですね、隊長。」
「お前たちがついてきてくれてよかったと思っている。感謝するぞ。さぁ、最後の一仕事だ」
「ここら辺は、今は人が少ない。もし誰かに見られたらすぐさまに始末しろ。そのほうが手っ取り早く終わらせられるからな。」
今、この3人の内の先頭にいる男は盗賊団に今回の襲撃の話を持ち掛けた元軍人の男だった。この男の本当の目的はこの村を治めてる貴族を殺し、この村自体を掌握することだった。
今回の計画は、商業区で暴動をおこし、手薄になった居住区へ行き、目的を果たすというものだった。つまり、商業区での暴動はカモフラージュでしかなかったのだ。
サフェルとマーロック、ソファナ、それに幼い子供たちの一行はサフェルとマーロックの泊まっている宿へと向かっていた。
「あ、あの、こんな人数入るんですか?」
「大丈夫じゃ。この時期はこの村に来る者は少ない。」
「で、でもお金を持っていません。」
「お前さんはサフェルの友人じゃろう?それならば、そのくらい儂が出すから大丈夫じゃ。」
「ソファナ気にしないでいいんだ。師匠はこの村では特別だしね。大抵のことなら問題ないよ。」
「儂は自分でそういうのを利用するのは好きではないが、だからこそ困っている者に対して利用せずしてどうするのかというものだ。」
「特別?」
「まぁ、そのことは後々ね。」
そんなこと等を話しながら、サフェルたちは進んでいく。
ゆっくりと道を歩いていると、後方から走って近づいてくる影があった。サフェルはすぐに気付くことができたが、相手のスピードが予想よりも遙かに速かった為に対応が遅れてしまう。
「邪魔だっ!!」
「死ねっ!!」
「ふんっ!」
「ぐっ!」
「サフェル!!!」
サフェルは先頭の男の剣戟を受け大きく飛ばされる。いくら力が強くともサフェル自身の体重は変わらない。また、短剣を腰にしまっていたために盾にするものがなく、急所は免れたものの直に斬撃を受けてしまっている。
建物の壁に背中から叩きつけられ、肺の中の空気を一気に吐き出してしまう。何とか起き上がるが、三半規管にもダメージがあったのか、視界が定まらない。
そんな最中、サフェルはほかの男たちに切り倒される、ソファナ、マーロック、そして子供たちを見た。揺れる視界でも、聴覚ははっきりとしていて叫び声が鼓膜を叩いているのがわかる。
この村の英雄と呼ばれたマーロックとはいえ、それは魔術師であり、剣士ではない。純粋に剣の道を歩んでいる者に勝つことはできないのだ。また盗賊といえども剣を使う事を主としているものに勝つ事は容易な事ではない。ましてや後ろから切り掛かられるのならばなおさらの事だろう。それでも致命傷を負うことすらなく立っているマーロックは流石というべきか。そのうえ、瞬間的に子供たちのことをかばっていた。そのせいで傷を負ったようなものだが。
「これは一体何事じゃ」
「おいじいさん。あんたただもんじゃないな。あの瞬発的な動き、それにこんなに切られても平然としているなんてな。」
「ここまで賊が逃げてきておるとは、予想外じゃった。」
「おいおい、俺たちは逃げてきたんじゃないぜ。もともと、この暴動もこっちがメインだしなぁ」
「おいおまえ、なにこのじいさんに言ってんだよ。こいつらを殺すしかなくなっちまっただろうが」
「いやでも、もともと目撃者は皆殺しって言ってたじゃん。べつに言ったって言わなくたって一緒じゃん。」
「まあ、確かにそうだが。まあいい、さっさと殺るぞ。」
「まあ、待て。そこの爺さんは少しは腕が立つようだ。お前ら二人はそこの餓鬼どもを始末しておけ」
「了解しました。」
「はーい。」
二人の男は手に持っている剣を弄びながら子供たちに近づいていく。
「やめてっ!!この子たちには手を出さないで」
そう叫んだのはソファナだった。
「命を張ってこの餓鬼どもを守るってのか?」
「おい、あまりこいつらを苦しめてやるな」
「おまえは黙ってろよ。・・・んじゃ、守れるかやってみろよ!」
その男は、その顔に嗜虐的な笑みを浮かべている。対照的にソファナは敵愾心をその瞳に宿している。もう一人の男はもうどうとでもなれといったように率いていた人物のもとへと戻る。
男はさらに口角を吊り上げ、ソファナを蹴り飛ばした。
「きゃあ!」
「ほら、まずは一人目っ!」
「やっ・・・!」
ソファナは叫び声をあげようとするも、目の前の子供たちが、ソファナにとって一緒に過ごしてきた家族も同然の仲間が殺される光景を目にし、途切れてしまっていた。
「そんな・・・」
ソファナは目の前の現実を直視できないでいた。
「目を伏せるなよ!」
男は子供を一人つかみあげ、ソファナの前に持ってくる。
「ほら次!」
その声にふっと顔をあげる。
その瞬間にソファナの顔に血しぶきがかかる。
ドサリッ!
人が崩れ落ちる音が聞こえた。
それを認識するまでに、かなりの時間を取られていた。
「何で・・・。どうして、サフェル。」
それがサフェルだという事に。
サフェルはグラつく視界のままに子供と男の間に体を滑り込ませていた。その結果、肩口を大きく切り裂かれ、はじめの一撃もありサフェルの倒れている地面は赤い血溜まりができていた。
「お、俺はなんとか大丈夫だから・・・」
そう言って、なんとか起き上がろうとする姿をみて、ソファナは口を手で覆い、目には涙を堪えさせていた。
そして、サフェルへと手を伸ばそうとする。
しかし、それを許すほど世界は甘くはできていない。
「こいつ動けたのか!クッソ、邪魔してくれやがって!お前は絶対に楽には殺してやらねぇ!!」
そう言うとサフェルの頭をつかみあげ近くの鍛冶屋のようなところに連れて行く。閉店していたのか看板は出ていなかった。
いつもは看板をかけられるはずの金具に、初めて違うものがかけられる。それは柔らかく、突き刺さった部分から赤い液体が溢れ出る。
「っ!!」
あげたくなる絶叫を必死にかみ殺す。サフェルの身長では足が届かず宙づりとなっている。後ろの壁はサフェルの血が流れ落ち、そのまま地面で血溜まりを作る。
壁を利用してうまく外れないかともがくがその度に血が流れ次第に手足に力が入らなくなっていく。
ヤバい。意識が朦朧としてきた。
ソファナはどんどんと抵抗が弱くなっていくサフェルを見て、ひたひたと忍びよる絶望に精神を保てずにいる。
声すらも出ないソファナに対して、戦意でも喪失したのかと思った男はどこか落胆したかのような様子をみせ、直後に次々と子供たちを手にかけていく。
ソファナは殺されていく子供たちの前に呆然と座り込み、目の前の現実を受け入れられず、硬直していた。
「お前みたいな餓鬼は何もできやしないんだよ。その後悔のままに死ね」
ソファナは自分に振り下ろされる剣を、他人事のように捕らえていた。・・・ああこんな風に終わってしまうのかと・・・。そして目を瞑った。
ソファナは走馬灯のようなものを見ていた。生まれてから物心が付くころにはすでに一人でこの過酷な世界を生きていた。
寂しかった。
しかし、幼いながらも自分と同じ道を歩み、支えてくれている子供たちができたこと。苦しくっても楽しかった。寂しさなんて忘れていった。
そして、村の裏通りで助けてくれた少年。最初は女の子だと思っていたが。男たちにわざと引っかかったように見せかけ逆に利用してやろうと思っていたのに、相手が予想以上に大きな組織だったために身動きが取れなくなってしまっていたのだ。
そんな相手にも臆することなくあの少年は立ち向かっていった。そんな強さに憧れを抱いていた。しかし、それもここまでだ。
(それでいいの?)
どこからともなく聞こえる声。それはどこかで聞いたことのある声。
ソファナはもうどうしようもないと答える。
(みんなが殺されてしまったのに?)
ソファナは、言葉を詰まらせる。
(あの少年がその身を張って二度も助けてくれたのに?)
ソファナは、少年の姿を思い浮かべる。強くそして、勇敢な。しかし、それでいてどこか儚げな・・・。
(ここで終わっていいの?)
ここで立ち止まってはいけない。立ち止まったら、子供たちみんなに対して何もしてやれない。そして、あの少年にもきっと顔向けできない。だからここで終わっちゃいけない。いや・・・
(・・・終わらせないっ!!)
それは誰かの叫びか。ソファナは自分の中から聞こえた声だということに、自分が上げた心の声だということに気づかない。
その瞬間、光が爆ぜた。
ソファナはその後不思議な感覚にとらわれていた。それは周りの時間がゆっくりと流れているように感じられ、力が湧き溢れ、暖かい何かに包まれているかのようだった。
しかし、ゆっくりと流れていた時間が加速し始める。ソファナは目の前の必殺になりえた一太刀を傷を負いながらもかわす。
男が光で動揺したために剣がぶれていたのが救いになった。
「なっ、何だ?」
男のその言葉はその場にいる者たちの心を代弁しているようだった。
「光よ。」
ソファナがそうつぶやくと、マーロックとサフェルの傷が徐々に治っていく。
次はお前らを倒すと雄弁に語る瞳を男たちに向けるがソファナはそこで力尽きてしまう。
「せっかく傷を治してもろうたのに、こちらも魔力切れであまり戦えん。すまんのソファナよ。」
「どっちにしろあんたたちはここで死ぬ。」
「お前さんをどっかで見たことがあると思うたら、やはりおぬしは旧帝国の元将軍グラファス・ドーグじゃな。」
「ほう、覚えていたか。それは光栄なことで」
「おぬしのようなものがなぜここにおる。ここで何を企んでおる。」
「そんなこと死に逝く老いぼれには関係のないこと。さあ、さらばだ」
「それじゃあの、といいたいところじゃがそれは無理じゃよ。」
「なに?」
ヒュ!
「うぐっ!」
風を切る音が聞こえた瞬間振り上げた腕に何かが突き刺さっている。それをよく見ると氷でできた矢だった。
「何なのだ一体!?」
「あやつは切れておるようじゃな。さらばじゃ。」
「な・・・」
ヒュ!
また、風切り音が聞こえたと思ったら、グラファスの頭に氷の矢が突き刺さっていた。すでに他の男たちも同じようにして絶命していた。
「サフェルよ今回は・・・、いや今回も助かった。」
「・・・いえ、俺はこの子達を助けてやれなかった。もっと警戒していれば、最初の一撃も食らわずにすんだ。ちゃんと助けられたはずなのに。」
「しかしそれは仕方のないことじゃ。あやつは、グラフェスは、旧帝国の元将軍。間違いなくトップクラスの実力者じゃ。今回のように、予想外のことが起き、不意を付かねば倒せんかったじゃろう。」
「だとしても!」
サフェルは熱が入り、言葉使いが戻っていることにすらも気づいていない。
「サフェルよ、人にはできることとできないことが必ずある。そのできないことをできるようにするために努力したり、鍛えたりするのじゃ。何もしていない普通の人間が、そうした人間に容易く勝てるわけがなかろう」
「俺は普通の人間なんかじゃないっ!!・・・っ、なんでもありません。」
「とにかく、今は強くなるために努力するのじゃ。もっと鍛えるのじゃ。」
「・・・わかった。」
「サフェルはソファナをおぶってくれんかの。わしはちと魔力を使いすぎた。」
サフェルはマーロックの言葉に頷き、サフェルはソファナを抱き上げる。
「そういえば、ソファナは・・・?」
「おそらく、魔力切れじゃろうな。しかし、先の光が何なのかはようわからん」
「そっか・・・。」
実はマーロックはソファナの正体について何か見当をつけていた。
「お前さん言葉遣いが元にもどっとるよ。」
「えっ・・・。あっ」
「まあよい。楽なほうで話せ」
「・・・はい。」
三人はようやく、宿へと着いた。宿の人達に話を聞き、ここでは何も起こっていないことを確認して少し安心していた。
サフェルは自分の部屋のベッドにソファナを寝かせるとマーロックに見張りを任せて、窓から外へと出て行った。サフェルは村の暴動を終わらせるために村内を駆け回ることにしたのだ。サフェルがこうしたのはソファナが目覚めたときに、おそらく子供たちのことで取り乱してしまうだろうと思いそのとき自分は、どうすることもできないだろうという思いからでもあった。
「鎮圧部隊のおかげでこっちはほとんど終わっているな。」
サフェル村の状況を把握するために魔力探査を行うと、いくらかの人があちらこちらに逃げていたり隠れていたりしているのがわかった。
魔力探査とは、自分の周囲に魔力を開放し、その範囲内のものをすべて把握できる技術だ。魔力はある意味で自分の一部ある。それを周囲に開放するのだから詳細に把握できるのだ。とても便利な技術であるがこれは魔力の量によって範囲が決まる。常識はずれな魔力量でなければ、この村の中を魔力で覆うなど決してできない。
「位置は把握した。服装からしておそらく賊なはずだが、ちゃんと確認しないとな。」
そう言ってサフェルは、また村の中を屋根伝いに駆け出していった。
路地の影に隠れているものや、道を走り逃げているもの、まだ抵抗して争っているものもいた。そんな奴等をサフェルは屋根の上から、弓で的確に射抜いていった。
そこに居合わせた鎮圧部隊の人間や、冒険者の人間からするといきなり天から矢が飛んできたように見える。それからこのことは村の中ではちょっとした噂になり一部の人はサフェルをみて、天女が助けてくれたのだと騒がれたのは、サフェルの与り知らぬことであった。
なぜなら、この次の日には村を出て行くからである。
________________________________
太陽が山の陰から脱し、昇り始めている
サフェルは大きく伸びをして起き上がる。昨日賊を始末した後、宿へと戻り疲れから速攻で寝てしまっていた。
昨日のことを思い返すとどうにも釈然としない気持ちが沸き起こった。しかし、次の瞬間にはそんなこと吹き飛んでしまうのだが。
「んっ。」
自分の手のある辺りから、そんな声が聞こえた。サフェルは自分がいるベッドを見回す。自分の隣にも何かがあるのを発見する。
サフェルがなんとなく予想しつつも布団をめくる。
うん。予想通りだ。だけど・・・
なんでこうなってんのー!?
サフェルは昨日のことを思い出そうとする。自分が宿へ帰ったあと、確かにそこのソファで寝たはずだった。サフェルは何とか記憶の井戸から汲み出した。
じゃあなぜ?となるも、自分でこうすることなどできないはずだと分析する。後はもう一つしかないだろう。
「んっ。んーー。」
ソファナはゆっくりと起き上がりまわり状況を把握する。
そして視界にサフェルが入った時、目を見開く。
「おはよう。ソファナ」
サフェルは何とか自然に挨拶した。
ソファナは取り乱すもどうしてこうなっているのかを考えた。そして、昨日の一件を思い出した。サフェルが助けてくれた後、宿に向かう途中に賊に大切な家族同然の仲間の子供たちを殺され、自分も危うく殺されるところだったことを・・・。
ソファナは限界まで溜め込まれていた感情が一気に溢れ出した。
ソファナはサフェルに抱きつき声を上げて泣いていた。今までどんなことがあっても泣くことはなかったが、今までにないほどの経験をして、心も限界だったのだ。
そんなソファナをサフェルは受け止め、宥めていた。
顔見知りが死んだというだけでも結構精神的にくるものがある。それが一緒に同じ時を過ごした仲間ならなおも当然だ。しかしソファナにとってあの子供たちは血がつながっていなくとも家族も同然であった。そんな人間を一度に奪われてしまったのだ。その苦しさはサフェルには理解できる。
だからか、ソファナの事を受け止めてあげたくなったのだ。
ひとしきり泣いた後、ソファナはある一つの決心をする。
「私強くなる!だからサフェル、あなたに付いて行きたい。」
「俺はマーロックに教えてもらっているんだ。だからソファナもマーロックに頼んだらどうだい?」
「うん、そうしてみるよ。」
「俺も一緒に頼んであげるよ。」
二人は互いに微笑み、そしてマーロックの下へと向かう。
マーロックの部屋のドアをノックし、返事が返ってきたのでそのまま入る。
「大丈夫か、ソファナ。」
「はい。おかげさまで何とかなりました。」
泣きはらした瞼を恥ずかしそうに隠しているのか少々うつむき気味だった。
「ソファナ、お前さんはこれからどうするつもりじゃ?」
マーロックとしてはこれは聞かなければならない。居場所を失い、仲間を失い、一人きりになったソファナ。もっと大きかったなら、ここで分かれる事を選んだだろう。しかし実際はサフェルと同い年くらい。これからさらに荒れた貧民区で過ごすのには少し厳しい。とは言っても、あの森で過ごすには力をつけなければ生き残れないし、何よりやる気がなければどうにもならない。一から十まで面倒を見る事などできないのだ。
「そのことなのですが、私はもっと強くなりたい。だから、私にも戦う術を教えてください。お願いします。」
「師匠俺からもお願いします。」
「これこれ、二人とも頭を上げなさい。もとからそうするつもりじゃよ。」
ソファナ自身がそれを望むのであればだったが。
「本当ですか!?ありがとうございます。」
「ありがとう師匠。」
「それはいいがよく覚えておくのじゃぞ。わしが教えられるのは魔術だけじゃ。それ以外はわしではどうにもできん。魔術を使えるようになったとしても、昨日のようにやられてしまうこともある。よいな?」
「はい。」
「よろしい。」
このときサフェルは武術をソファナに教えてみようと考えていた。
「よし。今日ここを発つ。じゃから買い物に出かけるとするかの。」
とりあえず、村の商業区間で来た。昨日の一件で町のあちらこちらでその傷跡か残っているが、犠牲者は少なかったようだ。商業区はこの村でも重要な収入源にもなっているためここを守りやすいように兵の数はここが一番多くなっていたからだ。
それが起因しているのか、営業している店の数はいつもよりちょっと少ないといった程度だった。買い物に来ている人も意外と多い。昨日の略奪で必要なものも出てきているのだろう。いつも通りというには空気が重く感じられるが、昨日の事をなかったとすればいつも通りのにぎやかさがあると言っていいだろう。
食料品店で、割と長持ちする根菜類と瓜類の野菜を買う。次に香辛料店で塩、胡椒を多めに買っていた。
冬場は多めに買っておくものなのか?
そう思うが特に口には出さない。そして、いろいろと重宝する油も買う。こちらも結構な量を買っていた。
これで買い物は終わりになるのかと思い宿へと帰る。「儂はこれから荷造りをする。サフェルはソファナと村の服屋へいって服を買ってくるのじゃ」とマーロックが言ったので、サフェルとソファナの二人だけで再び村へと繰り出していく。
ソファナはこれからの事を考えて動きやすい服と、防寒着などを買った。サフェルも念のために自分の服を一着だけ買う。今はマーロックの服を借りているが、どうしても丈をごまかして着るのには限界があったからだ。
「そうだ割とお金も余っているし、この際だから靴も買おう。」
実はというと、サフェルは履く靴がなく、裸足で過ごしていたのだ。マーロックのローブで足が隠れていたために気づかれにくく誰にも指摘されていなかったし、サフェル自身もそうなってからもうずいぶんとなる。ソファナも靴を買う事などできるはずもなく、同じく裸足だった。
二人そろって裸足で村の中を歩いていたのだ。気づかれる事があれば、二人は姉妹にしか見えず、同情というか悲哀というか、とにかくそんな目で見られていた。
そしてこの村の靴屋にいったときサフェルは少々驚くことになった。
「すみません。この靴って・・・」
「おっ、ローブのお嬢ちゃんなかなか目の付け所がいいねぇ〜。この靴は大陸を遥か東へと進み、さらに海を渡った先にある小さな島国から来たものらしい」
「らしい?」
「ああ。おれが実際に言った訳じゃなくて、渡りの行商人から譲り受けたものさ。なんでもその商人が言うにはそこは秘境中の秘境ともいわれ、魔術が存在しないらしい。」
「そんなところがあるのか」
「みたいだねぇ。その国の人間は、獣人のように身体能力がずば抜けていて、なにやら怪しげな術を使うらしい」
「怪しげな術って?」
「さぁそれは俺にもわからねぇ。その行商人に聞いてもそいつもわからねぇときた。ただその靴は『タビ』というらしい」
「足袋!?」
この世界にも日本語があるのか?それにこれは確かに地下足袋だ。
「ソファナ、一応防寒用の靴も買うけど、俺らは基本的に裸足だった。だからいきなり普通の靴を買っても履き慣れるのには時間がかかる。だからこの靴を買っておこうと思うんだ。」
「サフェルがそう言うなら私は任せるよ」
「という事でその靴を買いたいんだけれどもいくら?」
サフェルがそういったあと靴屋の店主が渋い顔をしていた。
「う〜ん。そこが問題なんだよな」
「どういう事?」
「この靴の相場が俺にはわからねぇ。それに使われている素材もわからなければ、あまり丈夫にも見えない。しかし今ここにおいてこれは貴重な品である事には変わりはない。しかし、この靴を買おうって言う客は全然いない。」
「な、なるほど・・・」
たしかに価値を決める基準が全くない。
「そういや何で嬢ちゃんはこの靴に使用と思ったんだ?」
ソファナとの会話を聞いてなかったのかと思ったが、
「この通り、俺たちは靴を元々持っていない。」
そう言って、サフェルはローブをめくる。これで店主からは、サフェルとソファナの二人が裸足で経っているのを見ているような図となる。
「裸足だったのに急に普通の靴を履いても俺たちは多分、逆に不快に感じる事になると思う。だけど生地の薄いその靴なら、まだ楽なんじゃないかと思ったんだ。」
サフェルが言い終えると、途中から俯き顔の見えなかった店主がバッと顔をあげる。そしてその顔はどこか悲痛そうな顔をしていた。
「そういう事だったのか!大変だなぁ。女の子二人だけで生き抜いているなんて・・・。」
なにやらいろいろと行き過ぎている様子だ。
「これから、もうじきに冬になる。どうせ防寒用の靴も買うんだろう?二足目は半額で売ってやるよ。そのタビも一足めと同じ値段でいいぜ。」
「そんなんでいいのか?足袋は貴重な品なんじゃないのか?」
「そうはいっても、売れねぇし。何よりもともとは譲り受けたものだ。気にすんな。」
「そっか、ありがとう。」
その靴屋で、二足ずつ購入する。
買い物を終えた二人は、ソファナの住んでいた家というか住処へと足を運んだ。
予想通りといってはなんだがやはり、ソファナの住んでいた家は火事で焼失しており何もなかった。しかし、これでよかったのかもしれないとソファナは思っていた。これでなにも思い残す事はないのだから。
「今日はいろいろありがとう。明日にはここを発つんだね」
「だけどソファナ。君にはまだやらなくちゃいけない事がある。」
「へ?」
そう首をかしげるソファナに、とにかくついてきてほしいと言って村のはずれへと向かう。
「ここは?」
「墓地だよ。昨日の騒動でなくなった人たちが眠っている。」
昨日発生した騒動の死亡者は多くもなかったが決して少なくもなかった。盗賊の死体は全てまとめて大きな穴の中へと放り込まれる。もちろん、犠牲者とは別にだ。そして犠牲者も、判別できなかったものや、身分のないものは同じ穴へと埋葬される。いわゆる共同墓地だ。
「皆ここにいるんだね」
「いいや、ここにはいないよ」
「えっ?」
「こっちに来て。」
そう言って、墓地の奥に広がる森の中へと入ってく。そこは墓地の隣にあるとは思えないほど、空気が、雰囲気が住んでいた。そこのちょうどギャップとなって陽のあたるとこるに、合計七本の木の板が立っていた。
実はサフェルは子供たちの死体が回収されるよりも前に回収し、お墓を建てていたのだ。仲間のお墓がないのはとても悲しい。そんな思いをしてほしくないと、ソフェルは思っていたのだ。
「サフェル、ありがとう」
ソファナは何かを必死に堪えながらサフェルにお礼を言う。
「いや、まだ終わりじゃないよ」
「へ?」
「名前」
「あっ」
そう、そのお墓には名前が書いてなかったのだ。さすがに、サフェルも子どもたちの名前は知らなかった。
ソファナに埋葬した子供の特徴を伝え、ナイフを手渡し、名前を入れていく。
簡素ではあるが、ちゃんとしたお墓を作る事ができたと思う。
ソファナの顔にもどこか、安らぎを見受けられた。
そして、花を供え、手を合わせ一緒に弔う。
「よし、これで大丈夫だね。また、来よう。」
「うん。」
ソファナはそう短く答えたが、その心持ちはきっと万感にも至るほどだろう。
「さて、もう帰ろうか」
「うん。」
二人が立ち去る瞬間に吹いた、どこまでも柔らかく、優しい風は木々をさざめかせ、それはまるで子供たちがやさしく見送っている様だった。
基本的には週一投稿を目指して頑張ります。