老人
説明多いです。ごめんなさい
「ならば、儂の弟子にならんか?」
初めこの言葉の意味が理解出来なかった。今目の前にいる人物はどこをどう見ても、ただの老人にしか見えない。弟子を取っていそうな人物には見えなかったのだ。
いやいや、何でそうなる!?
「お前さんの先の戦いをみた。魔術を使ったじゃろう?詠唱なしであの威力とはなぁ。お前さんには魔術師としての才能がある。どうじゃ?」
うん。どこかうさんくさく感じるかな。
しかし、この老人の格好と話の内容から、どうやら最低限度には魔法、いや、魔術?に対しての知識があるように思える。うまくいけば、この世界についての情報に加え、魔術の使い方も習得できる。
しかし、自分はこの世界における魔術師の立ち位置など分からなく、この老人がそうであってもなくてもこんな所に1人でいる事自体が怪しい。それに、誰とどう繋がっているのかなどわからない。そう考えると、どうしても目の前の老人に対して不信感を抱いてしまう。
「嫌かの?」
「いや、そんなことは無い。ただ・・・」
「?ただ?」
「そうする事にアンタは何のメリットがある?」
「ハッハハハッ」
なぜこの老人が笑い出したのか理解出来ず訝しげな視線を向けてしまう。
「いやいや、スマンのぅ。お前さんが疑うのも無理はないかのぅ。こんな森の深くに居るのだからのぅ。」
いや、俺が不審に思っているのはそれもあるが、そんなことじゃないんだがな・・・。
「メリットなど考えておらぬ」
?じゃあ、なぜ?
さらに不信感が募る。人間というのは、無償の親切には疑いを持ちやすいものだ。更にこんな状況なら尚更だ。
「儂は今はもう、隠居している身でな。それにこんな森の奥深くじゃあ訪れる人間なぞおらん。もう退屈でのぅ。暇だったんじゃ。じゃから、お前さんのことを弟子として拾って儂の知りうる魔術を教えて日を潰すのもいいかと考えたのじゃよ。・・・いや、これが今の儂にとってのメリットかの?」
確かに言っていることが全て本当なのなら、有り得るかも知れない。しかし・・・。
「それだけか?」
「それだけじゃ」
老人を見るが嘘をついているようには見えない。しかし、まだ自分は信じられずにいる。あの研究所にきたときからずっと保ち続けている警戒心は容易には信じさせてはくれない。それゆえ警戒心を解くことなどない。
そんな様子を見た老人が何かを考えながら言う。
「困ったのう。そこまで、他人を信じられなくなっておるとは・・・。お前さんの今の様子と話からすると何かあったようじゃが?」
この老人は何か気付いたのだろうか?いや、そんなことは無いか・・・
「・・・ない。たとえあったとしても、それはアンタには関係の無いことだ。」
「まぁ、そう言うと思っておったよ。」
老人は肩をすくませながらそう言った。
ただ心の底から、あの場所の事を話したくないと思った。話せば、思い出してしまう。そうなれば自分が殺意や復讐心を抱いているのではと、疑われるだろう。自分でも、その感情が決して良いものでは無いとは分かっているつもりである。
復讐しても、どうにもならないなどとよく聞くが、何事にも限度がある。そうしなければならないときがある。それが今だ。地球にいた頃のこんな経験をしていない自分なら、それでもと言ったかもしれない。
しかし、今は違う。相手は非道な人間だ。そんな相手に殺されて、許せるわけが無い。また、アイツらは同じ事を繰り返すだろう。
自分と同じ人間を、これ以上増やしたくないと本気で思っている。きっと今の自分はその暗い感情がそのまま張り付いているような酷い顔をしているところがあるのだろう。
色々と考えていると、老人は仕方ないといった様子をしながら口を開いた。
「お前さん、このまま一人になったとして生きて帰れるのか?」
そう言われた瞬間、色々と考えていたせいで、忘れていたさっき戦った熊の事を思い出す。そしてどこか浮き足立っていた思考に、あのときの恐怖が一気に冷水を浴びせかける。あの時はもう少しでも遅れていたら、死んでいたかもしれないのだ。もし、そうならなかったとしても何かしらの障害を負う事になっだろう。先ほどの戦闘での傷がもう治っている―恐らく、あの実験のせいだろう―が、そんなことを繰り返して生き残れる自信はなかった。それに、世話になるのは今の状況で、そこまで悪い事では無いし、いざとなれば逃げ出せばいいと思い、答える。
「分かった、アンタの世話になるよ・・・。」
「儂は世話などせんよ。お前さんは、私の弟子として独りで勝手に生きるのじゃ」
そりゃそうか。弟子だったな・・・。それにしても勝手にって・・・。
「・・・分かった。弟子になるよ。」
そう言った時、これから自分に色々と教えてくれる相手になるのかもしれないと思い、これじゃダメだ、と言い直す。日本にいた頃から武道をやっていたのだが、その頃の自分がそう思い直させたのだろう。
「・・・いや、俺を弟子に、して下さい。」
と。
「礼儀はある程度はなっているようじゃの。儂の名前はマーロックじゃ。これからよろしく――。そう言えばお前さんには名前が無いのじゃったな。何か要望はあるかの?」
要望って・・・。自分に自分で名前つけるとか、どんだけイタいんだよ。
「・・・いや、ない・・・。」
名前といえば、元の世界で使われているような名前しか分からない。この世界で生きていくためには、この土地で違和感の無い名前にした方がいいとも思う。
そう考え、老人―いやマーロック、師匠―に任せた方がいいだろう、という結論に至った。
「そうか。ならばお前さんは今日から”サフェル”、と名乗るが良い。それじゃぁ、よろしく、サフェル」
この他人が信頼に足る人物なら、師匠となる。だから、今はそうでなくても、言葉遣いを改めなければならない。それに、この世界での名前をくれたのだから・・・。
「はい、よろしくお願いします。師匠」
冰蔵―改め、サフェル―はマーロックの事をまだ、信用していない。しかし、1人では限界があるだろうと考え、マーロックに付いていくことを決めた。もし何かあれば逃げ出せるように警戒を怠らないようにしようとまた、心に決めながら――
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(マーロック視点)
この少年はとても不思議じゃ。最初見た時は女子―魔力を見て少年と分かったが―かと思って上に身なりがかなり酷かった為に助けようと思ったのじゃが、あの熊の魔物相手に、攻撃を防ぎ、その挙句ヤツをそのまま倒してしまうとはのぅ・・・。それにあの魔力量。あそこまで大きな魔力を持ったものなど見たことがない。それだけでなく、人の身でありながらあれほどの森のマナが手助けをするとは・・・。本当に不思議な少年じゃ。
この世界では魔力によって事象改変を起こす。これが魔術と言われているわけだ。魔力とは森羅万象全てに置いて保持している物で、生き物にとっては必要不可欠なものだ。魔力量は、人によるが、人の成長に合わせて変化する。成人になるとほとんど変化しなくなる。
また、魔術を使うには、必要な命令式、変換式としての詠唱、または、魔法陣を用いて魔力を対象に干渉させるのだ。しかしこの事は世間一般では余り知られていない。そのため、魔術師からの教育を受けて魔術師となる。そこで多くの流派が生まれたのだ。
そしてマナとは、自然界に存在する精霊の様なものなのだ。精霊は、基本的に自由で、穏やかなものなのだ。街にも存在はするがかなり少ない。マナは人を嫌う。そのため、マナの持つエネルギーを人間は基本的に利用出来ない。1つのマナが干渉するだけで魔術は2~3倍にまで効果が増す。極稀に生まれつき、マナに好かれる人間がいるが、それでもサフェルとは比べ物にならない。
マーロックがサフェルを見つけたのはただの偶然だった。マーロックはサフェルが熊の魔物と戦う前からその付近にいて、森で食材の採集を行っていた。すると、熊の魔物の気配が殺気立ち、しかも自分には向いていない事に気付き様子を見に行った。そこで、サフェルが戦っていたという訳だ。
そして、サフェルが安全な場所を探して移動したのをそのまま追っていった。マーロックは初めは弟子に、などとは考えていなかった。ただ、少年が何者なのか、それだけが気になって声をかけた。
サフェルの眼を見た時マーロックは、息を飲んだ。その目は、絶望の淵にありながらも仄暗い火を灯しているように見えた。
マーロックはふと、自分の過去を思い出し、苦い気持になる。サフェルの話から恐らく山を1つ超えた所の怪しげな建物から来たのではないかと考えていた。そこでは魔術研究が行われているときいていたが、本当は何が行われていたのかは分からなかったが、そこの周囲には魔術結界が張られていて一切干渉できないことから余りいいことではないのだろうと思っていた。
もしマーロックが現役だったなら迷わずに突っ込んでいったかも知れないが、今は隠居した身。また、体も衰えた。それ故に、関わろうとは思わなかった。
マーロックはサフェルのことが心配になり、ならば、自分の近くに置いておこうと思い、自分の弟子にすることに決めた。
信頼というのはすぐに得られるものでは無いからのぅ。これからゆっくりと得ていけばよいか。それよりも・・・
「そうじゃサフェルよ。」
「ハイ、師匠」
サフェルにはどこかぎこちない感じがあった。
「これからは、ここで生活するのじゃ。じゃから、食材の採集にこれから向かおう。しっかりと覚えるのじゃぞ。」
「分かりました。ところで食材とはとのようなものを集めるのでしょう?」
「まずは無難に山菜や木の実じゃ。今は秋じゃからのぅ。それから、ここらの野鳥を狩る。よいか?」
「先程の熊はダメなのでしょうか?」
「ん?」
マーロックはサフェルを見るが本気で食材にならないのかを訪ねているようだった。
「魔物を食えるはずが無かろう?」
「なぜですか?」
こんな事も知らないとは、これはあの災害の副産物なのじゃから、知らないものはいないはずじゃ。いよいよもって、あの場所が疑わしくなってきたのぅ。
山菜を集めながら答えていく。
「魔物がなぜ食えないのかはまだ分からん。しかしのぅ、食べた人間は体が内側から破壊され必ず死に至るのじゃ。」
「じゃあ、魔物とは何ですか?」
「それも確固たることがわかっとらん。ただ、あの大災害がきっかけなのは確かじゃ。」
「大災害ですか?」
「まぁ、その話はまた、いつかするとして、早うせんと日が暮れてしまう。さぁ、最後に野鳥を狩るとしようかのぅ」
「ハイ、師匠」
それから、マーロックとサフェルは空や木の上のに意識を集中させる。
森の中を歩くこと数十分――
「あそこにいます。師匠」
先に見つけたのはサフェルだった。それは鳥で、木の上で羽を休めていた。
ここからよくみつけたものじゃのう。
この森では木が異状に成長しており、高さがかなりある。それ故に距離は200メートル近くありまた、木の枝に紛れ見えにくい。それを裸眼で見つけたのだから、どれほど視力がいいのだろうかという話である。
そこからちょうど鳥の真下に移動し、マーロックは魔術を放つ。鳥は木の上にいる安心感からか、下に対しての注意は散漫だったのか、二人に気づく様子はない。マーロックは風に速度と指向性を持たせた、カマイタチのような魔術で鳥を一撃でしとめる。
首にまともに喰らった鳥が血を流し落ちてくる。マーロックはその場で血抜きをする。
「落とした頭と血は臭いがあるからなるべく地中に埋めた方がよいのじゃ。なぜだかわかるか知らんから一応言うておくと血のにおいに周りの魔物どもが誘われてくるからの。わかったか、サフェル。」
「はい、師匠。」
マーロックはそれから野鳥を解体していき、内蔵の食べられない部位も一緒に地中に埋める。
「よし、もう帰るぞサフェルよ。次からは自分でできるようにするのじゃぞ。まぁ、最初の数回は儂が補助するがのお。」
「はい、分かりました」
それからさらに、山菜、木の実などを採取しながら、森の中にある家へと帰宅した。
サフェルには体の汚れを落とさせるために風呂に入らせる。そして、サフェルには服がないためマーロックの服を貸し与えた。マーロックは老人と言っても背が曲がっているわけでもなく、また、身長も180センチ前後はあるため、サフェルにとってはぶかぶかだったが——
「よし、夕食ができたぞ。」
マーロックが作ったものは、山菜のサラダにスープ、野鳥の丸焼き。山の中、男の料理といったらこんなものだろう。
「食べるとしようかのぅ。」
「はい」
「「いただきます(じゃ)」」
うーん、やはり儂より先には食べようとはせんか。まぁ、儂が食べ始めれば問題もなかろう。
サフェルは手を動かしつつも、時折、マーロックのことを見て食べ始めるのを待っているようだった。しかし、予想通りにマーロックが食べ始めると少しづつサフェルも食事に手を出し始める。
次第に食べることに夢中になっているようでしゃべることもなく、ガツガツと勢いよく搔き込んでいく。
十数分後には器が綺麗になっていた。
食べている時、サフェルは涙ぐんでいるように見えたが、マーロックは見てないフリをした。そうした方が今はいいような気がしたのだ。なのですぐに席を立ちサフェルを促しつつも後片付けを始める。
かなり空腹じゃったようじゃのう。それに精神的にもきていたようじゃな。とりあえず今日のところは休ませるかのぅ。
「サフェルよ。今日はもう休むとよい。部屋は二階の屋根裏部屋を使うのじゃ。後、明日から冬越の準備を始めるからの」
「魔術の修行も明日からでしょうか?」
「いや、魔術の修行は冬になってからじゃ。それまでは、狩りに重点をおくからの。」
そう言えば、もう使わなくなって久しい弓矢があったはずじゃ。それを使わせよう。扱い方は、狩りの時に一緒に教えればよいかのぅ。
「今は冬越の準備の方が大切じゃ。ここから一番近くの村へも、雪の中では行けなくなる。理解しておくれ。」
「分かりました。師匠。それでは、お休みなさい」
「しっかり休むのじゃぞ。」
弟子、というのもいいのう。まるで孫の様に思えるのぅ。
そう考えているのとは裏腹にマーロックは人知れず少し苦い表情をした後、寝るために、家の灯りを消し、自分の寝室へと向かった。
こうして、マーロックとサフェルの奇妙な出会いと関係が始まった、忙しい1日が終わるのだった。
5000字は少ないですかね。どうなんでしょう。ストーリー次第でその話の文字数はかなり変動しそうです。ご了承下さい