プロローグ
初投稿で、初オリジナル小説です。
(どのくらいの月日がたったのだろうか)
そんなことが頭の中を過ぎる――
しかし、そんなことどうでもいい、今思うことは、ただ、帰りたい・・・
そんなことすらここでは叶えられはしない。
ふと、ここへ来るまでの自分の生活を思い出した――
日本の一般的な家庭に生まれ、丁度中学一年の夏休みだった。武道をやってはいたが部活では、もの珍しかった弓道部に入った。大会というのもこの地区には中学生の部は存在しない。その為先輩達が大会の為の練習をする事はなく、1年生はほかの部でのそのサポートといったものがないので入部すると一ヶ月くらいで本格的な練習が始まるのだ。それに、夏休みともなれば、合宿もあり、実力をつけつつあった。
いつも通りの部活の帰り道クラスの嫌な連中3人に出くわした。自分は入学当初背が低く140センチしかなく、数ヶ月ではそこまで変わらない。顔はどちらともとれる様な顔だった。中学生というのはまだ精神的に幼くきっかけなどそんなものだった。日が過ぎれば収まるだろうと思っていたが、逆に日が過ぎれば今まで以上に、そして、必要以上にいじめてくる。両親は厳しく、また、自分が道場に通っていた事もあり決して抵抗しなかった。
その結果そいつらはエスカレートしていった。そしていつものように適当にやられたら開放されるだろうと思い、゛いつも通り゛にやり過ごそうとした。そいつらにはそれが気に食わなかったらしく激怒して、暴行を加えてくる。武道をやっていた為、ある程度は耐えられた。そう、ある程度は、だ。その程度を超えた強い衝撃が後頭部に走った。視界の端に、1番体格の良いリーダー格の少年が角材を手にしているのが写り、そのまま気を失った――
そして目が覚めた時ここにいた。
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ここでの生活、この場所、行われていること、すべてが異常だった。
何度も何度も脱出を試みた。その結果は教育という名の拷問だった。また、毎日人体実験をされていた。拷問など比べ物にならなほどの苦痛だった。ここでの戦闘訓練などが遊戯とさえ思えた。
いつの間にか楽になりたい、死にたいと思うようになっていた。
それを実行に踏み切らなかったのは同じ苦痛を共にする仲間と呼べる人がいたからだ。自分と同じ部屋にいる人だ。名前は分からない。なぜならここでは名前があってもここでは名乗ることなど許されず、出生すらも伏せなければならなかった。言ったものは殺された。拷問だけだったらまだ、こっそりと言う物も居たかもしれない――
しかしそんなある日研究者達―そういうには些か現代の科学者と格好が違うが―が言い争って居るのを聞いた。
―所長、境界が不安定になっています。これ以上のサンプルの採集は不可能かと・・・
―ふむ、予想よりかなり早いな。今の状態では、どの程度の確率で成功する?
―5%もないです。やはり、失敗という扱いになりますか?
―失敗?ありえん!そんなことにはならんよ。理論は完璧だ。実験を最終段階に移す。試験体がどれだけ減っても構わん。すべてに投与しろ。魔力回路の埋め込みは終わっているだろう。拒絶反応を起こしたものは死体と共に廃棄しろ。
―ホントにいいんですか?
―くどい!
―・・・了解しました。
(なんとなくわかってはいたが本当に魔力があるとはな。)
ここではこの世界の言語や戦闘関連についてしか教育されなかったが日本にいた時、外国語も割と普通に習得できていたのでここで新しい言語を覚えるのはそこまでの苦労しなかったので会話をある程度聞き取れていた。
それにここで目覚めてから色々な異変や違和感に気づいていた。建物は古く、使われているものには自分が見てきたものほどの文明が感じられず、時折目に入る機械は全く科学的なものには見えない。
しかし、最終実験とは何が行われるのだろう。嫌な予感しかしない。でも、これで死ぬのならー死ねるのならと思ったがそんなことを言えばアイツは怒るのだろうとかんがえた。
そして振り返り部屋へ戻ろうとした時、目が合った。そう、先ほど考えていた、自分の事を怒ってくれる人だ。
「どうしたの?13号?」
ここでは名前の代わりに被検体番号が使われていた。自分は被検体14号。そして、目の前にいる同じ部屋の少女は被検体13号。
だいたい歳は同じに見える。また、同じ日本語を話していることから、自分と同じなのだろうと思う。しかし、初めて見た時は、日本人特有の黒髪、黒目だったのが、今は髪が白く、目は紅く変化している。身長は自分より少し小柄、髪型はここに来てそれなりに経っているので、背中当たりまで伸びていた。
ここには鏡もガラスもない。なので自分が今どのようになっているのか全く分からない。髪も切れないので、部活などで邪魔にならないように切っていた為、今の長い状態に少しストレスを感じていた。白い髪が自分の視界に入っていることから自分の体の色素が変化しているのはわかっているが目の色までは分からない。
そもそもそんな事は、気にならなくなっていたのだが・・・
「貴方がいなかったから。ねぇ、14号、何を聞いてたの?」
話すべきか少し迷う。
「いや、何も」
「嘘」
「えっ、なんでそう思う」
「14号は嘘をつくとすぐわかる」
「そっか、まあ後でね。」
「約束だよ?」
「分かった」
「そう言う時は14号、結局何もしないじゃない。約束は守らないといけないんだよ」
「はいはい。」
そんなことを話しているうちに部屋についた。部屋というにはかなり殺風景で、ここにはなんとかベッドと呼べるような代物しかない。そう窓すらも・・・
そして、そのベッドに潜り込む。
「それじゃお休み13号」
「もう14号ったら。はぁ、お休み・・・」
ここでの朝を迎えたときのその知らせは、奴らの声と鐘の音だけだ。
ここにきてからはなんとなくゆっくりと眠れていないように思える。しかし、そのためか必ず起こされるよりも早く目が覚めていた。
この日は本当に珍しくいつもの午前の訓練は無く、昼まで何も無かった。ただ、奴らはどこか忙しなく動き回っていて、どこか落ち着かない雰囲気に包まれていた。
「今日が全て最後らしい・・・」
「それって昨日の事?14号」
「・・・ああ」
「じゃあ、もうここから出られるのかなぁ」
「分からない」
「そりゃ、そうだよね・・・」
「おい、全員ここに並べ」
研究者がきて、ここの全員を集めている。
初めは50人ほどいた。しかし、今ではその数も半数以上が減っていた。
「これで全部だな。いいかよく聞け。お前らは今日から我ら新神人教の兵器となるのだ。神は先の大災害を引き起こし、人類の再構築を望まれているのだ。そして、そのご意思を引き継ごうとなさってい教祖様に使われるのだ。これほど幸福なことなどない!お前らのような人ならざる物どもよ!」
そう言うと、研究者は全員に綺麗な色―薄い蒼―の液体が入った試験菅を全員にわたす。
「さぁ、すべて飲み干せ!」
13号とふと目が合った。なにか言いたそうに見えたが、ここにはいくつもの奴らの目がある。迂闊には動けないだろう。気にはなったが今はどうしようもないし、何となく云わんとすることがわかるようなきがする。
そして、意を決してそれを一気に飲み干す。
「っ!!!?ぐああああぁぁぁーーー!!!!!!」
体中に激痛というのも生温すぎる程の痛みが走る。
そして今度は別の感覚に襲われる。体がまるで燃えるように熱くなり、膝をつく。
が、今度は急速に寒くなり、凍える。
体が動かない・・・。
地面に倒れるが感覚がない。
―14号!14号!14・・・!1・・・―
意識の奥で13号の声が聞こえた気がした。そして完全に暗闇の中へ意識を落としていった。
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―目が覚めた―
体中が濡れているうえに、冷えきっている。しかしあのとき感じた寒さからいえば真夏の炎天下にも等しいだろうと思う。
あれだ、もとから外にいるよりも、涼しいところから暑いところにいったとき、同じ気温でもより暑く感じるアレ。
しかし、自分はいまどうなっているんだろうか。何も見えないし何も聞こえない。
どうにか起き上がろうとするが体が動かない。痛みや違和感も何も無いが、力が入っていかないのかそれとも・・・。どっちにしろ、体が動かないことには変わりがない。
しかし、意外にも体が動かないことに対してなにも思わない。
心は凪の訪れた水面のように静かで、頭は冷静だ。
瞼を動かしてみるがうまく動かない。というより動かせているかすら怪しいところがある。
しかし幾らか経つと体が徐々に動く様になる。少しずつ自分の感覚が戻っていく。しかし、瞼をあけても何も見えない。
光を失ったか・・・。
そこでなぜか急に意識が遠のき始める。まるで、抵抗できない何かに引っ張られ沈んでいくかのようだ。
そこはいつもの部屋だった。殺風景でベッド以外何もない。しかしどこか静かで、いつもある嫌悪感がない。それにやつらの気配も・・・。
とりあえず、部屋を出て行く。左右に廊下があり正面は吹き抜けとなっており下から全てが見渡せるようになっている。監視をしやすいようにするためだろう。
自分の部屋はここの二階だ。ここの階には実験室とその反対側に食堂につながる大きな扉がある。一階は部屋はなく大きな広間になっている。いつもここで戦闘訓練が行われていた。
その一階の大広間にいつも、食事のときに、訓練のときに、実験のときにみたあの顔触れがいた。
なぜかうれしくなり、みんなのもとへと降りていく。
なぜここに?奴らは?
弱気な23号の少年が答えてくれる。彼は自分より年下でいろいろと教えたりしていたので割と仲が良かった。
『奴らはいないよ。』
『そんなことより!』
と、いつも23号と一緒にいた強気な少女の28号が言った。そのまま続ける。
『受け取ってほしいものがいるの』
『『僕(私)(俺)たちからの最初で最後の贈り物だよ。』』
みんなが一斉に言った。
23号がどこからか出てきた光の玉をまるで水を掬うようにして持っていた。そしてそれを自分に差し出してきた。
それを手を同じようにして受け取るとスッと体の中に吸い込まれていく。
『13号と□□□はみんなの希望だよ』
???
なんて言った?
しかし、23号に聞こえていないのかそのまま続ける。
『13号、いや、冰蔵。冰蔵は□□□、△△と僕たちの分まで生きて』
途中が聞こえないよ!
なんて言ったんだよ!
誰とだよ!
そんなことを問いかけたがみんなはにっこりと笑ったまま何も答えてはくれなかった。そして、そのまま振り返りゆっくりと歩き去っていく。
そして振り返りこっちに手を振った。
待ってよ!
とっさにみんなのもとへ走ろうとするが、23号は首を振る。
その瞬間景色が勝手に前へ進んでいく。いや、自分自信が後退しているのだ。強制的に。
日だまりに居るかのような暖かさに包まれる。
そうしてようやく目が覚める。
感覚は戻っており、目も見える、耳も聞こえる、体を動かすことも雑作もない。
体をゆっくりと起こす。
しかし、無慈悲な現実が、覆しようのない現実が叩き付けられる。
気づいたのだ、自分がいる場所を、自分のいる周りの状況に。
自分がいるのはあの場にいたものの亡骸の上だった。一瞬眼を疑ったが目の前にある顔が、まるで人形のような生気の無いその顔がそれを疑わせない。
自分の体に触れる死体が、雨で冷えている自分の体よりも、冷たい。また、目や鼻、口から血が流れている。死体をみるのは初めてで、ましてや心を通わせた人間が、こんなに多く、である。その結果めまいがし、パニックになりそうになる。
深呼吸をする――
あの場所で誰かが死ぬのは決して少なくはないのだと言い聞かせギリギリで持ち直し、無理矢理に気持ちを落ち着かせる。
自分の顔にも血の跡があり、服には血がこびり付いていた。
雨が降っている為に燃やすことも出来なかったのだろう。運が良かったのだろうか。
そのときに気づいたが雨がいつのまのか止んでいた。
ある程度体を動かせるようになり、地面に降りる。ふと、13号のことが頭を過ぎる。気を失う直前に聞こえた気がしたのだ。それにさっきの夢(?)にもいなかった気がする。しかし、ただ見ただけではこの中に13号がいるのかはわからない。それに他にもまだ生きている者もいるかもしれない、と思い死体の山の中から探し出そうとした時――
―あれが完全に燃えるまで時間がかなり掛かりそうだな。
―クズが手をかけさせやがって
―臭いも酷くなりそうだな
―あぁー。こんなのなんで俺達が・・・
と、研究者たちの声が聞こえ、もどかしい気持ちを抑えつつ急いでこの場をはなれることにする。
少し離れたところであいつらがいなくなるのを待とう。
研究者達は死体に近づくやいなや、何かいい、どこからか出てきた火をそこに放つ。雨にぬれていたのにも関わらず、まるでそんなものはなかったと云わんばかりに火は広がり、大きくなり、炎へとかわる。
ま、待って!まだ、まだそこには・・・
まだ、全員の生死確認出来ていない為、自分と同じように生きている者もいるかもしれない、と焦る。
しかし、みるみると火は全体に広がっていき、そこにあったかもしれない命の生存の可能性すらも燃やし尽くしていく。そしてその光景は、もうどうしようもない現実を叩きつけてくる。
なんとか瀬戸際で保っていた精神が、心が、音を立てて崩れていく。
「あ、あぁ・・・!」
自分でも、気づかないうちに微かな叫びを上げていた。
くそっ!くそっ!!くそっ!!何でだよ!何で俺達がこんな目に合わなけれならないっ!!
あの場所で、同じ苦痛を味わった仲間達の顔が浮かび上がる。あの夢のような空間でみた最後の、本当に生きているかのように会話し、自分に希望を託してくれた彼らの最後の顔が・・・。
・・・してやる。・・・殺してやる。あいつら全員!
殺意とあまりの怒り、悲しみという、今までにない感情の波に呑み込まれそうになる。
(冷静にならないと・・・。皆が死んだのは、俺に、俺達に力がなかったからだ!)
心の中でそう自分を叱咤する。そうしていないと今にも飛び出していきそうで、自分を保てそうになくて・・・。
見知らぬ場所へ連れてこられ、苦しめられ、挙句の果てに殺され、焼かれる・・・。
こみ上げてくる悲しさとふつふつと沸き起こる怒りに泣き叫びたくなるが、生き残ってしまった自分は皆の為にも、仇を討たなければならないと心に刻み、その場を音もなく去った。
今のこの世界では、弱いことは罪だ。誰もが力を求める。もう、信じられる物など今の俺には無い。力をつけなければ・・・。
森の中の木の上で自分の来た方向を振り返ると、木々の間から見える建物の横から煙が上がっているのが見えた。
未練など無いと言い聞かせるように、自分の感情に気づかない様に嘘をついて、そこから一気に走り去っていった。
それから、山に入っていき彷徨い続け4日程が経った。
衣服は既にぼろぼろになり、靴などは最初から履いていなかった。そのため、足はほぼ絶え間なく傷つく。しかし、その度に傷はどんどんと塞がり、すぐに治ってしまう。自分の体の奇妙さに驚きつつも、逆に好都合と痛みをかみ殺し、ただひたすらに進んできた。
初めは普通の森だったのが、周りを見渡すと直径が10メートルとゆうに越えている大木ばかりになっていた。こんな風景は見たことがない。そして何よりここには普通には見えない生物がよく目に付く。
普通には見えないとは、姿は異世界と考えれば許容できなくはないが、サイズが、大きい、大きすぎるのだ。ここまでにも見たが大きくても鹿程度だった。それがここではどうか、20メールを超える亀のようなものから、だいたい同サイズのトカゲのようなものもいた。
それらは肉食かもわからないのだ。近寄らない方がいいとうまく避けつつさらに森の中を進んでいった。
サバイバル技術などあそこでは教わらなかったし、地球でなど論外だ。それでもなんとか火を起こし、暖を取りつつ、木の実などを食べて凌いでいたが、ここ数日で蓄積され続けていた疲労のせいで判断力や精神力が切れかかっていた。
そのために、近づいてくるモノに気がつくことができなかった。
「ぐがかああああぁぁぁ!!」
それは巨大な熊だった。見た目は日本にいた頃に図鑑で見たツキノワグマに似ているがその体は暗い緑がかっている。その熊は丸太のような豪腕を振り上げ攻撃してくる。
「っ!!」
くそっ!警戒を怠ったか!
生物が元来持ち合わせている本能からくる恐怖心によって体が硬直する。その隙はかなり致命的なものになりかねない。
熊は既に目と鼻の先まで迫っており、避けられないと思い防御姿勢をとるが攻撃を受け、自身の持っていた恐怖心もろとも吹き飛んでしまう。そのまま木に叩きつけられあまりの衝撃に一瞬意識が揺らぐ。
熊はさらに突進しようとしているのがわかる。
どうすればあいつに勝てる?負けるわけにはいかない、死ぬわけにはいかないんだ!考えろ!そもそも武器がない。
あの熊に立ち向かおうというその考えからしていろいろと麻痺してしまっているのがわかる。勇気などではない。蛮勇というにすらおこがましい。これは捨て身にすら近いのだから。
思考をフル回転させる。周りを見て何かないか探そうとする。しかし、ここは普通ではない—全てが巨大化しているのだから—森である。そんな手頃なものなど落ちてはいない。
「がああぁぁぁ!」
熊はその巨体に見合わない速さで突進してくる。
熊の突進をギリギリで躱し、木に突っ込ませる。熊は軽く怯んでいた。
手に持つことができないのなら、相手自身が結果的にダメージを受ける様に誘導すればいい。また、自分と敵との壁にすればいいのだ。
この生み出された少しの時間であそこで学んだことを思い出す。様々な感情が沸き起こるが頭の奥へやり、冷静を保つ。
ふと、この世界には魔法があるのを思い出す。そして、あそこでの人体実験のせいで今の自分に魔力回路があることも・・・。
魔法の使い方何て知らない。だから、日本で散々お世話になったラノベの魔法を思い浮かべる。
イメージは刺突。使うものはここにある土だ。
そして地面に手をつき、魔力を流す。果たして、熊の足元の土が勢いよく突き出され熊の巨体を貫く!
「はぁ、はぁ、はぁ・・・。やったな」
フラグを建てない様に、なんとかセリフを吐く。
体は疲れてなどいないが初めての命を賭けた戦闘に精神が摩耗している。
血の匂いにほかの獣が集まって来る前にすぐにそこから離れ、それから少しして体を休めようと考える。すると目の前に見知らぬ老人―ローブを着ており、まるで魔法使いのように見える。いや、実際そうなのだろう―が立っているのに気がつく。どこか暖かく優しそうな雰囲気がある。
誰だ?追っ手には見えない。
あの場所の研究者達を思い浮かべすぐに頭からかき消す。
「お前さんは何者じゃ?」
何者?そう言えばこの世界での俺の立ち位置ってなんだ?
そんなことを考えている時点でなかなかに混乱しているが、それに気づくことは決してない。
そしてその問いに答える回答など浮かばなかった。
「・・・」
「お前さんの名前は何じゃ?」
その質問に対してなんと答えようか悩む。もし、日本での名前を言えばこの世界の名前ではないような名前の可能性もあるし、それはこれからも使うことになり、それを奴らが見つける可能性もある。名前を伏せられていたのでそこまで心配するような事でもないだろうが、念のために使わない事にする。なので、
「名前は、ナイ。」
どこかぎこちないのは、嘘を吐きなれていないのか演技下手なのか。まあ、そう答えて相手の出方を見ることにした。
「そうか。お前さんに身寄り友人は居らんのかね?」
「・・・いない。皆死んだ。」
「そうか。すまんな。」
この世界での仲間は皆あの時に死んだ。家族は地球だから今はいないも同じ、嘘はついてない。
ふと、13号の顔が頭に浮かんだ。
彼女は、13号は、まだ生きているのだろうか。あの時、意識を失う直前に声が聞こえた気がしたのだ。
もしかしたら、と思ったが変に期待しても仕方が無い。自分はどちらにせよあそこに13号を置いてきてしまったのだ。そんな、罪悪感のような物が心に影を落とす。
そして、無理矢理意識を戻す。
目の前の老人は何かを考えている様子だった。
今の自分には何をすればいいか全く分からない。仇を討とうにもあの研究者の情報もなければ、本拠地の所在も、今いる場所も分からない。地球への帰り方など論外だ。
「なぁ、この世界について教えてくれないか?」
この老人に対しての不信感はまだあるが、なぜか信じてもいいと思えてしまう自分がいる。あれだけ人への呪言を吐いといて、どこか甘い所がある。それは、まだ消えずに残っている自身の根幹なのだろうか。
「そうか。ならばお前さん儂の弟子にならんか?」
はぁ?ナンダッテ?
俺は確かにこの世界について教えて欲しいと言ったはずなのだが・・・。
帰ってきた答えは予想などしていないものだった。