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花の残り香

作者: ハル

「私の気持ちは勿忘草(真実の愛)だよ。」


彼女はよく気持ちを花言葉にしていた。

勿忘草(真実の愛)なんて言われてもピンと来なかった。

なんで僕が好きなんだろう?疑問でしかなかった。

「ぼーっとしてる所も好きだよ?恋は盲目だね。」

照れたように言っていた君が可愛く思えた。

告白の時に渡された花は何だったかな。

赤い菊だった気がする。おいおい。何でこんなの渡すんだよ。とか思ったよ。花言葉を知るまではね。

お返しは僕も少し洒落てアネモネを渡したよ。笑われたけどさ。


「シュンくんシュンくん。今年もお花贈りあおうね!」

新年になると彼女はとても嬉しそうに毎年宣言していた。

僕も彼女がやりたくないと言われてもするつもりだった。

僕は彼女の嬉しそうな顔を見るのは好きだったし毎年違ったバリエーションの花を送ってもらえるのも嬉しかった。

ハナミズキ ヒヤシンス 赤いツツジ ピンクのチューリップ

贈れたわけでは無いけど二人でフジを見に行ったりもした。

彼女の嬉しそうな顔を見る度に彼女が言う僕が好きだという言葉に確信というか自信を持つことが出来た。


なのにこんな幸せな日々はそう長く続かないのも解ってしまった。

彼女は心臓が弱い。四年目の生活では発作を起こしていた。

「手術するかも。」

彼女は今にも消えそうなロウソクのような不安定な儚さをまとった状態で僕に言った。

「手術したらその後は大丈夫なの?」

大丈夫じゃないかもしれない。いや、むしろ危険の方が多いと僕は医者に聞かされていた。

「危険の方が多いって。...どうしよう。私...怖い。」

どうしようもなく理不尽な死を選ぶか、抗って死ぬか。抗って、リスクすらも跳ね返した生を手に入れるか。

どんなにこれが危険な橋かは僕も彼女も知っていた。

「花...買ってくる。」

僕は病室を逃げるようにあとにした。かける言葉が見つからなかった。そんな状態の僕が嫌になった。

アマドコロという花を彼女にあげた。少し彼女が笑った気がした。


彼女はすごく耐えたと思う。全身麻酔をしなくちゃいけない手術を受けて。苦しい思いをしながらもそれを表に出すことは無かった。

一人で泣いているところを見てしまい、後ろから抱きしめたことも何度かあった。その度に『ごめんね。ごめんね。』と彼女は言っていた。

でも彼女は僕の隣からいなくなった。

2LDKの部屋は二人で住んでた時には少し手狭に感じていたのに、一人になるとやけに広く感じるようになった。

彼女の部屋には小さな仏壇と彼女の家族から頂けた遺骨がある。

僕は彼女の仏壇に二日置きにいろんな花を飾った。

どれもこれも彼女に愛を伝えるような花ばかりだ。

「あぁ。言葉で好きとか愛してるって言ったことないな。」

今更だった。もう伝えたい人はこの世にいないのに。

もっと早く。彼女が健康だった時に伝えたかった。

そう思っていると彼女の仏壇を眺めてた視界が突然ボヤけた。

頬に暖かい何かが伝う。火葬の時も葬式の時も泣かなかったのに。

『もういいよ?泣いても。』

彼女の声が聞こえた気がした。



季節外れのマリーゴールドがベランダに咲いている。

君がいなくなった僕の隣はマリーゴールド(別れの悲しみ)で包まれてる。

僕の居場所であり痛みを和らげてくれた彼女という存在はもうこの世にいない。

『居なくなって初めて気付いたなんて...よっぽどその人は馬鹿だったんだね。』

なんて彼女に言って笑われてた日々が懐かしい。僕だって彼女が居なくなってから初めて気付いたじゃないか。

勿忘草(真実の愛)を両手一杯に持って僕に差し出していたの存在に。

僕が握りしてめいた手の中にあった勿忘草に。


どうしようもないほど気付くのが遅くなった。

ごめんねの言葉なんてもう彼女には聞こえないのに。

『しょうがないなぁ。』なんていいながら苦笑いをして腰に手を当てる姿なんてもう見れないのに。

ネモフィラ(貴方を許します)の香りが少しした気がした。

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