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おもいおもわれて3

ふわりふわりと落ちていくこの感覚を僕は知っている。


「露草さんはどこ?」


僕はそんな中で露草さんの姿を探す。

しかし、その声は無情にも虚空に散っていく。体はとても軽い。いっそもうないのかと思うほどに。


「露草さん…。」


もう一度彼女の名前を呼ぶ。

彼女はまだ待っていてくれるだろうか?

彼女は寒さに震えていないだろうか?

思い描くのは彼女のことばかりで、自分でも馬鹿だなぁー。と思う。


それでも最後にもう一度彼女に会いたかった。会って彼女に伝えたかった。


「あなたが…好きです。」


と。

そんなちっぽけな僕の願いは虚空へと消えていく。底なし沼に落ちていくようにゆっくりとゆっくりと記憶が消えていく。


記憶はもう一度あの頃から。

そう、僕が彼女と出会ったあの時から。


僕はゆっくりと目を瞑る。

気のせいだろうか?少し右手が暖かい。



「あ…くん、あき…く…。」


声が聞こえる。でもはっきりしない。でも僕のよく知ってる声…。

あぁー。なんだか、心地いい。

心がポカポカするのはどうしてだろう?

今はこの声を聞いていたと思うのはどうしてだろう?


「晶くん!!」


僕ははっきりと目を開ける。この声はきっと…いや、間違いない。僕の…僕の…。


僕は必死に声のする方へとあゆみよる。


さっきまであんなに軽かった体が今はとても重い。まるで、何キロもの重しを付けられているみたいだ。


それでも必死に足を動かした。


名前はわからない。それでも今行かないとダメだと思った。


段々と光が見えてきた。1歩また1歩と歩く度に光は濃くなっていく。


「…さん。…さん。」


僕はいつの間にかその声の主を呼んでいた。

あぁー。そうか。僕はずっとこの時を夢見てたんだ。


僕は思いっきり手を伸ばす。眩しすぎる光に目を瞑っても、


とどけ!とどけ!


と何度も念じながら。



「…」


目を開けると思わず眩しい光に目を細めた。

なんだか、随分長い間眠っていたようなきがする。


「ここは?」


ようやく、その光のまぶしさに目が慣れてきた。僕は周りを見ようと首を横へとむける。首は錆び付いたように動かなかった。


「いた…」


思わずその痛さに声をあげながらも、どうにか首を横へと向けた。


「ん?これは…」


僕はふと視界の下の方に黒い長い髪を見つけた。


「ん…。」


少しずつ首を下に向けていく。するとそこには長い髪さらさらとした黒い髪に、白い肌がよく映えた妖精のような女の人がすう…すう…と寝息をたててうつ伏せに寝ていた。


「?」


僕はそんな彼女を気を取られながらも自分の体に視線をうつす。


「え…」


僕はその光景をみて思わず絶句した。

自分の手足とは思えないほどに、ほそぼそとした体。まるで骨しかないように布団に隠れていても骨格がはっきりと見えていた。


布団からはみ出した右手には細長い管が上へと伸びていた。


まるで自分の体じゃないみたいだ。そんな自分の姿に衝撃を受けていると、


「ん…ん。」


そう言って重たそうな瞼を片手で擦りながら彼女が目を覚ました。一瞬ドキッとしてしまう自分に少し驚いた。


「あれ?私まだ夢でもみてる??晶くんが目が覚めてるようにみえるんだけど…?」


彼女は寝ぼけ眼で、まだ少しぼーとしているようだった。

そんな姿さえも僕にとってはとても可憐に見えてしまう。どうしてだろうか?そんな疑問を抱きながら、僕は彼女から目が離せなくなっていた。


「晶くん!?」


彼女はやがて目を完璧に覚ましたのか、僕の顔を見るなり驚いた表情で僕の顔をのぞき込んできた。


「え、えーと。」


僕はそんな彼女に少し驚きつつも、なんだか面白くて笑ってしまう。


「そっか…。目が覚めたんだね?晶くん…。」


彼女はそんな僕をみてかんきあまったのか、とうとう泣き出してしまった。心がチクリと痛む。なぜだろう?彼女が笑うと嬉しいのに、彼女が悲しいとこっちまで泣きたくなってしまうのは?

胸の奥をギュッと締め付けられているようなそんな感じがする。


「泣かないで…。」


僕はそんな彼女に思わずそう声をかけ、頭をなでた。彼女の泣く姿はあまりにも儚げで消えてしまいそうだったから。


「うん。晶くん。おかえり!」


彼女は僕の言葉に頷くと、勢いよく僕に飛びついてきた。


僕はそんな彼女に少し驚きを覚えたが、それをみて確信する。記憶が体に流れ込んでくる。そうだ。ずっと彼女は待っていてくれたんだ。きっと何年もの間ずっと。


「ただいま。露草さん。」


僕は笑顔で彼女を抱きしめる。彼女の手から僕の右手へと徐々に体温が伝わってくる。何年もかかってしまったけれど、これでようやく伝えることができる。


「ずっとずっと好きでした。」


僕はそう言ってさらに強く彼女を抱きしめた。僕の想いが届きますように。ただそう祈りながら。


「私もずっとずっと好きでした。」


彼女はそう言って僕の腕の中で笑う。その笑顔は昔あの教室で見た笑顔と変わらない、幸せに満ちた笑顔だった。


窓から入り込む風が桜の花びらを連れてくる。

季節は巡り、今僕はここにいる。


少し待たせて過ぎてしまったけれど、この想いはきちんと伝わっただろうか?


いいや、伝わらなくたっていい。これから伝わっていけば。



そう祈りながら僕は彼女にキスをした。

初めてのキスは少ししょっぱくて、でも甘いそんなキスだった。


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