おもいおもわれて2
秋祭り当日。
「緊張するなぁー。」
僕はそうつぶやきながら、携帯のメールボックスを何度もひらく。
時刻は5時20分。待ち合わせまでまだ1時間近くもある。
『晶くん明日は秋祭りですね?
すごく楽しみです。』
宛名には露草 柚姫の文字。
「早く時間にならないかなぁー。」
僕はそうつぶやく。
数日前、隆太に秋祭りのチケットを貰ったあの日。僕はすぐさま露草さんのところへと向かった。
「晶くん?どうしたの、今日は生徒会の用事はなかったはずだけど…。」
露草さんはそう言って何か考えるように頬に手を当てて考えていた。
ここは生徒会室。仕事熱心なのか露草さんは生徒会の招集がなくても、放課後はいつもここにいる。
『ここにいると、落ち着くのよ。』
本人いわくそうらしいが、露草さんはいつも僕ら生徒会メンバーがいない時に資料の整理など細かい仕事を1人でやってくれていることを僕は知っていた。
「特に用はないんですが…。しいていえば、その…つ、露草さんに…。」
僕は言葉を濁しながら笑って、露草さんから目をそらした。さっきまでの自分なら、何やってるんだ!と言わんばかりに勢いでいってしまうかもしれないが、やはり本人の前だとなんだか気が引けてしまう。
「私ですか??」
露草さんはそう言って右手の人差し指で自分自身を指した。そして可愛らしく首をかしげた。きっと本人は気づいていないんだろうなぁー。なんて、考えながら僕はそんな彼女の姿にいちいちドキドキしていた。
「そうなんですけど…いやでも違うくて。」
ドキドキして、頭の中が白く染まっていく。自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
まだ、誘ってもいないのに。せっかく隆太が背中を押してくれたのにと焦りばかりが募っていく。気付けば僕はその場に立ち尽くしていた。その場に冷たい空気が流れ込む。
「晶くん、少し付き合ってもらえますか?」
静まり返った部屋に突然露草さんの声が響く。声のする方へと視線を向けるとそこには急須を持って笑って座っている露草さんの姿があった。
「は、はい。」
僕は慌てて返事をして、露草さんの向かいの席へと足を向かわせた。正直いうと、これからどうしていいかわからなかった。だから、露草さんから誘ってもらった時、助かったと思った。
嬉しいような申し訳ないようなそんな感情がぐるぐると渦巻いていく。
「晶くんは星を見たことがある?」
お茶を入れ終えた露草さんは突然そう言った。
「え?」
僕は思わずうつむかせていた頭を上げて、露草さんの方をみた。
露草さんは窓の外の空を見つめていた。
その姿はとても可憐で、でも同時に寂しさを感じさせていた。
「私は星を見たことがないの。」
彼女はそう言って目を伏せた。儚げで触れたら壊れてしまいそうなその姿は最初に出会った頃の彼女の姿と重なった。
「なら、見に行きませんか?」
「え?」
彼女は驚いた表情でこちらを見ていた。
そして同時に僕も驚いた。だって、あまりにも自然に僕の口からその言葉が出ていたから。でも後悔はしていなかった。むしろ喜びすら感じていた。
「あ、あのですね?実は今度秋祭りがあるんです。それで友人から誘われたのですが、その友人が行けなくなってしまって…。」
だんだんと焦りやら、恥ずかしさやらで声が小さくなっていく。それでも、それでも彼女のあんな姿を見てしまったら…そう思うと心なしか勇気が湧いてきた。
「だから!僕と一緒に行きませんか?」
僕は思いっきりの勇気と希望を詰め込んで、その言葉を言い切った。もう二度と来ないかもしれないこの時間を彼女と過ごしたい。そう強く願いを込めて。
「…」
2人の間に沈黙の時間が流れる。
彼女は驚きつつも少し考えているようなそんな表情をしていた。
僕は彼女の答えをただ待ち続けた。
少し開いた窓の隙間からまだ暖かい風が入り込む。
心なしかその風が心を軽くさせた。不安なんて何もない。なんていったら嘘になるかもしれないけれど僕はただ、彼女の心を軽くできるならそれでいいと思った。
僕はひたすら待ち続ける。たとえどんな答えだとしても。
「あのね。」
風が彼女の髪をすこし揺らした後、彼女は唐突に僕に話しかけてきた。その眼差しはとてもまっすぐで、真剣でこちらの心すら見透かされそうになる。僕は少し身構える。断られる。そう思ったからだ。芽生えた恐怖は少しずつ心の中で大きくなっていく。
それでも不思議と後悔はしていなかった。むしろ清々しささえ覚えていた。
「私何着ていったらいい?」
「へ?」
僕は間抜けな声とともに少し思考がとまる。
でも彼女の姿勢は至って真剣なもので、その目には一切の迷いなどなかった。
「晶くん?」
そう彼女に名前を呼ばれてようやく思考を再稼動させた。今彼女はなんていった?僕の聞き間違え?そんな疑問が次々に浮かんでは消えていく。
「え、えーと。つまりは僕と行ってくれるんですか?」
僕は思わず聞き返す。すると彼女はいかにも幸せそうに
「うん。こんな私で良ければ。」
と言って笑った。
「や、やったー!!」
僕はその返事を聞いて思わず叫ぶ。
「ふふふ。晶くんって面白い。」
彼女はそう言って笑う。その笑顔は僕の心を満たしていく。そのうち僕も可笑しくなってきて笑い出す。
幸せだ。ただただそう思った。この時間が一生続けばいいのにと願う。
彼女も同じ気持ちだろうか?
彼女も同じ気持ちだったらいいなと思うのはわがままだろうか?
わがままでもいい。ただ彼女が笑ってくれさえいれば。それでいいと思った。
夕焼けが2人を包み込む。その夕焼けは儚げでどこか懐かしささえ感じた。
その後僕達は集合の時など連絡手段がないと不便だろうという露草さんの意見によって、メルアドを交換した。
それからはちょくちょくメールのやり取りしていた。メールの内容は秋祭りのことや、星のこと、それからたわいもない話まで様々なことを話した。
僕はそんな時間が幸せでかけがえのないものだった。
「あ!そろそろいかないと。」
そんな思い出に浸っているといつの間にか、時刻は6時となっていた。
『集合は時計台に6時30分だから…』
家から時計台までは電車で15分くらいで、家から駅までは6分くらいだった。僕は少し早いけれど早めに行っといて損はないだろうと思い、少し急ぎ足で駅へと向かった。
もしこの時、僕が違う電車で行っていれば。もしこの時、僕が違う道を選んでいれば。
こんなことにはならなかったのではないだろうか?
「ふーう。なんとかまにあった。」
僕はそう言って深く深呼吸をした。まだ少し息が荒い。しかし、休憩もしてはいられない。
時計を見上げると時刻は6時20分をさしていた。
「間に合うかな?」
僕はそうつぶやいて携帯を開いた。
そのまま迷わずにメールボックスをひらくと、すぐに露草さんへとメールをおくった。
『露草さんへ
少し道路が混んでいるので、遅れるかもしれまん。でも必ずいくので、待っていてください。』
秋祭りのせいか道路は大渋滞していてなかなかたどり着くことが出来なかった。
しかし案の定電車は正確に動いているらしく、集合時間ぴったりに着きそうだった。
「よし!」
僕は改めて気合いを入れると、携帯を閉じて電車の切符をかい、急いで電車へと乗り込んだ。
それと同時に出発前の曲が鳴り響く。
ピッ、ピッーピッ!
その合図とともに電車がゆっくりと動き出す。僕と様々な人の運命をのせた電車が。
電車の中は秋祭りの影響か子供連れやカップルで賑わっていた。いつもとは違う雰囲気に圧倒されながらも窓の外を眺める。
景色が流れていく。普段はなんとも思わない景色も、今は新鮮に感じてしまう。
「早くつかないかなぁー。」
思わずそうつぶやく。期待に胸を膨らませて。ようやく、想いを伝えられる。不安だけどそれでも1歩踏み出せると思えば不思議と勇気が湧いてきた。
『帰ったら、隆太に何かお礼をしないとな。』
そんなことを考えていると、
ぶぶぶ…。
ポケットに入れていた携帯がバイブを鳴らした。
「あ!」
思わず声をあげてしまった。慌てて口元を抑える。そのまま携帯を取り出すとそこには露草さんの名前があった。
僕は思わず、やっぱりと思いにやけてしまう。周りに人がいないことを確認して、メールボックスを開けようとしたその時だった。
ガタン!!!
大きな衝撃音とともに大きな衝撃が体をおそった。
思わず体が傾く。僕はとっさに近くにあった手すりをつかんだ。
そのおかげもあってか、どうにかバランスをとりにこけることはなかった。しかし、どうやら脇腹を打ったようで、少し痛んだ。
何がおこったのか全くわからない。
周囲もそんな感じだった。みんな不安で、中には泣いている人もいた。
「おい。何が起こったんだ?」
そんな中1人の男性がそんな疑問を駅員に投げかけた。
周囲の皆は黙ったまま息を飲み、駅員とその男性に目を向ける。
駅員は驚いたように目を大きく開けたまま微動だにしない。
どうやら硬直しているようだった。
「何が起こったのかきいている!」
男はそう叫んで駅員の胸ぐらをつかんだ。駅員はその声で硬直が溶けたのか、一瞬びくっとして
「な、何かと衝突した模様です。い、い、今すぐ確認致しますので、しばらくお待ちください!」
そう言って男に頭を下げるとフラフラとした足取りで運転席へとむかった。
周囲がいっきに静まりかえる。
その静寂を打ち破るかのように誰かが、
「きゃーーー!」
と叫び始める。それをきっかけに周囲の人達も口々に不安や不満を言いまくる。
不安や不満は瞬く間に伝染し、大きな騒ぎとなった。
そんな不安を裏付けるかのように
ガタン!!
と再び大きな衝撃が皆をおそった。
電車は傾き、皆はいっきに騒ぎ出す。ドアを叩く者、泣き叫ぶ者。沢山の人が不安にかられた。
そんな中僕は呆然と立っていた。1人冷静過ぎるくらいに落ち着いていた。僕は辺りを見渡す。そして上の棚から大きな荷物が落ちそうになっている所の下に子供が泣いているのを見つけた。
僕は考えるよりも先に子供の元へと走り出していた。
斜めった斜面を転がりそうになりながら、無我夢中で走る。
「まーにーあーえー!!!」
そう叫びながら子供の元へとダイブした。
その瞬間大きな荷物は落ち、僕の頭をめがけて落下する。
ドンッ!
まるで鈍器にでも殴られたように頭が痛い。
段々とおぼろげになっていく意識の中で、僕は傷だけの携帯に手を伸ばした。
割れかけた携帯の液晶画面には
『晶くん。ずっと待ってます。』
と書かれている。
「ご…ごめんね…。つゆ…くさ……さん。」
僕の小さなつぶやきは周囲の悲鳴と騒ぎによってかき消された。
そうして僕の意識は途絶えた。