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怪人二人  作者: 赤山省
7/10

第四話・後編


時刻が十二時を回った頃、リウは駅前に位置する集合団地を前にして突っ立っていた。

全八階建てで四階五十二号室。そこが生まれ育った家であり家族がいるはずの部屋だった。

 リウは家族とどう再会するかで悩んでいた。

 どうやって会う? なんて顔をする? 普通にインターホンを押して「ただいま」とでも言うべきだろうか。それとも「恥ずかしながら帰ってまいりました」と大昔の流行語を交えながらおどけて見せるべきか。はたまた「私は生きてます」と涙ながらに感動の再会か。「残念だったなぁトリックだよ」 と、有名なアクション映画の復活ネタでも言っておどけてみせるか。むしろ怒らせてしまうか。

違う。どれも全然違う。

よく考えてみれば、今もあそこに家族がいるのだろうか。

今すぐに上がってみて、扉の表札を見れば知らない人の名前になっていて、それでも諦めきれなくて扉を開けるとそこにはやっぱり知らない人がいて怪しく思われて「あなただあれ」と言われるのがオチ。

そうでないとしても、実際に会った後どうするかも考えなくてはならなかった。

見た目は昔のまんま何一つ変わってなくて、そうなったのも変な組織に拉致されて身体を弄られまくったせいで、おかげで怪力とか変身とか変な能力も持たされた……それらを洗いざらい全て白状するべきか? そんな事出来るか。信じられるかどうかすらも微妙だぞ。

そもそも私の家族をこれ以上あの組織絡みの出来事に巻き込ませたくない。

そういった事を何度も考えては頭を振りかぶり、会おうとするも足が動かず、結局その場を動かないまま時間だけが瞬く間に過ぎていった。

自分がいざとなるとヘタレになってしまう事を今になって実感する。

何やってるんだアタシは。動けよ。このために逃げ出してきてここまでやってきたんだろう。

インターホンを押して「ただいまー」と言えばいい。何が起きたのかはゆっくり話せばいい。焦る必要なんて無い。それからの事や他の事も後で考えればいい。ただそれだけの事を何故出来ないのか。それをやる勇気がいざという時に出ないからだ。

 学校の宿題をやろうとしてなかなか集中できず部屋の掃除を始めてしまうのと似たようなものかもしれない。自分にだってこういう事が何度か経験がある。まったく、面倒くさがりといえばいいのか、いざという時に逃げ出したくなる臆病者とでも言えばいいのか……。

そんな事を延々と考えて日が沈み始めてきた頃、ようやくリウは会って話をする事を決めた。

 そんなに難しいことじゃない。このままこうしている訳にもいかない。

歩けば歩くほど、胸の高鳴りが大きくなっていった。

エレベーターで四階まで行き、五十二号室へと足を伸ばす。

扉の前まで行き、表札を確認。『雨宮』の二文字がある。異常なし。

いる。アタシの家族は今もここに居る。

指が動かない。胸の鼓動が大きくなる。バク、バク、バク、バク。

胸が苦しくなる。息も上がってくる。なんでアタシはこんなに緊張してるんだ?

脂汗がじとり、じとりと一滴ずつ落ちていく。

 押せ、押せ、押せ、押せ。

 ただ、押せばいい。押すだけなんだ。

震える指をじりじりとインターホンに近づける。まだ緊張が解けない。震えが止まらない。

 そのまま押そうとした瞬間、隣の部屋のドアが開き住人と思わしきおばさんが訪ねてきた。

「あら……? あの、もしかしてそこの家の方のお知り合いですか?」

「え? え、ええ。そんなものです」

「そこの方たち、少し前にみんな引っ越しましたよ。確か一月ほど前だったわね。入れ違いだなんて残念でしたねぇ……」

 リウの胸にキュッと締められたような感触があった。

「え……そ、そうなんですか。名札が付いたままだったからまだいるのかと思いまして」

「あら、本当ね。他に住む人がまだいないし、管理人さん取るの忘れてたのかしら……」

やはり―か。知ってたよ。世の中甘くないよね。

リウは寂しさと同時にホッとした安堵感をも感じていた。

「そういえば、ここに居ると亡くなった娘さんの事を何度も思い出して、その度に辛くなるって雨宮さん言ってたわね……」

 ああ、やはり私は死んだ人間扱いか……でも、私の家族は私を今でも愛してくれていたんだね。

「もう少し早く来てれば会えたかもしれませんねぇ……でも、貴方どういう関係だったんです?」

「え、ええとその……大したことじゃないんですけど、昔に仲良くしてもらってたんです。それでお礼のつもりで久しぶりに顔を見ようと思いまして。急にここへ来たのも、驚かせようと思いまして。でもいないんじゃ仕方ないですね。お騒がせしました」

 リウはおばさんに一礼した後、急ぎ足で団地を去っていった。

頭の中はぐるぐると混濁したような状態で胸の大きな鼓動も止まらなかった。

当然だ。

十年も経っているんだ。こうなる事も覚悟していた。

仮に会えたとしても、死んだと思われてるようじゃ、まずアタシ本人と思われないだろう。怪しげな宗教の勧誘やら押し売りやらと思われて警察を呼ばれるのが自然だ。

それにもし無事に会えたとしても、今更会って何になる? その答えはもうとっくに出てるだろう? そもそも身に起きた事を全部言ったところで信じてもらえるかもわからない。まず信じてもらえないだろうけど。

これはむしろ、会わなくて正解だったかもなハハハ。

 リウは現状を受け入れるために、必死で自分を納得しようとした。

それでも。

 怒りと悔しさと悲しさがドロドロと溶け混ざり合い、心の奥底からこみ上げてくるのが止まらなかった。

公衆トイレへ籠り、壁に拳を大きな跡が残る程に何度も撃ち突いた。何度も何度も何度も何度も撃ち突いた。しかし、心は晴れなかった。

歯を強く食いしばった顔からは内に秘めていた感情がにじみ出ており、いくつもの大粒の涙がリウの頬を流れ落ちていった。

「良いわけ……無いだろうが!! クッソォォォォオオオオオオオオ!!」


その後、リウは当てもなく街を何時間も彷徨い続けた。

行くべき場所はもう行った。

だが、他に何処へ行けばいい? 友人の家? 十年も経っていて未だにこの街にいるかも解らないのに?

答えを見い出せないまま、街中を巡り歩いた。

本屋で立ち読みをする。何も満たされない。

ゲームセンターで暇を潰す。小銭は直ぐに無くなる。

図書館で本を読む。静かな雰囲気に耐えられない。

リウの心にはイライラとした感情よりも倦怠感に近い虚無感が強く漂っていた。

「……もう、潮時かな」

旅にでも出ようかな。このまま一人でどこか遠くの知らない所へ行こう。

 金は無いし土地勘も無い。何より道具を何一つ持っていない。だけどまぁ、何とかなるか。

所詮、自分は『死んだ人間』だ。あの時からそれは変わっていなかったんだ。死人は死人らしく外を徘徊して迷惑にならないように細々と動き回るか……。

もっと早くこんな可能性もある事に気付くべきだった……いや、考えていたけど認めたくなかったんだなきっと。必死で生まれた街へ帰ろうとして、結局何も得られませんでしたって、とんだ茶番だ。二流劇だ。バッドエンドどころかゲームオーバーだ。最低、最低、何もかもが最低で惨め。

考えれば考えるほど、その虚無が満たされる事は無かった。

「……ハァ。なんだったんだろうねぇ、ホンット」

リウがおぼつかない足取りで駅へと向かおうとしたその時だった。

ごく近くで何かが弾けたような大きな音が聞こえた。腹には何か異物感と熱を感じる。

手で触れてみると、ヌルッとした感触があった。それは生暖かく、鮮やかな赤と暗い色をしていて、どことなく鉄棒のような香りがあった。

血だ。自分の腹から大量の血が漏れ出ていた。そして、血が流れ出た箇所からは……手が突き出ている。

それは程なくして抜かれ、さらに血が傷口から大きく溢れ出ていった。

後ろを振り向くと、あの時逃げ出した『燕』の姿があった。

 ザマァミロ復讐してやったぜケケケとでも言いたそうな悪感情に満ちたしたり顔をしていた。

それを見てもリウの感情には怒りは湧いてこなかった。むしろ無常感の方が強まっていた。

ああ。

なんだ。

私のレーダー、ポンコツだっただけか。

「あー……油断したわ……本当ダメダメだわ……何もかも……」

リウの口から大量の血液がさらに吐き出され、辺りは血で染まっていった。


** **


日が沈み辺りが淡いオレンジ色に染まった頃、羽矢は自分の家へと帰っていた。

街から離れた住宅街にある古びた一軒家。そこにあの日まで羽矢は父親と二人で暮らしていた。

家の様子は昔のまま変わっていない。インターホンを押したり扉をノックしても中から誰かが出る気配は無かった。

「……当たり前か。平日だもん、仕事に行ってるよね」

 羽矢はリウと別れた後、このままどこかへ消え去りたい気持ちでいっぱいだった。でも、そうしてしまったら自分が何のために施設から逃げ出してきてここまでやってきたのか解らなくなってしまうとも思った。結局、他に行く当ても無いため、羽矢はトボトボとした足取りで当初の予定通り自宅へ帰っていた。

 しかし、羽矢もまた父親と対面するのをためらっていた。会いたいという気持ちは確かにあるのに気が進まなかった。五年間という半端に長いブランクのせいであろう。

「あんたはまだ五年だ……気休めだろうけど、まだ十分にやり直せるさ、たぶん」

 先ほどのリウの言葉が頭を反芻はんすうする。

「たぶん、じゃないよ……無責任」羽矢はボソリと静かに愚痴をこぼした。

 もしお父さんが私を追い出そうとしても、せめて顔だけでも目に焼き付けておこう。顔を見たらすぐに家を出よう。そして街からも出て……忘れよう。

羽矢は何度かそう思いながら、扉の前で座り父の帰りを待ち続けた。

 日が沈みかけても待ち続けていたが、次第に胸が締め付けられるような感触に苛まれてきた。

心臓がバクバクする。胸が苦しい。脂汗も少し出てきた。

やっぱり会うのが怖い。帰ろう。顔を合わせちゃダメだ。私はもう死んでいる。きっとパニックになる。何でお前がそこにいるんだと言われるに決まってる。帰ろう。帰らなきゃ。どこへ? どこかへ。とにかく消えなきゃ。

「あの、家に何かご用ですか?」

そう思った矢先、帰宅中の父が眼鼻の先まで来てしまっていた。

「あ……」

 羽矢は思わず間抜けな声を出した。久しぶりに見た父の顔は皺が深く刻み込まれていた。

「お前……」

 羽矢を見た父の目元から雫が一滴流れ出す。

「お父……さん……」

 羽矢は一歩を踏み出し、父の元へ駆け寄ろうとした。


その瞬間だった。


「えっ」

 羽矢は呆気にとられ思わず間が抜けた声を漏らしてしまった。

あまりに軽やかな音と噴水のように空へと昇る鮮血と共に、父の首が身体から跳んでいったからだ。

 首の無い身体は床へと倒れ、痙攣をしながら体液が辺りに一斉に流れ出た。別れた首は地面を転がり落ちていった。表情は先ほどのものと同じままだった。鉄のような匂いが辺りに充満し、それはむせ返るほどの重さと臭さであった。

 崩れ落ちた父の身体の真後ろにはリウが倒したはずの『燕』―シノブの姿があった。

身体の至る箇所に傷と治療の痕があり、特に大きく裂かれたはずの左半身には大きめな包帯を不格好に巻いていた。斬られた左腕も健在だった。右腕から生えた翼には赤い血がベッタリと付いていた。それで首を斬った事は容易に想像できた。

「フッ…………」

 シノブの口元が大きく歪み、開いていく。

「ハハハハ……ヒャーッハッハッハッハッハァ!!」

 その歓喜と狂気の両方が含まれた笑い声が周囲へ木霊こだましていった。

羽矢はその笑いに耳を傾けず、ただただ目の前の光景を網膜に焼き付けてしまっていた。


目の前で―

お父さんが―


お父さんの

      首が

          跳ねて

              飛んでった。


お父さんが―死んだ。


頭の中が白く、満たされ、弾けて、とろけるように混ざっていく。

 嘘だ、嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。こんなの絶対嘘だ。嘘に決まってる。

信じられない。信じたくない。夢であって欲しい。こんなのは現実なんかじゃない。

 羽矢がそう願っても、目の前の悪夢のような光景は一向に変わらず、その事実に打ちのめされるしかなかった。

シノブの狂った笑い声はまだ木霊していた。


四話・了

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