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怪人二人  作者: 赤山省
6/10

第四話・前編

 新銀山町は小さな田舎町である。

 駅周辺には学校や団地、薬局、大型スーパーにレンタルビデオ店、シネマコンプレックスが入った複合商業施設などがあり、買い物にはそれほど困らず在宅需要もそこそこあった。

秋と言うにはまだ暑い九月が終わり涼しくなり始める十月の青い空の下。町の駅前にて、人通りの少ない十字路の交差点にかつてこの町で生まれ育った二人の少女―須藤羽矢と雨宮リウが佇んでいた。羽矢は首を動かし辺りを見回すと、建物の外観が昔と変わっていないままであった事に感動していた。あの喫茶店も、あの古本屋も、あのメガネ屋も。何もかもが昔のままだった。

「……変わってない! 昔とおんなじまま! 本当に帰ってきたんだ……!」

羽矢は嬉しさのあまり、思わずバンザイと全身で喜びを表した。

「帰ってきた……帰ってきたんだよ、リウ!」

 リウの方を振り返り、顔を見てみる。

「……やっぱ、昔と変わっちゃってるな」

 その言葉と共に表れた表情はどこか影があった。心なしか、嬉しいというよりは複雑な心境のように見えた。

「どうしたの? 帰ってきたんだからもっと喜ぼうよ!」

「呑気だね、アンタ……あの施設に何日くらいいたと思ってるの?」

「何日って……」

リウの指摘により、羽矢の心臓はキュッと締まった。


あれ……? そういえば、何日いたんだろう。


そう、羽矢は今の今にいたるまで、あそこに何日間いたかを考えていなかった。いや、それを考えるのが怖くて無意識のうちに考えようとしていなかったのかもしれない。

まさか。

羽矢の頭をある可能性が光芒のようによぎる。

「やっと気づいたか。いや、気づきたくなかったんだろうね……」

「ま、まさか……そんな、小説とか映画とかマンガとかじゃないし……」

 羽矢の額から脂汗がたらり、たらりと伝り落ちていく。

「あるんだよ、そういう事が。あたしらがそうだろう」

 リウの目はキッと羽矢を睨み、声色も少し強ばった。

「いい、羽矢。思い出に浸るのはいいけど。これから私が言う事をしっかりと聞いて」

「な、何? 急に改まっちゃって……」

 羽矢は普段のリウとは違う様子に少し戸惑った。

「今から言うのは、あんたにとって凄くショックな事だと思う。だけど、事実だから受け止めて欲しい。ショックになるだろうから今まで黙っていたけど、いつかバレるとも思ってた。いい? 今は……」

 リウが重々しい口調で話をしようとしたその時だった。

「あれ? 須藤さん……?」

 羽矢は見知らぬ女性に突然名前を呼びかけられ、彼女の方へと振り返った。

 買い物の帰りなのか、スーパーのレジ袋を手に下げており、赤ちゃんの乗ったベビーカーを押していた。見た目はまだ若く二十代程のように思えた。

 羽矢はその女性の顔をマジマジと見つめる。どことなく見覚えがあるように感じたが、やはり誰なのか見当がつかなかった。一体誰なんだろう、昔お世話になった先生か小さい頃に会った親戚だろうか。

「あの……すいませんが、どちら様でしょうか……?」

羽矢はその女性が誰なのか尋ねてみる。

 女性は一瞬難しそうな顔をするが、直ぐに元に戻り、羽矢に向けて謝罪した。

「そ、そんなワケないですよね。すいません、人違いでした」

 その女性が振り返った瞬間、羽矢の頭の中に平凡に暮らしていた頃の記憶が稲妻のように駆け巡り、瞬時に胸の鼓動が高鳴り止まらなくなった。

「あ、あの!」

 まさか。そんなはずがない。違うはずだと言って。羽矢はそう思いながらも、彼女の名前を呼んだ。

「……もしかして、弓塚……さん?」

「え、確かに私の旧姓は弓塚ですけど……どうしてあなたがその事を知ってるの……?」

 彼女はキョトンとした様子で驚いた。

 旧姓?

 という事は結婚? クラスメイトが? いや、親が離婚した可能性もある。でも、それにしては昔と比べて大人っぽくなっているような。

 じゃあ、その赤ちゃんは……子供? でも、何で? そもそも一体いつ結婚していつ生まれたのか。

 羽矢の頭をいくつもの思考が駆け巡り、ある説へと辿り着く。

「あ、あの!」羽矢は思わず彼女に質問をした。「い、今は何年なんですか!?」

「何年って……今は二〇一〇年だけど、それが?」

 羽矢は彼女が言った事実に頭がついて来れず一瞬思考が止まった。

「にせん……じゅうねん……?」

直後に、意味を理解した時、絶望感が羽矢の心一帯を満たしてく。

二〇一〇年。

羽矢が事故に遭った時―二〇〇五年から五年の歳月が経過している。

「ご……ねん……」

 五年も経てば世間は十分変わる。義務教育は半分以上が終わり、高校一年生は成人し、テレビなどの電化製品は代替わりするのに十分な時間であった。

「う……嘘……ですよね? 私をからかってるんですよね? 私と同い年のクラスメイトで成績は上の中、休み時間で他のみんなとよく駄弁ってたり勉強見てもらったりと面倒見が良かった弓塚さんが、け、けけ結婚なんて、ましてや今が二〇一〇年で私がこの間まで学校に来てた二〇〇五年からそれくらい経ってるなんて」

そんな、そんな浦島太郎みたいな出来事が。

「そんな事が……!!」

 あるハズが無い。あるハズが無いんだ。

「貴方……何を言ってるの? なんで私の事を知っているの?」

 弓塚さんと呼ばれた女性の顔色がみるみると青ざめていく。

「まさか……本当に須藤さん?」

「そ、そうだよ! 私だよ、弓塚さん! テニス部に所属してて選択科目に美術選んでて、数学が苦手でいつも赤点ギリギリで勉強見てもらってた須藤羽矢! 進路もどうするかまだ決めてなくて周りに色々と相談してみようかなと思ってて、弓塚さんにも話を聞こうと思ってたんだよ!」

「羽矢。もういい加減にしよう」リウは制止するが、羽矢は止めなかった。

「ほら、見てよこの顔! 私だよ! 須藤羽矢だよ! あの時から変わってないでしょ!? ここへやっとの思いで戻ってきたんだよ……」

「冗談はやめて!」弓塚さんは突然怒り出した。

「須藤さんはもう亡くなっているんですから……! きっとお知り合いがご家族の方なんでしょうけど、こんな不謹慎なからかい方をするのはやめて下さい!!」

 そう言って、弓塚さんはその場から足早に去っていった。

「私……死んでる……?」

 一連の事実を聞いた羽矢は固まった。

「私は……もう……いない……?」

「羽矢、落ち着け……」

 羽矢はリウの手を払い除け、その場から逃げ出すかのように走り出した。

走りながら街の様子を見回していった。結果、街の様子は確かに変わっていた事を実感せざるを得なかった。

スーパーは見知ったものではなく、別の店になっていた。あの本屋が無い。あのお店はいったい何? あの日の前までは確かにあったはずなのに。あの喫茶店いつの間に出来たの? シネコンでは知らない映画をやっている。ゲームコーナーも知らないものばかりだ。見た事のないアニメのカードゲームもあった。

 世の中に一体何があった。私があの施設にいる間、街は変わっていた。人も変わっていった。同年代の友人が同年代ではなくなっていた。

二〇一〇年。

二〇一〇年。

二〇一〇年。

その単語が羽矢の心身にひどく重く伸し掛かっていく。

(嘘! 嘘嘘嘘、嘘!! 引きこもってた訳でも、大怪我したわけでも無いのに、こんなのって……こんなのって……!!)

羽矢はその後も駅の周辺を歩き回った。数十分に渡り東口と西口を何度も往復し、風景や内装、外観を隅々まで見渡していた。

 何度見ても。何度見ても。

二〇一〇年。

 この単語が辺りに必ずと行っていいほどあった。

どうして。なんで。今は二〇一〇年なの。

自分は昔のままなのに。なんで、なんで、なんで。

羽矢は自分が昔のまま取り残されていた事を思い知らされた。思い知るしかなかった。

「……これが事実だよ」

 リウが羽矢へと向けて言った。

「見た目はあの時から全然変わっちゃいないが、現実は違う。しっかりと時間が経っている。私たちはあいつらのせいであの時のまま取り残された。人並み外れた能力付きというおまけも貰ってね」

その口からは淡々と、かつ重く事実を述べていた。

「……じゃあ、教えてよ」

 羽矢はリウへ詰め寄った。その様子からは怒りが溢れ出ていた。

「なんで言ってくれなかったの? なんで騙してたの!?」

「騙してたつもりなんてないよ。ショックを受けないように黙ってただけさね」

「同じ事でしょ!!」

 羽矢は感情に任せるまま、リウの胸倉を掴んだ。

「なんで…なんで言わなかったのよ!! こんな……こんな事って……私、五年も眠っていたなんて……!!」

 困惑の激しい羽矢に向けてリウは自嘲するかのように言葉を続けて述べた。

「……あんたなんてまだマシな方だよ。あたしなんて十年もあそこにいた事になるんだからな」

「十……年……?」

「そりゃ驚くよ。実年齢二十八歳のオバチャンがあんたと同じ小娘の姿のままなんだから」

 二十八歳……? 見た目はどうみても同じくらいにしか見えない。更なるショックのせいか、羽矢は両手をリウの胸から離し、地面にへたり込んだ。。

「嘘……でしょ? ねぇ、私をからかってるんでしょ……ドッキリなんでしょ……?」

「傷口が瞬く間に塞がっちゃう身体なら、見た目がぜんっぜん老けてないのはよくある事でしょーよ」

「わ……私……二つか三つくらい上だと……」

「確かにあんたより年上だとは言った。でも高校生でもないとも言ったでしょ」

「で、でも! あり得ないよ、こんなんの……完全に漫画だよ……」

「そう、漫画だよ」

 直後、リウは顎を引き、顔の笑みを消して淡々と言った。

「でも、現実なんだ。これからどうするかは……お互いに考えようか」

 そう言ってリウは羽矢の肩をポンと叩いた後、彼女の元から離れようとする。

「ちょ、ちょっと……どこへ行くつもり……?」

「私は家族のとこへ行くから、あんたも行ってきな。会いたくないと思うのならそれでいい。このままどこかへ去るなり私についていくなり好きにすればいいよ。アタシに止める権利なんて無いし、ここからどうするかを決めるのはあんた自身だ」

 リウの表情が柔和な、そしてどこか寂しそうなものへとなる。

「……私は会った方がいいと思うけどね。あんたはまだ五年だ……気休めだろうけど、まだ十分にやり直せるさ、たぶん」

 それを言い残した後、リウは静かな足取りでこの場を去っていった。

羽矢はリウを追う事も呼び止める事もせず、ただその場にへたり込んだ。


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