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怪人二人  作者: 赤山省
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第三話・後編


 リウは移動しながら追手のバイク群のドライバーの服装を見る。

全員が黒のライダースーツで統一されており、拳銃のホルスターらしきものを身体に付けている。生憎、頭はフルフェイスヘルメットを付けており、そのせいで人相は解らなかった。、

 警察とは到底思えなかった。 十中八九、追手で間違いないだろうと二人は判断する。直後、追手たちは片手でハンドルを支え、もう片手で銃を手に取り構え、二人が乗るバイクへと銃弾を撃ってきた。だが、弾は二人には当たらず地面へと次々に着弾していった。

 羽矢が弾の雨に怯える中、リウはバイクを不用意に動かすことなく道路を直進する。

 この射撃は威嚇。下手に動かしでもしたらどこかに弾が当たる。クソッタレ。アタシ達を試しているのか? リウは敵に苛立ちを感じた。

 やがて、追手のうち一台のバイクが距離を詰めてくる。リウも速度を上げ引き離そうとするが、後続群とはなかなか距離が離れないでいた。そして、一台の追手が車体に食いつき、黒ずくめのドライバーがリウ達の乗るバイクに何度も足蹴りを入れてきた。

 リウは舌打ちをした後「ちょっと、ハンドル持って!」と羽矢に強引に運転を代える。

「え、ちょ、ちょっと待ってよ!?」

「握ってるだけでいいから! 道路に合わせて曲げるのも忘れないでよ!」

 そう言い終えるとリウは相手の黒服側へと身体を乗り出し「こんにちは」と言った後、重い頭突きを黒服へと入れた。黒服はバランスを崩しバイクから道路へと放り投げられ、次第に姿が見えなくなっていった。

 リウは後ろへ向けて舌を出し右手の中指を立てる。明らかな挑発であった。だがその直後、二人が乗っているバイクの後輪タイヤが突如バーストした。追手が放った銃弾が命中してしまったようだ。

「タ、タイヤがぁッ!?」

 羽矢がまたパニックを起こしかけるものの、リウは羽矢を強引に抱き抱え共に地面へと転がり移る。

運転手を失ったバイクはそのまま道路を横転し山肌へと激突。そのまま轟音を立て爆散した。道路を転がったリウたちの眼前にはバイクの部品が散らばっていった。

「ちょっと乱暴にしすぎたかな……」

 あいつの形見でもあったしなぁ……。リウは燃え盛るバイクを見て少し申し訳ない気分になった。

「当たり……前でしょ……! 本当……ムチャクチャだよ……」

 羽矢はゼイゼイと息を切らしたまま、身体を起こしつつリウに対して答えた。身体も当然ながら、頭の痛みもまだ響いているように見える。

「に、しても……よくあいつらが来るってことが早々にわかったね。あんたのレーダー、もしかして特注品? 普通のより敏感とか」

 リウの疑問に対して羽矢は少し困惑して答えた。

「し……知らないよ、そんなの……」

 羽矢はそう言った後、吐き気を催したのか両手を口元へと当てる。

「大丈夫? 我慢せずにゲロっちゃえば? どうやら、あんただけは落ち着けそうだし」

そう言いつつリウは後ろを向く。残りの黒服たちが全員追いついていた。数は四人。先ほど倒した黒服と合わせて、全部で五人。四人とも華奢で細い体付きをしている事が服の上からでも解った。

「ただの人間……って、わけじゃあ無さそうだ。こりゃあ……ちぃっと厄介かもね」

 リウはもう一つ気を感じ、咄嗟に上を見る。

そこには同じ姿の二人の黒服が空を飛び、リウたちの目の前を漂いながら移動していた。一人は服が敗れていてヘルメットにも傷がある事から、さっきのバイクに乗っていた黒服と見ていいだろう。もうひとりは丸みを帯びた身体つきから女性である事が解った他、両腕からは手首から肘関節にかけて扇状に広がった翼が生えており、その翼で空を飛んでいるようだった。その鳥類を思わせながらも鋭敏な印象も与える姿は『つばめ』とでも呼ぶべきか、それとも黒ずくめの衣装ゆえ安直に『からす』にするべきか。そう呑気な事をリウが考える中、女の黒服が地へ降り立ち翼を閉じると共に口を開く。

「お久しぶり。雨宮サン」

「あぁん?」

 リウは心当たりが無いような当惑と苛立ちがこもった返しをした。

「あらあら、もしかして忘れちゃったの? ま、しょうがないわねぇ。あの頃とは大分違ってるから私」

 妙な猫なで声で言ってきた彼女はサングラスを外し素顔を見せた。丁寧に切り揃えられた前髪と整った顔立ち、そしてタレ目が特徴的だった。その顔を見たリウは頭の中の記憶が呼び起こされたのか、徐々に目が見開き顔色も変わっていった。

「まさか…アンタ、シノブか?」

「え……知り合いなの…?」羽矢は反応し思わず問いかける。

「知り合いも何も同期だよ。あの組織に捕まった時に初めて顔を合わせたのがアイツ……」リウは隊長と思われる黒服―彼女へと指を指す。「富士原シノブだ」

「ど、同期?? 仲間がいたの……?」

「いたよ。数える程だけどね……」

 リウは酸っぱそうな口をして隊長―シノブに向けて喋り出す。

「に、しても……本当、あの頃とは随分違ってるじゃんか。グズな奴だったのに、今じゃそいつらの親分か。いい身分になったというべき?」

「そう。あの頃の私は状況を読めていない弱虫だった。でも今は違う。あの組織のおかげで私は強くなれた。身体が軽くて、気分も良くて、こんなにも気持ちのいい力を手に入れた!」

 シノブは自分の身体を両腕でまさぐりながら満面の笑みと口調で言い放つ。表情からもどことなく恍惚感があった。

その様子に苛立ったリウはシノブめがけて石を投げる。石はシノブの右腕を掠め、そこから血がスゥッと流れ出た。

 羽矢はリウの手の速さに呆気を取られた。

「……相変わらずね。そういう品のないところ」

 シノブは笑みを含めつつもピクピクと目元と口元を痙攣けいれんさせながら、血を片手で乱暴に拭う。

「どっちが。相変わらずグダグダと長い話を喋るくせに」

「可哀想ね。失敗作って言われたからそんなにもひねた性格になっちゃったのかしら? 雨宮サン」

「その言葉、そのまま返してやる……」

 その言葉とともに、二人の『獣』の争いの幕が開いた。

「貴方たち、ここは私一人だけで十分だから。余程のことが無い限り、手出ししないでね」

 シノブは部下四人に向けて宣言した後、構えを取った。

リウはシノブへ向けて跳び、勢いと共に右手で掌底を放つ。だが当てようとした瞬間に右腕ごと両腕で組みつかれて、勢いを利用する形で後ろへと強く投げ飛ばされた。リウは咄嗟に受け身を取り身体へのダメージを抑える。

「あーやだやだ。本当そのガサツさは昔とちっとも変わらないんだから」

「お前だって、最初はそんなエラそうな口ぶりじゃなかっただろうが!」

体勢を立て直したリウは直進で助走をつけ跳び蹴りを入れるが、シノブは僅かに動き身体に掠める程度にまで抑え、重い肘鉄をリウの背中へと入れた。

「動きが単調。そんなのでよく今まで生き残ってこれたわねェ。あそこでとっくにくたばってたのかと思ってたわ」シノブは見下すような笑みと共に言葉を吐き出す。

リウは肘鉄の痛みで地に伏せ息を吐き出していたが「お前……だって……私と同じ『失敗作』だって扱われてただろ!!」と叫ぶと共に、足払いをシノブへと入れる。

 続けて、拳を顔面に入れようとするが、瞬時に見切られ頬を掠めた程度に終わった。直後、リウの背中にシノブの腕の翼による一閃が入り、大きな傷が付けられる。それはまるでサバイバルナイフのように肉が大きく痛々しく切り裂かれたものであった。リウの口からは再び息が吐き出された。

「リウ!」羽矢がリウの元へ駆け寄ろうとした瞬間「来るんじゃない!」とリウは大きく制止を呼びかける。

「安心してよ。これくらい……大丈夫だからさ」リウは羽矢に向けて笑ってかえした。

攻撃を終えたシノブは頬の傷を拭うと、その顔色がみるみると変わっていった。身体はわなわなと小刻みに震えリウを凝視する。

「血……傷……この私に……傷!! 失敗作のデク如きがこの私に!!」

 シノブの怒号を合図にシノブと部下の黒服四人たちの身体がみるみる変貌していく。

両腕や脚の布地が裂け、閉じられた肘の翼が空へ向けて垂直に長く大きく飛び出していき、四肢が人の姿から禍々しくかたちを変えていく。程なくして『変身』を終えたその姿は肘から翼が天へ向けて長く、高く、しなやかに伸び、両脚は鱗に覆われ爪先は鋭く尖っていた。腹から上も厚い鱗と筋肉に覆われている事が一目で解った。部下たちも、やはりシノブと同じ姿であった。

「沸点の低い奴……あんたそこまで短気だったっけ?」

これは『燕』で決めよう。『烏』はもう少しニヒルでクールなイメージだ。リウはまた呑気な事を考えつつも立ち上がり挑発する。大きな傷を受けながらも未だ余裕を保っているようであった。その様子を見ている羽矢は不安になっていった。

「大きなお世話よ、遊ばないですぐに叩きのめすべきだったわね。この失敗作如きが!!」シノブは口元をヒクヒクと釣り上げながら、地を蹴り突進し斬撃を浴びせにかかった。

 リウは咄嗟に両腕を組み合わせ防御し、身体を守る。両腕に縦に裂かれた大きな傷が付けられるものの、直撃は免れた。

「ずっと前から気に入らなかったのよ。人を見下してるみたいなその態度と目付きがネッ!!」

「見下しているのはどっちだよ…!」

「どっちもでしょう!? だって私はあんたより強いし、あんたは私より強いと思ってるから!」

 シノブは歪んだ笑みと共に両翼の斬撃を何度も交互に振るい浴びせる。

 リウは防御体勢のまま動かない。いや、動けないでいる。その速く重い連撃はリウに傷を何度も付けていき、やがてリウは斬撃の勢いと共に防御を解いた。

「いって……!」同時に瞬時に後ろへと間合いを取った。「こりゃあ、全力で行かなきゃヤバい……かな?」リウは息を切らしながらも、未だ余裕を保っている素振りを見せる。

「舐められたものね、失敗作が全力出してないなんて……! 本当に、ムカつく!!」シノブの勢いは止まる事なく、攻撃と共に間合いを詰めていく。

「言われなくても出してやるよ、鳥頭」リウは両手の握り開きを素早く繰り返し、指が動く事を確認する。異常なし。

「これやると、服がぱつんぱつんのボロッボロになるんだよね……ま、もうボロボロになってるけどさ」

 新しいの後で着ないとなぁ……。リウはそう思いつつ、跳んできたシノブを爪先で勢いよく蹴り上げた後、全身に力を込める。羽矢はそれを呆然としつつも、リウの『変身』を目にしていた。シノブもまた、怯みながらもそれを見ていた。

 リウの全身の筋肉が瞬時に膨張し、その勢いで靴ははじけ飛び衣服に裂け目が出来た。やがて膨らんだ筋肉は徐々に縮小し形を整えていく。

体色は徐々に変化し、四肢は関節を起点に刺々しくしなやかに伸びていき、シノブたち『燕』のような羽―いや、翼が肘から空へと向けて垂直に生えていき、僅かながら扇のように広がり始める。膝からの下は皮膚が鱗のように盛り上がり覆っていき、足の爪先は鋭利なフォルムを形作っていく。

「フゥー……ッ」

 リウは息を吐き出した後「さぁ、さっさと第二ラウンド始めようぜ」と、手を招きながら挑発した。

『変身』を終えたリウの眼元は鱗が隈取のように覆っている。両腕から生えた翼は『燕』のそれと比べて短く小さい。両脚は大腿部は人間のままであったが、下はまるで『鷹』を思わせるかのように太く、鋭くなった。その姿は、確かに純粋な人とは呼べないものの、これまでに出会った追手のや目の前の『燕』のような怪人たちに比べれば、人間の面影を未だ保っていた。

「プ……何その中途半端な姿? やっぱり失敗作じゃこんなものね、落ちこぼれの雨宮サン」シノブはリウの姿を強く嘲笑った。

 瞬間。隙が出たと判断したか不意打ちのつもりなのか、黒服―『燕』の一体がリウ目掛けて飛びかかる。

「あ、馬鹿!」シノブは制止するが、それは届かない。

 刹那、リウの拳が『燕』の顔に抉り込まれ『燕』はそのまま地面へと叩きつけられる。程なくして、斃れたままピクリとも動かなくなった。

「みっともない子……」シノブはため息をついた。哀れみではなく呆れから来るものであった。

「久々だから、ちとやり過ぎた……かな?」リウはふてぶてしくも不敵な笑みを浮かべる。

「なるほど、失敗作とはいえパワーだけならあっちの方が上回るみたいね……確かに舐めてたら痛い目に遭いそう」

 シノブは余裕を保ちながらも、汗を頬から一筋垂らした。

 あれがリウの本当の姿……。それを初めて目の当たりにした羽矢は畏怖と同時に頼もしさをも感じた。

「前言撤回。貴方たち、殺していいわよ」

シノブの声と共に部下たちが一斉に飛び掛かる。

だが、リウの放った回し蹴りが三人の『燕』たちを一斉に薙ぎ払い、地へと伏せた。

続けて距離が近かった『燕』の一人に向けて、肘打ち、かかと落とし、飛び膝蹴り、アッパーカット、と四肢を駆使し、身体を滅多打ちにしていく。それに一切の妥協も同情も無い。一方的な光景で戦いと呼ぶのも戸惑うものであった。ただただ敵を潰していくだけの『作業』に等しかった。やがて、その『燕』の四肢はあらぬ方向に曲がるなど歪な形となり、身体には惨い傷跡が多く付けられ、呼吸は止み、身体は力なく地べたへと伏せていった。

その光景を見た一人の『燕』は怯え、もう一人は声を揚げて逃げ出した。

「逃げるのは恥ずかしい事じゃないわよ。後でまた役立ってもらうから……」シノブは逃げた『燕』へ向けて歪んだ笑みと共に言った。

 残った『燕』は特攻と言わんばかりに奇声と共に両翼を広げ突撃する。リウは倒した『燕』の方を未だ向いていた。倒したかどうかを確認するためであった。

「よし、こいつはもう動かない」確認を終えた後「じゃ、残りもちゃちゃっとやるかな」と言い、ムーンサルトキックを跳んできた『燕』へと放った。

『燕』はキックをモロに食らい、地面へと叩きつけられる。リウは『燕』が身に着けていた拳銃を乱暴に取り上げ手に取ると、間髪入れず何度も引き金を弾き銃弾を『燕』の頭蓋へと撃ち出していった。

程なくして弾が無くなったと知ったリウは虫の息となった『燕』の頭を踏み砕いた。ぐしゃり、と野菜でも折るかのような音が鳴った。それは『燕』の死を意味していた。

残った敵はシノブ一人だけとなった。

「揃いも揃って期待外れ……」シノブは嫌悪感が湧き出たかのように、失望を込めた目で亡骸を見て言った。

「それがお前の実力ってヤツじゃないの、シノブ。リーダーのお前が大したことないから相応の奴らが当てられたって事でしょ」

 その言葉、いや挑発を受けたシノブは遂に声を荒げる。

「私が……大したことない? 弱い??」

「そ。身の程を弁えたら? そもそもそんなエラそーなもんじゃないでしょ、こういうのって」

「……ざけ…」シノブの顔に太い血管が多く浮かび上がった。「ふざけるなッッッ!! この失敗作がァァァ!!」

シノブの激昂と共にシノブとリウ、二人の『怪人』による互いの一閃が居合のように交差した。

それはまさに一瞬の出来事だった。

リウの首元から腹下までが縦一閃に大きく裂かれ、傷口から赤黒い血が大きく噴き出した。

「なッ……!?」

 だが、シノブは呆気にとられた声を出してしまった。

 リウの一閃によりシノブの身体もまた大きく裂かれていた。しかも、それはシノブの斬撃を大きく上回っていた。何故ならシノブの左肩から先にあるはずの左腕が丸ごと無くなっていたからだ。

地面にはシノブの左腕が熟して落ちた果実のように転がっていた。

「認め……ない……こんな……こんなのって……こんなのって……」シノブはショックが大きいのか、左肩をじっと見つめていた。眉は八の字となり、顔色は青ざめ目元からは一筋の涙も流れていた。声色もどこか弱々しくなっている。

「そういうのは認めた方がいいよ」リウは力を大きく込めた裏拳をシノブへと見舞った。衝撃でシノブはガードレールを超え崖下へと転落していった。

「ジ・エンド……なんてね。馬鹿で助かった」

 リウは傷を気にするような素振りを見せる事も無く、軽口を叩いた。やがて、リウの変身は脚だけを残して元の人間のモノへと戻っていった。

「急ぐよ。ボヤボヤしてたらまたアイツらが来て面倒な事になりそうだ」

 羽矢は周囲を見回した。辺りには斃れた『燕』たちや血渋きが散らばっていた。

「で、でも道路があんな状態でいいの……? もしかしてニュースになるんじゃ……」

「あたしらには関係ない。ほっとけ。どうせ誰も気にしない」

 羽矢の意見を遮るようにリウは羽矢をおぶさり、道路を後にした。

その足の速さは『俊足』が当てはまるように、バイクに乗っていた時の何倍ものスピードを出しているようだった。

「そ、そんな手があるんだったら最初からやっといてよ! こんな苦労しなくてもよかったじゃない……」羽矢はリウに向けて怒るようにして言った。

「エネルギー使いたくなかったんだよ」

 そう言った直後、グゥゥゥ……と大きな音が鳴った。どう聴いても腹の虫の音であった。

「聞いてのとおり、凄く消費するんだよ……コレ。ザコくらいなら手と足だけ変えれば十分だし……さっきフルパワーでやったばかりだし、もうダルくてダルくて……」

リウは少し赤い顔をしてそう言った。

「……そういう顔もするんだね」

「悪いかよ」

羽矢はまた笑みが零れた。だが、それと同時に一連のリウの戦いを見て戦慄も感じていた。今朝や今みたいに女の子らしい一面のあるリウ。さっきみたいな自分と似た怪物の敵に慈悲無く倒していくリウ。たぶん……今朝のが本当のリウだと思うけど、あそこまで容赦なく追手を倒すリウの姿は……今までで一番恐かった。

羽矢の胸中は穏やかなものではなく胸騒ぎをも感じていた。

「おい、羽矢。またボーッとしてる」

「え、う、うん。ごめん。考え事」

「頭を動かすのはいいけど、前は見といた方がいいよ。さっきの奴らみたいになっちゃうから」

 羽矢は大丈夫……だと思いたいなと不安な気分だった。リウがいつも通りの軽口を叩く性格である事が幸いだったかもしれなかった。

「ねぇ……ところでさ、シノブって、どういう人だったの?」羽矢は話題を変えようとリウに質問をかける。

「……最初はお前みたいに状況に戸惑ってた奴だった。でも、あそこで過ごしていくうちに歪んでいったよ。一年くらいかな、ああいう性格になったのは。あそこまで自惚れてはいなかったけど」リウはトーンを落とした声でシノブについて語った。羽矢には、どことなく哀しげのように聞こえていた。

「……力を植え付けられて、変わっちゃったんだね」

「そういう事になるな。会った時の方が可愛かったよ」

 リウは淡々とした口調で語っていった。


** **


やがて二人は長い山道を抜け辺りを見回してみると町があった。どうやら一息つけそうだと二人は思った。安心したのかリウの脚は元の人間の形に戻り、疲労困憊した様子で傍にあった木を背にしてしゃがみこんだ。

「はぁ……疲れた……少し寝るから……」

「え……寝るって……そんな怪我で?」

 人並み外れた治癒力があるとはいえ、リウの身体には未だ傷が残っている。むしろ、大きな傷を受けながらもここまで走ってこれた事の方が意外だった。

「あんたもあの時見たでしょ。何もしないでじっとしてれば、こういうのも傷口が閉じて治っちゃうんだよ……ホラ、あんたも少しは寝てなって。お腹は膨れないけど」リウがまた軽口を叩くと同時に腹の虫の音が鳴った。余計な心配をかけさせたくないのだろうか。

「……ご飯、買ってこようか?」

 羽矢はズボンのポケットから小銭を取り出し、リウに見せた。必死でかき集めても五十円や十円ばかりだった。

「どうせ、おにぎり一個だけでしょ」

「でも、食べないよりはマシだよ」

「……ま、それもそうか。食べたら食べたで余計にお腹減りそうだけど……。とにかく、私は一人でも大丈夫だから……早く持って……き……」

余程疲れていたのか、リウは言葉の途中でうつらうつらと頭を小刻みに振り、程なくして目を閉じてくぅくぅと寝息を立てた。

 黙ってれば、こんなに可愛いのに。リウの寝顔を見た羽矢はまた「ヤレヤレ」とでも言っているかのような笑みが漏れた。何が何だかわからないけど……何か、放っとけない人だな。羽矢は改めて思った。


 三話・了

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