第二話・後編
程なくして、秋彦は自宅から修理したバイクと衣服、食料を二人に届けに来た。
リウ用の服はジャージとハーフパンツと動きやすい服装―というより、学校指定の体操服だった。サイズはちょうどぴったりではあった。
「俺の中学時代の体操服だけど……ごめん、それくらいしか無くなっても怪しまれないのが無かったんだ。お金はその子の分で使っちゃってほとんどないから新しいの買えなくて」
「……うん、まぁいいよ、うん」
リウは複雑そうな顔をした。すぐ隣で羽矢はククククと笑いを堪えていた。
その日の夜は車の中で寝た。しかし二人は心身ともに疲れているはずなのに、何故か眠れなかった。
「ねぇ……起きてる……?」
「……起きてるよ」
「ここに来るまで、色んな事があったせいか……全然眠れないの……凄く疲れてるのに……」
「私もだよ。頭が妙に冴えてる。さっきから目を閉じてるのに全然眠気が来ないや」
「ねぇ……私達、これからどうしよう?」
「? どうするって何を?」
「訳も解らずに拉致されて……身体中あちこちいじくり回されて……これからどうしたらいいのか、わかんないよ……」
「……じゃあ聞くけど、あんたは何がしたいの?」
「え……」
予想外の返しに羽矢は驚いた。
「あんた、考えてなかったの? 外へ出たんなら何がしたいかって。私はずっと考えてきたのに」
何がしたいかを考えていた?
その言葉に羽矢は興味が湧き、リウに尋ねる。
「それって……どんな事なの?」
「家族に会う。今のところはそれだけでも充分かな」
「……それ、だけ?」
「もう何年も会ってないからね。今も家にいるか分からないけどさ、それでも一目だけでも会いたいんだ。あんたにだって会いたい人くらい、いるでしょ」
「会いたい人、か……」
私にも家族はいる。物心がついた時からそばにいたお父さん。お父さんは今どうしてるんだろうい。きっと私の事死んだと思ってる。
でも―もし、また会えるのならば。
羽矢はあの日から、顔を合わせていない父へと想いを馳せた。
「私……お父さんに会いたい。お父さんに会って、話したい。私が生きてるって事」
そう答えた羽矢に対して、リウは微笑みで返す。
「ほら、あるじゃん」
「えっ?」
「何がしたいのかって」
「……そうだね」
羽矢は久しぶりに心の底から笑った。
「で、家はどこにあるの?」
「家?」
「場所が解らなきゃ、どこへ向かえばいいかわからないじゃないの」
「それは確かに…。引っ越ししていなかったら、葵市の新銀山町にあるけど……」
そう言った直後、リウは起き上がり顔を羽矢の眼前へと近づけた。 心なしか、普段よりも顔色が輝いているようにも見えた。
「奇遇だな! 私もそこの出身なんだよ」
「えっ、それ本当? 確かに奇遇だね」
「決まりだ」
リウは笑顔で目標について語った。
「まずは私達の家に帰る。そして、家族と再会する。これからの事は会ってからでも遅くないよ」
「……そうだね。そうしよう。あ、ところでさ、あの人の事だけど……」
羽矢は安堵したところで、昼間の少年・秋彦について話を切り出した。
「あの人? あのバイクの子?」
「うん。何であんなに優しくしてくれるのかやっぱり気になって……」
「さぁね。大方、中二病って奴じゃないの? いつか自分の元に空から女の子が降ってきて、女の子を狙う悪人たちとてんやわんやで大激突。そしてこれが大冒険の始まりになるんだ~みたいな感じで」
「……かもね。テレビみたいだって言ってたし。でも、似たようなものかもね。私達、実際に悪い奴に追われてるもの」
羽矢は少し苦笑した。
「ま、『事実は小説より奇なり』って言葉もあるしね……」
「あんまり笑えないけど―痛ッ!?」
その時、羽矢は頭痛を感じた。それも昨晩に感じたモノよりも重みと痛みが増していた。
「どうした!?」
リウは思わず羽矢の容態を案じた。
「痛い……痛い……!! 何コレ……昨日よりも痛い……!!」
羽矢は頭を両手で押さえている。目は見開き、口からは涎が少しづつ溢れ出た。
「……! 来るぞッ!!」
リウがそう叫ぶと羽矢を連れて素早く外へと飛び出した。同時に乗っていた車のフロントガラスが粉々に吹き飛ばされた。
外は月明かりに照らされていて、そのおかげで追手―『敵』の姿がよく見えていた。
身体は上半身が殻で覆われている。どうやら既に『変身』済みのようだ。
右腕からは背丈の半分ほどの大バサミ、左腕に長い鞭のようなものが付いている。形は尻尾を彷彿とさせた。
身体の形状からして『蠍』とでもいうべきか。
「思ったよりも遅めの到着だことで……その姿になるのに時間でもかかったのかな?」
「遅メ? これでも早ク来たつもりダがな」
『蠍』はリウの挑発に対して、独特のイントネーションを持ったしゃがれ声で応える。
「そうか。それじゃあ、こっちも早く決めさせてもらう!」
リウの両手足が瞬時に異形へ変わり、履いていた靴が弾け飛ぶ。その直後、『蠍』目掛けて突っ込んでいった。
『蠍』は防御するが、衝撃に耐え切れず立ちの姿勢からバランスを崩す。
隙をついて回し蹴りを『蠍』に叩き込む。
『蠍』は衝撃で横転し、リウは隙を逃さず馬乗りになり『蠍』の胴体を集中的に殴打する。
「いい気にナるなッ!!」
『蠍』は頭突きをリウに食らわせ、後方へ跳ぶ。リウはたまらず怯んでしまった。
『蠍』の 腹部の殻には、わずかだがヒビが入っていた。
「失敗作風情が、俺の身体に傷つけルたぁな……!」
「こっちはあんたみたいな成功作になるのは願い下げなんだよ!」
リウは憎々しげに毒を吐いた。額からは血が流れ出ている。硬い殻に覆われた頭突きを食らっても、頭蓋骨が砕かれるのはおろか、脳震盪ですらなく血が出る程度の軽傷に留まっていた。
『蠍』は自分の計算が違っていた事に驚きを隠せなかった。
「……どうやら、お前を舐メていたようだ。反省するゼ。だが……」
その刹那、『蠍』の口元が歪んだ。
「そいツの方はどうかな!?」
「!! 羽矢、危ないッ!!」
「えッ……え……!?」
狙いは羽矢。咄嗟に気づいたリウは叫び、危機を伝えようとする。
しかし、羽矢は避けようとするものの頭痛のせいで動きが鈍り、瞬く間に『蠍』に捕らえられてしまった。
「はっ、離して!」
「そう言っテ離す馬鹿はイない」
『蠍』は羽矢が簡単に逃げ出さないようにと、腕に力を込める。羽矢は締め付けの痛みに思わず嗚咽が出た。
「こイつは連れて行く。一人だけでヤってもつまらなサそうだしな……」
「ひっ…!」
羽矢が怯える中、『蠍』は両脚部に力を込め、地を飛び立った。
その動きは「走る」というよりは「跳ぶ」ー「跳躍」そのものであった。
だが―
「させるかよッッッ!!」
その言葉と共に『蠍』は後ろを振り向く。すぐ傍までリウが付いてきていた。
リウの跳躍は『蠍』よりも大きく、長く、宙を舞っていた。
「なッ……!?」
『蠍』は自分の見通しがまだまだ甘かった事を悟った。
上空で交差する二人の怪人。見上げる『蠍』と見下げるリウ。
「た、助け……!」
羽矢は腕を差し出し、それをリウは咄嗟に掴む。直後、力を込めて『蠍』から引き剥がし、地面の廃車へと向かって投げた。
「ちょ、ちょっと……!?」
羽矢はそのまま廃車の天井へと沈んでいった。
直後、『蠍』が舌打ちをした直後に左腕の『尾』が伸び、リウの脚へと絡んでいく。
『蠍』は既に地上へと着地していた。
「潰レろォォォッ!!」
その叫びと共にリウの身体は急激に地面へと落ちていく。
(叩きつけるつもりかッ!)
リウは『蠍』の狙いを瞬時に見出し、地へと叩きつけられる寸前に左の拳を地面へと突き立てた。
「なッ、何ッ!?」
リウの左手は、指が地面へ深々と突き刺さっていた。
「痛ッ……すっげ痛……ッ!」
リウは左手から頭へと伝わる稲妻のような痺れに似た痛みに思わず涙目となる。
一方で、かなり強引な対処に『蠍』はまたも唖然としたのか、動きを止めてしまっていた。
その隙を見て、リウは助走で勢いを付けた飛び蹴りを放ち、『蠍』目掛けて突っ込んでいった。
『蠍』は咄嗟に防御するが、その蹴りは『蠍』の腕と腹を安安と貫いた。
「~~~~~~~ッ!!!?!?!!」
『蠍』はたまらず、声にもならない悲鳴を上げた。すかさずリウは『蠍』から離れる。
程なくして『蠍』の胴体の殻が粉々に砕け散り廃車群の中へと身を埋めていった。それを見たリウは勝利を確信した。
「ふぅ……やっと勝った……靴、ダメにしちゃったよ……また裸足だ」
どっかのチンピラからかっぱらってくるか……。リウはそう思いながら『蠍』の元へ近寄った。
『蠍』の身体は「変身」が解け、普通の人間の姿となっていた。
「さて、質問するよ。あんた……何で私達に近づいた?」
『蠍』―秋彦に対し、リウは疑問を口にした。
「言ったろ……面白そうだって……ただただ追い掛け回すだけじゃ……つまらないからさ……それだけだよ、本当……」
「……要するにお前はゲーム感覚で動いてたってわけ? 敵に塩を送るような真似までされて、舐められたもんだよ」
リウは呆れたようにため息をつく。
「そんなこと言うなよ……あの子……普通に可愛いし……それに……持て余してたんだ……」
「何を?」
「この力だよ……普通に生活する分には邪魔だから……」
「普通……ねぇ……」
「あいつらに言われたんだ……捕まえるか仕留めるか……そうしたら……解放してやるって言われたから……」
秋彦はそう言い終えると身体から力が抜け、そのまま動かなくなった。
「馬鹿か。そんな事で自由になったら苦労しねえっての」
『力』を持たされながらも、普通に日常を送ってたあたり、こいつにはこいつなりに悩みとかがあったんだろうな。でも、あたし達には関係ない。
この事は、羽矢には黙っておくか……
リウはそう想った後、秋彦の瞼を閉ざし、羽矢の元へゆっくりと向かった。
「よっ。大丈夫?」
リウはいつもの軽い調子でそう呼んだ。
「ハァ……ハァ……よく……言うよ……私の扱い……ぞんざいなのに……」
羽矢はリウに向かってそう毒づいた。
「さすが改造人間。思ったよりも丈夫ねぇ」
「他人事だと……思って……身体も……頭も……痛いのに……すごく……」
羽矢を襲っていた頭痛は徐々に静まっているようだった。羽矢は呼吸を少しづつ整えている。さすがに手荒すぎたかとリウは反省した。
「ごめんごめん。でも、あの状況じゃこれが一番だと思ったから……さ」
「言い訳は……しないで……疲れるだけ……だから……」
羽矢の額からは大粒の汗が吹き出ており、頬や首元を汗が伝っていく。その様子を見たリウは思っていたよりも深刻そうな症状に若干の戸惑いを感じていた。
「……本当に大丈夫? それ痛み止める方法ないから、慣れるしかないよ」
「ねぇ……この痛み……一体何なの……?」
「ん、言ってなかったっけか。あたしらにもれなく付いてくる『お仲間』感知用のレーダー機能みたいなものさ」
こめかみを指先でトントンと叩きつつ、答えをしれっと出したリウに羽矢は怪訝な目を向ける。
「レーダー……?」
「第六感って言うんだっけか。ま、本能ってやつでしょ。危険な奴が来る時に限って働くとかそういうヤツ。だから普通に過ごしている分には平気なんだよ、たぶん。個人差もあるかもしれないけど。ぶっちゃけあたしにもよくわからないんだけどね。」
「そ……そういう……ものなの……?」
「でも、そんなに痛いものなのかな? あたしの場合、慣れたせいか今じゃ変なムズムズとかかゆみ程度にまで治まってるんだけど」
「かゆみって……あんたと……一緒に……しないでよ……こっちは……全然慣れて……ない……今は……すごい……ガンガンしてて……気持ち悪い……!」
「まだ痛みが響いてるの? 普通―改造されてる時点で普通じゃないけど―だったら、感じてからちょっとすると治まると思うんだけど。実際、私がそうだったし」
羽矢は心の中でこの人の情報はあまりアテに出来ないかもしれないと思った。
「う~~~~~ん……」
リウは頭を回転させながら一考する。
「……いわゆる『二日酔い』みたいなもんかな?」
「こんな……痛い……二日酔いなんて……無いから……たぶん!」
「だよねーあたし二日酔いの経験無いし」
リウはまたケラケラと小さく笑った。
「まぁ、慣れればどうってことないから本当……さて、話を変えるか」
リウの表情と声色から笑みが消え、冷たいモノへと変わった。
「さっきのでわかったでしょ。私たちが狙われていて、他人を巻き込む危険性があるって事が」
「……そうね……確かに……」
「これ以上ここに居たら、あの子だけじゃなくこの町の人たちに迷惑かかるかもな……甘いっていったのがわかったろ?」
羽矢は首を縦にひとつだけ、重く、振った。
「さて、そうと決まれば『善は急げ』だ。夜明けにでもここを発とう」
「朝? でも……早過ぎない?」
「早いに越したことは無い。それに、いつ奴らがここに来るかもわからないし、来ないかって保証も無いからね」
「……わかった」
リウの案に賛成した直後、リウがある事を思い出し羽矢に尋ねる。
「あ、そういえば聞いてなかったんだけど」
「……何?」
「ここに来る前の事、何年の何月何日だったかって、覚えてる?」
訪ねてきたリウは先ほどよりも、さらに真剣な顔をしていた。
「……確か二〇〇五年の……七月二十八日……だった……と思うけど……」
「…………そう」
続けて羽矢は秋彦から聞いたことを思い出した。
「あ、そうだ……確か今は九月の始めくらい……なんだって。あの男の人が……そう言ってたから」
「……うん、ありがとう」
羽矢は気づかなかった。
日付についての問いかけの際にリウの顔が若干曇った事に。
** **
翌日―
リウと羽矢は二人で秋彦から譲り受けたバイクに乗り、道路を走っていた。
そのバイクの見た目は古めかしく一目で年期が有るとわかるが、速度自体は普通のバイクと遜色は無かった。
リウはバイクを楽々と運転し、羽矢と二人乗りをしている。
「黙って行っちゃったけど…いいのかなあれで」
羽矢は何も言わずに出発したことを気にしていた。
「いいのいいの。深入りさせない方が互いのためよ」
「うん……」
気にする素振りを続ける羽矢に対して、リウは話題を変えるように口を開く。
「そういやこのバイク、スクラップから再生したって言ってたっけな。その割には結構スピード出るじゃん。あの子、いいエンジニアになれるね」
「……そうだね」
羽矢の顔に少し笑みが出た。
そんなにあいつの事が気になったのかな……。
リウは少し不思議に思った。
やがて二人を乗せたバイクは交差点まで移動し、信号待ちのため停車していた。
長く黙り込んでいた羽矢はある事についてリウに尋ねる。
「あとさ……まだ聞いてないことがあったんだけど」
「何?」
「あの時、何で私を連れてってくれたの?」
何故、あの施設に偶然収監されていた自分を連れ出したのか。その事について羽矢は未だ疑問が晴れないでいた。
「そうあんたが願ったじゃん」
「それはそうだけど……それだったらあの場で放っといたじゃない。なのに何でわざわざ私に付いてくか付いてかないかって言ったの?」
「……まー、確かにあの時は連れてった事に少し後悔した」
したのかい。と、羽矢は心の中でツッコんだ。
「でも、今はそれで良かったと思う。こう二人で話してる時とか楽しいからね」
「……楽しい、かぁ」
もしかして寂しがり屋なのかな、リウ。話し相手が出来たのは私もそうだけど。
羽矢はそう思い、リウへの見方を改めてみようかと考えた。
直後、信号が青へと変わり、前方に止まっていた多くの車が再び前進する。それに合わせて、バイクも前進した。
「そういえばリウ……気になったんだけど」
「何?」
「バイクの免許持ってるの?」
羽矢は至極当たり前のことを聞いてきた。
「無い」
やけにあっさりとした即答が聞こえた。
「……ごめん、よく聞こえなかった。もう一回言って」
「免許なんて無い。原付ならあった」
羽矢の頭が一瞬硬直した。思考を再び動くのは数秒の時を経た後だった。
免 許 が 無 い ?
羽矢の額や頬、身体中のありとあらゆる所から脂汗がじわりじわりタラタラタラタラと徐々に流れ落ちていく。
「えと……つまり……無免許運転?」
「言わなくてもそういう事になるわな。ま、何とかなる何とかなる」
リウはケラケラと笑い「私を信じろ」と、その台詞と共にグッとイイ笑顔とサムズアップ(映像作品だったら間違いなく効果音付き)で返した。
「信じられるかああああああ!! 私をここから降ろしてええええええええ!!」
羽矢は思わず絶叫し、リウの身体をブルンブルンと揺らす。
「うわやめろ! 事故るわ!! まぁ、本当に事故ったとしても私らそうそう死なない身体だからね!! アッハッハッハッハ!!」
「そんなあっけらかんとした答えと笑い声で返すなああぁぁぁぁ!!」
羽矢の平手がリウの頭にスパーンと綺麗に入った。
やはりコイツを憎めない奴と思うのは考え直さなければならない……羽矢は割と本気でそう思っていた。
こうして、前途多難な旅路は始まりを迎えた。
二話・了




