一章 28 準備
「--あ!」
近くで推移を見守っていたローリアは小さく声を上げる
病気で白濁としていたフリッグ伯爵の目が色を取り戻したからだ
「あなた・・・」
耳元ではなく普通に話しかけるとフリッグ伯爵は小さく体を震わせた
その行為にクリスティアやマキシム、治療班の面々も驚きに目を見開く
病気が進行してからは指先すら動かせなかったのだから
「おお!み、見える・・・ローリア。お前の顔も見えるぞ」
ゆっくりとローリアに顔を向け妻の顔を確認する、すっかり看病でやつれた姿にフリッグ伯爵はいたたまれない気持になる
「苦労をかけたな・・・」
ポロポロと涙を流すローリアの頭を震える手でゆっくりと撫でる
そしてベッドの側に立つ面々に視線を移す
「おお、クリスティア様大きくなられましたな・・・」
「フリッグ様、お久しぶりでごさいます」
涙を溜めた笑顔でフリッグ伯爵に挨拶する
「お前達にも苦労をかけたな。大変だっただろう」
「全ては王女様達のご助力があれば」
「うむ、それについては追って褒美を取らせよう。して・・・」
フリッグ伯爵は狐太郎に視線を向ける
「そなたがクリスティア様に同行してると言う者だな?」
『はい、訳あってクリスティア様と一緒に動いてます狐太郎といいます』
「コタロー殿、此度は我が領地そして私の命を救ってくれて感謝する。このような場所と格好で許してほしい」
『構いません。自分も礼儀には疎いものですから』
「助かる。して褒美の事だが・・・」
フリッグ伯爵が言葉を続けようと口を開こうとした時に傍らに控えていた治療班の男が前へ出る
「フリッグ様、ご病気が治ったと言っても失った体力は簡単には元に戻らないでしょう。続きの話は後ほどにしてまずはゆっくりお休みなさっては・・・」
「・・・そうだな。いきなり感覚が戻って少し疲れたようだ。コタロー殿、申し訳ないが・・・」
『構いません。ユグドラシル薬が効いたなら数日中にも元に戻ると思いますし、今はゆっくり休んでください』
「感謝する。マキシム、しばし頼んだぞ」
「お任せ下さい」
フリッグ伯爵の言葉にマキシムは力強く頷くと伯爵は安心したのか再びベッドに横になるとやはり疲れたのかすぐに静かな寝息が聞こえてきた
「コタロー様、クリスティア様。夫に代わってお礼申し上げます」
「我々からも礼を言わせてくれ。我々だけではどうにもならなかった。フリッグ様を救っていただき感謝する」
「ありがとうございます」
「ちなみにユグドラシル薬は一体どうやって・・・いや、無用な詮索はすべきではないな。フリッグ様が助かった。それだけで十分だ」
治療班のリーダーらしき人物はそういって言葉を収める
他の治療班のメンバーは聞きたそうな表情をしていたが、リーダーに従うようで大人しく引き下がっている
「あまりおもてなしはできないかもしれませんが、しばらくこの館でゆっくりしてください」
「助かります」
ローリアの言葉にクリスティアは素直に感謝を述べる
治療班はそのまま残るようで、狐太郎達一行はベッドのある部屋を後にすると廊下にはアレインが待っていた
「まずはお部屋へご案内しましょう。こちらへ」
アレインを先頭に案内された部屋はかなり広かった
二階が使用人と来客用の部屋があるようで、狐太郎達は来客用の部屋の中でも一番大きな部屋をあてがわれた
扉を開けると広々とした居間のような部屋がありさらに左右に寝室へ繋がっているらしい
なので狐太郎達は二部屋必要なく居間を中心に左右で男性と女性とわかれた
「お食事はしばらくお待ちくださいませ。先にお風呂に入れるよう準備してますので、後ほど案内の者を遣わします」
「アレインさん、ありがとうございます」
「いえいえ、お礼を言いたいのはこちらの方です。フリッグ様を救っていただき領民一同みな感謝してる事でしょう」
「そうだな。今回王女様達が来なければどうにもならなかった。感謝してもしきれるもんじゃない」
アレインの言葉に続きマキシムも感謝の言葉を綴る
「とまぁ、あまりしつこ過ぎると嫌われそうだからな。この辺にしとこう」
ニヤリと笑うマキシムに狐太郎は内心ホッと息を吐きく
感謝されるのは苦手ではないが、度がすぎるとこちらも恐縮してしまうのだ
「さて、んじゃ俺は行くぞ。コタロー達はゆっくり休んでくれ」
『そうさせてもらうよ』
アレインとマキシムと別れ部屋にはいつものメンバーだけが残る
「とりあえず無事にフリッグ様を助け出せたわけだが・・・」
「回復までには時間がかかるでしょうね」
ウェルキンの言葉にクリスティアが続く
「とりあえず立ち話も疲れますから座りませんか?」
「そうですな」
クリスティアが座るのを見計らいウェルキン達もソファに座る
メアリーはお茶を準備している
「で、コタロー。ユグドラシル薬はまだあるとか言ってたが・・」
『あと2本ある』
言いながらポシェットからユグドラシル薬の瓶を2本テーブルの上に置く
「まさか数百年作り手さえいなかったユグドラシル薬をこの目で見られるとは・・・しかも作ったのがコタロー殿とは」
ロイザードが鑑定用モノクルを付けてまじまじと観察する
「そういやロイザード、そのモノクルを使えばユグドラシル薬かどうかわかったんじゃないのか?」
「某もそう思ったのだが伝説級の物はどうやらわからないようだ。作り手がコタロー殿としかわからない・・・」
「万能じゃないって事か・・」
「それにしても綺麗です~」
お茶を入れ終わりクリスティアの横に座ったメアリーが感嘆の声をもらす
「たしかにな。瓶と言うやつもそうだが国が丸ごと買えると言う言葉もうなずける」
『1本はクリスティア様が持っていてください』
狐太郎はユグドラシル薬を手に取りクリスティアへ渡す
「いいのですか?」
『魔法の袋なら割れる心配もないし、俺が国王様に飲ませられるわけじゃないから』
「わかりました」
言われてクリスティアは大事そうに袋にユグドラシル薬をしまう
『ちなみにだけど瓶くらいなら魔力ある人なら作り出せるよ』
「なんだと?」
「本当ですか?」
『材料が揃えばね。今はないから今度教えるよ』
「絶対ですよ!!」
力強く言うメアリーにクリスティアもうんうん頷いている
女性は綺麗な物に目がないというが・・・
丁度そんな話をしていると扉がノックされる
メアリーが開けると侍女が立っていた
風呂の準備がでたきたので案内してくれるという
風呂は男女分かれた造りになっていたので同時に入ることができた
そして風呂から帰ってくると部屋には食事の準備がなされていた
本来なら一階のダイニングで領主の伯爵らと一緒の食事なのだがまだそこまで回復はしてないらしい
一通り食事も終えてひと息ついた狐太郎達は今後について話し合う事に
メアリーは食後のお茶の準備を始める
本来なら館の侍女がやる事なのだがクリスティアがメアリーがいると言うので断った
メアリーもメアリーで久し振りに侍女の仕事を任されてやる気を出している
「本音はすぐにでも王都へ向かいたいのですけど・・・」
クリスティアは苦虫を噛み潰したような表情をする
兄のアゼルが魔族と結託してると言う事実を知ってしまい一刻も早く帰りたいのだろう
「しかし我々だけで向かっても意味はありません」
「フリッグ様にせめて事情を説明しなければなりませんからな」
『回復までそんなに掛からないと思うけど』
「少なくとも数日は滞在しなければならんと言う事か」
「でしょうね。こればかりはどうしようもありませんから」
ウェルキン達の言葉にクリスティアは頷く
「しかし魔族ですか・・」
「まさか王都の反乱にも絡んでいるとはな」
「裏で糸を引いているのは間違いないですね」
「あのランガルスという魔族がベラベラ喋ってくれたからな」
「しかし我々では歯が立たなかったな・・」
「レッサーデーモンか、厄介だな」
「王都にはランガルスよりも強い魔族もいるだろう」
「そうするとレッサーデーモンは倒せるくらいになってないと足手まといになるな」
部屋を思い空気が支配する
『まだ日にちはあるよ。やれるだけの事はやろう』
沈黙を破ったのは狐太郎
「そうだな。滞在してる間何もしないと言うわけにはいくまい」
「ええ、やれる事はやっていきましょう」
ウェルキン達は幾分やる気を取り戻す
それをクリスティアはホッと小さく安堵の息を吐くと狐太郎をチラリと見る
毎回窮地には何かしら救ってくれる
時には行動であったり言葉であったり
感謝してもしきれない
その眼差しに気づいたウェルキンはわざとらしく咳払いをして議題を進める
「で、次はレフィル殿の事だな」
「コタローの事を知ってる風でしたが・・・」
『クリスティア様達と別れた後に街で知り合ったんだ。冒険者登録するのにギルドまで案内してもらったんだ』
途中迷った事やチンピラに絡まれた事は恥ずかしいので省いた
『その時から依頼を受けてたんじゃないかな。忙しいみたいだったし』
「なるほど。今回の事を見るに後々まで関わってきそうな雰囲気だな」
「そうですね。完全に味方かってのはまだ判断しかねるな」
「実力が実力だけに敵に回ったら厄介極まりないぞ」
「そればっかりは敵ではないことを祈るしかありませんね」
「レフィル殿に関しては情報が少なすぎて判断できない。今は敵ではない。それで十分でしょう」
デュラインの言葉に狐太郎達は頷くしかない
「さて、他には何かありますか?フリッグ様の事は回復してからでないとわからないと思いますし」
「そうですね、夜も老けてきましたし今日は休みますか」
一同は頷く
「メアリーも寝ちゃってますし」
言いながらクリスティアはメアリーに視線を移す
クリスティアの横に座るメアリーは慣れない旅の疲れと今回の騒動で疲労が溜まっていたようで、お茶を入れたあとクリスティアの横に座ってからすぐにうつらうつら船を漕ぎ出していた
「やけに静かだと思ったら・・・」
「はは、そうですな。我々も今日は早目に休むとしましょう」
「クリスティア様もお疲れでしょうからゆっくり休んでください」
言いながらデュラインも立ち上がる
「メアリー、お話は終わりましたよ。ベッドに移動しましょう」
クリスティアにゆさゆさ揺さぶられて、次第に瞼を開けるメアリーにウェルキン達は呆れた顔をする
「クリスティアさま・・体が重くて動きましぇん・・・」
眠気で呂律が回ってないのかうまくしゃべれないメアリーにクリスティアは仕方ないですねと苦笑いを浮かべると肩を貸して立ち上がる
クリスティアにそんなことをさせられないとデュラインやウェルキンが手を貸そうとするが、クリスティアは大丈夫ですとやんわり断りベッドのある部屋に入っていった
「なんか、クリスティア様が日に日に逞しくなっていくんだが・・・」
「王宮暮らしじゃなくて旅をしてるせいでしょうね。足手まといにならないよう陰で頑張ってるみたいですよ」
クリスティア達が入っていった寝室を見つめながら複雑な表情をするウェルキン達である
「さて、それでは我々も寝ようとしましょうか」
『そうだね。流石に少し疲れたよ』
狐太郎の言葉に苦笑いしながら頷くデュライン達
その時ウェルキンが「あっ!?」と声を上げたと思ったら怒りの形相で狐太郎に近づく
「コタロー!話がある」
『話?』
何んだろうと首をかしげる狐太郎
ウェルキンの怒りを買うような事はしていないつもり・・・
『あっ』
思い出したように声を上げる狐太郎にニヤリと笑ったウェルキンは逃げようとする狐太郎の襟首を掴む
「少し外でコタローと話してくる。お前らは先に寝ていてくれ」
狐太郎が視線で助けてくれと懇願するもロイザードは視線を逸らし、デュラインには小さなため息と共に首を横に振られる
ショックを受けた表情のまま、狐太郎はウェルキンに引きずられるように扉を出ていき部屋からいなくなった
しばらく気まずい雰囲気が流れるが
「気の毒にコタロー・・・」
「あれであろう?精霊の腕輪を渡した時の話であろう?」
「でしょうね。その時の事を話すクリスティア様は上機嫌でニコニコしてましたからね」
「別段間違いが起こるような感じではないがな」
「アレにはそこまで頭が回らないのでしょうね」
「事クリスティア様に関しては特に、か」
呆れた表情のロイザードに苦笑いのデュライン
「別に斬り殺されるわけではないのだろう。我々は言われた通りさっさと寝るとしよう」
ロイザードはあくびをかみ殺しながら寝室へと入っていく
デュラインは窓から夜の街を見下ろすとウェルキンに引きずられている狐太郎が視界に入った
「頑張ってください」
小さくポツリとつぶやき、寝室へ入っていった
遠くで犬が吠えていた
「さぁ言え!!あの晩何があった」
『だ、だから何も無いよ』
広場まで連れてこられた狐太郎はウェルキンと相対していた
ウェルキンは魔剣ファラムを抜き放ち・・・
「デタラメを言うな!あんな嬉しそうな顔で語るクリスティア様はみたことない」
『そうはいってもなぁ・・・』
今にも抜き身の魔剣を引っ提げて斬りかかってきそうなウェルキンに狐太郎は頬をかきながら呟く
『あっ』
グラスをあげた事かと思い口に出そうとウェルキンに顔を向ける
「やはりあったのだな!!」
ウェルキンは憤怒の形相になると刀身に炎を生み出し狐太郎へ斬りかかる
『ちょっ・・』
「問答無用!」
狐太郎は襲いかかる炎を間一髪で交わし、間合いを大きく開ける
『話を聞いてよ』
「うるさい」
次いで炎が生み出されるが、狐太郎は命の危険を感じ広場から退散する
「逃げるな!」
『無茶言わないでよ』
逃げ出した狐太郎にウェルキンは追いかけるべく駆け出す
ちなみに2人の追いかけっこは明け方まで続いたらしく、朝ゲッソリとした2人を見て驚いたクリスティアはデュラインに事情を聞き、怒ったクリスティアは2人に正座をさせ、しばし説教したという・・・
『なんで俺まで・・・』
狐太郎の悲嘆な呟きは誰にも聴かれる事はなかった
いつも読んで頂きありがとうございますm(_ _)m




