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黒歴史に消えた女の子

作者: 入梅

「第一回ー、暗黒闇鍋大会ー!」

「ウェーイ」×4

ワンルームマンションの一室に集まったのは非リア充を自認する男子高校生5人。

暗黒闇鍋大会とは、発起人の中条いわく、


「非リア充の我々がこの厳冬を乗り切るためには、ともに闇を乗り越え結束を強めなければならない。しかし、我々にはただの闇など物足りない。暗黒だ。暗黒こそが我々に必要なのである!」


だそうだが、実のところは闇鍋をつつきながらお互いの黒歴史を告白し、寂しさと惨めさを共有したいということらしい。この自虐的な発案に、非リア充を自認する男子高校生4人が乗ってきた。時はクリスマス直前の金曜日の夜。場所はワンルームマンションで一人暮らしをしている結城が提供した。



「じゃ、電気消すねー」

 部屋の主である結城碧がリモコンを操作して、照明を消した。残っている灯はコンロの火と、手元を照らす程度の小さなものだけだ。

各自持ち寄った具材を鍋に入れ、フタをする。

「変なもの、入れてないだろうな?」

体育会系非リア充の大和が聞く。

「変なものがないと面白くない」

ゲーム廃人系非リア充の島中。

「煮えるまでに、中条、お前から話せよ」

これはメカ系非リア充の横井。

「お、おれかよ?!」

会の発起人であり、アニオタ系非リア充の中条が声を裏返させる。


「え、えーそれでは」

中条が少し間を置く。コンロがコーという音を立て、4人の注目を受け止めつつ、中条が緊張気味に告白を始めた。


「お、俺は小学校の時に、女子のリコーダーを集めていました」


再び、部屋はコンロのコーという音だけになった。

「ええ……」

「マジ?」

「あり得ない」

「それは、ちょっと」

 沈黙の後、全員が、他人が愛用してる萌抱き枕を見たときのような声を上げた。一発目から4人全員がドン引きである。


「黒歴史じゃなくて犯罪歴じゃねーか」

大和の追撃に、中条が反撃を試みる。

「だ、だってよ、好きな女子にどうアプローチしたらいいのか、わかんねーよ。お前らは、出来生君のようなアプローチできるか?お前らはのび太君だろ?!」

「お前もだろ」

「あー、でも風呂は覗いたな」

同調したのは横井だ。

「だ、だろ?おれはその風呂がリコーダーだったんだよ!」

中条の語りが必死になってきている。

「集めてたって、クラスの女子全員か?」

大和が質問。

「いや、集めてたのは一人のリコーダーだ」

「一人のって……何度も盗んだの?」

結城が息をのんで聞いた。

「あ、ああ」

「キモイ」

島中がばっさり切り捨てた。

「も、もちろん今は、本当に悪かったって反省してるんだけど」

中条が俯いて反省の弁を述べる。

「だったら、いまからでも謝ったほうがいいだろ」

横井はまじめで、折り目正しい。

「そ、それが、覚えていないんだよ」

「何を」

「その女の子が誰だったかってことをさ」

「なんだそりゃ?」

「ア、アルバムみてもあれが誰だったか思い出せないんだよ」



4人が中条への追求を強めようとしたとき、ちょうど鍋が吹きこぼれた。

「おっと、もう煮えたかな?」

結城が鍋のフタをとると、部屋が意外にうまそうな匂いでいっぱいになった。

「お、食おうぜ食おうぜ」

「箸をつけたのは、全部食いきること」

「ウェーイ」

「あ、ポン酢とって」

「ほい」

「あ、ロールキャベツゲット」

「焼き鳥串、タレが落ちてただの鶏肉だわー」

しばし鍋に夢中になる非リア充5人。



「さて、つぎー島中、いってみよーかー」

場の注意が自分からそれたのを好機と、中条が島中縣に話しを振った。

「ウェーイ」

中条に続いて、3人が同意の奇声をあげる

「……」

島中はジロリと中条を睨んだが、取り皿にある極厚チャーシューをいっきに頬張って、箸と皿を置いた。そして、口の中のものをごくんと飲み込んで、告白を始めた。


「俺は……フィギュアと会話しながら、学校に行ってた」


「おおー」

「それは痛い」

「ああ、やたらブツブツ言ってた時があったな」

「どんなフィギュア?」

質問した結城に、スマホに画像をとり出して見せる。

「あ……、かわいい?」

「ん、みせてみ」

島中がスマホを中条に向ける。

「お、おお、ロングの髪がいい感じだな。動きも出てるし。でも、なんのキャラだっけ?」

「オリジナル」

「マジかよ」

島中がはっきりした声で答え、4人が一様に声を上げた。薄明りのなかで見える島中の表情は、黒歴史を恥じるというよりは、ドヤ顔である。でも確かに、フィギュアの出来はドヤるほどのことはあった。


「モデルはいたのか?」

大和が長いままのたくわんを口でボリボリいわせながら聞いた。

「……クラスの、女子」

「うわ……」

再び4人にドン引きが入りました。

「それを、持ち歩いて会話してたのか」

「新手の拉致監禁だな」

「そのこと、当の本人は知っているのか?」

「いや、知らない、と思う」

「誰なんだよ?俺たちが知っている女子か?」

中条がぐいぐいきはじめていた。

「思い出せない」

「どういうこと?」

「誰かをモデルにしたはずなんだけど、途中で消えたというか、消されてるというか」

「おいおい、島中も中条みたいなこと言い始めたぞ」

「お、おれはもう終わったじゃねーか!」

横井に話しを戻されそうになって、中条がむせる。

「妄想の女子のリコーダーを蒐集した男に、空想の女子をモデルにしてフィギュアを作り話しかけてた男、って……」

「闇が深すぎる」

横井がまとめ、大和が端的に表現した。

「妄想じゃねーよ」

「空想でもない」

中条と島中がそろっていう。

「でもアルバムをみても、名簿をみても、わかんねーんだろ?」

「……うん。なんでなんだろう?」



島中が首をひねっている横で、結城は鍋を整理している。

「ねー、鍋が空いてきてるよ」

どうやら鍋の仕切りは結城にまかせておいてよさそうだ。他の4人もその好意に甘え、且つ協力すべく、各自持ち寄った具材を追加していった。

「なんか、普通に美味いな」

「洋風おでんって感じ」

「うんうん」

「俺、たくあん一本の次が、トマト丸ごとって一体……」

「味噌ダレがあったらよさげ」

「あるよー。ちょっとまってて」

「結城は自炊するのか?」

「うん。簡単だけどねー」

「肉はどこだー!」



皆が鍋を楽しんでいるのを好機と、島中が大和の肩をちょんちょんとつつく。

「ん、なに?」

「つぎ、大和」

「俺かよっ」

「ウェーイ」

同意の奇声が4つ。次は大和の番だ。

「俺のねぇ」

大和がまるのままのトマトが乗った取り皿を置いて、告白を始めた。


「俺はのは普通だな。MI6のエージェントになってた時期があった」


「ああ、やるやる」

「無線ごっこしたり」

「やるやる」

「モデルガンを懐にいれて出歩いたり」

「やるやる」

「女子の自宅に侵入したり」

「やらねーよ!!!」

4人が一斉に突っ込んだ。

「え、やらない?」

「やるか!」

大和はきょとんとして聞くが、横井が色を成して突っ込む。


「好きな女の子って目で追うだろ?」

大和が右の人さし指を立てながら解説をはじめた。

「あ、ああ」

中条が同意する。

「帰り道なんかで探しちゃうだろ?」

「まあ」

島中も同意する。

「見つけたら、ついつい後追いかけたりしなかったか?」

「否定はしない」

横井は消極的に同意した。

「流れでその子の家に侵入するじゃん?」

「それダメだから!!」

再び4人が一斉に声を上げる。



「お、俺たちはとんでもない闇をのぞき込んだのかもしれない」

中条がテーブルに突っ伏して、苦悶の声を上げる。

「お前が暗黒闇鍋大会なんて言い出すから」

「闇鍋だけならおいしかったのにね」

「ツライ」

ほかの3人もそれぞれ後悔を口にした。

「でも不思議なんだよなー」

そんな声を意に介さず、大和が話しを続ける。

「俺は確かに、その子の家に上がり込んだんだけど、今になるとそれがどこの家だったのかわかんねーんだよ」

「ち、小さいときだと、そういうのあるよな」

「どんな家だったの?」

「えーと、白いくて四角い一戸建て。芝の庭に、フェンスが大きかった」

「フェンス?」

「ああ。周りの家より、明らかに警戒度が高かったな」

「そんなのすぐわかりそうだけどな」

「だろ?でも見つからないんだよ」

「そ、その女の子は誰なんだ?」

中条が食いつく。ゴシップに具体名がつくと燃えるようだ。

「あいつは、ええっと、……あれ……誰だっけ?」

大和が両腕を組んで頭を振っていたが、ついにその名は出てこなかった。

「中条、島中ときてお前もかよ」

横井がため息交じりにいう。

「妄想なかでリコーダーを集める男に、空想のクラスメイトをモデルにフィギュアをつくる男ときて、今度は夢想の中でストーキングする男が登場するとは」

「妄想じゃねーよ」

「空想でもない」

「夢精なんかしたことねーよ」

「それ違うからな」

横井が一応突っ込んでおく。



「ねー、締めはうどんとおじや、どっちにする?」

結城があらかた具材を食べ尽くされた鍋を指して、4人の意見を聞く。

「し、締めがあるのか?そして、選べるのか?」

「うん、両方準備してあるよ」

「結城、エライ」

「で、どっちがいい?」

「おじやで」×4

「あはは、息ぴったりだね」

結城がタッパーに入ったご飯を鍋にいれ、フタを閉める。

「悪いな。なんかいろいろ世話かけて」

「ううん、いいよそんなの。こういうの好きだし」

大和の謝辞に、結城はピンクのミトンをはめたまま、手を振って笑う。

「ゆ、結城は小動物系非リア充だよな」

「カワイイ系」

「モテそうなんだけど」

「そこらの女子よりイケるからな」

「それ、褒めてるの?」

中条、島中、大和、横井からの評に、結城は頬を膨らませて抗議した。



「じ、じゃあ、次は結城に語ってもらおうか」

「ウェーイ」

「ああ、きたか……」

結城はミトンを外して、少し姿勢を正した。そして自分に注目している4人を見回した後、ゆっくりと告白を始めた。

「僕はね、小学校まで女の子でした」

「お、おお、女装か」

「似合いそう」

「意外感がない」

「それが自然だ」

告白を聞いても、他の4人はさほど驚かなかった。女装した結城を思い浮かべたら、結構な美少女になってしまい、少しときめいてしまったほどだ。


「うん、女の子の格好もしてたんだけどね。それだけじゃなくて、学校も普段の生活も、女の子として過ごしていたんだ」

結城は4人が思い浮かべているイメージに修正をかける。

「へえ、徹底してたんだな」

大和が感心していった。


「うーん、ちゃんと伝わってないな」

4人が思い浮かべているものが、自分の伝えたいことと、ずれているなと結城が苦笑いする。

「学校には、スカートをはいて通ってたんだ」

「おおっ」

「髪も長かった」

「見てみたいな」

「体育の着替えは、女子と一緒だったし」

「……ん?」

「トイレは女子トイレでした」

「ち、ちょっとまった!」

さすがに最後の告白に中条が待ったをかけた。

「マ、マジで?」

「うん。マジ」

「そんなのバレたら……」

「先生も了解済みだったよ」

「へ?」

ここまでで、4人の目が同様に点になっていた。

「だって、僕は女の子だったんだから」

4人の目が点になっている顔を、結城は面白そうに見回して笑った。



しばらく、部屋の中はコンロのコーという音と、鍋のグツグツという音だけになった。一人以外は石化状態で、その一人は鍋の火を調節していた。

最初に石化状態から脱したのは大和だった。

「結城よ」

「ん?」

「脱げ」

「あはは、そうなるよねー」

大和の他、中条も島中も横井も、最大の関心は結城の下半身にあった。ついているのか、ついていないのか、それが問題だ。


「ちゃんとついています。体は生まれたときからずっと男だよ」

結城が鍋の中を確認して、再びフタを閉めながら説明する。

「多重人格なのか?」

「違うよ。人格も記憶も僕ひとつ」

「性の同一性ってやつ?」

「そう。まあ、不安定だったというほうが近いかな」

「い、イジメとかあったのか?」

「体のことではなかったな。先生も協力してくれたからバレなかったし」

石化が解けた4人から次々に飛ばされる質問に、てきぱきと答えてゆく。


「自分で言うのもなんだけど、僕って可愛かったんだよね」

「まあ、そうだな」

横井が肯定する。

「だから、男子からやたらちょっかいを出されて。それには参ったな」

「ど、どんなことされたんだ」

中条が最後に取っておいたハンバーグにかぶりつきながら聞いた。


「えっとね、何回もリコーダーを持っていかれたりー」

「ぶっ?!」


「僕とそっくりのフィギュアを作られて、話しかけられたりー」

「………っ!?」


「家の中までついてこられ時は、こわかったなぁー」

「はひっ!?」


結城が「男子からのちょっかい」を思い出すごとに、中条、島中、大和が幽霊に心臓をつかまれたように反応した。結城はその反応を、実に楽しそうに見ている。


「ま、まさか……」

中条がハンバーグをくわえたまま、結城を箸で指す。

「それ、行儀悪いよ。そうだ、ちょっと待ってて」

指された箸から逃げるように、結城は立ち上がってアルバムを取り出してきた。そしてページを開き、4人の方に広げて見せる。

「ほら、これ」

「あーっ!!」

アルバムをみて一斉に声が上がる。アルバムは小学生ぐらいの髪の長い美少女の写真でうまっていた。そしてその美少女は、中条がリコーダーを盗み、島中がフィギュアのモデルにし、大和が家宅侵入までした、あの少女だった。


「空想でもなく、妄想でもなく、夢想でもなく、その女の子はちゃんといたんだよ」

結城がいたずら好きの小悪魔のように笑った。



4人はしばし、ぼう然としていたが、比較的ショックが軽かった横井が聞いた。

「こいつらが、卒アルをみてもわからなかった理由はなんだ?」

「それは、僕が卒業前に転校したからじゃないかな」

「なるほど」

次に立ち直ってきた中条の疑問。

「ゆ、結城は俺たちのこと知ってて、今ここにいるのか?」

「いいや。さっきの中条たちの告白をきいて、はじめてわかった」

それを聞いて、大和が新たな疑問をぶつける。

「島中がフィギュアと登校していたのは知ってたんだろ?だったら気付きそうなもんだと思うが?」

「島中のことは、怖かったから遠くから見るだけだったんだ」

「フィギュアのモデルにされてるのはどうやって?」

「友達から聞いたんだ。『島中が撫で回してるフィギュア、結城さんとそっくり』って」

「たしかに、それは怖くて近寄れないな」

大和が大きくうなずく。そして島中がお通夜のように俯いている。



「それはそうと君たち。僕に何か言うことはないかね?」

結城がおたまを振りながら、中条たちを見下ろして言う。

「あ、ああ」

中条、島中、大和が顔を見合わせてから、結城の方へ向き直る。


「ゆ、結城。リコーダーを盗んでごめんなさい。でも好きでした」

「勝手にフィギュアにして、ごめん。好きだったから」

「お前の家に忍び込んで、本当にごめんなさい。好きだったんだ」

そういって、中条たちが結城に頭を下げた。


「はい。よろしい」

結城も笑って、3人の謝罪を受け入れた。

「でも、みんな『好きだった』って過去形なのは、少し寂しいかも」

すねたように結城が上目気味に3人を見つめる。

「い、いやそういわれても」

「結城は確かに可愛いけど、」

「男同士は、まだ難度が高いというか……」

見つめられた3人は、それが冗談だと分っていても、本気でドキドキしてしまっていた。結城は3人の狼狽をみながら、愉快そうにコロコロと笑っていた。




「それにしても、この写真の結城はかわいいよな」

「へっへー、なかなかでしょう」

「し、島中のフィギュアに見覚えがあったのは、このせいか」

中条が島中に話しかけたが、島中は答えずアルバムから目を離さなかった。

「ど、どうした?」

「………この写真、変」

「なにが?」

島中のつぶやきに、中条たちもアルバムをのぞき込む。

「可愛すぎる結城がおかしいとか?」

「いや、それはおかしくない。そうじゃなくて、カメラ目線の写真が無い」

指摘されて改めて見ると、確かに、どの写真の結城もカメラを意識しているようには見えなかった。

「どういうことだ?」

島中は大和の質問に答えず、しばらく考えたあと結城に聞いた。


「これ、誰が撮った?」

「えっ」


結城は虚をつかれた。このアルバムは親が作ったもので、そこに写っているのは、登下校や近所で遊んでいる様子ばかりだ。しかし、そんな写真を撮ってもらった覚えはないし、もし、両親が撮ったのなら、カメラ目線の写真が無いのは不自然だ。

「こ、これ女性週刊誌のスクープ写真っぽく見えるな」

黙ってしまった結城に代わるように、中条が感想を述べた。

「盗撮ってことか?」

「でも、自分が盗撮された写真をアルバムで持ってるって一体?」

「うーん……」

みんなが腕を組んで考え込んでいる中で、横井が鍋のフタを取って、中の様子をみながら、おもむろに言った。


「俺だよ、それ」


他の4人は、横井が何を言ったのか分らず、じっと横井を見て固まってしまった。横井も鍋のフタを戻してしばらく黙っていたが、4人からなんのリアクションもないので、しかたなく再び口を開いた。


「俺の黒歴史は盗撮。好きな女の子を盗み撮りしてたんだよ」


「え?」

「ああ、」

「ということは結城を?」

「でも横井の撮った写真が、どうして僕のアルバムに?」


今日、何度目かの全体石化状態から復帰しながら、各々が驚きやら疑問を口にする。横井はその声が全部出るまで待ってから、ゆっくり答えた。

「盗撮がうちの親にバレてな。それで謝りにいったんだけど、結城の親御さんが写真を気に入ってくれたらしくてな。プリントして渡したんだ。その後データは消された」

横井は告白を終えて、4人を見回した。しかし、まだ誰もなにも言うことできない。しかたがないとばかりに、横井も結城の方にきちんと向き直り、頭を下げていった。


「結城。盗撮していて悪かった。でも、いまも好きだ」

横井も先の3人と同じように、結城に謝罪した。


「あ、うん。それはもういいよ。うん。でも……」

結城もきちんと正座して横井の謝罪を受け入れた。そして一つ質問を返した。

「最後になんて言ってくれたの?」

質問をした結城の頬は明らかに上気し、姿勢も乗り出すようになっている。中条、島中、大和も生つばを飲み込むのも憚るほど緊張して2人を見ている。そして、横井は結城をまっすぐ見て質問に答えた。


「好きです。付き合ってください」


全員、しばし沈黙。少しして、

「マ、マジかー!!」

絶叫。

「よ、横井、熱があるのか!?」

中条は横井の体調を心配した。

「18禁?」

島中は倫理コードを心配した。

「結城はみんなのものだろう?!」

大和は所有権に異議を唱えた。


横井は顔を上げているが、暗がりでも分るほど耳まで真っ赤にしている。結城も顔全体を真っ赤にして俯いていたが、やがて上目遣いに横井をみた。

「僕、もう男なんだけど………」

拒否でもなく受諾でもない、条件の確認。それに横井は一つ大きくうなずいて答える。

「構わない。俺も男だけど、昔から好きだったから」

横井は目線を外さない。結城も目を背けないでいた。そして、かなり時間が経った後、


「よ、よろしくおねがいします……」


小さな声だったが、しっかり相手に伝わるように答えた。

その瞬間、この暗黒闇鍋大会で最大の絶叫が響き渡った。





コンロの火は既に消えている。すでに照明もつけられていて、部屋は明るかった。5人は結城が取分けてくれた少し焦げたおじやを食べながら、反省会に入っていた。


「さ、最初のうちはどうなるかと思ったけどな」

「まさか、こんなことになるなんて」

「一人目のは重かった」

「島中のもきついぞ」

「大和のもな」

「横井の盗撮もね」

「闇鍋の底に希望が残っていたからいいじゃねーか」

「じ、自分で言うな」

「でも、おめでとう、だよな?」

「このリア充め」

「あ、ありがとう……」

「これは、リア充なのか?」

「好きな女が男と分った途端に手を引いたお前たちとは愛が違うんだよ。愛が」

横井のよく分らない自慢を聞いていた中条が、いままでの話に何かに引っかかった。


「よ、横井。お前さっき、風呂を覗いたとか言ってなかったか?」

「ん?ああ、昔だけどな」

「だ、誰の入浴を覗いていた?」


中条の指摘に、横井は表情をこわばらせ、額に妙な汗を浮かび上がらせていく。

「お、お前もしかして最初から?」

それっきり横井は黙秘した。他の4人も何かを察して押し黙ってしまった。そして妙な薄暗さをのこしたまま、暗黒闇鍋大会は幕を閉じた。


(終わり)

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