蛇退治
「高速移動……いや、テレポートか」
その判断を裏付けるように、二人が元々存在していたポイントからそう遠くない屋根の上に薫子と巫女の少女が姿を現した。
ふわりとした浮遊感の後、瓦屋根の上に二人が身を降ろす。彼女たちは、獲物を見失っても構わずに家屋を次々と破壊していく大蛇の様子を、恐ろしいものを見る顔で見やっていた。
「おい、ラストラウラ」
あまり時間は残されていないらしい。作品によっては珍しいことではないが、今回は緊迫している。
そもそも、最初から答えは決まっていたように思う。ヘルはラストラウラの先端を風に好きなようにさせながら、一歩前へ進む。
「介入するぞ」
「一応聞くが、どっちに肩入れするんだ?」
「人間のほうだよ」
「……ほう。そりゃまたどうして?」
「決まってるだろう」
意味もなく一拍置いた。無駄に期待感を煽ってから、ヘルは自分の考えを言葉にする。
「人を襲うヘビが、主人公の仲間なわけがないだろ」
「えー! なにそのアホ回答ッ!」
マフラーなだけあって距離が近い。ひと気がないことも相まりその声のやかましさは災害レベルだ。
「俺様その発想キライだわぁー!!」
あのヘビに気付かれたらどうするつもりだ。ヘルは危惧するが、状況はそれを許してくれない。
サーペンスが、獲物を探して首をもたげ始めているところだった。慣性から解放された先、更地と化した住宅地をフィールドに、細長い舌とともに耳障りな鳴き声で空気を震わせる。
「もっとヒーローらしいこと言おうぜ!」
「何だよそれは」
妙なことを言ってくるラストラウラの思考は意味が分からなかった。ネタバレはよくてメタ発言は駄目だというのか。
ヘルは思う。マフラーに思考回路についてダメ出しされる構図は存外、複雑な気分になるものだ。
「シュロロロ……!」
サーペンスが薫子たちを視界に捉えた。まるで笑うように身をくねらせて鳴くその動作を受けて、泣くように薫子も嘆く。
「何かぜんぜん効いてる感じしないんだけど! もう、星持ちはこれだから嫌なのよぅ! めげそう!」
「かおるこ! 諦めちゃダメですよ!?」
「……そこまでは行かないわよ、パルちゃん!」
銃を構え直しながら、言う。
しかし、その表情は一向に晴れない。冷や汗も止まってくれない。まさに蛇に睨まれたカエルだ。言い知れない不安が薫子の顔に浮かぶ。
その不安を狙ったように、不意にサーペンスの巨躯が揺れ動いた。まるで大きく息を吸うように後ろに引かれる顔。その口の端から火が漏れるのを見て、ヘルは表情を曇らせる。
「移動を捨てたか」
自発的に動かなくなったやつというのはロクなことをしない。火の意味に頭を巡らせた瞬間、弾けんばかりにサーペンスの顎が開かれる。
「えぇ!? そんなのもあるの!?」
丸呑みしていた卵を吐き出すように、そこから噴出したのは巨大な火球だった。弾けるように闇夜を焼き、目標めがけて飛来する。
薫子が驚愕に目を見開かせた。それと同時にヘルも跳ぶ。一蹴りで景色が吹き飛ばし、暴れる風を肌に感じる。衝撃で破砕した屋根瓦の音を遥か後ろに、ヘルは薫子たちの眼前まで、瞬時に移動していた。
「ーーえ?」
届いた声は薫子のものか。激しい音とともに飛来した漆黒に彼女は回避の動作をやめ、唖然とした小さな呟きを口からする。
しかし、そんな言葉よりも圧倒的に巨大な炎弾は、すでに三人の目前まで迫っていた。空気をひたすらに焼きながら熱風を生む太陽に、ヘルは着地した勢いそのままに右腕を突き出した。
「極光式・盾典!」
指先に生じた閃光が肥大する。肥大した黄光は一瞬で巨大化、厚みのある本のような形状に姿を整え、長方形の壁として炎弾の前にそびえ立つ。
「きゃあ!?」
激突。荒れ狂う熱風が四方を駆けた。
暴力的な太陽を真正面から受けとめた光の盾はビクともしなかった。一方で火球は押し負け、小型の火の玉となって住宅地に飛び散っていく。
発生した爆煙を隠れ蓑に、ヘルが声をかけた。
「大丈夫か?」
力の衝突の衝撃にバランスを崩して膝立ちになっていた薫子に左手を差し伸べる。すると、ようやく状況が飲み込めたのか、驚きに満ちていた彼女の表情に安心が含まれ、弱々しい笑みと共にヘルの手を取り、立ち上がった。
「……うん、大丈夫よ。待ってたわ、ヘル君」
届いたのは歓迎の言葉だ。
まるで、昔からの知人に対して向けるような、そんな力強い響き。それにそっけなく頷きながら視線をそらせば、その先では金髪の少女、パルが眉をつり上げていた。
「へる! どこ行ってたですかおめー!」
「タイミングを見計らっていた」
「何をこの緊急時に! おとめは今一人で敵を追ってるというのに! アホですよ! このアホー!」
きめ細やかな金髪をツインテールにした少女は、夜であってもよく映える。白と赤で構成された一般的な巫女服といい、よく目立つ少女だった。今は半分ほど怒りで隠されている、髪同様に美しい色の金眼はくりくりとしていて子供特有の純粋さをヘルに思わせる。
正直、怒られても全く恐くない。
「……悪かったよ」
ずんずんと近づいてくるパルに、適当だと気付かれない程度の熱意を持った謝罪を返す。
そのまま意識は爆炎の向こう。サーペンスを探る。
どう動く。所詮は爬虫類だ。爆炎が晴れるのを待つほどの賢明さを有しているとは思えないがーー
「ぐぇ!?」
その瞬間、ヘルは動いた。
文句を言いながら接近してきていたパルの体を引き寄せ、もう一方の手で薫子も掴んで自身に引き寄せる。
そして、間髪を入れずに跳躍。 移動させた盾典を足場にさらに跳躍すれば、真下を轟音が通過する。
「バォァアッ!」
空振りに終わるサーペンスの強襲。しかし、今度は先程と同じとは行かず、サーペンスは巨躯を凪ぐようにして方向転換。尋常ではない軌道を描いて、空中のヘルたちを視界に捉えて離さない。
「こ、今度は下からぁ!?」
再度、ヘルたちを呑まんとバネのように巨躯を跳ね上げたサーペンスに悲鳴にも似た声を上げる薫子。
ヘルの視線は金髪の巫女へと向けられる。
「パル」
「へ!? な、なんです!? 」
「薫子と一緒に逃げろ。テレポートだ」
「一緒にって……おまえはどうするですか!? 」
「あいつを始末する」
そう言うと、パルは渋面を作った。だが、時間がない。しばしの逡巡の後、パルは頷きを答えとした。
「……ちゃんと帰ってくるですよ!」
言いながら、薫子を掴んで消失。ヘルの両腕にかかっていた二人分の重みが消え、身軽になった身体で飛来するサーペンスを向かい撃つ。
「心配すんな。一瞬で終わらせる」
盾典の厚みを変えていく。数十センチあったそれを数センチまで縮小し、超巨大なパンフレットを思わせる形状まで変化。背表紙だった部位を前面に、サーペンスの直線上に設置する。
あくまで本は本。紙の集合体である以上、いくら細く創ったところで紙のような鋭利を獲得するまでには至らないもののーーだからこそ、逆に可能となることもある。
「極光一式・断異典刃!」
そこからはまさに一瞬だ。腕を振るえば盾典が吠える。夜風を切り裂き、高速回転を始めた光典は流星もかくやの速度と軌跡で空を滑り落ちーー
サーペンスを真っ二つに斬り裂いた。




