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第三章

 屋上から学校内に入る。 

 めまぐるしく階段が続くも、俺はそれを二段、三段と階段を飛ばし降りる。

 もちろん、後ろから追ってくる地獄の番犬から逃げるためだ。

「待てええええ!」

 彼女の声はまだ近い。

 それもそうだ、立花は野球部のマネージャーで、見るからにしてスポーツをやっていたような風貌。足が速いのも納得がいく。

 しかしここで捕まるわけには!

 まだ謎の人物に連絡もかけていない今、俺の行動がターゲットである立花にバレたら妹の命の解放は遠くなる。もしかすれば、謎の人物はさらに俺に脅迫をかけてくるかもしれない。

 そんな事態になってはまずい。俺は足を歯車のように回転させスピードをあげる。

 階段を下りたあと、東西に廊下が伸びている通りにでる。

 俺は左に曲がり、西へと足を走らせる。階段を下りてくる立花の足音が聞こえる。恐怖感を感じながらも、俺は廊下を走った。

「っ!」

 ふと、ある部屋に目が止まる。部屋のネームプレートがない部屋だ。部屋のドアは半開きの状態だ。つまり鍵がかかっていない。

 さらに、中に人がいる気配はない。

 間違いない、ここは空き部屋だ。

「ここなら……」

 ここならやり過ごせるかもしれない。

 俺は後ろを振り返る。

 まだ立花の姿は見えない。が、2、3秒程すれば階段を降りて来るだろう。

 なるべく部屋に入る姿を見られるわけにはいかない。

 俺は迷わず入った。

 ガラリ。 

 部屋に入った瞬間、俺は急いで扉を占める。立花にバレないように息を殺した。

 ドドドドドドドドド。

 獲物を追うライオンのような足音が、疾風のように部屋を過ぎ去った。

 …………。

 立花の足音は聞こえない。

「…………やり過ごしたか」

 俺はふぅとため息をつく。殺人鬼から逃げ延びることができたようなあんどの息が漏れた。

 緊張から解放されたせいか、俺は部屋の様子を一別できた。

 埃がよくたっている場所だった。部屋には使われなくなった機材やなんやらが置かれている。教室にある机と椅子はまばらにあり、もともとは普通の教室として使われていた雰囲気が見受けられる。

「とりあえず、電話をかけよう。立花のパンツも見ることができた。目標は達成したからな」

 俺はポケットから携帯を取り出し、妹の命を預かる謎の人物に電話をかけようとした。

 コツ、コツ。

「ん……?」

 突然、部屋の外の廊下から一つの足音が聞こえてきた。

 俺はとっさに電話をやめる。

 こんな場所で誰かに見られるのはまずい。もしこれが教師の足音だとしたら、面倒なことになる。

 俺は息をひそめる。

 さらに万が一に備えて、この部屋に入って来た時の為に、部屋内に置かれている機材の裏に隠れた。機材は幾重にも置かれており、身を隠すには十分だった。

 そして。

 ガチャ。

 部屋の扉が開かれた。

 人影はゆっくりとこちらに入ってくる。

 俺はその人物を特定するたまに、物陰からゆっくりと窺った。

 俺は目を見開いた。

「な……」

 そこにいたのは、雪葉湊だった。

 な、なんであいつがここに?

 立花ならまだ分かるが、なぜここで雪葉が現れる。

「……」

 雪葉はじっと目を細め、周りを見回す。

 まるで誰かを探しているそぶりだ。

 ……あっ。

 そこで俺は、立花と会う少し前の出来事を思い出す。たしか、俺が下駄箱に立花宛の手紙をいれた時だ。

 そういえば、あの時誰かの足音を感じていた。

 それを雪葉と仮定したなら、合点がいく。

 もしかしたら雪葉は、俺と立花がしていたことを見ていたのかもしれない。

 雪葉は、俺を探している。

 憶測だが、万が一見つかった時の為に、俺は雪葉から体を隠す。

 すると。

 ガラッ。

「吉田ぁああああ!」

 大雑把に扉を開ける音とともに人影が現れる。

 それは先ほど俺を追っていた立花だった。

 立花の息は荒く、茶色のポニーテールがふらふらと揺れていた。怒りに募った表情で辺りを見回す。

「どこいった……。って、あれ? あなたは……」

 と、立花は隣にいる雪葉に気がつく。

「……貴方も吉田君を追っているの?」

「追っているって……もしかしてそっちも!?」

「私は、弐年二組の雪葉湊……私も、彼に奪われた」

 雪葉は深刻な顔をしていう。青色の瞳を嘆くように細めた。

「う、う、奪われたって!? ま、まさかあいつに!?」

「そう……吉田君」

 雪葉はぽつりと俺の名前を呟く。

 ちょっと待ておい。奪ったってなんだ。なんかすげえ不味い事したみたいな言い方じゃねえか。確かに悪い事はしたけど、それは言い過ぎだろ。

 まるで雪葉は辱めを受けた哀しい表情をして立花と話している。立花は雪葉の話を聞くと同時に、段々と眉間にしわを寄せていった。

 これで一つ確信した。

 やはり雪葉は俺を探していたのだ。あの様子からすると、立花との一件も見ていた様子だ。雪葉も立花同様、俺に恨みを持っている。当然と言えば当然だ。

 だが、立花から逃げる事が一転、俺は雪葉と立花の両方から、逃げなくてはならなくなった。

 多分このまま二人に見つかったら、とんでもないことになる。

 なんとかして二人から逃げなくては……。

 と、その時である。

 ピリリリリリリリ。

 まるでタイミングを図ったかのように、携帯が鳴った。

 俺の携帯だ。

「!」

「!」

 雪葉と立花は同時に顔を見合わせる。

「今のって!?」

「…………行ってみよう」

 二人は一気に、こちらを振り向く。

 嘘だろおい……。

 二人は音に気づき、ゆっくりとこちらに近づく。 

 まだ俺の姿は視認できていない。機材の奥の奥に、俺は隠れ潜んでいる。

 どうする? どうやって逃げる……。

 そして、二人はとうとう俺の近くまでくる。雪葉の蒼瞳と立花の緑瞳が俺がいるところを捉えた。

 ……仕方がない! なら!

 咄嗟に思いついた案を俺は実行する。

 瞬間、ホコリまるけの機材がぐいっと開かれた。

「見つけ……!」

「……っ!」

 二人が俺を捉えた瞬間、二人の反応より先に俺は行動していた。

 両手を使い、バッ! と上にあげる。

 右手は瞬時に立花のスカートを、左手は雪葉のスカートを。

 俺は、二人より先に近づき、同時にめくり上げた。

「ひゃん……っ!」

「っ!」

 咄嗟に起こった出来事に反応できない二人の間を、俺は一瞬でくぐりぬける。

 右には立花の黒いランジェリーパンツが、左には雪葉のクマさんパンツが、俺の視界の両端をすり抜ける。

 またこれを見ることになるとは正直思っていなかったが、この際仕方がない。俺は二人のスカートを捲ったあと、置いてある機材をよけまくり、この部屋の扉で全力疾走で駆け抜ける。

 俺はそのまま廊下に出た。

「待て! この変態!」

「……一度ならず二度までも」

 すかさず二人の怒りに満ちた声が聞こえる中、俺は廊下を走って行く。

 そして、先ほどまで鳴り響いていた携帯に俺はでた。

 犯人からの電話であった。

「も、もしもし!」

『やっと繋がったか。そろそろ見れた頃だろうと思ってかけてみたが……見れたのか?』

「ああ! みたよ! 黒のランジェリーだ! それより今追いかけられてんだよ! こっちは!」

『……………二人に、追いかけられている?』

 俺は犯人と会話しながら、廊下を突っ切り階段をまた降りる。

「アンタの要求通りに立花のパンツを見たけど、向こうが怒り狂って追いかけてきてんだよ!」

『! ……そうか。分かった』

「それで妹の命は!?」

『それは……』

 と、いったところで、俺は足を止める。そのまま動くことができなかった。

 階段を降りた先には、立花が待ち構えていたからだ。

 そのすぐあと、立花のあとを追うように雪葉が現れる。

「……速い」

「ごめんごめん。でもなんとか捕まえたよ。雪葉さんの言う通り、先回りして正解だったね」

 立花は片目でウィンクしながら雪葉に言う。

 可愛い緑瞳は雪葉を捉えたあとに俺を見ると、すかさず吊りあがる。

「……う」

 立花と雪葉は俺の行動を読み、別のルートから先回りしていたようだ。

 部屋を出てやっと逃げれたと思ったが、それは間違いだったみたいだ。

「さぁ、大人しくしな」

「……」

 俺は電話を切って、そのまま二人に拘束される。







   ◇







 学校を駆け巡った死の逃走は終わり、俺は二人の女子に拉致られ、二年二組の教室に連れて行かれる。

 今、教室には誰もいない。尋問するなら最適な場所だった。

 俺の両腕を拘束していた立花は、力を解く。

 そしてそのまま突き放し、教室の奥……詳しく言うなら角に追い詰められる。

「……」

「説明してもらおうか?」

 雪葉はただただ真っ直ぐ見つめている。蒼い瞳が鋭く俺を捉える。

 立花は拳を鳴らし俺を威圧している。屋上で見せた純情キャラはどこへやら、前髪から覗く緑色の眼は怒りに満ちている。

「そ、その……」

 俺は言葉を詰まらせた。

 まさかこんな状況になるとは思っていなかった。

 今は明智という頼れる参謀もいない。

 だからといってあいつに電話もできない。

 絶対絶命、俺は窮地に立たされる。

「アンタさ、よくあんなことできるよね?」

「……」

「さっき雪葉さんから聞いたんだけど、彼女にも手を出していたらしいじゃん? どういうこと?」

「それは……」

「…………言い訳は無用」

「……」

 もう、しらを切り通せない。

「その……脅迫、されていたんだ」

「は?」

「……誰かから脅迫されていた?」

 雪葉が俺に追及する。

「……そいつは、俺の妹を人質に取った。解放してほしかったら、……その、言われたんだ、お前らのパンツを見ろって」

「…………それが私達にしたこと?」

「ああ」

 俺は頭があがらず、雪葉達の問いに答える。

 しかし。

「それ、本気で言ってんの?」

「ほ、本気だ!」

「…………それはうそ。ありえない」

「嘘じゃねえ!」 

 彼女たちは、俺の言う事を信じてくれない。 

 考えてみればそれもそうだ。

 妹の命と引き換えに女子のパンツを見ろだなんてバカげた話、あるわけがない。 

 だが、現実では本当に起こっている。

 そして俺は、それを本気で実行している。

 どんなことであれ、妹のためなら俺はどんなことでもする。

 例えどれだけバカげたことでも。

 どんな……バカげたことでも……。

「…………っざけんじゃないわよ!」

 ガッ!

 俺は襟首を大きく持ち上げられ、頭を壁に打ち付けられる。後頭部に鉄の塊を喰らったかのような衝撃が走った。 

「…っ!」

 あまりの痛さに俺は視界がもうろうとする。

 目の前には、今まで以上に眉間にしわを寄せた立花がいた。

「……どこまで脳味噌が腐ってんのよ!? 自分がやったこと分かって言ってんの!? 妹の為だか知らないけど、そんなくだらない言い訳してんじゃないわよ!」

 ……?

 くだらない? 

 瞬間、俺は自分の中で超えてはいけない線を越えてしまった気がした。

 怖気づいた気持ちは失せ、たちまち怒りが込み上げてくる。

「好き放題言ってんじゃねえぞ……」

 俺は目を見開き、たちまち首を握っている立花の手を強引に掴み、思いっきり振りほどいた。

「きゃっ!?」

 俺は怯んだ立花を睨む。まだ怒りはおさまらない。

「てめえらには分からねえだろうな」

「……」

 雪葉は突然のことに動揺したのか、一瞬肩を震わせる。

「俺はお前ら女って存在が嫌いで仕方がないんだよ」

「っ……」

 一瞬、立花の表情が歪む。

 しかし構わない。

 俺は言葉を続ける。

「表向きは仮面を被った顔で、裏では汚い自分の感情をおおっぴらにする。俺の妹はそういう奴らに嫌な思いさせられたことがあんだよ」

 俺は我を忘れて言い続ける。まるで狼が、誰にもぶつけられない痛みや怒りを、月に向かって嘆き吠えるさまに似ていた。

「あいつは俺が守ってやらないといけない。そんな妹を人質にとられたなんて聞いたら、どんなバカげたことでも黙ってられないんだよ!」

 俺がこうやって行動しているのは全て、愛する妹のため。

 どんな奴に何を言われようが、どうでもいい。

 それにこいつらだって……。

「雪葉、お前はいつも黙っているけど、どうせ裏ではどいつもこいつもって見下してんだろ? 立花だって同じだ、野球部の連中にはあんなふうに健気な姿見せてるけどよ、汚い事考えてんじゃねえのか!?」

「そんなっ………!」

「お前らだって同類だ。女ってのは欲望に忠実で、相手のことなんて何一つ考えず、自分の快楽のままに感情をぶつけるクソッたれた生き物なんだよ! どの女だって変わりない! クズなんだよ!  俺は………そういうやつらが………一番きら……!」

 と、俺が言いかけた時だった。

 言葉が止まった。

「………そんな、そんな言い方……。っ」

「……」

 二人の眼を見てしまった。

 雪葉は蒼い瞳を細め、今まで見たことないくらいにつらい表情をしている。

 茶髪から見える立花の緑瞳は、うっすらと涙を浮かべ、今にも泣きそうな顔だ。

 頭の中で、二人の姿が妹と重なる。

 友達と思っていた女子達に裏切られ、虐められてきた妹の表情と……急にかぶってしまったからだ。

 俺は……一体何を言っているんだ……。

 そう思ってしまったら、もう言葉が続かなかった。

「……っ」

 その時。

「おまちください!」

 一人の少女の声が、殺伐とした雰囲気を吹き飛ばした。

 そこに現れたのは、驚愕の人物だった。

「い、市夏!?」

 俺はその名前を呼ぶ。 

 体を曲げ、つらそうに息を吐く市夏が現れたのだ。

「い、市夏ちゃん!?」

「………市夏さん?」

 立花に続いて雪葉も、市夏の名前を呼ぶ。……え? 知り合い?

 市夏はそのまま真っ直ぐ歩き、俺たちの前でとまる。

 すると、市夏は腰をおろして両膝を床に付ける。そのまま大きく土下座をした。

「申し訳ありませんでしたっ!」

 今までの市夏の性格からは考えられないほど強さを感じる声音だった。

「ちょ、お前いきなり何やってんだ!? っていうか、え? なに? どういうこと?」

「あ、あたしもよくわからないんだけど?」

「……もしかして」

 先ほどまでの喧騒はどこへやら、困惑する俺と立花。

 しかし雪葉だけはそれとなく状況を理解した様子だった。

 と、そこに。

「おっとっと、これはすごい展開になってるなぁ〜、信長」

 もう一人の人物が俺たちの前に姿をあらわした。

「明智!?」 

 俺がびっくりして名前を叫ぶも、明智は相変わらずの表情で「やあ」と手を振る。

「ほらほら、市夏ちゃんも、顔をあげて」

「……」

 明智が市夏を促し、土下座を辞めさせる。

 あまりにも不自然な市夏と、あまりにも自然な明智の様子を見て、俺は混乱する。

「明智、これどういうことだよ?」

「………………そういうこと、なのね」

「お? どうやら雪葉さんは気づいたようだな?」

 明智はしばらく考えた後、いつも通りのニヒル顔で答えた。








   ◇ 






「本当に、申し訳ありませんでした」

 またもや市夏は二人に向かって頭を下げる。

「い、市夏ちゃん……」

「立花先輩、それに雪葉先輩、今回の件は全て私が発端なんです」

「どういうこと?」

 立花はしどろもどろになりながらも、市夏に聞く。

「私が兄さんに、変態行為を脅迫した超本人なんです」

「え………? そ、そう、なの? っていうか!? あれ、マジの話だったの?」

 状況を半ば理解していない様子の立花は、俺を見た。

「……」

 俺は妹の発言に終始驚愕したままであった。開いた口がふさがらないとはまさにこのことである。

「まぁまぁ信長。お前が驚く理由も分かる。でもな、市夏ちゃんはお前のために行動を起こしたんだぞ?」

「俺の為?」

「……兄さん。このたびは騙してしまって本当に申し訳ないと思っています……」

 市夏は、ぽつぽつと俺達に経緯を説明しはじめる。

「兄さんは、私が中学の時に深い傷を負った事に気を遣っていたことは承知しています。しかし、そのせいで兄さんも……異性を信じれないと言う問題を抱えてしまった……だから、私は行動を決意したのです」

「俺の問題?」

「分からないか、信長? お前のその、異性に対してのコンプレックスを直すためだ」

 明智に指摘された瞬間、俺は何か大きなことを理解したような気がした。

「……俺の異性嫌いを、治すため?」

「はい」

 市夏はきっぱりと答える。

 その様子を見る限り、相当の覚悟をしてきたんだろうと俺は思った。

「そこで私は、兄さんの親友である明智さんに相談しました。私一人ではどうすればいいか分からなかったもので……」

「そう。それでオレは市夏ちゃんから話を聞いたんだ」

「…………………この変態行為を計画したのは、明智君」

 そこで雪葉は変わらぬ表情で明智に言う。

「ご名答。そこで俺は彼女に提案したんだ。『謎の人物が妹を人質にとって兄を脅迫し、その流れから兄を変態的な行為を指示して、異性になれさせる』っていう筋書きをな。わざわざオレの友達の友達から携帯借りて、さらには通販で変音器まで買ってカモフラージュしたんだからな。結構大がかりだったんだぞ?」

「私は明智さんの考えを聞いた時はその計画に驚きを隠せませんでした。でも、兄さんが異性への魅力を感じてもらうためには、無理やりにでもそうしなければならない……私は覚悟をしました」

「そして、その変態行為を実施するターゲットは、当時、市夏ちゃんの事をよく思っていた雪葉さんと立花さんに決めたんだ」

「……本当に申し訳ありません。私の面倒を見てくれた先輩方には、もう酌量の余地もありません。でも……私はどうしても兄さんの悩みを解消したかった。私なんかをずっと相手にせず、もっと色んな異性の方の魅力を知ってほしい。そうしたら兄さんは絶対変われる。そう思う気持ちが強くて押さえられなかったんです……」

 市夏は深刻そうに頭を下げる。

「雪葉さん、立花さん。許しをこうつもりはありません……煮るなり、焼くなりしていただいて……」

「そ、そんな物騒なこといわないでよ! 市夏ちゃん!」

「……え?」

 市夏はポカンとした表情で、立花を見る。

「………………市夏さんは、吉田くんのために行動しただけ」

 その隣で、雪葉はぽつりと言う。その表情に冷たさはなく、どこか温かみを感じた。

「初めて知り合った時から、市夏ちゃんは人を簡単に裏切るような人じゃないって思ってたから。そんなに悲しくならないでよ。全部、吉田君のためだったんでしょ?」

「……立花先輩」

「…………私は市夏さんのこと、嫌いになってない」

「……ゆ、雪葉先輩……うっ。うう」

 市夏の顔から涙が溢れだしていた。

 高校に入学してから、どうやら俺が知らない間に市夏はいい出会いをしていたようだった「。

 自分が妹を守ると意地を張っている間に、市夏はいつのまにか成長していたんだ。

「えーと、つまり」

 そこで立花は頭に手をあてる。

「市夏ちゃんは、吉田君のシスコンを治すために、吉田君に脅迫していた、っていうことだよね? ん? でも待って」

 しかし、立花にある疑問点が浮かぶ。

「元から市夏ちゃんは、吉田君が、へ、へ、変態……行為を必ず行うって断言できたのかな?」

「どういうことだよ? ていうか俺のことをさりげになくシスコンいうな!」

「はぁ? 言ってること間違ってないじゃん。ってまぁそれは置いといて……。あたしが気になるのは、手段」

 立花はポニーテールをふぁさっと揺らし疑問を投げかける。

「手段?」

 俺はぶっきらぼうに立花に聞く。

「手段を考えないと、そう簡単にその……女子の……ああもう! その、は、は、はいているものが見れないんじゃないの!? ってあたしは言いたいのよ! いきなりの、のぞかせてくださいなんて頼みこめるわけないし!」

「なに怒ってんだよ……」

「うっさい! 変態!」

 立花は威圧するように俺に叫ぶ。

「…………それも全部……明智君が吉田君を誘導していた……ということ?」

 突如、雪葉の言った言葉に俺たちは耳を傾けた。

「おお…………。流石、数々の本を読んできている雪葉さんだけあって、鋭さはピカイチだ。名探偵ってやつだな」

 明智はしてやられたかのように手を頭に当てる。

「ご察しの通り。オレが信長に提案した作戦は全て、信長に異性と接触しやすくするように仕向けた事なんだ。……何処で気づいたんだ?」

「…………おかしいと思っていた」

「どういうことだ?」

 俺は雪葉にたずねる。

「…………吉田君が……図書室来た事は一度もないから」

「あ……」

 俺は雪葉の言っていることに合点がいく。

 雪葉は、昼休憩何度も図書室へ行っている。それだけ毎日行けば、顔見知りにも違和感がないはずだ。

 しかしそこにわざわざ俺が現れた。雪葉さんはその時点で違和感を感じていたのだ。

「…………だから、あのあと………吉田君の動向を…………探っていた」

「そうか……玄関で聞こえた足音は、お前だったのか」

「…………うん。でも、探っていたのはもう少し前から」

「え?! い、いつから!?」

「貴方が…………朝、グラウンドで………明智君と話しながら……立花さんをみていたところから」

「えっ!? そうだったの!?」

 雪葉の探偵に勝る調査話を聞いた立花は俺を見る。

「まさかあそこをお前に見られているとはな……。オレもやられたものだ」

 明智は見事に策を破られた武将のように、メガネを指で押さえていた。

「そういえば……さっき市夏ちゃんから、『追いかけられている』って話を聞いた時は驚いたよ。オレはてっきり、信長が相手にバレないようにパンツを覗いているものだと思ってな……」

「…………私の時は、派手にされた」

「そうなのか? 信長」

「あ、ああ……。けっこう、ハデに?」

「おいおい……。オレはさいしょ、お前から聞いた時は普通そうだったぞ……。ん? じゃあなぜ、雪葉さんは見られた時に信長を問い詰めなかったんだ?」

「…………さっきも言ったはず……吉田君は一人で図書室には来ない……絶対におかしい……。だから……裏に居る人物を……あばきたかっただけ」

 雪葉の蒼い瞳が鋭く光る、まるでそれは犯人のトリックを暴きだしたあとの満足に浸っている表情だった。

「なるほどなぁ……。オレの完敗だよ。そこまで鋭いとは」

「…………これで、話の大方は、理解できた」

「あたしも、市夏ちゃんがどれだけのことを思って、こういうことをしたのかもね」

「………同感」

「う、うう……」

 俺は市夏を横目で見る。

 少しは涙が収まったものの、市夏は丁寧に二人に頭を下げる。

「本当に、本当にすいません……うぅ」

「泣きすぎだって! もう〜」

「…………泣いている市夏さんも……可愛い」

 立花と雪葉は、泣きじゃくる市夏を包みこみ、しなやかな腕で抱きしめた。

「先輩ぃ………うっ。う……」

 右から雪葉が、左から立花が、それぞれ膨らみのあるなめらかな胸で市夏を挟んでいる。遥か先までも鮮明に映し出すような雪葉の蒼い瞳と、誰よりも真っ直ぐに透き通った緑の瞳が、市夏を見守っている。

 温かく抱擁感のあるもので、まるで仲のいい三人姉妹を見ているようだった。

 市夏は、本当に成長した姿をしていた。

 行動力は人一倍あるものの、清楚たる宝石のような美貌を持った妹は、思っていたよりも固かった。

 ふと、俺は妹の左右にいる二人を見てしまう。

 なんでだ。

 俺は、あんなに異性を嫌っていたのに。

 あんなに妹を可愛く思っていたのに。

 なんでこんなに、二人が美しく見えるのだろう。

 妹の美貌が二人を眩しくしたんじゃない。

 自然のような温かさと青空のような凛々しさを放った宝石が、俺の双眸に強く残っていた。

 二人が、とても可愛く見えていた。

 そこで。

「さってと」

「…………吉田君」

「へ?」

 雪葉と立花は、視線を市夏から、俺に移した。

 鮮やかな黒髪から覗く青い眼と、健気なポニーテールの茶髪から見える緑色の瞳が、俺を見る。

「あたし達の、見た罰として」

「………………なにか、してもらいましょうか」

 市夏に向けていた表情とは打って変わり、二人は小悪魔のような笑みを浮かべていた。

 二人のしなやかな腕が、市夏を間にして交差し、魅惑的で、背徳的な何かを感じさせる。

 な、なにその怖い眼?

「おおお! 良かったな! 信長! これはどうみても和解フラグだぞ! お前、一気にモテモテになったぞ! 市夏ちゃんに協力した俺の苦難も報われるわけだ! はっはっは!」

「他人事みたいに言うなよ……」

 笑う明智をよそに、俺はよくわからない嫌な予感を感じていた。



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