第二章
翌日
白く燦々とした太陽が昇り始めたころ。
俺はとある場所に来ていた。
「ほら! もっと声出してー! ファイト!」
健気な女子が大きな声をかけている。
グラウンドで走りこむ野球部員たちは、部活によくある掛け声を発していた。
整備されたグラウンドで練習する野球部たちをよそに、俺はグラウンドの周り、網がかけられたフェンスの外側にたっていた。
もちろん姿が見えないように、遠い所から眺めている。
俺は、一人の少女に目をつけていた。
揉波高校二年三組 立花瀬奈。
機敏そうな茶髪を一括りにしたポニーテールが特徴的で、キリっとした緑の瞳は潤いがあり、前向きな明るさを感じる。
立花は強気な声で野球部員たちをサポートしている。時には厳しく、時にはその笑顔で部員に接している姿がよく映った。
この野球部には監督が見当たらない。顧問はいるが、立花にまかせっきりである。さしずめ立花が指揮を取っているんだろう。
「ふむふむ、あれが次のターゲットだな、信長?」
「うぉ……来てたのかよ」
隣を見れば、いつのまにか明智がいた。
メガネは賢そうな輝きを放っており、まるで山の上から敵を見下ろしているような武将のようである。
「ああ、さっき来たばかりだ。どれどれ? ほほう……なかなか強情さを感じるタイプの女子だな。二次元に例えていうなら、落ち込んでいる主人公に『いちいちクヨクヨすんな! バーカ!』とか声をかけてきそうなタイプだ」
「お前もよく二次元に例えれるな……」
「伊達に二次元を研究していないからなぁ、フフ」
明智はいつものようにメガネを光らせる。
しかしこの大胆不敵さが、俺を助けているのも事実である。現にこいつの力がなければ、雪葉のパンツを拝む事はできなかっただろう。
「昨日は御苦労さん。うまくいったか」
「とりあえずな……。でもおかげでちゃんと見れた。ありがとな」
「礼をには及ばないさ。…………でも、また犯人から要求を受けたんだろ?」
「ああ……しかも今度は、野球部のマネージャーときたよ」
「なんでまたそんな子をターゲットにしたのかねぇ……」
「俺が知りたいよ……。それに今回は、ちょっとやりづらいな」
「なぜ?」
明智は不思議そうにたずねる。
「……あんな気の強そうな子を見ていると、昔を思い出しちまうんだよ」
「……市夏ちゃんのことか」
「ああ……」
俺は中学の時を思い出す。
◇
妹は、よくいじめられていた。
その大半は体育会系の女子がほとんどである。女子バスケやバレー部員の他にも、男子の方でマネージャーをやっている女子もいた。
清楚美人。誰からも好かれ、どの男子からも好意の眼差しを送られていた妹は、色々な女子達の嫉妬や憎悪の対象になっていた。
当時、妹の友達だった女子も裏切り、いじめていた。
さらには、俺の知っている女子もいた。
妹と仲良く話している姿をよくみかけたこともある。俺にも健気な笑顔であいさつしてくれた子もいた。
俺が……それに気づいたのは、ある日の女子トイレでの喧騒だ。
たまたま通りかかった俺は偶然、とある声を耳にする。
泣き叫び、必死に抵抗する少女の声。
それは紛れもなく、市夏の声だった。
俺は我を忘れ、女子トイレの扉を蹴り破る。
ひどいものだった。
妹の体は泥だらけで、制服も無残によごれていた。
水に濡れた前髪が、捨てられた子犬の毛並みとよく酷似していた。
妹の泣き顔をみた瞬間、俺はなりふり構わず怒鳴りちらしていた。
『お前ら……人の妹に何しやがる!』
激怒した俺に怖気づいたのか、いじめていた女子達はその場から立ち去り、残ったのは俺と、びしょぬれになっている妹だった。
『ごめん……気づいてやれなくて』
俺は謝るも、妹は気を使っているのか涙声になりながらも首を横に振る。
『……ごめんなさい』
『市夏……』
市夏は誰よりも美人だと、俺は思う。
どんな男子も虜にするほどに美しい。
うらめかしいと思ったこともあるが、それが妹の魅力なのである。
本当の意味で清らかな黒髪を持った妹は、俺にとってとてもかけがえのない存在だ。
『……お前は、俺が守る』
そういって、俺は強く妹を抱きしめていた。
◇
「おい、信長」
明智の一言でわれにかえる。
心に溜まった汚物が、一気に吐き出されたような気分になった。
「……あ、ああ。わりぃ」
「過去に入り浸りすぎだ。過ぎたことをどうこう考えたって仕方ない」
「別にそういうわけじゃねえよ……。ああいうタイプの女子を見ると、思いだしちまうっていうか……」
「あのな。誰もがそうとは限らないだろう」
俺の弱気を、明智が払う。
俺の妹の事情も、明智はよく知っていた。
だからこそ、こうやって腐れ縁だったりするのだが。
しかし、今日の明智は少し違った。
「それに妹のこと、大切に思いすぎじゃないか」
何か引っかかるもの言いに、俺は困惑と少しの怒りを覚える。
「…………どういう意味だよ」
明智は市夏のことで追及してくる。
俺は強く聞き返す。
「大事な妹のことを考えない兄なんて、いないだろ?」
「はっはっは〜。…………分かってないなぁ。信長は」
しかし、明智はひょろっとした表情で俺を見ていた。
「な、何がだよ?」
「だからなぁ。さっきも言っただろ? 過去に入り浸りすぎだって」
「……へ?」
俺はいきなり調子を崩される。
「まぁ、お前のそういうほっとけない人間を守るのは、悪い所じゃないんだけどなぁ」
「はぁ……」
明智はいつものようにニヒルさを醸し出し、俺を諭す。
俺はますます明智の言っている意味がよくわからなかった。
「んで、よ。明智……」
しかしこれ以上言及しても仕方ないため、話を戻す。
「分かっているぞ。彼女の攻略法だろ」
「ああ……」
俺たちはグラウンドの外側にある、石畳のベンチに腰かける。
「次のターゲットは、野球部のマネージャーである立花瀬奈だ。彼女は見た目の通り、活発なタイプだ。そのためか色々な人間と交流が深い」
「ホント見るからにして、そんな感じだもんな」
俺は座ったまま、立花を見る。
ジャージ姿が滑らかな曲線を描いており、大きな胸が動くたびに跳ねている。
「まず特徴としては、さっきも言った通り、彼女は活発なため他人との交流が広い……」
「交流が広い……。そういえば彼女の噂も聞いたことがあるな。クラスでも結構人気者だとかどうとか……。またそんな相手にどうやって近づけばいいんだ? 雪葉さんの時と違うし。それに俺、全然面識がないぞ?」
「簡単だ。交流が広いということは、それだけ他人との関係を大事にしている。しかし、そんな周りから評判のいい女子なんてそうそういない。自分を取り繕い、外回りのメンツを大事にしているタイプなんだろう。そこをつけばいい」
「どういうことだ?」
「信長」
「……ん?」
明智はそう言うと、またもやかばんから何かを取り出す。
「これは?」
俺は明智から渡されたものをまじまじと見つめる。
黄色い紙で封を閉じてあり、中にはなにかしらの文がかかれた紙が入っているものだった。
「これはもしや……」
「そう、ラブレターだ」
「ら、ラブレター」
俺の反応を見た瞬間、明智の四角いメガネが光る。
「そう。この手は古臭いと言われがちだが、ああいうスポーツ系の女子、特に周りから評判のいい女子には効果がある。告白どうこう以前に、自分のキャラクターイメージを保つことを考えるだろう。もしここで無残に破り捨てたり、断ったりでもしてみろ。仮に誰かがそれを目撃したとしたら、次第に『立花さんは表向きは優しそうでも、裏ではああいう感じなんだ』とか噂され、彼女の評判は大崩れ。化けの皮がはがれちまうってことだ」
「はぁ…………。なんとなく言いたい事は分かるけど……。で、これをどうするんだ?」
「まだ分からないか? お前がこれを、彼女の下駄箱においてくるんだよ。この手紙には『屋上に来てください 二年二組 吉田より』と書かれている」
「はぁっ!?」
俺はびっくりして背中から床に落ちそうになる。
「それってつまり…………あいつに告白しろってことか? 冗談じゃねえ……」
「まてまてそういう意味じゃない。オレの話を聞け。……さっきも言ったが、立花瀬奈は周囲から評判がいい、キャライメージを大切にしているんだろう。そんな彼女がこの手紙を見たら、どうすると思う?」
「……あぁ、なるほど」
俺は明智の説明に納得する。
人との関係を大事にする立花に、告白フラグをビンビンにたたせた行動をしたとする。
立花の人柄を考えたら、どんな告白ムード満載な空気を醸し出した出来事でも、絶対に断らない。
彼女は自分のキャライメージを大切にする。
どんな他人でも、うざかろうが嫌だろうが、断ることはない。彼女は屋上に来るだろう。
そうなれば、『二人だけの状況』を作ることができる。
「屋上に彼女を誘い込む。そこでパンツを見るチャンスが生まれる」
「……流石だな、明智」
「伊達にギャルゲーをやりつくしてきたわけじゃあないぜ。今のシチュエーションだって……そうだな。『見知らぬ男子に告白される』というシーンはストーリーの冒頭によく使われるな。まぁ大抵は失敗で終わるんだが」
「はは……。あ、そうだ。時間帯はどうすればいいだろう?」
「時間帯は、放課後がベストだな。そんな時間に屋上にいくやつはいるまい。ウチの屋上は古臭いから、あまり人もよりつかないからな。早く帰るか、部活にいくかの二択だ……。まぁ、屋上で活動する部活があったりだとか、よっぽど屋上好きな集団がいない限り、人はいないだろう」
「よし……。おおかた決まったな。今日の放課後に、決行しよう……」
「屋上に誘い込んだところで勝負だぞ、信長。あとはお前の心意気にかかっている」
「わかってる」
俺は明智を手で静止する。
正直、昨日の雪葉の一件で十分に度胸はついた。パンツを間近で見たんだ、度胸がつかないほうがおかしい。
「なんとかやってみるよ」
「おお。その意気だ、信長」
「いつも悪い。助けてもらって」
「気にするな」
俺は明智にそう言ってから、教室に戻った。
◇
学校内の玄関。
俺は明智からもらった手紙を持ち、目的の場所まで来ていた。
「えーと、二年三組の下駄箱は……ここか」
さらに俺は、『立花瀬奈』の名前を見つけるため、周囲に怪しまれない程度に探す。
「あった」
俺は立花の靴が入った下駄箱を見つける。立花の靴は淡いピンク色で覆われたスニーカーだ。
見かけによらず可愛さを見せる靴だったため俺は少しギャップを感じた。
「へぇ、強気そうに見えたけど、案外可愛い趣味してんだな……」
そこで、俺は自分がとんでもないことを言った事に気づく。
……可愛いだと?
俺は首を横に振って、脳の奥から湧き出る妄想を否定しようとした。
ピンクのスニーカーを履いている立花の姿が浮かんでいた。茶髪のポニーテールが揺れ、その前髪から見える強気な緑瞳はしっかりと俺を捉え、にこやかにほほ笑んでいた。
馬鹿馬鹿しい妄想だ。雪葉との出来事に頭をやられてしまったか?
そこで、俺の頭の中で立花の隣にもう一人の人物が浮かぶ。
つりあがる青色の瞳を細め、寡黙で冷たそうな表情をしながらもにこやかに笑う雪葉の姿だった。
くだらない、馬鹿馬鹿しい。
何を考えているんだ俺は?
ああいう女達だからこそ、人を簡単に裏切る。妹をいじめてきた女子達だってそうだったろ。
朝の明智の説明通り、表向きでは自分を取り繕い、裏では人を散々に見下しているに違いない。あの野球部員達ともそういう風に接しているだろう。
俺は異性が嫌いだ。
妹を除いて、女子の性格はクソったれに決まっている。
右手に握っていた手紙を投げ捨てるように下駄箱に突っ込み、俺はその場から去ろうとする。
トッ。
「……ん?」
妙な音が耳を突き抜ける。
それは物音とは少し違う……そう、いうなら足音だ。
俺はその音がした方向に振り向く。
「……気のせいか?」
しかしそこには誰もいない。
実際、それっぽいような音だったが、空耳の可能性もある。
俺は気にせず、玄関をあとにした。
◇
そして、放課後を迎える。
授業を終えた生徒たちが帰る中、俺は緊張しつつも、立花を待っていた。
数分前のこと。
俺は昼休憩、こっそり立花瀬奈の下駄箱に、手紙を入れた。
内容は「今日の放課後、屋上にきてください」だ。もちろん、名前入りで。
屋上の風はささやかだ。涼しさはあるものの、変な寒さはない。こんなに快適なのに人がいないのが珍しいと思えてしまうほどだ。
トッ、トッ。
足音が近づいてくる気配を感じた。
くる…………。
俺は身構える。
別にゲームのボス戦前というわけではないが、そんな緊張感を感じずにはいられなかった。
やはり、立花のような勝気さ&スポーティ感100%な女子を見ると、どうも昔に起こったことを思い出してしまって、ついつい身構えてしまうのだ。
そして、ついに立花が俺の前に現れた。
ガチャ……。
「失礼しまーす……」
ドアの奥から強気さを感じる茶色のポニーテールが特徴の女子が見えた。職員室でもないのにぎこちなさそうな挨拶をして入ってくる。
緑色の瞳が印象的なつり目が一瞬、俺を捉える。
「……」
俺はひるむものの、表情に出さない。
「あっ! も、もしかして! ……君が、吉田君?」
「あ、ああ……」
そう言うと、立花はその緑瞳をパッと見開き、お辞儀をする。
「あ、あたし、立花瀬奈です。そのー、えっと……君から手紙をもらったんだけど……」
「……え。あ、あぁ……そ、その……」
俺は、妙な違和感を覚える。
どういうことだ?
朝に見た勝気度全開のキャラクターなら、もっと自分のキャラを立たせて積極的に色々と言ってくるはずだ。『あたし、立花瀬奈、とりあえずよろしく!』とか、告白なんて関係なしに接してくるような反応を予想していたのに……。
演じているのか……。
しかし……。
「あ、あのね。あ、あ、あたしもこんなふうに呼ばれるの初めてっていうか……ちょっと、びっくりしてて。手紙なんてもらうのも、初めてだし……あ! ご、ごめん! 君が話している途中だったよね! あ、あはは……」
立花はしどろもどろに手をあやふやさせ、笑って謝る。
瞳はウロウロしており、ときたま俺を見ると変な声をあげて目をそらす。
「……」
なんだこいつは?。
おまけになんでこいつは、こんなに顔を赤くして俺を見ているんだ?
こんなやつ、俺が見てきた女子の中にいたか?
………もしかしてだけど、もしかしてだけど、これって俺に惚れてるんじゃないの?
って、そんなわけねえよ。
……落ち着け、俺。
俺は頭を振って妄想を取り払う。
こいつも同じだ。
多分、相手はこうやって初々しさを見せているだけだ。もしかしたら、裏では面倒くさいとか思っているのかもしれない。そう、演じているんだ……。
張り切っている女子なんて、所詮そんなもんだ。
どうせ、相手に期待だけさせて裏切るパターンなんだろう。これだから異性はキライだ。
頭を切り替えろ。今は相手のパンツを見ることが目的だろ。
「その、立花さんは……」
「は、はぃ!」
立花は変に声を上げて答える。
「た、立花さんは……や、野球部のマネージャーだよね……」
「う、うん……? そ、そうだけど?」
俺は普段と見違えるほどにボソボソと呟く。
今回は手鏡はない。正々堂々捲る。
作戦のポイントは方法ではなく、その『シチュエーション』にある。
俺は覚悟を決め、一歩前に出る。
「へ、へへへ……」
「? ど、どうしたの? い、いきなり」
「その……お、俺……実は……ずっと見てたんだ。立花さんのこと」
俺は声を一気に低くした。
「!」
次に俺がとる行動は、『ひたすら相手を怖がらせること』。
『知らない他人がどこかで見ている』という恐怖に、女性は敏感に反応する。
愛の告白かと思いきや、実は君のストーカーだったということを知らしめる。そういう逆転悲劇を演出するのだ。
実際『ずっと君の事が好きでした! 付きあってください!』なんて言われた喜ぶ女子なんていない。殆どが『キモイ』『うざい』と思うかだろう。
『二人きりの状況』はクリアしているものの、『パンツを捲りやすい状況』かといえば、違う。
だから、告白する純情な男子を一転させストーカーを演じ、近づいて近づいて、怖がらせる。
「お、お、お、俺……もう」
「よ、吉田……君?」
ポニーテールからいつもの迫力は感じず、まるで怖がっている犬の尻尾を思わせる様子で、元気印である緑色の瞳は、今では不安そうに俺を捉えている。
よし…………。いける。
俺は顔をにやつかせ、興奮したようなフリをしながら立花に近づく。
この行動の狙いは、相手が『近づかないでよ!』とか『いや……やめてよ!』とか、ストーカーにいいそうな事を言わせるような精神状態にさせること。
そうなると、その精神状態では相手の行動なんて見る余裕はない、自分の保身で精いっぱいになるだろう。
そこに、隙が生まれる。その隙にスカートをヒラリとめくり、パンツを拝むのだ。あとは全力疾走で逃げればいい。
これも明智が提案した作戦だ。
だが……。
「……」
立花は不安そうにはしている。
不安そうにはしているものの……なぜだ。なぜ顔が赤い、恥ずかしそうにしている?
俺は段々と立花と距離を縮める。
そして、わずか数センチまで迫った所。
「……っ!」
立花さんは何も抵抗せず、じっと目を瞑った。
ここだ。
今、彼女は完全に俺を見ていない。恐怖を感じて目を開けようとしない。立花は俺を怖がっている…………はずだ。
俺はさっと、スカートをめくろうとする……。
立花のスカートの端を手で握ることができた。
が。
「ご、ごめん! いきなりだしまだそういうの早すぎるっていうか!」
ドッ!
立花は、思いっきり俺を突き飛ばした。
……ちょっ!
俺はスカートの端を掴んだまま、後方に倒れていく。
「え? わ、わ、わ!」
立花は俺のスカートを掴む力に引っ張られて、バランスを崩す。
俺にかぶさるように、立花の体が迫ってくる。
その瞬間。
ヒラリとスカートがめくれ、パンツが見えてしまった。
……黒色のランジェリーだった。
ドタドタドダーン!
突き飛ばされた勢いのせいか、はたまた立花の突き飛ばす力が強すぎたせいか、俺たちは二転三転転がり、その場に倒れた。
「あいてててて……あっ。よ、よ、吉田君! 大丈……」
立花は起き上がり、茶色ポニーテールを左右に動かしながら俺の状態を確かめようとする。
と、立花が俺を見た瞬間だった。
俺もそれまで、自分がどんな体勢かに気づくことができなかったであろう。
「……」
なんと……俺はいつのまにか立花のスカートの中に顔を突っ込んでおり、黒色のランジェリーパンツと俺の鼻が見事に密着していた。
異性を嫌っていた俺はどこへやら、知らない世界が俺の脳内映像に展開される。
俺は……再び……興奮と絶頂の世界に入り込んだ。
こ、この高揚感は。
おおお、おおおおおおお!
雪葉さんの時と同じように、濃厚なピンクの世界が俺を呼ぶ。
いつのまにか周りには俺を包むように天使たちが微笑んでいた。
俺はピンク色の雲に乗り、どこまでもどこまでも飛んでいく……。
どこまでも……どこまでも……。
「い、い、い……」
ふと、俺の耳に女子の声が血走った。
……い?
『い』って何だ? なんの声だ?
ああ、なるほど。気持ち良いの『い』か。
……いやまて、なにかおかしい。
「いやああああああああああああ!」
瞬間、俺の顔に言葉にならない痛みが走った。。
「ぐふぅぉぉおっ!?」
顔があらゆる方向に曲がったのではないかと錯覚するほど、顔面に強い衝撃を感じる。
なにか固いもので蹴られたような感覚だ。
それに気づいたのは、俺が立花に吹き飛ばされてから、5秒後の事である。
俺がパンツと接触していることに気づいた立花は悲鳴を上げ、そのまま足で俺の顔面を思いっきり蹴った。
そのまま俺は蹴り飛ばされ床を一直線に滑りながら、屋上のフェンスに激突した。
「お……おお」
俺は意識をもちつつも立ち上がる。
鼻血を抑えながらも、今の状況を理解した。
し、しまった。
またやってしまった。
「へ、変態…………」
「いっ……」
しかし、今回ばかりはただ事で済みそうではない。
立花の周りから怒気を放つ赤いオーラがみるみるうちに収束し、緑色の瞳はまるで吠えた百獣の王のよう。
歯をギリギリと効かせゆっくりとこちらに近づいてくる立花。獲物に飢えたライオンは怖いというがこの人はそれ以上だと思った。
ど、どうする…………。
…………逃げるしかない!
「よ、よくも…………うぅ」
唸る声が俺を威圧する。
「す、すいませんでしたぁあああ!」
俺は、ダッ! 大きく一歩を踏み出す。
「!」
立花の一瞬をつき、俺は彼女の真横を抜き去る。
「こんのっ!」
途中、華奢なのに豪腕に見える彼女の手が俺に襲いかかる。
しかし間一髪、俺はそれを避けることができた。
彼女の手が空をきった瞬間、なんだかとんでもない風圧が顔にかかったのを感じた。
バ、バケモノだ……。
異性を嫌う俺は、生涯女とは裏の顔があるものと思っていたが、立花はある意味ベクトルが違うと思った。
俺は全力疾走で屋上を駆け抜ける。
「待て! この変態!」
怒声をあげながら、立花は俺を追ってくる。
まずい。
俺は一心不乱に屋上から逃げた。