第一章
戦慄の夜明けが去り、朝を迎える。
「いただきます」
俺はリビングルームにきて、食事をとっていた。
小鳥のさえずりと錯覚しそうな声を出したのは、俺の妹「吉田市夏」である。
蒼さが混じる長い黒髪は潤いを感じさせ、花の形をした飾りをつけた前髪は綺麗に整っている。
市夏は黒く透き通った瞳で、俺を見る。
「どうされましたか? 兄さん?」
「え?」
「どこか具合が悪そうな顔をしておりますが……」
「あ、ああ」
俺は大方の出来事を隠しつつ、妹に聞いてみる。
「なぁ、市夏?」
「はい? なんでしょう?」
朝日と似た輝きを見せる妹の笑顔が、眩しさを伴う。
「変なこと聞くけどさ……、誰かから狙われたりするような事は、なかった?」
「……? いえ、特には何もありませんが?」
「……」
市夏は不思議そうに俺を見たあと、黒い瞳を食べ物に移して食事を続ける。
食べている料理品は妹が作ったものばかりだ。妹は昔から家事を手伝っていたせいか、今ではほとんど、この家は彼女に守られているようなものだ。
学校での妹は、成績優秀で周囲からの評価が高い。
またそれは優秀さだけでなく、その美しい美貌も含まれていた。
俺なんかとは敷居が違うような美人特有のオーラを放っている市夏は、昔から男子に人気があった。
清楚美人。その言葉が彼女以外に似合う人間はいないだろうと思うくらい、美しかった。
しかしそれが、市夏の心に傷を作る原因にもなったのだが……。
「……お前、また変な目にあっているんじゃないだろうな?」
「何を言っているんですか、そんなことはないですよ。もう、兄さんは心配症ですね」
「そ、そうか……」
ふと、俺は箸を落としてしまう。
「あ、兄さん……もう。ぼーっとしているからですよ」
「わ、悪い……」
「はい」
妹は堕ちた箸を包み込むようにとり、軽く布切れで拭いてから俺に渡す。
俺は妹の笑顔を見ながら、息をついた。頭には晴れない不安があったからだ。
やはり妹はなにか隠している。そう思えて仕方ない。
まさか、犯人になにか口止めされているんじゃ……。そう考えると、もう俺はあとを引けなかった。
俺が必ず妹を守る。
固い決意を抱き、俺は残りの料理を食べ終える
◇
朝日が昇る。
空は心が豊かになるような青さを放ち、地上に住む人々に活気をもたらす。
田舎町に存在する『揉波町』
平和なこの町にある、何の変哲もない学校に俺は通っていた。
『揉波高校 二年二組』。それが俺の現在の学歴であり社会的立場である。
俺はいつもの道路を歩き、いつものように学校へ向かう。
ただ、胸の内にある思いだけを覗いては。
(まずは、あいつに協力を申し出るしかないな)
俺は学校へ着く。靴を脱いで玄関を抜け、二年二組の教室へと入る。
室内を見回せば、会話に盛り上がる男子グループ、女子グループ、はたまた男女混合のグループが点在している光景が見える。
彼らの話の内容は基本的に情報交換ばかりである。『昨日なにしてたー?』とか『昨日やってたアレ、めっちゃヤバくね!?』など、相手と情報を共有する話が多い。うちのクラスは、情報過疎に悩むリア充が多いのだろうか。
そんなリア充満載の空気が漂うなか、俺はクラスメイトの間を抜け、自分の席へつく。
「お、来たか。信長。おはよう」
「よ……明智」
挨拶を交わしてきたのは、俺の席の後ろに座る男『明智太郎』であった。
紳士風な雰囲気を纏っており、四角ぶちのメガネの奥に見える目は、彼のクールさを醸し出してる。
明智は小学校からの付き合いで、もう長い事腐れ縁の関係になる。
そして、今俺が最も頼りたい人物であった。
「なぁ、明智?」
「ん? なんだなんだ? 心のモチベーションが低いぞ、信長。……もしや、ギャルゲーに目覚めたか? それならいつでも貸してやるぞ?」
「んなわけねーよ。お前じゃあるまいし」
ちなみに、明智はギャルゲーが大好きである。
「ちょっと、別の話があるんだ」
「……別の話? なんだかその様子だと、只事じゃないな?」
「ああ……」
俺は自分の席に座り、椅子ごと後ろに傾けて、明智を見る。
周囲に気づかれない程度に、声量を落とした。
「実は、その……疑わないで聞いてほしい。けして嘘をついているわけじゃない」
「おいおい、そんな勿体ぶらずに言えよ。俺たちの仲だろ?」
「ああ……」
俺は、昨日起こった出来事を、明智にカミングアウトする。
妹が謎の人物に人質を取られた件、そしてその命を救いだすには……同じクラスにいる『雪葉湊』のスカートを覗いて、パンツを確認しなければならないこと。
改めて思うと、とんでもない脅迫内容だ。
しかし、俺は妹を助けたい。
そして俺の思いは通じたのか、明智は首を縦に振った。
「……なるほどな。それは思ったより深刻な状況だな」
「お前……信じてくれるのか?」
「当たり前だろ。オレが何年、お前と一緒に過ごしてきたと思ってる? お前は市夏ちゃんに関しては過剰なほどに心配するからな。冗談には思えない」
「ありがとう……」
「それに……その犯人。けっこうなやり手だぞ」
「へ?」
俺はポカンと、明智の言ったことに耳を疑う。
「いや、明智……やり手とかどうこう以前に、相手はパンツが目的なんだぜ? それに何の意味があるのか分からないんだが……」
「甘いなぁ信長は。俺たちの『本能寺の変コンビ』の名が泣くぞ」
「うっ……」
俺は久しぶりにそのコンビ名を耳にした。
本能寺の変コンビとは、中学の時、俺と明智に付けられた名前だ。あれは織田信長をテーマにした歴史の授業、その時に誰かが『信長と明智、ここにいるじゃん。わ! 本能寺の変だ!』なんて変なことを言ったせいで、そんなコンビ名を付けられてしまった。もっと他にいい名前があっただろうと、昔の同級生に言いたい。
明智はうんうんと頷きながら腕を組み、俺を見定めている。
「その話はいいじゃんかよ……で、なんでだよ?」
「信長、犯人が脅迫するもっともらしい理由がわかるか?」
「え? それは……やっぱり『得をしたい』じゃないか?」
俺は明智の質問に答える。
犯人が何かしらの目的で第三者に脅迫する時、そこには必ず利益や得といった理由があるはず。
『殺人』が要求内容なら、犯人は殺人対象の保険金だったり、対象の情報が目的だったりする。『窃盗』なら、それこそもちろん金だし、金になるような情報も含まれる。
ようは自分に足がつかないように金を得たいのが、脅迫の目的だ。
「でも、スカートめくりに得はないだろ……」
「いや、あるな」
「なんで?」
「スカートの中……つまり、雪葉さんのパンツに、なにかしらの情報や、金になるために繋がっている情報が紛れ込んでいるとしたら……?」
「そ、それはいくらなんでも話が飛びすぎじゃ…………」
「雪葉さんの家は豪邸だそうだ。父は資産家で5つ上の兄は貴族屋敷の執事。中々高度なファミリーステータスだろ? そんな家に住む人間に何もないことはないはずだ。ギャルゲーでもそういう設定は見たことあるしな」
「結局はギャルゲーを参考にしてんのかよ……」
俺は明智の二次元好きに呆れる。
そこで、ふと教室の扉が開く。
「お、信長。彼女が来たぞ」
俺はその人影をみた。
世界が白く包まれたような錯覚を感じた。
黒一色で染められた長髪が、しなやかな足で歩くたびに鮮明に流れる。研ぎ澄まされたような青い瞳はすっと細く、雪に似た白い肌で構成された表情は、まるでおとぎ話に出てくる神のような神々しさを感じた。
雪葉湊。クラス一の美女と呼ばれている。
そして、俺の標的である。
雪葉はそのまま教室を歩き、自分の席へ座る。
かばんから本を出し、黙々と読書をはじめた。
「……無理だ」
俺はがくっと肩を落とす。
「あきらめ早いなー。まだ始まったばかりだろう?」
「そうだけどさ。あんな相手にできる自信がねえ……」
「何でそう思うんだ? いってみろ」
「周囲の反応見てみりゃわかるだろ」
俺が言うと、明智はどっしりと座ったまま周囲を見回す。
男子は見とれ、女子はうっとりしている。教室中のオスとメスは、一人の美少女によってその目を奪われていた。
しかし、雪葉は周りの反応を気にしない。きれいな瞳を動かし本を読み続ける。
「あんなに人の目線が行くような奴に、スカートめくりなんてできるわけがないだろ……」
「おいおい、そこで諦めたら試合終了だぞ? まだ手はある」
「え?」
俺は呆れるように明智に言葉を返す。
雪葉は、クラスで誰からも注目を浴びる美少女だ。俺自身、興味がないが……あれほどの目線を集める美少女にどうやって立ち向かえばいいものか、分からない。
「別になにも、教室に限定しなくていい。図書室でやるんだ」
「……図書室?」
明智は一つの策を提案する。
俺は頭に?を浮かべながらも、話を聞いた。
「昼休憩、雪葉さんは教室にいないことが多い。……教室はうるさいから図書室で本を読んでいるんだろう」
「そうか……。本好きの雪葉さんだったら、もっと静かに本を読めるところに行くはず。教室じゃ読書にも集中できないしな」
「雪葉さんのパンツを狙うなら、その時がチャンスだ」
「なるほど」
俺は手をポンと叩く。
腐れ縁である明智だが、今日以上に彼の頭脳に助けられた日はない。
「……ならあとは、どうやってめくるか、だよな」
「ふっふっふ。信長。オレはギャルゲーに関しては頂点にたてると思っている。そんなシチュエーションなんて数多く見てきた」
ニヒルな明智はメガネを光らせる。自信たっぷりの表情をしていた
「無口系のヒロイン&図書室のコンボは、ギャルゲーでも王道パターンだ」
明智はギャルゲー好きである以前に、様々な事に関して博識である。自分が興味を持った分野はどこまでも追いかけて物事を知ろうとする。そういうことに関して明智は奥深い知識を持っていた。
「これを使え」
明智はそういうと、かばんからなにかを取り出す。
出てきたのは、小さい鏡だった。
「これって……手鏡?」
「そう、手鏡だ」
「こいつを使ってこっそり見ろってこと?」
「王道的手段だが、……単に見るだけでは相手にバレやすい」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「だからこそ信長。お前の行動が鍵になるんだぞ」
俺はそのまま、明智の説明を聞き続けた。
◇
太陽は真上を過ぎ、学校は昼休憩をむかえる。
校内の購買でパンを買って食べたあと、俺は図書室に向かっていた。
気のせいかいつもより心臓の音が聞こえるような気がする。俺は廊下を歩きながらも、不安を抱いていた。
いや、駄目だ。不安になっても仕方ない。
俺は意を決し、図書室のドアを開く。
ガラリ。
複数の机が並び、ぽつりぽつりと人が座っている。
その奥、机の向こうに設置された本棚の間に、彼女はいた。
無垢で鮮明な瞳が本の羅列を見ている。細く白い人刺し指を口元に置き、どれにしようかと迷っていている様子だった。黒髪を鮮やかに流して本を選ぶ姿は、一つの肖像画のようだった。
俺は、室内全体をみまわす。
生徒の数は少ない。本を受け渡すカウンター席に座っている人も、俺には見向きもしていない。
作戦決行だ。
俺は、雪葉さんの元へと近づく。
「……」
雪葉さんは未だにしゃべらない。
俺から声をかけようとした瞬間だった。
「……何の用」
耳に、冷たい風が突き抜ける。
雪葉さんが俺に話しかけてきたのだ。彼女は俺に見向きもせず、冷たく尋ねる。
「よ、よう、奇遇……だね」
「……」
雪葉さんはこちらを見る。
まずは雪葉さんと二人きりの状況になること。
人が少ない図書室では、人のことを気にする連中が少ない。静かな場所を好む連中は、大概物静かだからだ。本に集中したいがため、外部の情報を避けたがる。
俺は、自分に左手をこっそり見る。
握られていたのは、小さな鏡だ。
明智からもらった手鏡を、雪葉さんにバレないように背中に隠す。
雪葉さんと会話した成り行き、油断したところでこっそりとスカートにつっこみ、パンツを覗く………それが作戦である。
雪葉さんくらい静かな人なら、長く話せる自信が俺にあった。美人の妹相手と毎日話しているくらいだ。
それにくらべたら、これくらいわけない。
俺はにこやかな顔で雪葉さんを見る。
そこで、明智の言っていたことを思い出した。
『いいか、信長? 無口系のヒロインには、自分からガンガン攻めたほうがいい。雪葉さん自身はあまり話さず無表情だが完全に無視しているわけじゃあない、ちゃんと人の話は聞くタイプとオレは見た。となると雪葉さんが本を読みながら、なおかつ信長の話を聞いているときがチャンスだ。本を読む、人の話を聞く、この両方の動作を行っていたら、自分の足元になんて意識はいかないはずだ。手鏡をこっそりいれても、感づかれないだろう』
俺は明智の理論に基づき、雪葉さんとコミニュケーションをとってみる。
「い、いつもここにきているの?」
「……」
「ゆ、雪葉さんって本が好きなの?」
「……」
「い、いいよねぇ〜、本って。ほら、な、ななんか、知的な感じ? があって、さ?」
「……」
「だから、俺も、本とか読んでみたいかなー、って思ってさ、はは、ははは」
「……」
「雪葉さんって、めっちゃ、本好きそうじゃん? ほらなんか、教えてくれたらなー……とか思ってさ」
「……」
しかし、雪葉さんは、目の色一つ変えず俺を見え据えていた。
氷のように冷たい雪葉さんの顔は、それはとてつもなく恐ろしいものだった。
雪葉さんは思ったよりガードが固い。
これでは、俺の話に耳を傾けているかどうかすら、分からない。
だ、だめだ……。
喋り方はしどろもどろになり、雰囲気もいつもの俺じゃなくなっていた。手慣れたチャラ男のまねをしようとしていたのか、その姿は滑稽だった。
雪葉さんは何も言わないが……絶対心のなかで嫌悪感を丸出しにしている、そう思ってしまうほど、彼女の表情は固いような気がした。
くそ……雪葉さんなんて取るに足らない……と思っていたはずなのに。
急に、俺の心の中に汚染水のようなものが溢れた気がした。
お前じゃ無理だ、そう言わんかと重圧を帯びた声がが心にのしかかる。
こんなんじゃ……パンツなんて、見れるわけ……。
その時。
「……吉田君」
「え? な、なに!?」
急に名前を呼ばれたため、俺は慌てて返事をする。
「……左手に持っているもの…………何?」
「……!」
全身に鳥肌が走る。俺はすかさず左手をズボンのポケットに入れた。
しまった……。
「…………なぜ、隠すの?」
「いや隠すっていうか、なにも持ってないっていうか?」
「…………見せて」
「え? い、いやぁだからなにも持ってないって!」
しかし、俺の言う事に聞く耳もたず、雪葉さんは俺にぐいっと近づく。
「……見せて」
「ちょ、ちょっと!」
「…………早く」
雪葉さんは強引に、俺の手を掴もうとする。ていうかなんでいきなりしつこくなったんだこの人は!
だが雪葉さんは、まるでしらばっくれた犯人を追いつめるような鋭い目をしていた。
ま、まずい。このままでは……!
「ちょ、ちょだから辞めてってば! お、お、」
俺は、足を滑らせた。
雪葉さんに近寄られた勢いで、体が倒れてしまう。
や、やばい!
俺はなんとか体勢を立て直そうと、なにか支えになるものを掴もうとひたすら手をまさぐった。
しかし、それがまずかった。
ぐいっと、俺は雪葉さんのスカートを……掴んでしまったのだった。
「あ」
俺はスカートをつかんだまま足を前に滑らせ、雪葉さんに向かって倒れる。
雪葉さんは俺の勢いにおされ、後ろ向きに体をもっていかれた。
黒髪のなびく雪葉さんの表情が、みるみる内に赤くなっていく。
そして。
ドドドゴロォ!
俺と雪葉さんはそのまま倒れこんだ。
「いって……」
………ん、なんだ?
なんだかとてもいいにおいがする。
鼻孔をつくような甘い香りが、俺の鼻に入り込んでくる。
まるで別世界に訪れたような変な感覚が、俺を襲う。
俺はゆっくりと目をあける。
俺の鼻先、そこには可愛いシルエットで書かれたクマさんパンツがあった。
何の罪も感じない笑顔のクマさんの感触は、みるみるうちに俺を高ぶらせる。
こ、この状況は……。
まぎれもない、俺は零距離で、雪葉さんのパンツを拝んでいたのである。
雪葉さんが後ろに倒れこんだまま、それを俺が覆いかぶさるように、二人の体勢はいかがわしいいものになっていた。
しかもなぜか俺は、雪葉さんの正面ではなく、……パンツと向き合っている。
スゥゥゥゥゥ。
うっかり鼻で息を吸ってしまう。……クマさんパンツがそれに伴って動く。
な、なんだ、これは……。
今まで感じたことのない高揚感が、俺の脳内に入り込む。
一瞬で俺の頭の中は、悶々とした妄想に包まれた。
おお……おおおおおおおおおおおおおおおっ!
頭の中の俺は、ピンク色の空と雲が広がる世界を飛んでいた。
体はふわりふわりと浮かび、心地いい。
……もっと、この快感と興奮を感じていたい……。
そう思った時だった。
キーンコーンカーンコーン
……はっ。
昼休憩が終わる5分前のチャイムが鳴り響く。
俺は一瞬で、我にかえった。
お、俺は何をやっているんだ! 何をわけのわからないことを考えているんだ!?
さっと俺は雪葉さんから離れる。
「……」
雪葉さんは何も言わない。
だが。
雪葉さんは、今まで見たことないような、恥ずかしさを必死に隠した顔をしている。肌は真っ赤に染まっていた。青色の瞳が見開き、俺を捉えている。
……か、可愛い。
俺は、不意に思ってしまう。
って、まてまて!
変な妄想にかられることなく、俺はしっかりと頭を下げる。
「ご、ごめんっ!」
そして、そのまま俺は全力でその場から去った。
◇
「はぁ、はぁ……」
俺は教室に帰る途中、階段の踊り場で息を切らし、腰を落としていた。
「とんでもないことしちまった……、まさかスカートをめくるどころか、あんな間近でパンツを見ることになっちまうなんて……」
俺はさきほどの出来事を思い出す。
雪葉さんの見たこともない、恥ずかしそうな表情がでてきた。
それがなんだか、無性に可愛く思えてしまって……。
「……いやいや」
異性に興味もってどーすんだ。
異性なんてクソったれだ。俺はそれを知っているはずだ。
全ては妹を助けるため、そうだろ?
妹を助けるためならどんなことでもする。
俺はゆっくりと携帯を取り出し、とある相手に電話する。
数秒後、電話がつながる。
「……もしもし」
『その様子なら、見れたようだな』
「ああ」
『手身近に聞こう。どんなパンツだった?』
……こいつ、ストレートに聞くな。
「……クマのシルエットが入ったパンツだったよ」
俺は犯人に合わせて淡々とした口調で言う。しかし、実際に口にしてみると、かなり恥ずかしい。
『そうか……』
犯人はしばらく黙る。
これで、妹の命も解放してくれるだろう。
目的はとりあえず達成したんだ。あとは……。
と思っていた矢先である。
『……次の要求だ。次のターゲットは……野球部のマネージャー『立花瀬奈だ』
…………へ?
一瞬思考が止まる。
「いや、ちょ、ちょっと待て!?」
俺は半信半疑でたずねる。
『次は立花瀬奈のパンツを教えろ』
「……なっ!」
否、まだ妹を救出するには至らなかった。
犯人は解放するどころか、次の要求を指示してきたのだった。
しかも、よりによってまた。
『任務が成功し次第、電話をかけろ』
そしてまた、犯人は不条理なほどに自分から電話を切った。
「……嘘だろ」
俺は両手をだらんとぶら下げ、呆れと絶望がこみあったようなわけのわからない感覚に陥った。
……でも、落ち込んでても仕方がない。
俺は意を決し、再び要求を達成することをきめた。
そこで、俺は先ほどの出来事を思い出す。
雪葉さんのパンツを零距離で感じてしまった時のこと。
俺はなぜ、あんな訳のわからない興奮に駆られてしまったんだろうか。
「なんなんだよ……」
俺はやり場のない憤りを感じ、廊下を囲む灰色の壁を強く蹴っていた。