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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 04 中央アジア内戦突入回避せよ!
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第二十四話

 9M111『ファゴット』対戦車ミサイルが、前進してきたT‐72の一両を屠る。

 『トマ』に設けられた第3旅団の防衛ラインは、サティコフ旅団長の指揮の下、善戦を続けていた。ウズベキスタン側が、陣地構築に時間を掛けさせるのを嫌い、準備砲撃などを充分に行わないまま突っ込んできたことが、第3旅団側に有利に働いていたのだ。元々陣地構築の時間はないと見切っていたサティコフは、工兵部隊に偽装陣地の構築を命じただけで、主力は丘の東側に隠して温存するという策を講じておいた。おかげで偽装陣地は壊滅したが、主力接触前に受けた損害は軽微なもので済んでいた。もうひとつ、ウズベキスタン側の前衛部隊が、戦力を分割して迂回包囲を行えるほどの規模でないことも、第3旅団にとっては幸いであった。予備を控置できるだけの余裕はなかったから、布陣の側面を衝かれたら対処のしようがなかったはずだ。

「撃ち続けろ! もう一息だ!」

 生い茂る草のあいだに腹這いになったサティコフ旅団長は、双眼鏡で敵情を観察しながら、旅団通信網で指示を飛ばした。教本に従えば、反斜面に位置すべきなのだが、それでは敵の様子がわからない。敵弾が当たらないことをアッラーに請い願いながら、危険な丘上に留まるしかなかった。

 数少ない貴重な味方のT‐72が、巧みに射撃位置を変更しながら砲撃し、しぶとく前進を続ける敵戦車を破壊する。

 と、敵が後退を始めた。煙幕を展張しながら、BMP‐2の群れが下がり始める。味方の迫撃砲弾が、これを追った。敵砲兵部隊が、援護のためのスモーク砲弾を撃ち始める。戦場が、たちまちのうちに大量の煙に覆われた。組み打ち合っていた獣同士がいきなり飛び退るようにして距離を置き、負った傷を舐めながらお互いの出方を窺うように、両者はいったん交戦をやめて作戦の再検討と部隊の再編成に入った。



 畑中二尉が呆れるほど、神田元総理は聞き分けがよかった。

「わかった。この件に関しては、君の言うとおりにしよう。ホラニスタンの反政府勢力に拉致されたが、現地民兵によって救出され、安全なウズベキスタン領内に送り届けられた。これでいいのだな?」

「はい、ありがとうございます、先生」

 神田元総理との話を終えた畑中二尉が、スカディににじり寄る。

「お前ら、どんな魔法を使ったのだー。素直すぎるぞー」

「色々と経験を積まれたようですわね」

「まるで別人だなー。ひょっとして、某国の工作員に入れ替わってるのではないかー?」

「ありえへんありえへん」

 雛菊が、小声で突っ込む。

「で、これからどうするのでありますか?」

 シオはそう訊ねた。

「サマルカンド市内のホテルは予約しておいたー。そこで騒ぎが静まるまで隠れるしかないなー。この状況では、チャーター機もすぐには確保できないし、神田先生の出国にも一工夫必要だしなー」

 やや声を潜め、畑中二尉が説明する。



 ……今度は持ち堪えられない。

 サティコフ旅団長はそう覚悟していた。

 先ほどの一戦で『ファゴット』対戦車ミサイルはほとんど使い切ってしまい、残るは数発のみ。T‐72戦車の方も、APFSDSは撃ち尽くしてしまい、あとはHEATだけで戦わなければならない。これら射程の長い対戦車兵器を射耗すれば、あとはRPG‐22対戦車グレネードランチャーくらいしか対抗手段がない。死傷者はいまだ少ないが、敵が総攻撃を掛けてきたら全滅必至だろう。

「スンニーどもに負けるわけには行きませんよ」

 サティコフの考えを読み取ったのか、副官がそう言って不敵な笑みを浮かべる。

「まったくだ」

 サティコフは無理に笑顔を作った。ウズベキスタンはスンナ派国家、ホラニスタンはシーア派国家である。シーイー(シーア派信徒)としては、負けるわけにはいかないのだ。

「閣下! 高射ミサイル大隊です!」

 無線機を背負った通信兵が、駆け寄ってくる。サティコフは、差し出された送受話器を受け取った。

「旅団長だ」

「セイドフです。捜索レーダーが接近する機影を捉えました。2‐8‐5、低空、複数です。先ほど25キロメートル地点で高度を上げ、ミサイルらしき低反応高速目標を複数発射しました。対レーダーミサイルの可能性が強いと判断、独断で全レーダーの照射を中止しました」

 早口で、高射ミサイル大隊長が報告する。

「よろしい」

 即座に事後承諾を与えたサティコフは、無線機に手を伸ばしてチャンネルを旅団通信網全体に切り替えた。

「こちら旅団長。航空攻撃を受けつつある。注意せよ。対空戦闘準備」

「やつら、本気になりやがった」

 副官が、西の空を見上げて毒づく。

 サティコフは送受話器を通信兵に返すと、さきほど掘った塹壕の中に入った。いや、これを塹壕と呼ぶには無理がありすぎるだろう。呆れるほど浅いのだ。サティコフの六歳になる末の息子でも、立っていれば胸から上が丸見えになってしまうにちがいない。それでも、外に突っ立っているよりはましである。副官と、通信兵もサティコフに続いて塹壕に入った。

 ほどなく、二機のSu‐24攻撃機から発射された八発のKh‐25MP対レーダー誘導ミサイルが超音速で飛来した。高射ミサイル大隊がレーダー放射を止めているにも関わらず、慣性誘導装置のおかげで八発すべてが高射ミサイル大隊の展開地点に命中する。86kgの弾頭が炸裂し、貴重な9K35(SA‐13)自走発射機や捜索レーダーが続々と破壊される。

「ヘリコプターです」

 双眼鏡を覗いていた副官が、指差す。

 かすかな爆音を響かせながら、数個の黒い点が西から近付きつつあった。地上にも、動きが認められる。

 いきなり、周囲に土煙が立ち込めた。……敵の重迫による、援護射撃だ。

「来たか」

 サティコフは危険を承知で塹壕の縁から身を乗り出し、状況を確認しようとした。第3旅団が立てこもる丘に向けて、ウズベキスタン軍の装甲車両……戦車とBMPが射撃しながら続々と接近してくるのが見える。その後ろには、BTRの群れ。

 どん。

 味方の戦車が、爆発炎上した。ウズベキスタン空軍のMi‐24攻撃ヘリが、9M120『ビクール』対戦車ミサイルを距離六千メートルで発射し、命中させたのだ。ちなみに、やられたのはあの30号車であった。マクボド・バフロノフ伍長を含む乗員三名はここで全員戦死した。バフロノフ伍長はこの時点でT‐72戦車八両を含むウズベキスタン軍装甲戦闘車両二十九両を撃破するという戦車戦闘史に残る偉業を成し遂げていたが、残念なことにこの戦績は誰にも知られることなく歴史の狭間に埋もれてしまうこととなる。

 接近したMi‐24数機が、短翼に吊ったB‐8V20ロケット弾ポッドから、S‐8KO/80ミリロケット弾を雨霰と発射した。丘上の第3旅団陣地が、次々と爆炎と濃灰色の煙に包まれてゆく。

 ……内戦中でなければ。

 塹壕の中に引っ込んだサティコフ旅団長は悔しさに歯を食いしばった。まともな戦力が手元にあれば、スンニーなど蹴散らしてみせるのだが。

 ホラニスタン側の抵抗が微弱なことを見て取ったMi‐24の群れが、さらに接近してきた。機首右側面の30ミリ機関砲を発射し、ロケット弾が撃ち漏らした目標を片付けてゆく。猛攻を生き延びた味方のBTR‐60がKVPT14.5ミリ機関銃を撃ち、一連射を命中させたが、装甲の厚いMi‐24はわずかに損傷しただけであった。僚機がロケット弾を撃ち返し、BTR‐60が爆発炎上する。

 きーん。

 爆発音の連続で鈍ったサティコフ旅団長の耳に、甲高い音がかすかに聞こえてきた。ジェット機の、爆音だ。

 ……ウズベキスタン空軍め。爆撃までするつもりか。

 だが、聞こえてきた爆音はウズベキスタン空軍機のものではなかった。

 いきなり、二機のMi‐24が空中で爆発した。

 その直上を、北から南へと二機のMiG‐29が駆け抜ける。……一発ずつ発射したR‐73短射程赤外線誘導空対空ミサイルが、いずれも命中したのだ。

 さらに二機が接近し、R‐73を発射する。慌ててMi‐24が回避運動を始めたが、間に合わない。二機が相次いでミサイルを喰らい、黒煙にまみれながら落ちてゆく。

「空軍の連中だ!」

 副官が、言わずもがなのことを叫ぶ。

 突然の敵の出現に慌てた生き残りのMi‐24が、攻撃を中断して後退を始める。旋回を終えて新たな攻撃位置に付いた先ほどの二機のMiG‐29が、再びR‐73を発射した。一発は撒き散らされたフレアに欺瞞されて外れたが、もう一発は命中し、一機のテイルブームをへし折る。続いて突っ込んできたMiG‐29のペアは、乱れ飛ぶフレアを見て使用兵装をガンに切り替えた。GSh‐30‐1機関砲が使用する30×165mm弾薬は、西側の航空機用機関砲弾として多用されている30×113mmよりも、はるかに強力な弾薬である。Mi‐24はタフな攻撃ヘリとして知られているが、この弾薬の前では形無しであった。たちまちのうちに二機が叩き落される。

 ホラニスタン空軍機は、同時に対地攻撃も実施していた。二機のSu‐25攻撃機が、後方に展開していたウズベキスタン陸軍砲兵大隊を奇襲する。投下された四発のRBK‐500クラスター爆弾が、AO‐2・5RTM軟目標用子弾を合計四百三十二発撒布する。一航過で、砲兵大隊は壊滅した。

 戦闘車両も、攻撃を受けていた。こちらに投下されたのもRBK‐500クラスター爆弾だが、子弾は対戦車用のPATB‐1Mだった。Su‐25四機が襲い掛かって、あっという間に二十数両がスクラップと化す。生き延びた戦闘車両は、急いで後退を始めた。超低空に舞い降りたSu‐25が、機首下のGSh‐30‐2機関砲を撃ち、数両のBTR‐70を破壊する。

 ウズベキスタン軍の攻勢はまたも頓挫した。



 スンナ派とシーア派は、表立って対立しているわけではない。しかしながら、シーア派が多数を占めるホラニスタンにおいては、国家統合の象徴がシーア派としての信仰であることは疑いようのない事実である。そして、ウズベキスタンはスンナ派国家である。

 元々、今回のホラニスタン内戦に関し、大多数のホラニスタン国民は中立的な立場を取っていた。複雑な国際情勢や国内の政治情勢を理解できるほどの教育を受けていない彼らは、愛国行動党の主張にも国家再生党の主張にも賛同できず、日和見ていたのだ。どちらが勝っても、日々の暮らしには……まあ、物価が上がったり税金が上がったりするくらいの影響はあるかもしれないが……差し障りがないはず。それならば、係わり合いにならぬほうがいい、と高を括っていたと言えようか。

 そのようなわけで、愛国行動党側も国家再生党側も、多数派の国民を味方に付けることは当面諦めて、むしろ『怒らせない』ことに腐心していた。どうせ味方になってもらえないのであれば、せめて敵に回さなければよい、という発想である。そして、その目論見は成功していた。……今日までは。

 スンナ派国家であるウズベキスタンによる軍事侵攻……ホラニスタン国民は今回の武力衝突をそう解釈した……に衝撃を受けた人々。いくら『鈍い』ホラニスタン国民でも、隣国に攻められたらどうなるかくらいは予想がつく。危機感を覚えた彼らの怒りの矛先は、内戦そのものに対して向けられた。この国家危急の際に、『偉い人』たちはなにをやっているのか。同じシーア派同士、殺し合いをしている場合ではないだろうに。

 首都アラチャでは、内戦終結を求めるデモが自然発生的に行われた。参加者は、なんと三十万人に達した。……人口七十万人の都市で、政府組織が動員を掛けたわけでもないのにこれだけの人数が集まるのは、異例中の異例であろう。

 これだけの人数が怒りの感情を持って集まったにも関わらず、デモは暴徒化することなく行われた。これは、シーア派としての宗教的な自制心の賜物であった。言い換えれば、宗教的裏付けのある正当な理由があれば、この三十万人が即座に暴徒化してもなんらおかしくはない、ということでもある。

 愛国行動党も、国家再生党も、恐怖した。自分たちが大衆のジハードの対象になりかねないことに、気付いたのである。

 愛国行動党首脳部も、国家再生党指導部も、なかなかに機敏であった。幸いにして、ウズベキスタン軍の侵攻はシリクマール空軍基地司令のラクムドフ大佐が行った独断専行による航空攻撃によって、喰い止められている。愛国行動党支持派の同基地の航空部隊が、国家再生党に与する第3旅団壊滅の危機を救った、という報道も、タイミングよく国民に伝わった。

 ……このままでは、両者とも国民の圧力の前に踏み潰されてしまうだろう。ここは休戦すべきではないだろうか。

 両者の思惑が一致してしまえば、行動は素早かった。国家再生党が、『国家の危機』を口実に、武力闘争の中止を宣言する。即座に、政府愛国行動党が、国家再生党に対し、今回の危機に関して協力を要請。国家再生党が、これを快諾する。

 タシュケントへは、外務大臣が飛んだ。ウズベキスタン共和国と、その大統領の面子が最大限に立つような形で、国境紛争に関しては大幅な譲歩を行い、対外的にはウズベキスタン側の勝利を印象付けるような形で、幕引きを図ろうとする。ウズベキスタンは、このホラニスタンの停戦案に、即座に乗ってくれた。すでに、報道規制や宣伝工作などの小手先でごまかしきれないほどの損害を、ウズベキスタン軍は受けている。紛争がウズベキスタンの勝利に終わったと内外に喧伝できるのであれば、死傷者が多くとも国民は納得してくれるはずだ。戦死者は英雄として弔われ、大統領も軍部も面子を失わずに済む。もちろん、ホラニスタン国内向けには、先の紛争はわが国の勝利に終わった、という宣伝工作が後に行われるわけだが。

 そのようなわけで、極めてうやむやなうちに、ホラニスタン内戦はあっけなく終結を迎えることとなった。



 ウズベキスタン共和国とホラニスタン共和国のあいだで行われた、短かったが激烈な国境紛争が終結し、ウズベキスタン大統領とホラニスタン外務大臣がタシュケントのオクサロイ宮殿(大統領官邸)で和解の握手を交わした日の深夜、一匹の山羊を連れた若い女性が、ひっそりと両国の国境を越えた。

「面白い連中だったな」

 満天の星空のもと、ファルリンは歩みながら山羊に話しかけた。

「特に、あのロボットたちは気に入った。日本では、あんなロボットが普通に生活しているのだな。……何となく、日本に帰りたくなったよ。わたしもまだ、トロク族になりきれていないようだな。どうだ? わたしはホラニスタンの民に見えるか?」

 自嘲的な笑みを浮かべたファルリンは、足を止めると山羊の前にしゃがみ込み、目線を合わせた。

 山羊は黙して答えなかった。


第二十四話をお届けします。

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