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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 04 中央アジア内戦突入回避せよ!
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第二十三話

 ウズベキスタン共和国においては、国家元首である大統領の持つ政治権力ははなはだ強大である。一例を挙げれば、大統領は議会が政治的に『混乱』した場合や、憲法違反と認められる『行為』があった場合、憲法裁判所の同意があれば上下両院を解散させる権限を持つ。ちなみに、憲法裁判所の長官と判事の指名権限は大統領が有している。これに対し議会は、大統領に対する不信任決議を行う権利も、弾劾する権利も持ち合わせていない。……通常の民主主義国家では考えられない『立法権、司法権に対する行政権の優越』と、『個人への権力集中』が平然と行われているのである。

 そのような国家なので、大統領の意向がそのまま国政を左右すると言っても過言ではない。そして、今回の『ホラニスタン軍による越境攻撃』に関する報告を受けた大統領が下した決断は『自衛のための反撃』と、『今世紀初頭に生じた国境紛争の最終的解決』というものであった。内戦中のホラニスタンならば、たいした戦力を振り向けることはできないはず。相手が仕掛けてきたのだから、外交的にも有利。これは両国のあいだで領有権を争っている国境線沿いの土地を確保する絶好の機会である。そう判断したのである。

 かくして、南西特別軍管区に対し、『ホラニスタンに奪われているウズベキスタン領土』の奪回命令が下された。



 D‐30/122ミリ榴弾砲が発射した榴弾が、後退を続けるホラニスタン戦車を襲った。

 空中炸裂した榴弾が、弾殻のシャワーを地面に浴びせてゆく。29号車も、これに巻き込まれた。数十個におよぶ大小の弾殻が、車体と砲塔の装甲鈑に叩きつけられ、大口径拳銃を耳元で発射されたかのような轟音が車内を満たす。

 砲手と操縦手は、思わず身を縮めるとともに、本能的にアッラーの加護を願った。T‐72の装甲を以ってすれば、中口径榴弾砲弾など直撃しない限り安全と言えるが、それでも鉄片が音速の三倍近い速度で雨霰と降ってくる状態で、恐怖心を覚えない人間はいないだろう。

 轟音が止み、砲手は閉じていた眼をそろそろと開けて、自分がまだ生きていることを確認した。T‐72は、順調に走り続けている。

「ラーミン、無事か?」

 砲手は、操縦手に声を掛けた。

「大丈夫だ」

 ちょっと怯えが混じっているが、大きな声が返って来る。

 ほっとした砲手は、車長席の方を向いて……ひっと息を呑んだ。

 ヌーリ・シャルバドがこと切れていた。開いたまま固定してあったハッチから、弾殻が飛び込んだのだろう。頭部から流れ出した鮮血で端正な顔の右半分を染めた状態で、シートの上でぐったりとしている。右手はSKSの銃身をしっかりと掴んでいたが、左手はまったく力の抜けた状態でだらりと垂れ下がっていた。

 ハッチが閉状態であれば、弾殻は防げたに違いない。弾殻が飛び込む角度が少しずれただけでも、ヌーリを直撃することはなかったはずだ。

 砲弾が炸裂した位置。戦車が走行していた位置。ハッチが開放状態にあったこと。弾殻が、狙ったかのように砲塔内に飛び込んで、ヌーリの急所を一撃したこと。そして、同じように開放されたハッチの下にいたにもかかわらず、砲手がまったくの無傷であったこと。

 いくつもの偶然が重なった結果、こうなったのだ。いや、これはアッラーの思し召しか。ちっぽけな鉄片が、奇跡に近いことを成し遂げ、このシャイターン(悪魔)に魅入られたごとき男を殺したのだ。

 砲手が怯えと恭しさが入り混じった小声で、呟いた。

「アッラーフ・アクバル」



 砲兵部隊は、頻繁に射撃位置を変更するのが普通である。

 効果的な長射程高火力制圧兵器である砲兵は、敵にとっては高価値目標であると同時に、直接的な攻撃に対しては脆い兵科でもあるので、敵の攻撃目標となり易い。対砲兵射撃や航空攻撃、巡航ミサイルや短射程弾道ミサイルの餌食となることを防ぐには、移動がもっとも低コストかつ効果的な対抗手段である。

 しかしながら、牽引式榴弾砲の射撃陣地変更はきわめて面倒な作業となる。砲架を閉じ、牽引状態にしてからトラックやトレーラーに固定。弾薬の処理。その他付随作業を含めても、十分は必要となる。……調達価格が高くなるにも関わらず、世界各国の陸軍で野戦榴弾砲の自走砲化が進むのも当然と言えようか。

 ともかく、そのセオリーに従って、D‐30を擁する砲兵大隊も、ひとしきり射撃を終えたところで撤収準備に入った。牽引状態に『折り畳まれた』D‐30榴弾砲が、ウラル357トラックに牽かれて、簡易な射撃陣地から続々と出てゆく。周辺警戒の任務に就いていた歩兵がUAZのピックアップトラックで走り去ったのを最後にして、射撃陣地は無人となった。

「そろそろ大丈夫そうね」

 草の間から、スカディが立ち上がった。シオも、立ち上がるときょろきょろとあたりを窺った。頻繁に軍用車両が走っていた眼前の道路も、先ほどから数分おきに空荷のトラックが東進するくらいで森閑としている。西方から砲声は聞こえるものの、音からするとだいぶ距離があるようだ。

「では、さっそく亞唯ちゃんたちを迎えにゆくのです!」

 ピックアップの助手席に乗り込んだシオは、牽引用ロープで運転席に縛り付けてあった運転手を脅して、エンジンを掛けさせた。スカディがDShK重機関銃に取り付いたところで、発進を指示する。すっかり大人しくなっている運転手が、素直にギアを入れ、窪地からピックアップを出した。

 スカディが無線で亞唯と連絡を取り合い、現在位置を教えてもらう。複雑な地形ゆえにちょっと手間取ったが、二組は無事に合流を果たした。

「では、とりあえず移動しましょう。戦闘が行われている以上、国境付近に留まるのは愚かなことですわ」

 スカディが言って、全員にピックアップに乗るように促す。

「では、わたしが運転しよう。彼は、もう必要あるまい」

 ファルリンが言って、運転手を縛るロープを外しに掛かる。

 とんでもないところ……外国の戦場で、近くには死体だの炎上する戦車の残骸だのがごろごろしている……で放り出されて、うろたえているヘサール族運転手を残し、山羊を連れた神田元総理を含む皆が乗り込んだピックアップは、ファルリンの運転で走り出した。シオは助手席に留まり、その横に荷台から移動してきたスカディが座る。ちなみに、DShK重機関銃には亞唯が取り付いていた。

「さて、どこへ向かう?」

 ハンドルを握るファルリンが、訊く。

「とりあえず、国境から離れてください。予定通りならば仁井さんが、近くにいるはずですわ」

 スカディが、畑中二尉の偽名を口にする。

「わかった、と言いたいところだが、わたしはウズベキスタン国内の地理には疎くてな」

「そこはあたいがナビゲートするのであります! とりあえず、西へ向かうのです! サマルカンドに直接通じる道は、おそらくウズベキスタン軍が補給路に使っているはずなので避けて、間道を行くのです!」

 シオはそう口を挟んだ。

「その前に電話ね。大山さんに電話して、仁井さんに連絡してもらえば、すみやかに合流できるわ」

 スカディが、言う。

「しかし、資料を検索した限りでは、ウズベキスタンの田舎には公衆電話がほとんどない、とありますが?」

 シオは首を傾げつつそう言った。ファルリンが、笑う。

「借りればいい。有線の電話線を引き込んでいる家を見つけて、金を払うんだ。ドルかユーロを見せれば、喜んで貸してくれるぞ」

「なるほど、その手がありましたか!」

 シオは手を打った。

 狭い砂利道に乗り入れたピックアップは、十分ほど走ったところで二十数軒からなる集落に行き当たった。電柱から電話線を引き込んでいる雑貨屋兼軽食堂を見つけ、店番のおばちゃんにファルリンが二十ドル紙幣……雛菊がポーチから取り出したもの……を渡して電話を借りる。

 ホラニスタンのアラチャ市内にいる三鬼士長には、すぐに繋がった。まだ、国際電話回線の遮断などの措置は取られていないようだ。電話を代わったスカディが状況報告を行い、畑中二尉が手に入れた携帯電話の番号を教えてもらい、すぐにその番号に掛け直す。

 畑中二尉が待機していた場所は、今現在スカディらがいる位置よりもかなり北であった。……戦車に追われてずいぶんと南へと走ってきてしまったのだから、仕方がない。地図を参照し、落ち合う場所を決めて、スカディは電話を切った。雛菊がもう一枚二十ドル紙幣を取り出し、ファルリンと神田元総理、そして山羊用にミネラルウォーターを買って、お釣りを受け取らずにピックアップに戻る。

 畑中二尉との会合は、つつがなく成功した。一同は再会を喜びながら、ワンボックスの軽自動車、ダマスにどやどやと乗り込んだ。神田元総理も、畑中二尉に胡散臭そうな視線を向けたものの、スカディに促されてワンボックスカーに乗り込む。

「では、ここでお別れだな。武器その他は、わたしが適当に始末しておく」

 ワンボックスカーの脇に立ったファルリンが、ピックアップトラックを指し示しながら言った。

「大丈夫かー? なんなら、サマルカンド市内でしばらく隠れていられるように手配するぞー?」

 ファルリンの正体を知っている畑中二尉が、そう提案する。

「ありがとう。だが、そこまでしてもらわなくとも大丈夫だ。国境越えしてしまったのは計算外だったが、ウズベキスタンの少数遊牧民族のふりをしていれば問題ないだろう。戦況が落ち着いたら、ホラニスタンに戻るつもりだ。擬装用にちょうどいい相棒もいるしな」

 ファルリンが、横で大人しく突っ立っている山羊の頭を撫でる。

「色々と世話になった。君は命の恩人だ。わたしにできることなら、何でも礼をしよう」

 ファルリンの眼を見詰めながら、神田元総理が申し出る。

「そうだな。トロク族の地位回復の手助けをしてもらいたい。とりあえず、10式戦車十両で手を打とう」

「……わたしにできること、と言ったはずだが」

 神田元総理が、迷惑そうに顔をゆがめる。

「冗談だ。特に礼は求めないよ。ただし、ホラニスタン政府がもっと民主化するように日本が圧力を掛けてくれると嬉しい。シャルバド族やヘサール族のような連中が、これ以上のさばらないためにもな」

「心得た」

 神田元総理が言って、握手しようと手を伸ばし……ファルリンがイスラム教徒女性であることを思い出し、恥ずかしげに手を引っ込める。

 亞唯が、何事かを畑中二尉の耳にささやいた。畑中二尉がうなずく。

 ポーチの中に手を突っ込んだ亞唯が、二十ドル札の束を引っ張り出した。ファルリンに向け、無造作に差し出す。

「必要経費だよ。取っといてくれ」

「せや。うちのもあげるわ」

 雛菊も同様に、札束を差し出す。

「気を遣うな……と言いたいところだが、これはありがたくもらっておこう」

 ファルリンが、二つの札束を合わせて、懐に押し込む。

「では、出発するぞー。みんな、ちゃんと礼を言っておけー」

 畑中二尉が、指示する。

 AI‐10たちは、口々にファルリンに別れを告げた。シオも名残を惜しんだ。彼女がいなければ、この任務失敗に終わった可能性が高い。

 畑中二尉が、運転手に車を出すように合図する。タイヤで砂利を踏みしめつつ、ワンボックスカーが走り出した。ファルリンが、手を振る。その姿は、砂埃に隠れてすぐに見えなくなった。

「さて、AI‐10諸君ー」

 畑中二尉が、身を乗り出し、五体のAI‐10を順繰りに眺め回した。

「いつの間にやら、ウズベキスタン正規軍が東の国境を越え、ホラニスタン正規軍と戦い始めているー。世間一般では、これを『戦争』と言うのだー。あたしの見たところ、この戦争開始と諸君らの越境には因果関係があると思われるー。さあ、釈明してもらおうかー」

「えー、その件なのですが……」

 珍しく歯切れの悪くなったスカディが、ぼそぼそと説明を始めた。



 一台のUAZ469が、シリクマール市からパンジュー市へと至る街道を突っ走っていた。

 後部座席に座るサティコフ旅団長は、膝の上に地図を広げ、副官とともに情勢を検討していた。

「やはり、パンジュー市は諦めざるを得ませんね」

 無線で得られた情報を慌しく描き込んだ地図を眺めつつ、副官が言った。

 サティコフ旅団長は、唸り声で応じた。先ほどから、同様の結論に達していたからだ。

 ウズベキスタン軍は、第25自動車化狙撃旅団をまるごと投入してきている模様だった。機械化歩兵大隊三個、戦車大隊一個、砲兵大隊二個などを中核とする、強力な部隊である。対する第3旅団……サティコフが指揮する部隊が現在有しているのは、機械化歩兵大隊一個半、工兵大隊、高射ミサイル大隊の大半、迫撃砲中隊、警備中隊、対戦車大隊の一部、さらに数両の戦車といったところ。……戦力的に見れば、五対一くらいで劣勢と言える。

 現在パンジュー市にいる戦力は、兵員数にして四百名ほど。しかも、そのうち過半数は後方要員である。敵の先鋒である戦車に支援された機械化歩兵大隊が襲い掛かってくれば、一時間と持たずに殲滅させられるだろう。

「となると、ここか」

 サティコフは、『トマ』という地名がついた地点を指差した。パンジュー市の西方約十二キロメートル。街道の北側に、ほぼ南西から北東に向けて低い丘の連なりが五キロメートルほど延びている。まっ平らな平原地帯が続くこのあたりでは、唯一と言っていい地形的障害である。この南端に対戦車兵器を置けば、街道を進撃路として使う敵を横撃することができる。……そんな間抜けな敵がいれば、の話ではあるが。

「アシエフ少佐に命令。抵抗は遅滞攻撃に止めよ。独断での後退を許可する。全部隊に連絡。『トマ』に集結せよ。統制小隊と警備中隊には、高射ミサイル大隊の車両を最優先とする旨伝えろ」

 サティコフの早口の命令を、副官が慣れた手つきで手帳に書き止める。

 空軍の支援が得られない以上、優先すべきは対空部隊の展開である。ただでさえ、兵力不足なのだ。無防備のままウズベキスタン空軍の攻撃を受けたら、防衛ラインはひとたまりもなく崩壊してしまう。



「ようやく、ロシア外務省が動きました。外務次官の一人を、タシュケントに派遣することを決定したようです」

 ロシアのマスコミ情報をアメリカ経由でウォッチしていた石野二曹が、報告する。

「……石野君の勘が当たってしまったな」

 長浜一佐が投げ遣りに言って、肩を落とした。

 ウズベキスタン共和国とホラニスタン共和国のあいだで発生した武力衝突。CIA経由の情報では、すでにウズベキスタン陸軍の大部隊がホラニスタン領内に侵攻し、ホラニスタン陸軍部隊と交戦中という。アメリカのマスコミも、まだ『Armed Conflict』(武力紛争)という用語を使用しているが、このまま事態が推移すればすぐに『War』(戦争)と呼称しても差し支えない規模にまで拡大するであろう。

「明るい面を見ましょう。神田元総理は無事保護。AI‐10たちも撤収した。我々の関与が明るみに出ることはないでしょう。……神田元総理が、口をつぐんでいてくれれば、ですが」

 言葉とは裏腹に、暗い調子で越川一尉が言う。

「問題はそこだな。戦争発生の直接的なきっかけに関与したことが世間に知れたら、政治生命は絶たれる。まともな政治家なら、日本の国益も考慮して、黙っていてくれるだろう。だが、彼はまともな政治家ではない。自己の政治目的のためには、売国的行為など平気でやってきた男だ」

 長浜一佐が言って、唸りつつ腕を組む。

「いっそのこと、ウズベキスタンから帰国できないようにしてしまいますか」

「どうやってですか?」

 越川一尉の提案に、石野二曹が小首を傾げる。

「ちょっとした事故をスカディたちに……はは、冗談ですよ、冗談」

 長浜一佐に睨まれ、越川一尉が慌てて言い訳する。

「幸いなことに、戦争のおかげでチャーター機を手配できない、という言い訳が可能だ。畑中二尉なら、神田元総理がマスコミ関係者と接触できないように手を打てるだろう。まだ時間はある。彼が帰国するまでに、永遠に黙らせておくための手段をなんとしてもひねり出すんだ。……もちろん、非暴力的な手段でな」

 長浜一佐が言って、腕組みを解きつつパソコンに向き直った。


第二十三話をお届けします。

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