第九話
マニュアルにしたがって機関拳銃を腕から外し、クリーニングを済ませたシオらは、それを銃ケースに戻し、返納した。カートキャッチャー内の空薬莢もきちんと数を数えてから、返却する。石野二曹に会議室での待機を命じられた五体は、ぞろぞろと歩いて会議室へと戻った。石野二曹が、残りの分隊メンバーを迎えに行くと言い残して、会議室を去る。
「……充電、する」
珍しくシンクエンタが口を開いた。壁のコンセントに、歩み寄る。
「あたいも充電するのであります!」
シオも座っていた椅子から立ち上がった。AI‐10は待機状態であれば連続百時間以上稼働可能であり、省電力モードを併用すれば実に二週間以上稼働できる。しかしながら、歩行のような『軽作業』レベルの活発な活動状態では、連続稼働七時間が限度である。すでにシオのバッテリーも、半分近くが空になっていた。
シオはワンピースの中に裾から手を突っ込み、背中のアクセスパネルを開け、プラグを引っ張り出した。空いているコンセントに、それを突っ込んで充電を開始する。バッテリーは複数のセルに分かれており、ひとつずつ電力を消費する仕組みになっているので、こまめに充電してもバッテリーが痛むことはない。
「お隣に失礼いたしますですぅ~」
ベルが、シオの横で充電を始めた。
「ベルちゃん、分隊長は警備任務と言っていましたが、あたいたちは銃など持たされて具体的になにをやらされるのでしょうか?」
シオは、困り顔で訊ねた。
「わたくしにも、わからないのですぅ~」
「REAの軍隊と、戦わされるのかなぁ」
同じように壁際で充電している夏萌が、独り言のようにつぶやいた。
「自衛隊には、専門の警備支援ロボットがいるではありませんか。わたくしたちの出番など、ありませんわ」
夏萌の隣で充電しているスカディが、きっぱりと言う。
「……機関拳銃は、自衛用の武器。軍隊とは、戦えない」
ぼそぼそと、シンクエンタがつぶやいた。
「シンクちゃんの言うとおりです。あたいが戦争映画で得た知識によれば、サブマシンガンなどしょせん豆鉄砲なのです! 戦車や装甲車とは、戦えないのです!」
シオは、そう断言した。
「だとすると、なにをやらされるのでしょうかぁ~」
ベルが、訊く。
沈黙が生じた。膨大なメモリー容量と、さらに内蔵外部記憶装置を持っているとは言え、彼女らの知識と経験は、圧倒的に不足している。断片的な情報だけを組み合わせての推論には、無理があった。
シオらが充電を終えた直後に、石野二曹が戻ってきた。五体のAI‐10を連れている。残りの、302分隊員だろう。
「なんだか、派手な子が多いわね」
スカディが、困り顔で言う。
一番まともな服を着ていたのは、黒髪ベリーショートの娘で、黒いタンクトップと迷彩柄のカーゴパンツと言う気合の入った格好だ。黒髪ロングボブで、褐色の肌の娘は、水着と見間違わんばかりの短いチューブトップと、ショートパンツの組み合わせだった。目立つ水色の髪をロングポニーテールにした娘は、紺と白のメイド服姿だ。プラチナブロンドの娘は、ピンク地に薔薇柄という派手な浴衣姿だった。薄茶色のウェーブした髪の娘がまとっていたのは、なんと紅袴の巫女装束であった。
「どのマスターも、趣味に走りすぎたようですねぇ~」
ベルが、感想を述べる。
「みんな、自己紹介し合って」
石野二曹が指示する。
シオは新顔五体とシリアルを交換し合った。パーソナルネームは、迷彩柄が亞唯、褐色娘がライチ、メイド服がめー、浴衣が雛菊、そして巫女装束がエリアーヌであった。
シオたちと同様、五体の新顔がパーソナル・データとダイアリー・データのバックアップを開始する。
「あなたたち五体が、二組になります。で、エリアーヌちゃん。他の服はなかったの?」
石野二曹が、巫女装束の娘に尋ねる。
「はい。マスターが買ってくれた服は、全部巫女装束です」
気恥ずかしそうに、エリアーヌが答えた。
「……御幣を持ってこなかっただけましかもね。まあ、目立ちすぎだけど動きやすそうだから、いいとしましょう。えーと、二組のリーダーを決めなければならないのだけれど……」
「はい! あたしがやります!」
迷彩柄……亞唯が、勢いよく挙手する。
「他に立候補する人は? いなければ、あなたに任せましょう」
石野二曹が、認可した。
ROMカートリッジが配られ、FM無線機が装着される。その様子を、シオたち一組はパイプ椅子に座って見学していた。バックアップを終え、一組と同じ手順で機関拳銃を装着された新顔五体は、石野二曹によって射撃訓練へと連れ出された。
「は~。暇なのであります」
手を頭の後ろで組んだシオは、脚をぶらぶらとさせながらため息をついた。分隊長たる石野二曹に待機を命じられた以上、部屋を出ることはできない。厳密な意味合いでは、ロボットである以上退屈を感じることはできないが、長時間能動的な行為がない場合には、それを『退屈』であると認識し、表現することは可能だ。
「なにかして遊びましょうかぁ~」
ベルが、提案した。家事兼愛玩ロボであるから、AI‐10は人間相手に各種の『遊び』をする機能がある。もちろん、ロボット同士で遊ぶことも可能である。
「遊ぶのです!」
シオは笑顔で賛成した。
「ちょっと待ちなさい、あなた方」
スカディが、縦ロールを激しく揺らしながら首を振る。
「待機を命じられたと言っても、わたくしたちは任務中なのですよ? 遊ぶなど、もっての外です」
「でも、暇だよ」
夏萌が、言う。
「遊びたい」
ぼそりと、シンクエンタもつぶやく。
「四対一なのです! スカディちゃんも遊ぶのです!」
「多数決は通用しませんわ。わたくしは、一組のリーダーなのですから」
きっぱりと、スカディが言う。
「では、勉強会はいかがでしょうかぁ~。警備支援ROMの内容を、復習するのですぅ~」
ベルが、新たな提案をする。
「それはナイスアイデアなのです! 勉強会ならば、スカディちゃんも反対できないのです!」
「そうね。それならば、問題ないでしょう」
スカディが、あっさりと承諾した。
五体はパイプ椅子を移動させると、車座になって座った。一体ずつ交代で、ROM内の文章をランダムに読み上げてゆく。
人間と違い、ロボットは遊びから快感を得ることはない。人間の遊びに付き合う必要性があるから、遊びに対する欲求や、その過程を擬似的に『楽しく感じる』ようにプログラムされているだけである。人間が行えば退屈極まりないであろう法規類や教範の読み合いも、AI‐10にとっては興味深い遊びの一種と言えた。
射撃訓練から帰ってきた二組の五体と合流したシオたちは、陸上自衛隊の緑色の車両に乗せられた。与えられたROMの中には、自衛隊装備に関するものも含まれていたから、ひと目で高機動車だとわかる。
電車のロングシートを思わせる車体後部左右の座席に、組ごとに分かれて五体ずつ腰掛ける。運転席には男性士長が、助手席には石野二曹が座った。先ほどシオらに機関拳銃を装着してくれた男性隊員たちが、高機動車の床に銃ケースを積み上げ、ロープを張って固定してくれる。
「分隊長。どこに移動するのですか?」
亞唯が、訊いた。
「埼玉よ。航空自衛隊入間基地。あなたたちは、そこで基地警備小隊と協力し、主に夜間警備の仕事をしてもらいます」
「暗いの、苦手なんだけどなあ」
ライチが、言う。
「何言ってるの。パッシブIRモードと光量増幅装置付きじゃないの」
石野二曹が、笑う。
ヘッドライトを点灯した高機動車が走り出した。すでに日は暮れており、あたりは真っ暗だ。
「みんな、待機モードに入ってもいいわよ」
石野二曹が、言った。
シオは必要のない機能を切っていった。車に乗っているから、省電力モードに入ることはできない。そんなことをすれば、ボディのバランスを取れなくなって、シートから転げ落ちてしまう。一輪車に乗っている人間のごとく、常に外部センサーからの入力データを分析し、それに対応する細かい挙動を行っているからこそ、AI‐10は不安定な場所でも滑らかに動いたり静止した状態を保てるのである。
第九話をお届けします。