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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 04 中央アジア内戦突入回避せよ!
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第十五話

 ヘサール族が乗っているトラックは、二両ともウラル357だった。東側国家ではおなじみの、ロシア製ベストセラー六輪トラックである。

 先頭のトラックの荷台から、一人が立ち上がって、大きく両手を振る。万国共通の、『停まってくれ』の合図だ。

「雛菊、ベル。ゆっくりと速度を落とし、停止するんだ。亞唯、いつでも砲撃できるようにしておいてくれ。初弾は、無反動砲を積んでいる奴に。スカディ、シオ。そちらも戦闘準備を頼む。ただし、見つからないようにな」

 てきぱきと、ファルリンが指示を出す。

「戦闘になったら、わたしがNVSTを操作します。シオ、あなたはRPGを準備して」

 砲塔の後ろに隠れながら、スカディが命じた。

「了解なのであります!」

 縛り付けてあるジェリカンの後ろに隠れて、シオは紐で固定していたRPG‐7のランチャーを取り外した。同様に固縛してあった三本入り布製弾薬入れから、PG‐7VL/HEAT弾頭と発射薬チューブも一本ずつ取り出す。

 T‐72が、ゆるゆると速度を落とし始めた。それを見て、トラックも速度を落とし始める。

 車長用ハッチから頭を突き出した神田元総理が、トラックの方を見た。停まるように手を振っていたヘサール族戦士が、左腕を下ろし、右手を挨拶するように高々と掲げる。

 シオは弾頭部に発射薬チューブをねじ込んで、発射体を組み立てた。次いでランチャーに発射体を差し込んで固定する。弾頭先端部の保護キャップと安全ピンを取り外し、発射準備を整える。あとはピストル・グリップの後方にあるコッキング・レバーを下げ位置にしてコックし、引き金の後ろにあるセイフティ・ボタンを押し込めば、いつでも発射できる。

 ずん、と最後にひと揺れして、T‐72が停止した。トラックも、右横十メートルほどの位置に二台が縦に並ぶように停止する。相変わらず、警戒している様子はない。ほとんどのヘサール族戦士がくつろいだ表情だし、武器を構えている者は一人もいない。

『近すぎるわね』

 赤外線通信で、スカディがぼやいた。これほど近いと、戦車砲の遠射性能を活かせないし、そもそも狙いをつけることも困難になる。手榴弾の投擲距離内でもあるから、乱戦になれば数が多い方が有利だ。

 荷台の上から、先ほどまで手を振っていた戦士が、にこやかな表情で口を開いた。


「……何を言っているのだ」

 ぎこちない笑顔を作った神田元総理が、なるべく口を動かさないようにしながら、ぼそぼそと呟いた。

「挨拶しているだけだ。とりあえず、友好的だな。『ニチヴォー』と答えておけ」

 舞台袖の黒子のように、ファルリンが言うべきセリフを砲塔内から教えてくれる。

 神田元総理は、なるべくロシア語っぽい発音を心がけて、教えられた通りの単語を口にした。理解できたのであろう、戦士がうなずくと、再びロシア語で喋り出した。……語調からすると、質問のようだ。

「『ダー。ヴァストーク』と言え」

 ファルリンが、指示する。

 神田元総理は、内心冷や汗をかきながら、その通りに発声した。今度は大げさな身振りを交えて、戦士が質問をしてくる。

「『ヤ・ニ・ズナーユ』 軽く首を左右に振るんだ」

 動作までを含めて、ファルリンが指示する。

 さらに数回、会話が交わされる。幸いなことに、戦士は神田元総理の拙い発音のロシア語を、すべて理解したようだった。神田元総理はもちろん知らなかったが、ここにいるヘサール族の大半は、もっとひどい訛りでロシア語を喋るのだ。この戦士……一応、小隊長待遇でこの小部隊を率いている……のヒヤリング能力が高いのは、当然と言えよう。

 神田元総理には一時間ほどに感じられた三分程度の会話の結果、ようやく戦士が納得顔になった。

「何とか切り抜けたな。『バジャールスタ』」

 内容から、会話が終わったことを知ったファルリンが、安堵の息を吐きつつ指示する。

 戦士が座り、運転席の部下に命令を叫ぶ。先頭のトラックが、動き始めた。二台目が、続く。

「『ウダーチ』とでも言ってやれ。大声で、明るくな」

 ファルリンが、言う。

 神田元総理は大声でウダーチ、と言ってみた。トラックの荷台から、何本もの手が振られる。

 二台のトラックは、南西方向へ走り去っていった。

「お見事でしたわ、神田先生」

 立ち上がったスカディが、賞賛する。

「いかなる形であれ、他人を騙すのは、気分がよくないものだ」

 戦車兵用ヘルメットをむしり取るようにして脱ぎながら、神田元総理が言う。

「良かったではないか。誰も死人を出さずに済んだのだから。交渉だけで戦闘を回避した。これも、ある種の平和主義ではないのか?」

 砲手用ハッチから上半身を突き出したファルリンが、笑顔で言う。

「まあ、非暴力主義を貫けたのは評価できるが」

 やや不満顔で、神田元総理が言う。

「その非暴力主義、というのがいまひとつ良くわからんのだが」

 笑顔のまま、ファルリンが訊いた。

「非暴力主義とは、いかなる場合も広義の暴力に訴えることなく、言論や平和的な抵抗だけで対抗することだ」

 神田元総理が、簡潔に説明する。

「なるほど。『力』の行使は否定しないのだな」

「……主義、を名乗る以上、広い意味での『力』だからな。それは否定できない。だが、あくまで非暴力だ。暴力は忌むべきだ」

 力強く、神田元総理が主張する。ファルリンが、小首を傾げた。

「その非暴力主義と、平和主義が結びつくというのが、よく理解できないのだが」

「馬鹿なことを言うな。究極の暴力は、やはり戦争だろう。戦争に反対する平和主義が、非暴力主義と同調し、重なるのは当然のことだ。わたし自身、平和主義者にして非暴力主義者だ」

「暴力装置たる軍隊の抑止力に基く平和を求める、というのも平和主義のひとつの手法だと思うが、非暴力主義の立場からはそれは許されない、となるのではないかな?」

「当然そうなるな。武力による国際紛争の解決は戦争行為だ。その観点からも、軍隊による平和の維持、戦争の抑止効果には疑問が多い。非暴力平和主義こそが、究極平和への近道だろう」

「どうも、神田氏を始めとする非暴力平和主義者は、単に軍隊にアレルギーを持っている反軍主義者と同じように見えてしまうのだがな。戦争を忌むあまりに、軍事関連の用語や、軍隊にまつわるあらゆる事柄を禁忌し、安全保障に関して論ずることも、考察することさえ拒否してきた人々と、同類ではないのかな」

「……アレルギーだと?」

 神田元総理が、むっとした表情でファルリンを睨む。

「非暴力平和主義者は、本当に平和を求めているのか? もしそうであれば、手っ取り早く平和を求める手段である暴力の利用を否定するのは矛盾しているだろう。ただ単に、自分たちの理想とする平和理念を他人に押し付けることで、満足感を得ているだけではないのか? 軍隊がなくなれば、本当に平和が訪れると思っているのか? その論が正しければ、人類は戦争など決して起こさなかったはずだが? 明らかに、軍隊の登場は戦争の『発明』以後だからな。軍隊がなければ戦争はなくなる、との説は、まるで葬儀屋が無ければ誰も死なずに済む、と言っているようにも聞こえるぞ」

「こじつけだ! 本質的に人は道徳的な存在だ! まともな政治意識を持った有権者によって支持されている民主主義国家の指導層ならば、国家相互の信頼醸成によって軍事力に頼らぬ非暴力的な究極平和を達成できるはずだ。たしかに、いまはまだ国際社会が未熟な段階だ。軍事力に頼らざるを得ない状況も出てくるだろう。だが、軍隊は基本的に悪だ。国民を守らぬ組織だ」

 憤然として、神田元総理が主張する。

「まあ、世界の多くの国で、軍隊が国民を守らぬと言うのは事実だな。某大国でさえ、軍隊は党の私兵たる下部組織だからな。だから、デモ隊の若者を戦車で挽き潰せたりするわけだが。しかし、神田氏の話を聞いていると、非暴力平和主義は安全保障論と言うよりも一種の信仰に思えてくるな」

「信仰だと?」

「一部のムスリムは、アッラーに帰依するあまり自分たちの都合の良いようにクルアーンを曲解し、イスラムの名を借りて非道な行いをする。非暴力平和主義者も、平和を愛するあまり自分たちの都合の良いように平和主義を拡大解釈し、平和の美名のもとに偏見に満ちた政治活動を行う……。ヘサール族と、大して変わらないではないか」

 くすくすと笑いながら、ファルリンが言った。

「ば、馬鹿にするな! あのような、無辜の市民を虐殺するような非道な連中と、真に平和を愛する我々を同一視するなど、許さんぞ!」

 神田元総理が、いきり立つ。

「まあ、興奮するな、神田氏。わたしも別に、暴力を賛美しているわけでも、奨励しているわけでもない。あんたがどんな説を唱えようが、それは自由だ。だが、他人に迷惑を掛けないでくれ。おれは医者にも薬にも頼らず、健康を維持する、と宣言し、それを実践するのは構わないが、他人が病院に行くのを妨害したり、薬を買うのを妨げたりするのはやめてくれ」

 宥めるように、ファルリンが言う。

「失礼する」

 むっとしたまま、神田元総理がハッチを這い出た。フェンダーに立ち、さらに地面へと降りる。

「どうしたのでありますか?」

 シオは声を掛けた。

「シオ。察してあげなさい。生理的欲求に決まっているでしょう」

 スカディが、たしなめるように言う。

「なるほど。では、あたいも連れションしてくるのであります!」

「AI-10に排尿機能はないし、だいたいあなたは女の子でしょう」

 シオのボケにスカディが突っ込む。

 生い茂る草の陰で用を済ませてきた神田元総理は、すぐに戻ってきた。よっこらせと掛け声をかけながら、よじ登ってくる。

「ところで、ヘサール族の連中は何をしたかったんだね?」

 車長用ハッチに再び潜り込んだ神田元総理が、ファルリンに向かって訊いた。

「怪しい日本人を探していたよ。見なかったか、と聞かれた」

 苦笑しながら、ファルリンが答える。

「シャルバド族か、国家再生党が手を回したのだろうな。予想よりも組織的に、追跡がなされているようだ」

「それはまずいのであります!」

 RPGを片付け終わったシオは、そう口を挟んだ。

「ともかく、国境へ近付こう。ウズベキスタンへ入ってしまえば、シャルバド族だろうが国家再生党だろうが、手出しはできまい」

「賛成ですわ。先を急ぎましょう」

 ファルリンの言葉に、スカディが賛成する。



「パット(手詰まり)だな」

 サティコフ旅団長は腕を組んだ。

 第3旅団の一個機械化大隊を基幹とする国家再生党軍部隊は、空軍基地兼用のシリクマール国際空港を緩やかに包囲……軍事用語ではなく、一般的な用語としての包囲を行っていた。

 すでにホラニスタン内戦は開始され、国内数ヶ所で激しい戦闘が繰り広げられていたが、ここシリクマール国際空港の周辺では一発の銃弾も発射されていなかった。愛国行動党を支持する空軍側に戦意が薄く、また第3旅団側も損害が出るのを恐れて攻撃を手控えていたからだ。

 空軍側はすでに、空港に対する直接攻撃はもちろん、攻撃準備と判断される行動があった場合には、周辺の国家再生党軍部隊……声明では『反乱陸軍部隊』となっていたが……に対し徹底した攻撃を行うと言明していた。空港に駐留する戦力は、MiG‐29戦闘機とSu‐25攻撃機が合わせて四十機ほど。それに、Mi‐24攻撃ヘリが十数機。……彼らが本気を出せば、一個機械化大隊など一回の出撃で壊滅させられるであろう。第3旅団が保有する最良の対空兵器は、わずか二両の9K33(SA‐8)地対空ミサイル車両である。あとは、肩撃ち式の対空ミサイルだけだ。……全滅と引き換えに、数機を撃墜できれば御の字、と言った程度の戦力しかない。

 だがもちろん、空軍側にも弱みはあった。最大の弱みは、空軍基地内部における潜在的対立である。

 当基地の地上戦力は警備大隊とは名ばかりの、軽火器しか持たぬ百名足らずの兵員……しかも訓練不足の中年ばかり……しかいない。

 たしかに航空機による先制攻撃を掛ければ、周辺の国家再生党軍部隊を壊滅させることが可能である。だが、その程度では情勢に大きな変化を与えることはできない。それどころか、本気になった国家再生党軍が大部隊を投入してくれば、これを警備大隊が阻止することは不可能に近い。

 基地放棄、となれば、パイロットたちは航空機で脱出が可能だ。士官連中や主要な整備員なども、輸送機に無理やり乗り込めば逃げられるだろう。だが、それ以外の人員……人数にすれば約七割ほどか……は置き去りとなる。……国家再生党軍が、捕虜を丁重に扱うとは、とても思えない。

 そのようなわけで、空軍基地内部では多数派が、戦端を開くことなく現状を維持するように、と基地上層部に対し無言の圧力を掛けていたのである。第3旅団の方も、多くの戦力を東部に派遣して兵力不足であったから、無理に攻撃を仕掛けるようなことはしなかった。滑走路を早期に潰すことができれば、勝ち目はあるのだが、肝心の自走砲大隊はまるごとアビロフ将軍に貸してある。内戦が始まってしまった以上、返してくれと言うわけにもいかない。2S12/120ミリ重迫を有する迫撃砲中隊はあったが、空軍側は定期的に偵察ヘリを飛ばして周辺を監視している。迫撃砲陣地を設置しようとすれば、即座に攻撃機が飛び立って、クラスター爆弾の雨を降らせるだろう。

「ところで、例のカンダの捜索はどうなった?」

 副官に、サティコフは尋ねた。

「いまだ連絡はありません。ヌーリ・シャルバドがヘサール族を動かして探させているようですが、こちらも進展なしのようです」

 副官が、てきぱきと答える。

「空を使えぬのは痛いな」

 サティコフは、顔をしかめた。

 旧ソ連国家らしく、ホラニスタンでも陸軍に航空隊はない。偵察ヘリコプターですら、空軍の所属なのだ。Mi‐2の四機も使えれば、とっくにカンダを探し出すことができているはずである。

 折しも、空軍の定期偵察に従事するMi‐2小型ヘリコプターが、シリクマール空港から離陸した。ぱたぱたと軽いローター音を響かせつつ、高度を上げてゆく。



 ロシア連邦は世界最大の面積を持つ国家であり、その中には百八十を越える民族が居住していると言われている。国民にはアジア系も多数含まれており、その中には当然ながらモンゴロイドも多い。

 そのようなわけで、サマルカンド空港に到着した畑中二尉が、マルカ・ヴァラノヴァ名義のロシア連邦外務省発行のパスポート使って入国手続きを行っても、職員は誰も怪しまなかった。多少訛っていたとは言え、流暢にロシア語を操ったのだから、なおさらである。仕立てのいいスーツを着て、多額の米ドルを持っており、なおかつ多少尊大に振舞った……畑中二尉としては、怪しまれないようにいつも通りに自然体でいただけなのだが……ことも、ビジネス目的での入国という偽装を補強してくれた。

「しかし、本当に使うときが来るとはなー」

 無事入管を終え、空港ロビーを歩みながら、畑中二尉は茶色い表紙のロシア連邦パスポートをしげしげと眺めた。万が一、神田元総理がホラニスタン国外に出ることになった場合、遅滞なく付いて行けるように、念のために偽造パスポートを持参していたのである。日本のパスポートを使わなかったのは、ウズベキスタン入国にビザが必要となるためだ。ロシアとウズベキスタンは、ビザの相互免除協定を結んでいるから、ロシアのパスポートを使えば、ホラニスタンからでも速やかに入国することができる。

 電話ブースを見つけた畑中二尉は、さっそくホラニスタンの首都アラチャに待機する三鬼士長に国際電話を掛けた。手短に、情報を交換する。

 ターミナルの外に出た畑中二尉は、急いでタクシーを物色した。神田元総理とAI‐10たちを乗せねばならぬので、最低でもミニバンクラスが必要となる。達者なロシア語と数枚の五ドル紙幣を駆使した畑中二尉は、ちょうど良さそうなワンボックスの軽自動車、GMデーウのダマスをチャーターすることに成功した。そそくさと乗り込み、まずは市内の携帯電話屋へ向かう。ロシアのパスポートとちょっとした袖の下のおかげで、携帯電話はすぐに手に入った。それを握り締めたまま、運転手に東の国境へ向かうように指示する。


第十五話をお届けします。

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