第十三話
煙の出所は、ファルリンの読みどおり朝食の支度としての焚き火からであった。焚き火は合計三ヶ所。大きな鍋を熱している二つと、薬缶で湯を沸かしているらしい小さなもの一つだ。枯れ草を集めて燃やしているらしく、薄く白っぽい煙が空へと立ち昇ってゆく。
だが、そこで朝食を掻き込んでいる連中は予想とは違っていた。黒っぽい服をまとった、いずれも男ばかりの三十名ほどの武装集団。
「ヘサール族だ」
草葉の陰から様子を窺いながら、ファルリンが言う。
朝食を続けるヘサール族戦士のすぐそばには、二台の古いMAZ‐502トラックが停めてあった。その右側に張られたテントから、三人の若者が荷物を運び出し、トラックの荷台に積み込んでいる。野営の撤収作業だろうか。
左側、少し離れたところにはカーキ色のBTR‐70装輪装甲兵員輸送車と、T‐72MBT(主力戦車)が停めてあった。そちらでも、ホラニスタン陸軍の制服を着けた数名の兵士が、朝食の真っ最中であった。左腕には、鮮やかな緑と白の腕章が巻きつけられている。……国家再生党支持を表す標識である。
「T‐72なのです! 神戦車なのです! オブイェークトなのです!」
シオははしゃいだ。
「あいつら、あの村を襲った奴らかもしれない」
硬い声で、亞唯が言った。
「そうね。ヘサール族戦士が持っている武器と、見つかった薬莢がぴったりと合うわね」
スカディが、同意する。
7.62×39のAK47突撃銃。7.62×54RのRP‐46軽機関銃。5.45×39のAK74突撃銃。9×18のPM‐63短機関銃。7.65×25のVz24短機関銃。7.62×51のG3自動小銃。そして、.303ブリティッシュのリー・エンフィールド・ライフル。
「あれはオリジナルのM‐16ではありませんねぇ~」
二丁ばかり見受けられるM‐16A1突撃銃そっくりな銃を見ながら、ベルが言う。
「中国製のCQ311のようです! なんでもコピーするのがお好きな国なのです!」
シオはそう言った。
「あのトラックを手に入れましょう」
物欲しげに見つめながら、スカディがそう提案した。
「どうやるつもりかね、スカディ君?」
神田元総理が、怪訝そうな顔で問う。
「ファルリンさん。実はわたくしたち全員、結構戦えますの。幸い、彼らは無警戒のようです。強襲を掛けて、T‐72とBTRを乗っ取れば、残った連中は降伏してくれるのではないでしょうか」
神田元総理をいったん無視する形で、スカディが言う。
「ふむ。たしかに無警戒だな。やれるかもしれない」
ヘサール族の連中は、ほとんどが食事とおしゃべりに夢中だし、荷運びの三人も作業に集中している。第3旅団の兵士の方は、一応プロらしくT‐72の車長用ハッチとBTR‐70の上部に一人ずつ立たせているが、この二人も周囲を見張ることよりも、手にしたナンを齧ることに忙しいようだ。……この近くに、自分たちに逆らえる者などいない、と信じきっているのだろう。
「ちょっと待ちたまえ。死人が出るような行動は、許さんぞ」
抑えた声で、神田元総理が言い張る。
神田元総理を完全に無視する形で、スカディが腕に内蔵されたスタンガンの電弧をファルリンに披露して見せる。
「ほう。さすがに護衛用ロボットだ。銃器も扱えるのか?」
感心したようにうなずいたファルリンが、訊いた。
「もちろんですわ。射撃の精度にも、自信があります」
スカディが、笑顔で請合う。
「あれは、ぜひとも欲しいね」
亞唯が指差した。二人のヘサール族戦士が、テントからコンパクトな機械を持ち出して、トラックに載せようとしている。……小型の発電機だ。
「きっと野営時の装備ですねぇ~。ガソリン式かディーゼル式かはわかりませんが、今のわたくしたちには垂涎の装備ですねぇ~」
嬉しそうに、ベルが言う。
「死人が出ないようにすればいいのだろう。ロボットたちに頑張ってもらえれば、なんとかなる」
ファルリンが、神田元総理を見据えて言う。
なおも反対する神田元総理を宥めすかしつつ、AI‐10たちとファルリンは作戦を立てた。ファルリン、亞唯、雛菊がT‐72戦車制圧を担当し、スカディ、シオ、雛菊がBTR‐70制圧を行う。T‐72の砲塔上面に付いているNSVT 12.7ミリ重機関銃を向けられれば、ヘサール族戦士たちも『快く』トラックを譲ってくれるだろう、という目論みである。
「急ぎましょう。食事しているあいだが、チャンスですわ」
スカディが、急かす。
「これを持っていけ」
ファルリンが、懐から出したマカロフ自動拳銃と、F1破砕手榴弾をスカディに渡した。
「それは、わたくしに下さいぃ~」
例によって、ベルが手榴弾を欲しがる。
生い茂る草を掻き分けながら、スカディ、シオ、ベルの三体は見張りの兵士の死角からBTR‐70装甲兵員輸送車に迫った。
「シオはわたしが車体の上に登るのを手伝ってちょうだい。見張りは、わたしが倒します。ベルはタイヤのあいだのハッチから中に入り、車内の制圧を。シオはこれを援護。速やかに銃塔を確保し、ヘサール族にKPVTを向けてちょうだい」
早口で、スカディが命ずる。BTR‐70の銃塔に装備されているKPVT 14.5ミリ重機関銃は、NSVT 12.7ミリ重機関銃のほぼ倍の威力を持つと言われている。これを向けられたら、どんな精兵でも銃を捨てる気になるであろう。
三体は、首尾よく見張りに見つかることなくBTRの側面に張り付いた。換気のためか、車体側面のタイヤのあいだにある逆三角形型の小さな乗降用ハッチは開け放たれている。
体内クロノメーターで時刻を確認したスカディが、シオとベルに作戦開始を身振りで告げる。シオは、車体側面に両手をついた。シオの体とタイヤを足掛かりにしながら、スカディがよじ登り始める。
「よし。亞唯は見張りを倒してNSVTを奪え。雛菊は、砲手用ハッチから車内に入り、制圧。わたしは乗員を抑える」
ファルリンが、命じた。
ファルリンに手伝ってもらい、二体はT‐72の車体によじ登った。気配に気付いた見張りの戦車兵が、迫ってくる二体のAI‐10を見て目を丸くする。
「悪いな」
亞唯はそう言いながら腕を伸ばした。気絶レベルに設定した電撃を、戦車兵に叩き込む。
気絶した戦車兵をハッチから手荒く引き摺り下ろした亞唯は、素早くNSVT重機関銃に取り付いた。それを横目に、雛菊が砲手用ハッチから車内に潜り込む。
「動くな!」
車体後部から反対側の側面に回りこんだファルリンが、AK47をT‐72とBTR‐70の乗員たちに向けて怒鳴る。
スカディが、見張りの兵に電撃を叩き込む。兵士が、ナンを口に咥えたまま昏倒した。
一方、狭いハッチからBTR‐70の車内に潜り込んだベルは、中にいた兵士と鉢合わせとなってしまった。
「ノックもせずに失礼しましたぁ~」
ベルは慌てずに兵士に電撃を見舞った。たまらず、兵士が仰け反った。狭い車内なので、後頭部が側面にぶつかって、ごつんという痛そうな音が生じる。
「何者だ!」
操縦席に座っていた兵士は、なかなかに機敏であった。置いてあったAK74Sを掴みあげると、コッキングしつつ銃口をベルに向ける。近付くのは無謀だ、と計算したシオは、慌ててハッチから逃げ出した。セミオートで放たれた数発の銃弾が、ハッチ付近に当たって鋭い音を立てる。
「無血制圧に失敗しましたぁ~。仕方ないのですぅ~」
ベルは、F1手榴弾のセイフティ・ピンを抜いた。安全ハンドルを飛ばしてから一秒待って、手榴弾をBTR‐70の車内前方へと放る。
亞唯はNSVTの機関部右側にあるワイヤーに繋がれた棒状ハンドルを引いてコッキングした。銃口をヘサール族戦士たちに向け、最大音量で怒鳴る。
「動くな! 動くと撃つ!」
いつでも電撃を放てるように腕を前に突き出しながら、雛菊はT‐72の車内に滑り込んだ。だが、狭い車内には誰も居なかった。
スカディは倒した兵士の装備であるAK74を拾い上げた。予備弾倉を回収していると、どんという音ともにBTR‐70の車体が揺れる。……速やかな車内制圧に手間取ったベルが、手榴弾を使ったにちがいない。スカディはそう正しく判断していた。
シオはハッチからBTRの車内を覗き込んだ。白っぽい煙が渦巻いていたが、動くものはいない。とりあえず、敵は始末できたようだ。
「スカディちゃんたちを援護するのです!」
身を引いたシオは、ベルにそう告げた。
ヘサール族戦士たちは、固まっていた。
無理もないだろう。のんびりと朝食を楽しんでいたら、急に騒がしくなり、そしていきなり『動くな! 動くと撃つ!』とロシア語で怒鳴られたのだから。しかも、女の子の声で。
亞唯の声は、AHOの子たちの中では最も低く、かなり大人っぽい声といえる。だが、それでも普通に聞けばちょっと発育のいい女子高生、といった程度のものである。
これが、肝の据わった兵士らしい男性の声……声優で言えば、玄田○章か大塚○夫あたりの声で怒鳴られたのであれば、ヘサール族もあっさりと降伏したかもしれない。だが、女性の声……しかも、まだ幼さの残る声で怒鳴られれば、逆らいたくなるのがイスラム戦士というものである。女子供に舐められたうえに負けたのでは、天国に行けるはずもない。
まるで申し合わせたかのように、ヘサール族戦士が一斉に動いた。手にしていたカップやボウル、齧りかけのナンや果物を放り出し、自分の得物に飛びつく。
「聞き分けのない連中だね!」
毒づきながら、亞唯は射撃を開始した。T‐72搭載のNVSTの射撃方法は、引き金式でも押し金式でもない。機関部後方左側下に突き出ているハンドルのレバーを握る、という……日本人の軍事マニアが見れば、まず確実に帝国海軍機や初期の陸軍機のスロットルに付いていた機銃発射レバーを連想するであろう方式である。
轟音とともに、大口径銃弾が次々と銃口を飛び出し、飛翔を開始する。NVSTの連射速度は、毎分700から800発という、汎用機関銃レベルのものだ。ちなみに、西側の同級兵器であるM2重機関銃は、毎分500発前後である。
ヘサール族戦士たちまでの距離は、五十メートル程度。長い有効射程を持つ重機関銃にとっては、眼の前にいるも同然である。
たちまちのうちに、半数ほどのヘサール族戦士がなぎ倒された。
重機関銃の発射音に促されるようにして、陸軍の兵士たちも一斉に動き始めていた。ファルリンを『たかが女ひとり』と見くびったのだろう。
ファルリンが、ためらいの色も見せずにフルオートで発砲した。AK74や74Sを掴みあげようとした兵士たちが、銃弾を浴びて次々に倒れる。だが、一弾倉で全員を倒すまでには至らなかった。生き延びた五名ほどが、銃口をファルリンに向ける。空になった弾倉を落としながら、ファルリンはT‐72の陰に逃げ込んだ。
生き延びた下士官が、命令を怒鳴った。二人が、T‐72をよじ登り始める。NVSTの射撃を、阻止しようというのだ。
だが、車体の上に登る前に、砲塔から射撃を浴びせられ、二人の兵士は地面に叩きつけられた。見張りのAK74を拾い上げた雛菊が、抜け目なく亞唯の援護にまわっていたのだ。
新しい弾倉を挿入したファルリンも、T‐72の車体の陰から発砲を再開した。さらに、BTR‐70の銃塔を盾にして、スカディが撃ち始める。異なる方向からの射撃に、下士官と兵士の一人が打ち倒される。逃げようと背中を見せた兵士も、身を乗り出した雛菊の一連射を喰らって倒れた。
「くそっ」
亞唯は毒づくと、射撃を中断した。
残っているヘサール族は、五名ほど。倒すのはた易いが、全員がトラックの陰に隠れているので、まともに撃ったのではトラックを壊してしまう。すでに、一台のMAZ‐502は、フロントエンジン部分に何発も被弾し、使い物にならなくなっていた。目的は、トラックの確保である。壊してしまっては、元も子もない。
こちらの銃撃がやんだためか、ヘサール族の生き残りが激しく撃ち返してくる。亞唯は牽制の射撃を行った。
『スカディ。どうする?』
無線で、指示を仰ぐ。
『わたくしが降伏勧告しましょう。亞唯、射撃を中断してちょうだい』
スカディが、命ずる。
亞唯は素直に射撃をやめた。だが、スカディが口を開く前に、ヘサール族戦士が動きを見せていた。
「あかん」
砲塔の陰に隠れるようにして見張っていた雛菊が、ぼそっと言う。
トラック前部の陰に隠れていたヘサール族戦士が、長い棒状の物を肩に担ぎ上げ、先端をこちらに向けた。……おなじみの、RPG‐7だ。
亞唯は射撃レバーを握った。対戦車ロケットが砲塔に命中すれば、亞唯も雛菊もあっさりと吹き飛ばされてしまう。
銃弾が、トラックに注ぎ込まれる。RPG射手と、もう一人がすぐさま絶命した。トラックが穴だらけとなり、残るヘサール族戦士たちが逃げ始めた。亞唯は冷静にNVSTを操り、全員を撃ち倒した。
「結局大量虐殺ではないか! しかも、トラックも手に入らなかった!」
神田元総理が、T‐72のそばに立つファルリンとスカディに非難を浴びせる。
「降伏勧告は行った。連中が、戦闘と死を望んだのだ」
作戦の失敗は自覚し、反省しているのだろう。少しばかり俯き加減に、ファルリンが言い訳する。
「発電機は無事だったのです!」
シオはベルと一緒に、壊れたトラックから回収したディーゼル式ポータブル発電機を運んできた。同じく回収した二十リットルタイプのジェリカンを抱えた雛菊が、あとに続いている。
「これで、充電できますわね」
スカディが、安堵の笑顔を見せた。
「で、これからどうするんだい?」
AK74を手に、いまだ気絶している二人の陸軍兵士を見張っている亞唯が訊く。ちなみに、ヘサール族戦士の中にまだ息のある者が数名いたが、いずれも手の施しようがない瀕死状態だったので、すでにファルリンが『慈悲あまねく慈悲深きアッラーの御名において』天国へと送ってある。
「雛菊。その缶はまだあったのか?」
どさりと重いジェリカンを地面に置いた雛菊に、ファルリンがそう訊ねる。
「何個かあったで。発電用と言うよりも、トラックの予備燃料やろうな」
「よし。ご苦労だが、全部持ってきてくれ」
「……何をするつもりだ?」
怒り疲れたのか、げんなりした表情になった神田元総理が、物憂げに訊く。
「こいつに給油する」
ファルリンが、T‐72のフェンダーに手を掛けた。
「戦車に?」
神田元総理が、驚きの表情を浮かべる。
「トラックは二台とも壊してしまった。BTRもさっき確認したが、操縦席が破壊されている。こいつに乗って、移動しよう」
涼しい顔で、ファルリンが告げる。
「無茶だ!」
「無茶なものか。戦車も車の一種だぞ」
笑みを浮かべて、ファルリンが言う。
「他に選択の余地はないですわね。神田先生もお疲れのようですし、歩くよりはマシでしょう」
スカディが、ファルリンの決定に同調する。
「わたしは乗らぬぞ! 戦車など、人殺しの道具の最たるものではないか! 軍需産業を儲けさせるためだけの、鉄の塊だ!」
神田元総理が、わめく。だが、疲れているのかいつもの迫力がない。
「準備に掛かろう」
神田元総理を無視し、ファルリンがそう指示を出す。
一名を除き、一同は出発準備に入った。スカディとシオと雛菊が、ジェリカンを運んでT‐72の給油口……車体右側フェンダー部分に複数ある……に軽油を注ぎ入れる。ファルリンがT‐72車内を点検し、亞唯が気絶している捕虜を見張りつつ、周囲を警戒する。ベルは、トラックの残骸から有用そうな物を漁った。
給油を終えたスカディ、シオ、雛菊の三体は、ベルが運んできたワイヤーやロープで、T‐72の車体に発電機や予備のジェリカンを縛り付けた。神田元総理を除く全員分のAK74と予備弾倉、ベルが持ってゆくと言い張った大量の手榴弾、さらにRPG‐7と予備弾三発も積み込む。ファルリンと神田元総理用の水と若干の食料も、積み込まれた。
「こいつらは、どうするんだい?」
あらかた準備が終わったところで、いまだ気絶中の捕虜を指差して亞唯が訊いた。
「さすがに殺すわけにはいかないし、連れて行くのも厄介だな。置いてゆこう。水も食料もあるし、死ぬことはあるまい」
ファルリンが、肩をすくめる。
「念のため、もう少し眠っていてもらいましょう」
スカディが、少し高めの電圧に調整した電撃を、二人の捕虜に浴びせた。
「操縦はうちがするで」
雛菊が、挙手して志願する。
「では、わたくしがお手伝いしますですぅ~」
ベルが、すかさず名乗り出る。
ぶつぶつと文句を言っていた神田元総理だったが、観念したのかファルリンが促すと意外とあっさりとT‐72に乗り込み、砲手席に収まった。亞唯が砲塔バスケット内に立ち、一段高い車長席にファルリンが座る。スカディとシオは、スペースの都合上車内に乗れず、車体後部に載ることになった。
「あたいたちの命も、あと一週間というわけですね!」
「縁起でもないこと言わないように」
スカディが、はしゃぐシオをたしなめる。
「ほな、行くで」
雛菊が、エンジンを作動させた。T‐72の巨体が、ぶるぶると振動する。
ハンドブレーキを解除した雛菊が、操縦席右側の変速レバーに手を掛けた。クラッチを踏むベルとタイミングを合わせて、ギアを一速に入れる。ベルがアクセルペダルを踏み込み、T‐72がゆるゆると動き始めた。操縦席左右の操行レバー適宜操りつつ、雛菊が二速、三速とギアを切り替えてゆく。
長大な砲身を揺らしながら、カーキ色の巨獣は草原を踏みしだきつつ、西へ車首を向けた。やかましい走行音と排気ガス、それに醜い二本の履帯跡を残して、徐々に速度を上げてゆく。
第十三話をお届けします。




