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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 04 中央アジア内戦突入回避せよ!
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第十一話

「眠そうだな。運転を代わってやりたいが、あいにくわたしは運転免許を持っていないのだ」

 疲れた表情のファルリンを見て、神田元総理が言う。

 すでに日は暮れている。シリクマール市を迂回した瑞虎は、ヘッドライトを点灯して西へと向かう街道をひた走っていた。

「気を使わなくても結構。眠気を我慢するのも、ジハードだ」

「ジハード? 眠気と戦うから、ジハードなのかね?」

 神田元総理が、首を傾げる。ファルリンが、笑った。

「日本語ではジハードを『聖戦』と訳すが、それは正しくないのだ。むしろ努力、くらいに訳すべきだろうな」

「内へのジハード、ってやつだね」

 亞唯が、言う。ファルリンがうなずいた。

「ロボットたちは勉強してきたようだな。内へのジハード、または大ジハードは、ムスリム個人が正義を追及する上での努力すべき事柄、といったものだ。キリスト教徒が律法を守り、仏教徒が戒律を守ると同じようなものかな。信仰を高め、ムスリムとして正しい道を歩むことが、大ジハードなのだ。わたしが隊長から命じられた任務を果たすために、こうして眠気に耐えて運転を続けるのは、まさに大ジハードなのだ」

「では、異教徒と戦ったりするジハードは……」

「あれは、外へのジハード、または小ジハードと呼ばれるものだ。信仰を守るために、外敵と戦うまさに聖戦だな。だが、本来ジハードは極めて防衛的なものだ。一部の原理主義者どもがジハードと称し異教徒に対しテロ行為を繰り返しているが、あれは断じてジハードなどではない」

「しかし、コーランの中にはかなり暴力的な文句があったはずだ。たしか、多神教徒を殺すべきとかなんとか……」

 思い出そうとする努力なのか、あるいは嫌悪感からか、神田元総理が眉をひそめながら言う。

「第九章だな。だがあれは、第八章の続きなのだ。すなわち、当時ムハンマドに敵対し、メッカを支配していた多神教徒に対して述べられたものに過ぎない。一部だけを切り取って強調し、あたかもそれが主たるものであるかのように言い張るのは、幼稚な情報操作の手法だろう。イスラムは平等と寛容を重んずる宗教だ。たしかに創成期は暴力的であり、ムハンマドの陣頭指揮で戦ったことも多かったが、あくまで信仰を守るための戦いだ。その後、為政者が自己の権力、権勢拡大のために信仰を利用した不幸な歴史もあったが、これはどの宗教にもある黒歴史だろう」

「問題は、その黒歴史が現在進行形で続いている、と言うところではないでしょうかぁ~」

 ベルが、口を挟んだ。

「そうだな。不幸なことに、ムスリムの多い国は貧しい国が多い。政治的にも、未成熟な地域が大半だ。西欧型民主主義はイスラムと相容れないが、世俗主義的な民主主義はもっと広まるべきだな。西欧の真似をすることだけが、民主化ではない。個人が相応の世俗的政治権力を持つことは、教えに反するものではない。アッラーに帰依しつつ、もっと民主的な国家を建設することは不可能ではないだろう。……原理主義者や復古主義者とは相容れない意見だろうが」

「こうして考えると、日本って国は柔軟やな。漢字やらインドの神様やら火縄銃やら西欧流近代法やらグローバル・スタンダードやら何でもかんでも取り込んで、発展してきたんやから」

 雛菊が、笑いながら言う。



 元ホラニスタン陸軍第3旅団は、シリクマール市南郊にある小都市の小学校に臨時旅団本部を設けていた。

「よく来てくれた、ヌーリ」

 旅団長であるビザン・サティコフが、椅子から立ち上がってヌーリ・シャルバドを迎える。

「お久しぶりですな、将軍。さっそくですが、これをお納め下さい」

 ヌーリは、後ろに控えていた副官のミラードから小さな布袋を受け取ると、サティコフの手に押し付けた。受け取ったサティコフが、手触りで中の物を確かめる。

「これはこれは。百枚、といったところですな」

 サティコフが、微笑んだ。幅からみて、ドル紙幣であることは明確だ。ヌーリ・シャルバドほどの男が、手土産に二十ドル紙幣の束……二千ドル程度の現金を持参するとは思えない。まず確実に、百ドル札百枚……一万ドルの現金だろう。

「何か、頼み事ですかな?」

 ヌーリに椅子を勧めながら、サティコフが訊く。

「さすが将軍。話が早い。実は……」

 椅子に掛けたヌーリは、事情を物語った。細々した部分は省き、弟ラフシャーンの仇としてカンダを追っていることを強調する。

「よく判りました。さっそく、手配しましょう。第3旅団の総力を挙げて、その日本人を捕らえるお手伝いをしましょう」

 賄賂が効いたのだろう。サティコフが、ヌーリへの協力を快諾する。

「道路封鎖は、すぐにでも行えます。幸か不幸か、西部地域へは分遣隊を多少派出してあります。ヘサール族に頼んで、そのうちの数隊をカンダの捜索に振り向けてもらいましょう」

「ヘサール族? 彼らが、どう関わっているのですか?」

 ヌーリは訝った。西部地域では最大規模の部族で、狂信的とも言えるほどの復古主義者たちだが、国家再生党には加わらず、日和見ていたはずだが……。

「それが、つい先ごろ、国家再生党支持を打ち出しましてね」

 苦い表情で、サティコフ将軍が語り出す。

「こちらとしては、西部地域の安定支配のためには大いに助かるのですが……その見返りに、『浄化』に眼を瞑れ、と言われましてね」

「浄化ですと?」

 いやな予感に包まれながら、ヌーリは訊いた。

「異端を西部地域から一掃する、とのことです」

「一掃、というのは多様に解釈できる言葉ですが」

「詳しくは、わたしも知りませんし、知りたくもない」

 半ば怒ったような表情で、サティコフが言い訳した。

「一応、連中の暴走を防ぐために、部下を付けて送り出しました。無責任なようだが、何があったとしても、それはヘサール族が勝手にやったことです。わたしは確かに異教徒を敵視してはいるが、スーフィーは信仰を同じくする者たちだ。ヘサール族とは、相容れない」

 ……狂ってやがる。ヘサールの連中は。

 スーフィーとは、イスラム神秘主義者のことである。広義のイスラム教の一派であり、信者はムスリムであるものの、その独特の教義や、通常のイスラム社会ではハラーム(禁止すべき事項)とされている音楽や舞踏を信仰に取り入れていることから、原理主義的ムスリムからは異端視されている。

 ここホラニスタン西部地域には、ナクシュバンディー教団の流れを汲むスーフィーの遊牧民が、多数居住していた。愛国行動党は世俗主義だったし、スーフィーの少数民族も特に問題を起こさなかったので、これまでは穏健なムスリムとして信仰を保障されてきていた。今回の国家再生党による政権奪取の目論見に関しても、彼らは中立を保ち、大人しくしていたはずである。

 復古主義者ヘサール族。情勢の混乱に乗じて、『異端』を一掃しようというのか。

 シャルバド族も原理主義的傾向が強いが、スーフィーは同じアッラーの民と看做している。こちらを脅かすことのないムスリムを攻撃するなど、あってはならないことだ。だが……今の優先目的はカンダの確保にある。ここは、ヘサールの連中の暴走は見逃すべきだろう。

「そうですか。とにかく、手配をお願いします」

 ヌーリは、内心の動揺を隠してそう言った。うなずいたサティコフが、副官を呼んだ。てきぱきと口頭で指示しながら、紙にペンを走らせる。

「これを、お渡ししておきましょう。信任状です。これを見せれば、第3旅団のあらゆる部隊が、君に無条件で協力してくれるでしょう」

 サティコフが、署名した紙をヌーリに渡した。



「もう限界やな。うちが、運転代わったるで」

 ハンドルを握ったままうとうとし始めたファルリンを見かねて、雛菊がそう申し出た。

 本来ならば、もう何時間も前にシリクマール市駐屯の政府軍に神田元総理とAI‐10たちを引き渡し、今頃は市内の連絡員の家で休息しているはずなのだ。昨晩は夜襲の準備と実行で一睡もしていない。若く健康で徹夜慣れしているゲリラ戦士にとっても、そろそろ限界が近付いていた。

「運転できるのか?」

「一体じゃ無理やけどな」

「では、わたくしがお手伝いいたしますですぅ~」

 カーゴスペースから、ベルが名乗り出る。

 一同は瑞虎を停め、席の移動を行った。ベルが運転席の下に潜り込み、雛菊がシートの上に立つ。ファルリンが後部シートに退き、代わってスカディがカーゴルームに収まった。

「これを、被るといい」

 ファルリンが、自分の荷物の中から予備のヘジャブを取り出し、雛菊に渡した。

「おおきに」

 受け取った雛菊が、それを被る。……これで対向車からは、ムスリムの女性が運転しているように見えるであろう。

「ほな、行くで、ベルたそ」

「わかりましたぁ~」

 ベルが、アクセルを踏み込む。路肩に停車していた瑞虎は、車線に戻るとたちまち速度を上げた。

「ほう。上手いものだな。これなら安心だ。悪いが、少し寝かせてもらうぞ」

 感心したように言ったファルリンが、身体を少しばかり横向きにして寛いだ姿勢となる。

「少しと言わず、遠慮しないで寝てくれ。何かあったら、すぐに起こすから」

 隣に座る亞唯が、座り方を変えてスペースをファルリンに譲ってやりながら言った。

「神田先生も、お休みになってください。国境を歩いて越えなければならないかもしれませんから」

 カーゴスペースから、スカディがそう声を掛ける。

「そうだな。寝かせてもらおうか。あとは頼んだぞ、スカディ君」

 助手席の神田元総理が素直に言って、眼を閉じた。

 しばらくのあいだ、瑞虎は静かに走り続けた。疲れていたのであろう、ファルリンも神田元総理もすぐに寝入ってしまったようだ。

「前方に不自然な明かりがある。検問かも知れない。雛菊、消灯だ」

 後部シートから身を乗り出すようにして、前方を見張っていた亞唯が、突然そう指示を出した。

「了解や」

 雛菊がすぐに、ヘッドライトを消し、減速する。

 亞唯が窓を開け、頭を突き出して前方を観察する。

「やっぱり検問だ。BTRが二両いる。トラックも一台」

 しばらくして、亞唯がそう報告した。

「あかんわ」

 雛菊が、瑞虎を路肩に寄せて停める。

「BTRとなると、第3旅団の検問だろう。まずいな」

 車内の気配で起きてしまったらしいファルリンが、懸念の表情で言う。

「迂回するしかないやろ」

 ハンドルに手を掛けたまま、雛菊が言う。

「よし。南の草原を走破しよう。時間は掛かるが、やむを得まい」

 ファルリンが、懐から地図を取り出した。窓から差し込む月明かりに当てながら、調べ始める。

「よし。現在位置はここだ。少し戻って、この脇道に入る。二十キロほど南下し、そこで西に転ずる。道路はないが、このあたりはほとんどが平坦な地形だ。遊牧系少数民族の村がいくつかあるが、人口は希薄。住民も、今回の紛争に関しては中立のはずだし、どちらかと言えば国家再生党には反感を持っていると聞く。トラブルにはならないだろう。ちょっと、奇矯な連中ではあるが」

「奇矯?」

 亞唯が、首を傾げる。

「スーフィーが多いのだ。まあ、同じムスリムだからな。困っていれば、手を差し伸べてくれる」

 微笑みながら、ファルリンがスーフィーについて簡単に説明する。

「ほな、出すで」

 雛菊が、ぐるりとハンドルを回す。路上でUターンした瑞虎は、来た道を無灯火のまま戻り始めた。

「忌々しい検問だな。軍隊など、無くなってしまえばいいものを」

 苦々しげに、神田元総理が言う。

「また平和な先進国の論理か。第3旅団が忌々しい存在なのには同意するが、軍隊無しでは平和は保てぬぞ」

 呆れ顔で、ファルリンがそう返す。

「確かに、ホラニスタンのような四周を他民族に囲まれている内陸国家はそうかもしれない。だが、日本は別だ。日本のような島国なら、軍事力に頼らなくても平和は保てる。いや、軍事力を持つからこそ、外国との緊張が高まって戦争の危機が生じるのだ。常日頃から平和主義を標榜、実践し、緊張緩和に努めていれば、軍隊無しでも平和は保てる」

「ほう。面白そうな説だな。聞こうか」

 腕組みをしたファルリンが、鷹揚に言った。

「近隣諸国との信頼関係こそが、最上の安全保障なのだ。軍備による抑止力は、他国から見れば脅威にしかならない。幸い、日本は島国だ。自らが紛争の原因を作らない限り、侵略のおそれは少ない。それに、貿易依存の日本は戦争となればたとえ強力な軍隊を持っていたとしても、圧倒的に不利だ。日本の主要な洋上交通路の安全確保を軍事力によって行うのは、事実上不可能だからな。他国との軍事同盟も、他の勢力との緊張を高めるだけだ。平和主義と中立主義を標榜し、自ら軍事力を放棄し、近隣諸国と友好関係を深めれば、軍隊などなくても安全保障は達成できる」

 嬉々として、神田元総理が語り始める。

「ほう。わたしは歴史に無知だったようだな。ハワイやフィリピンは、他国に侵略されたことがなかったのか」

 棒読み口調で、ファルリンが言った。神田元総理が、顔をしかめる。

「もちろん、例外はある」

「卑近な例を挙げれば、沖縄があるな。台湾やスリランカも、侵略されたことがあったはずだ。確かに島国は侵略されにくいが……」

 ファルリンが、さらに反証例を挙げる。

「しかし……平和的かつ友好的に接すれば、他国も同様に接してくれると考えるのは、虫が良すぎないか?」

「そんなことはない。理性的に考えれば、非武装中立政策を取る無害な国家と、友好を保つことは国益に繋がるはずだ」

「理性的ならばな。だが、国家の指導層が常に理性的であるとは限らんぞ。具体的国名を挙げるのはやめておくが、日本の近隣国家がすべて理性的とはとても思えんな。それに、経済をはじめ交流を行えば、必ず利害の不一致が発生する」

 ファルリンが、そう指摘する。

「そんなものは、話し合いでどうにでも解決できるはずだ」

「ふむ。たしかに、非武装中立国家というものは他国の直接的脅威にはならないだろう。しかし現状の軍事力を背景とした力の均衡による平和維持体制の中では異分子であり、その存在は極めて危険かつ脅威ではないのかな? さながら、高速道路を自転車で走っているようなものだろう。本人は他者に危険を及ぼすつもりがなくとも、傍から見れば迷惑この上ない存在でしかない」

「面白い喩えですねぇ~」

 運転席の下から、ベルが言う。

「現行の軍事力を基礎とする安全保障体制自体に、問題があるのだ」

 むっとしたように、神田元総理が言い返した。

「だいたい、このような力の理論を振りかざす輩は非常に場当たり的な論しか口にしないではないか。最終的に、どのような安全保障体制を構築したいのか。日本が核武装し、人類すべてを滅ぼせる量の弾道ミサイルを配備するまでか? 日本の安全保障に関し、その目標を明示できなければ、それは無意味な理論だろう。達成に向けて、努力しようがないのだからな。その点、非武装中立論はプロセスはもちろん、理想形である最終目標、つまり絶対的な平和主義、中立主義、善隣外交、軍事力の完全放棄までも明示し、論ずることができる。はるかに完成された理論なのだ」

「……安全保障とは、相対的なものであろう。そこに理想形などない。理想形を想定し、そこに向かって邁進している時点で、その国家の安全保障政策は国際情勢を無視した独りよがりのものではないのか? 安全保障政策が場当たり的なのは、極めて現実的だと思うが」

 ファルリンが、言い返す。

「だいたい、軍事力なくしてどうやって戦時に中立を保つのだ? 例えば、A国とB国が日本のそばで戦争を始めたとしよう。その際、A国が勝手に日本領土の一部を占領し、軍事基地として使い始めたら、どうするのだ? 中立は保てんぞ」

「真の中立主義を貫けば、そのような事態には……」

「ならないわけがなかろう。真の非武装中立国家であれば、なにをやろうとも敵に廻ることはないし、軍事的脅威は皆無だからな。悪意ある他国なら好き勝手ができる。戦時において中立性を担保するものはその国家固有の軍事力しかないだろう」

「馬鹿を言うな。万が一そのような事態になっても、非暴力的な手段でいくらでも抵抗や妨害が可能だ」

「過度の妨害は、たとえ非武装であっても戦闘行為と看做され、戦争犯罪となるぞ」

 ファルリンが、そう指摘する。

「もちろん、妨害は平和的な手段に限る」

 憤然として、神田元総理が言い返す。

「いずれにしても、戦時に中立を保てる見込みのない国家の、平時における中立宣言など、誰が信用してくれると言うのだ?」

「日頃から平和主義、反戦主義、中立主義を標榜し、実践していれば他国の信用は必ず勝ち取れる」

 熱くなったのか、狭い車内で拳を振り回しながら、神田元総理がそう主張する。

「そうは思わないな。非武装中立主義国家が友好国を得るのは難しいと思うぞ。確かに、近隣諸国の脅威にはならないが、非武装中立国家は原則的に弱小国にならざるを得ない。軍事力の裏打ちのない外交は非力だからな。そして、最大の問題は、中立主義国家は、戦時においてまったくの無力だと言う点だ。戦争という危急の際に、友好国が助けを求めて差し伸べた手を拒絶する国家に、真の友人など得られるわけがなかろう。つまり、非武装中立国家は、表面的な友好国に囲まれているだけで、本当の意味での友人を持たぬ孤高の国家にならざるを得ないのだ」

「持つべきものは友、ということわざは、困った時に力になってくれるのは友達だ、という意味なのです!」

 シオはそう口を挟んだ。

「それは……いや、非武装中立主義は、すべての国家を友人とする政策であり……だいたい君の前提が無茶苦茶だ……」

 神田元総理が、しどろもどろに言い訳を始める。

「もうひとつ。非武装も中立も、しょせんは国家の安全保障政策と外交政策に過ぎない。未来永劫その政策を続ける保障はどこにある? 政権が変わり、民意が変化すれば、他の政策が採られるかもしれない。近隣諸国が常にそれに備えねばならないとすれば、非武装中立主義国家の地域の平和に対する寄与は小さいのではないかな?」

「それは違う! 非武装中立主義は究極の安全保障政策だ! これに取って代われる政策などない! したがって、一度非武装中立主義を選択した国家は、もっとも優れた安全保障手段である非武装中立主義を捨てることはないはずだ」

「それは希望的観測だと思うが、まあ理屈としては間違っていないな。だが、周辺諸国の政策はどうだ? 非武装中立国家が軍事的脅威ではないからと言って、未来永劫友好的、平和的に接してくれると言う保障はないぞ? しょせん軍事は政治の従属物だ。政治的要請、政治的必然があれば、他国は非武装中立国家を敵視し、軍事行動を起こす可能性がある。その際に安全を担保するものが、何もないではないか。どうも貴殿の論を聞いていると、国土の全面的占領を意図した大規模な戦争しか想定していないようだ。たしかに、そのような戦争においては社会防衛論に基く非暴力的な抵抗は有意だろう。だが、政治的意図を持った小規模な紛争を防ぐ力はないと思う。軍事力による個別安全保障ならば、それら小規模な紛争に対する抑止効果は充分に期待できる。先ほどの例で挙げたA国が占領した日本領土が、どこかの離れ小島だったとしたらどうだ? どうやって抵抗するのだ? 漁船で市民を送り込んで、座り込みでもさせるのか? あるいは、何千キロも離れた東京でハンストでも行うのか? 新聞に、占領軍を口汚く罵る社説でも掲載するのか? 小学生に、『占領軍の兵隊さんへ。お願いです。島を返してください』という手紙でも書かせて届けるのか? それで、占領軍が引き上げると、本気で思っているのか?」

 嘲るように、ファルリンが畳み掛ける。

「へ、平和を愛する市民が……いや、彼らの心が折れない限り……」

 詰まりながらも、神田元総理が懸命に言い返そうとする。

「真に注目すべきは、非武装中立国家の安全にあるのではない。非武装中立国家の存在が、周辺国の安全に寄与するか否かだ。現状では、マイナスに働くと考えざるを得ないな。切手発行と観光で喰っている小国ならともかく、日本のような利用価値の高い国が非武装化すれば、第三次世界大戦の引き金となりかねない。銀行や宝石店が、警備システムを全廃したら、街の治安が向上すると思うか? 平和を希求し、理想を追求するのは結構だが、他国の迷惑にならないように頼むぞ。……悪いが、疲れた。また寝かせてもらうぞ。西に転じて五キロほど走ったら起こしてくれ」

 皮肉な口調で言って、ファルリンが議論を締めくくった。

「見事な論旨でしたわね」

 スカディが、感心したように言った。

「一応父親は学者でな。ゲリラ戦士などやってはいるが、学はあるつもりだ。では、おやすみ」

 ファルリンが、満足げな表情で眼を閉じた。


第十一話をお届けします。

※第十一話における神田元総理の非武装中立論は、元社会党委員長 石橋政嗣氏の著書「非武装中立論」(社会新報新書 1980年)の第二章(ネット公開部分)を参考にさせていただきました。

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