第八話
安全保障会議は、武力攻撃への対応を含む日本の防衛に関する重要事項を審議する機関である。会議は首相官邸で行われ、議長は内閣総理大臣が務める。メンバーは通常、総務、外務、財務、経済産業、国土交通、防衛の各大臣と、内閣官房長官、国家公安委員会委員長である。審議事項の内容如何で、議長たる首相は他の省庁の大臣も議員として臨時に参加させることが可能だ。自衛隊や公安関係者も会議に出席する場合があるが、もちろんオブザーバーとしての参加であり、議決権は持たない。
「米国からブラックアウルの供与に関し応諾が得られました。要請した三機ともに輸送機に搭載され、すでに飛行中とのことです」
そのオブザーバーとして呼ばれた統合幕僚長が、静かに告げた。
「総理、やはり先制攻撃を行うのですか? 国際世論と国民感情を考慮すれば、やはり危険かと」
「そのことに関しては、すでに話し合ったはずだ」
首相が、厳しい視線を総務大臣に向けた。
「REAによる直接攻撃がない限り、アメリカは安保条約を発動させないだろう。そして、REAの最初の一撃は、わが国に対する弾道ミサイル攻撃になる可能性が高い。それを防ぐには、先制攻撃しかないんだ」
「しかし……」
「核恫喝に対する先制攻撃は、自衛権の範囲内ですぞ」
なおも渋る総務大臣に対し、外務大臣が告げる。
「マスコミ各社による緊急世論調査でも、有権者の過半数が先制攻撃を含む自衛権の行使を支持しています」
内閣官房長官が、首相の意向を後押しするように言う。
「ところで、マスコミはどの程度まで嗅ぎつけたのかね」
「REAによる核恫喝までです。日本にまで届く弾頭が一発だけであることも、その目標が東京であることも掴んでいないようです」
首相の問いかけに、官房長官が渋面で答えた。
実際のところ、REAは直接日本政府に対し核恫喝を行ってはいない。合衆国政府に対し、奪取した核弾頭と核物理学者の返還がなされなければ、東京を核攻撃すると脅しているだけである。合衆国政府から外交および軍事チャンネルでそのことを知らされた日本政府は、ただちに自衛権を発動し、合衆国政府に対し日米安全保障条約の履行を求めた。非核保有国であり、専守防衛国家である日本が、他国からの核恫喝に対抗するには、同盟国であり核保有国である合衆国の庇護を受けるしかないことは明白だからだ。しかしながら、合衆国は安保条約発動を拒否し続けている。
そのような状況なので、日本の一般市民は日本がREAと戦争状態にあることは知らされていたが、核恫喝を受けていることも、東京が狙われていることも知らなかった。
「他に方法がないのであれば、先制攻撃もやむなしでしょうな。で、具体的にそのステルス・グライダーで、どのような作戦を行うのですかな?」
国土交通大臣が、統合幕僚長を見た。
「現在、陸上自衛隊には十体のAM‐7があります。製造開発は現用のAM-5と同じくアサカ電子。自重475キログラム。標準戦闘重量695キログラム。完全自立戦闘行動が可能な、六脚型警備支援ロボットです。連続稼働時間は、通常モードで十二時間。戦闘モードで、百四十分。武装は、74式車載機関銃一丁、96式40ミリ自動擲弾銃一丁、01式軽対戦車誘導弾三基」
「意外と軽武装だな。その重量では、装甲も薄いのだろう?」
技術に明るく、また多少は軍事知識のある経済産業大臣が問うた。
「ボディ主要部分は12・7ミリ抗弾。その他は7・62ミリ抗弾です。軽量化のために、超々ジュラルミンとザイロン(有機系合成繊維)の積層構造を採用しています」
「12・7ミリだって? それじゃ、戦車とやりあったら勝てないだろう」
国土交通大臣が、心配そうに言う。
「AM‐7はあくまで警備支援ロボットです。MBT……戦車との直接交戦は想定していません。確かに戦車と正面切って戦うことは無理ですが、戦車よりもセンシング能力が高く、横方向への動きも速い。加えて、重量は戦車の数十分の一で、大きさも小さい。このような特殊作戦には、打ってつけです」
統合幕僚長が、熱心な口調で説く。
「ミサイル基地は二ヶ所なのだろう? たった十体で、潰せるのか?」
首相が、訊いた。
「作戦を行えるのは、一ヶ所です。現在、米国と協力して情報の収集に当たっています。核弾頭が搬入された基地が特定された時点で、攻撃を行います」
「ミサイル基地の防衛戦力は?」
続けて、首相が訊く。
「ヴォルホフ、ウグロフカ両基地とも、基地内警備は歩兵一個中隊……約百名です。これは装備は軽火器だけですが、かなりのエリート部隊でしょう。周辺防御は、歩兵二個大隊……約六百名。偵察衛星写真では、複数の旧式戦車の姿も確認できます。固有の防空部隊は、S‐60/57ミリ対空砲二個中隊、十二門。ZSU‐23‐2/23ミリ対空機関砲二個中隊、十六基。それに高性能な地対空ミサイルである9K37、NATOコードネームSA‐11が一個中隊、ランチャー車両が九両。さらに9K35、NATOコードネームSA‐13自走対空ミサイル車両が一個小隊四両。この他に、肩撃ち式地対空ミサイルである9K38および310もかなりの数が配備されていると思われます。隣接する飛行場にも、若干の防空部隊が存在しています。固定翼機は配備されていませんが、偵察衛星写真には、Mi‐24攻撃ヘリを含む数機のヘリコプターが捉えられています」
「まるで要塞だな」
財務大臣が、呆れたように言う。
「防空部隊に関しては、両基地ともに付近にある2K42、NATOコードネームSA‐6と、S‐300、NATOコードネームSA‐10地対空ミサイルサイトの射程内に位置しています」
「成功の確率は?」
すばりと、首相が訊く。
「八割、と見ています」
首相の目をまともに見据えて、統合幕僚長が言い切った。
「八割か……」
財務大臣が、嘆息気味に言う。
「米国はこの作戦に全面的支援を与えてくれると言ってきています」
居並ぶ人々に決断を促すかのように、外務大臣が静かに言った。
「作戦は行う。もう少し具体的な計画を聞きたい」
首相が、統合幕僚長を見た。
「はい。すでに十体すべてのAM‐7を航空自衛隊入間基地に集めました。当基地を策源基地とします。米軍輸送機は直接入間にブラックアウルを搬入する予定です。組み立てや各種テスト、飛行プログラムなどを行う人員も、同乗しています。入間到着は、明日早朝の予定。作戦決行は、あさっての夜を予定しています。航空自衛隊のU‐4三機でブラックアウルを牽引し、REA海岸より四百キロ南東の日本海上空で切り離し、ミサイル基地付近に降着、これを攻撃します。具体的な降着地点、装備品などは、ブラックアウルが届いてから、米国側と協議して決定します」
「撤収はどうするのかね?」
「目標達成後は、離脱して森林内に潜伏させる予定です。電力を節約すれば、数週間の待機が可能ですから。おそらくは、事態終結後に回収することになるでしょう」
「よろしい。諸君、わたしは本作戦を了承するつもりだ。反対の者は?」
首相が、居並ぶ安全保障会議議員を見渡した。
反対意見は出なかった。
第八話をお届けします。