表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 04 中央アジア内戦突入回避せよ!
77/465

第三話

「よーしお前ら。謹聴しろ。まずは、ホラニスタン共和国から説明するぞー。そうしないと、今回の紛争の背景がわからんからなー。1991年にソビエト連邦が崩壊し、中央アジアの旧ソ連領に新たに六つの国家が誕生した。カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、そしてホラニスタンだー。いずれも、ソ連邦内の連邦共和国だった所だなー。ちなみに、キルギスタンは93年に法律を改正して正式名称をキルギス、に改めているぞー」

 三鬼士長がノートパソコンのディスプレイに映し出した中央アジアの地図をAHOの子たちに見せながら、畑中二尉が解説を始めた。

「中央アジア六ヶ国のうち、四ヶ国……カザフスタン、キルギス、トルクメニスタン、ウズベキスタンは、テュルク系民族の国だが、タジキスタンとホラニスタンはペルシャ系民族の国だー。テュルク系、というのは聞き慣れない言葉かも知れないので説明しておくと、トルコ系、と同じだー。ただし、今の日本でトルコ系、と聞くと『トルコ共和国系』と誤解され易いからなー。実際には、テュルク系民族はトルコのみならず、他の西アジア、中国領を含む中央アジア、シベリアの一部などにも広く居住しているんだー。現在のホラニスタン国民の人種構成は、ホラニ人が約五十五%、ロシア人が三十%、残る十五%がカザフ人、タジク人、ウズベク人、その他という構成だ。公用語は、ホラニ語とロシア語。歴史を見ると、独立後すぐに独立国家共同体、いわゆるCISに加盟している。その後、国連にも加盟。政治的には、旧共産党系で親ロシアの愛国行動党が長年与党として政権を担当してきた。ロシア系住民と、穏健かつ親ロシアのホラニ人が支持母体だなー。旧ソ連中央アジアの国の中には、ロシア語を公用語から廃したり、公務員の非ロシア人化を進めたり、ロシア正教に対する庇護を撤廃したりして、非ロシア化を行って、その結果ロシア系人口の大幅減少を招いたところもあるが、ホラニスタンはむしろロシア系優遇政策を継続したー。それが功を奏したわけだなー。ロシアと緊密な関係を続け、安定した経済発展を成し遂げたー。もともと、鉱物資源に恵まれているところで、銅、亜鉛、鉛、タングステンなんかが良く採れるし、天然ガスも出るからなー。二十一世紀に入ってから、西に国境を接するウズベキスタンと深刻な国境紛争を起こしたことがあったくらいで、内政も外交も静かなもんだったー。だが、中国が中央アジアへの干渉を強めるようになってから、内政の混乱が始まった。国内の親中派が、少数民族や反ロシア派、イスラム原理主義者などを煽って、これら中央に反抗的な各勢力を政治的にまとめ上げようと画策を始めたのだー。その結果、野党各党が合併し、国家再生党が旗揚げした。党是としては、イスラムの国教化、現在オブザーバーの地位に留まっている上海協力機構への正式参加、ロシアとの軍事協力関係の全面的な見直し、などを掲げているー。要するに、斜陽のロシアべったりをやめて中国に乗り換えよう、というパンダスキーな連中と、現行の世俗主義を嫌う原理主義的ムスリムと、ロシア人優遇政策で日陰者だった少数民族を始めとする連中が結びついた格好だなー」

「怒涛の設定説明ですわね。読者に読み飛ばされないか心配ですわ」

 スカディが、深刻そうな顔でぼそりと言う。

「出た。スカぴょんのメタ発言や」

 お約束通り、雛菊が突っ込みを入れる。

「なかなかにややこしい状況だね」

 スカディの発言を無視した格好で、亞唯が顔をしかめつつ言う。

「簡単にまとめると、政府/愛国行動党/親ロシア/世俗主義、対、反政府/国家再生党/親中国/原理主義だなー」

 一語一語区切りながら、畑中二尉が要約してくれる。

「どちらが優勢なのでありますか?」

 シオはそう聞いた。

「五分五分、だなー。まあ、反政府側が政府側と同等の政治力を持った時点で、政府側の負け、という見方もできるがー。お互い譲らないから、小競り合いが頻発しているし、各国が介入した和平交渉も平行線だー」

「その各国の思惑は、どうなのでしょうかぁ~」

 首を傾げつつ、ベルが訊く。

「ロシアはもちろん政府側を応援しているー。だが、内戦突入は絶対に避けたい意向だー。下手をすれば、反政府側を応援する中国との代理戦争になりかねないからなー。中国も、本音を言えば困惑しているところだろー。反政府側を直接支援したことはないが、頼りにされるのは悪い気はしないはずだからなー。だから、反政府側を応援しつつも紛争の拡大は望んでいないー。ロシアとの対立は歓迎できないし、戦乱となればせっかく中央アジアで築いた外交的優位と経済的基盤が根底から覆されかねないからなー。他の中央アジア諸国は、もっと深刻だぞー。国内には、少数とは言えホラニ人が居住しているー。内戦となれば、この連中が両派に分かれて争いを始めかねない。最悪の場合は、中央アジア全体を巻き込んだ大戦乱に発展しかねないんだー」

「民族が入り組んどる地域やからなー。複雑やで」

 雛菊が、他人ごとのように感想を述べた。

「アメリカと欧州連合も、当然紛争の拡大を望んでいないー。実は、同じペルシャ系民族であるタジク人は、イスラム教スンナ派だが、ホラニ人はシーア派なのだー。だから、ホラニスタンで戦争が起きれば、シーア派国家が裏から介入してくるおそれもあるー」

「シーア派国家と言えば、イランですわね」

 スカディが、深刻そうな顔で言う。

「そうだー。地理的にも近いし、民族的にも元は同族。おまけに、同じ宗派となれば、介入は必死だろー。アメリカは、このあたりを大いに憂慮しているー」

「人種、宗教、経済の対立。それに、周辺諸国の思惑。さらに、大国の介入と駆け引き。二十一世紀になっても、やってることは紀元前と大して変わらないな」

 亞唯が、達観したような物言いをする。

「まあなー。技術や思想は進歩しても、人間はたいして進化していないからなー。辻説法がテレビ伝道になり、井戸端会議がチャットルームになり、物々交換が先物取引になり、火矢が巡航ミサイルになっても、やってることは大して変わらないしなー。では、もう少しホラニスタンについて勉強するぞー。国土は横にしたラグビーボールみたいな形だー。東部は高原地帯。冷涼だが水資源が豊富なので、農業が盛ん。人口の約半数が、この地方に居住しているー。首都アラチャもここにあるぞー。人口七十万。ホラニスタン一の大都会だー。和平交渉も、ここで行われているー。

 その西側、中部は小山地と盆地が入り乱れているー。西の方に大きな盆地があり、そこに第二の都会シリクマールがある。人口四十五万人。

 南部は山岳地帯で、人口は少ないー。北部は山地および高原で、多数の遊牧系少数民族が居住しているー。ここは、鉱物資源の宝庫だが、地形的制約からあまり開発が進んでいないー。西部は平原だー。常に水不足で、荒れた草地が広がる典型的なステップだなー。人口も少ないぞー。

 簡単に言えば、ロシア系の多い東部を政府愛国行動党が押さえ、少数民族が多い北部が反政府側国家再生党の拠点、といったところだなー。西部と南部は人口が少なく、関係なしー。中部は、シリクマール市とその周辺など重要拠点は政府側が押さえているが、その他田舎は反政府勢力寄り、といったところだー。で、肝心の軍事力だが……」

 畑中二尉が、メモに目を落とした。

「陸軍総兵力は約三万名。このうち、半数近い一万六千が、近代的な装備を持つ機械化歩兵だー。旧ソ連に倣った旅団編成で、ホラニスタンはこれを四つ所有しているー。だが、このうちのひとつ、西部に配備されていた第3旅団はすでに国家再生党に旅団単位で寝返り、その兵力の一部を東進させて政府側に圧力を掛けている状況だー。残る地方軍兵力も、約半数が国家再生党側だなー。まあ、部隊単位で国家再生党に忠誠を誓った過程で、ロシア人士官や技術兵を追放したりしてるから、実際にはかなり戦力は落ちているはずだがー。国境警備隊は、中立を表明しているー。公安部隊は、ほぼ政府側だー。警察は中立ー。少数民族の中には、一部重火器を含む近代的な兵器を手に入れて、数百人単位の武装集団を編成している所もあるそうだー。まあ、地上戦兵力に限って言えば、両者力は拮抗していると言えるだろー。

 空軍に関しては、三つある空軍基地……アラチャ近郊のエモンダーラ基地、首都空港兼用のアラチャ基地、中部の国際空港兼用のシリクマール基地、いずれも政府側を支持しているー。まあ、パイロットの七割近くはロシア系だし、技術屋にもロシア系が多いからなー。主要な使用機種はMiG-29、MiG-23、Su-17、Su-25、L-39といったところで、総数百七十機程度だー。そしてもちろん、ホラニスタンに海軍はないぞー」

「充分な軍事力の裏打ちがあるのでしたら、国家再生党が強気なのは当然ですわね」

 スカディが、そう評す。

「では次に、和平交渉そのものについて説明するぞー。交渉が行われているのは、首都アラチャ市内にあるアラチャ・パレスホテルだー。なかなか瀟洒なホテルだぞー。政府側は愛国行動党党首にして大統領のアレクセイ・ナジャボフ、内務大臣マルティン・イエロフ。それに、元国民議会議長で愛国行動党顧問のミハイル・ボリセンコが代表メンバーだ。対する国家再生党は党首ザール・ラバンクロフ、副党首カーミヤール・グシエフ、広報部長ファリド・イスマイロフの三人が代表だー」

 三鬼士長が忙しくキーボードを叩き、六人の顔をディスプレイに映し出してゆく。ボリセンコだけがスラブ人らしい灰色の眼と大きな鼻の持ち主で、残る五人は浅黒く彫りの深い、コーカソイドとモンゴロイドが入り混じったような西アジア系の顔立ちだ。年齢は、いずれも中年から初老。若い人はいない。

「面白いね。政府側は三人ともロシアっぽいファースト・ネームなのに、反政府側はムスリム調だ」

 亞唯が、そう指摘する。畑中二尉が、うなずいた。

「伝統的なペルシャ系の名前だなー。このあたり、両者の立ち位置の違いがはっきりとわかって面白いー」

「いかにもタフそうな面構えやなー。こんな中に、馬神田が入って仲介役が務まるんやろか」

 ディスプレイを眺めながら、雛菊が言う。

「まず無理だろうなー。実は、この和平交渉は、トップ会談ではないのだー。政府側はトップを送り込んできているが、反政府側はそうではないのだー」

「どういうことでありますか?」

 シオは首を傾げた。

「国家再生党は、多種多様な勢力の連合体だー。したがって、そのトップはお飾りとまではいかないが、各派が納得する形で選ばれた利害調整役でしかないー。本当の実力者は、他にいるのだー。例えば、軍事顧問という肩書きだが実際には反政府側兵力の総司令官を務めているアビロフ元将軍。元州知事で、国家再生党の基盤となったホラニスタン民族党の元党首チュリエフ。北部でもっとも有力なホラニ人系部族であるシャルバド族を束ねているハーフェズ・シャルバド。こんな連中は、表に出てきていないんだー」

「国家再生党側は、和平を達成するつもりがないのでしょうかぁ~」

 ベルが、訊く。

「その可能性はあるなー。もともと、国家再生党は寄り合い所帯だー。現政権を叩き潰し、新たなホラニスタンを造ろうという共通の目標はあるものの、各派の本当の狙いは自己の勢力拡大にあるからなー。目標を達成する過程で属する組織が大損害を受けたり、消滅の憂き目にあうことは願い下げだろー。それと、時間稼ぎの意味もあると思うなー。混乱が長引けば長引くほど、現政権に批判的な国民は増える。愛国行動党に愛想を尽かし、国家再生党を支持する国民のパーセンテージが上がると言う寸法だー」

「まあ、ホラニスタン国民の皆様には悪いですが、交渉がどう転ぼうとわたくしたちの任務にはあまり関係ありませんわね」

 冷たく、スカディが言い放つ。

「むしろ早期決裂してもらった方が、早く帰って来られるで」

 雛菊が、そう言う。

「そうそう、任務の期間だが、最大でも二週間だー」

 畑中二尉が、二本の指を立てて言う。

「神田元総理が無茶をやらかす危険性をなるべく減らそうと、政府与党がOSCEに申し入れて派遣期限に上限を設けさせたんだー。二週間で情勢に変化がなければ、そこで任務終了、帰国となるー。そのあいだ、神田元総理の言動に充分に注意するんだー。最低でも一体は常に彼に張り付けー。寝ている時でも油断するなー。不穏当な寝言を言ったら口を塞いでしまえー。トイレにも付いて行けー。男というのは不思議な生き物で、小便器で隣り合った奴と重要なやり取りをすることが稀にあるからなー」

「……よく知ってるな」

 背後で聞いていた長浜一佐が、苦笑しつつ突っ込む。

「ところで二尉殿。神田元総理一行の三人に張り付くのは、三体だけだよね。あとの二体は、どうするのさ」

 亞唯が、訊いた。

「うむ。あたしと三鬼ちゃんが、ジャーナリストを装って同行し、お前らのバックアップを行うー。二体は、あたしらの通訳兼助手だー」

「ジャーナリストですか! 失礼ながら、あまりそれっぽく見えないのですが!」

 シオはずけずけとそう突っ込んだ。

「なめるなー。実はあたしはロシア語が喋れるのだー。ちなみに、ドイツ語もできるぞー。学生時代に習っただけだから、かなり錆び付いているがなー」

「三鬼士長も、ジャーナリスト役なのですか?」

 スカディが、訊いた。

「カメラマン兼助手ね。写真は、結構自信があるのよ」

 ちょっとはにかんだように、三鬼士長が答える。

「もうパスポートも作ってあるのだー。記者証も、あるぞー」

 資料の束の中から、畑中二尉が二通のパスポートとIDカードを取り出した。

「偽名は、あたしが仁井 弥生。三鬼ちゃんが、大山 美紀だー。これなら、三鬼ちゃんが間違ってあたしを『二尉』と呼んでもばれないし、あたしが彼女を『三鬼ちゃん』と呼んでもばれないのだー」

 パスポートを開いて見せながら、自慢げに畑中二尉が言う。

「ちなみに、弥生と大山は板橋区内の町名から拝借したぞー」

「なんか安易やなー」

 雛菊が、小声で突っ込む。

「二尉殿! 石野二曹は同行されないのでありますか?」

 シオはそう質問した。

「今回は留守番だー。連絡役として、国内待機してもらうことになるー。まあ、現地で彼女の出番があるときは、今回の任務が大失敗に終わった時だなー」

「コッシーも来ないんか?」

 雛菊が、訊く。

「越川一尉も国内待機だー。訊かれる前に言っておくが、長浜一佐はここで指揮を執る形となるー。現場指揮は、あたしが執ることになるが、実質的にはお前らの裁量に任せることになると思うー」

「そうですか。では、三体と二体にチームを分ける必要がありますわね」

 スカディが、他の四体を眺め回す。

「リーダー。あたしは畑中二尉殿と行動を共にしたいね。神田元総理とは、合いそうにないよ」

 亞唯が、軽く顔をしかめながら言う。

「うちもや、スカぴょん。マスターが馬神田嫌っているし」

 雛菊が、亞唯に同調する。

「そうなの。あなたたちは?」

 スカディが、ベルとシオに水を向けた。

「わたくしは別に構わないのですぅ~。任務とあれば、どのような方の護衛でも引き受けるのですぅ~」

「あたいも、任務ならば水火もPASMOも辞せずなのです!」

「ICOCAじゃあかんのか?」

 雛菊が、お約束の突っ込みを入れる。

「なら、決まりね」

 スカディが、畑中二尉を見上げた。

「わたくし、シオ、ベルが神田元総理とその随員に同行します。亞唯と雛菊が、二尉殿と三鬼士長に同行、という形でいかがでしょうか」

「よろしいー。亞唯、雛菊。よろしく頼むぞー」

 畑中二尉が、亞唯と雛菊に向かい挨拶するかのようにひょいと右手を挙げた。


第三話をお届けします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ