第二十七話
「おまえらお帰りー。今回は、お手柄だったなー」
例によって三鬼士長を後ろに従えた畑中二尉が、褒めてくれる。
「予定外の任務の方が、むしろお手柄だなー。下手をしたら、フランス発の世界的金融危機、なんてことになっていた可能性もあったからなー。とりあえず、DGSEからは非公式ながら謝辞が届いている。よくやったぞー、お前ら。長浜一佐からも、お褒めの言葉をいただいているー。喜べ、お前ら」
帰国したAHOの子らが連れて行かれたのは、アサカ電子開成工場であった。亞唯の腕を修理しなければならないし、他のAI‐10もメンテナンスの必要がある。防塵仕様とは言え、あれだけ砂漠の中を転げまわったのだ。微細な砂塵が大量に入り込んでいることは間違いない。放置すれば故障の原因になりかねないので、徹底的なクリーニングを施す必要がある。
「一佐殿は、お忙しいのでありますか?」
シオは、長浜一佐の姿を探してあたりをきょろきょろと見回した。
「詳しくは話せないがちょっと訳ありで政府関係者と折衝中だー。ことによると、またお前らに活躍してもらうことになうかも知れんー。その時は、よろしくなー」
「今度はどんな任務なのでしょうかぁ~」
ベルが、訊いた。
「虎退治はもうこりごりや。できれば兎とかコアラとか燕を退治したいんやけど」
雛菊が、期待に目を輝かせる。
「こらこら。詳しくは話せないと言っただろー。……そうそう、お前らが飛行機に乗っていたあいだに、英米合同空軍部隊がブドワ農薬工場を爆撃したぞー。映像があるから、見せてやるー」
畑中二尉が、三鬼士長に合図する。三鬼士長が、ノートパソコンを開き、AHOの子たちが見えるように机上に設置した。マウスを操作し、BBCが放送した臨時ニュースを再生する。
「まあ、直接調べたお前らも知ってのとおり、すでにサリン製造施設のサの字も残っていないんだがなー」
爆煙が立ち昇る画面を食い入るように見つめるAHOの子たちの頭越しに、畑中二尉が言う。
「ちなみに参加部隊の損害はゼロだー。ネットでの世論調査の結果、イギリス首相もアメリカ大統領も支持率がアップしたー。ま、両者とも狙い通りの効果が得られたわけだー。工場の労働者や警備兵に多数の死傷者が出たはずだが、そのあたり英米のマスコミは例によってガン無視だー」
「まあ、死傷者うんぬんを言ってしまえば、わたくしたちも任務とは言え多数のシラリア人とエネンガル人を殺傷していますものね」
ディスプレイから顔をあげたスカディが、皮肉な口調で言って肩をすくめる。
「二尉殿。エサマ大統領とドランボ将軍はどうなったんだい?」
亞唯が、訊く。
「爆撃に関して、エサマは沈黙を守っているー。下手なことを言って、英米を刺激したくないんだろうなー。エネンガル乗っ取りの陰謀に関しても、黙んまりだー。ドランボ将軍も、とりあえず政治的立場は無事のようだなー。まあ、今後どうなるかは判らんが」
「エネンガルの方は、どうなったのですかぁ~」
相変わらずののんびりとした口調で、ベルが訊く。
「ニヤ国防相は、海外亡命を選択したー。とりあえず、北アフリカのイフリーキヤが受け入れを表明したー。あそこはヨーロッパ諸国と仲がいいからなー。穏便に済ませられるだろー。完全に失脚状態だから、二度と悪さはできないだろーし。あとは海沿いのホテルで回想録でも書くんだろー」
「いずれにしても、もうあたいたちには関係ないのです! 早く家に帰って、マスターにお会いしたいのであります!」
シオはそう勢い良く主張した。他のAHOの子たちから、一斉に賛同の声があがる。
「よーし。じゃあ解散して各自クリーニングを受けろー。亞唯は西脇二佐と打ち合わせしてから、腕の換装だー。ついでに、ちょっとした改造を受けてもらうぞー」
「改造かい?」
亞唯が、首を傾げる。
「主に光学関連を強化したいそうだー。すでに長浜一佐承認済みだー。詳しくは、西脇二佐に聞いてくれー。では、解散ー」
畑中二尉が、手を振って解散を命じた。
「ただいまなのです!」
「お帰りなさいませ、センパイ!」
サイドテールをぴょこぴょこと揺らしながら、ミリンが出迎えに現れた。
「誰かが家で待っていてくれるというのはいいものですね! マスターが常々言っていたことが、よく判るのです!」
聡の部屋に上がりこんだシオは、さっそく検分を開始した。家宅捜索に赴いた刑事のように、隅々まで覗き見してまわる。
「お掃除も完璧。食材の買出しもOK。台所も片付いています。さすがあたいの後輩なのです! 花丸をあげましょう!」
「ありがとうございます、センパイ! これもセンパイのご指導の賜物です!」
ミリンが、感激もあらわにぱたぱたと腕を振る。
「ところで、センパイはお留守のあいだに何をなさっていらしたのですか?」
畳に腰を下ろしたシオの隣に座りながら、ミリンが訊く。
「これはマスターには内緒ですが……アフリカに行ってきたのです!」
「まあ! 麒麟さんや象さんに会いましたか?」
「会えなかったのです! ですが、虎さんならいたのです!」
「……アフリカに虎さんはいないはずですが?」
困り顔になったミリンが、首をかしげた。
「あたいにも予想外でしたが、いたのです! 聞き分けの無い悪い子だったので、さくっと退治してきたのです!」
「よく判りませんが、さすがセンパイなのです!」
ミリンが、感激してぴょこぴょことうなずく。
「マスターが仕事から帰って来るまで、まだだいぶ時間がありますね! お夕食の支度は、できているのですか?」
体内クロノメーターで時刻をチェックしたシオは、そう尋ねた。
「はい! お買い物はもう済ませてあります! 今日は冷凍の蟹クリームコロッケがメインです!」
ミリンが、嬉しそうに答える。
「そうですか! それならば、お夕食の支度はミリンちゃんに任せるとしましょう!」
「わかりました! 久しぶりに家に帰ってきたのですから、センパイはどうぞごゆっくり寛いでください!」
「そうですね! そうさせてもらうのです!」
シオは座布団を引っ張り出すと、テレビの前に敷いた。その上にどっかりと座り込み、テレビのリモコンを手にする。
ロボットである以上、本当の意味で寛ぐことはない。人間の、より正確に言えばマスターの寛ぎの様子を真似ているだけである。再放送の刑事ドラマにチャンネルを合わせ、満足げにうなずく。
「やっぱり家が一番落ち着くのです!」
シオは聡史がよくやっているように、座布団の前に夕刊を広げた。ぺらぺらとめくって、気になる記事を探す。
一番シオの気を引いた記事は、国際面にあった。ドイツのニュルンベルク市郊外にあるFDE……ファルケル・ディフェンス・エレクトロニクスの工場で爆弾テロ事件が発生。時限装置による起爆前に人員の避難が行われたので、幸いにして死傷者は皆無だったが、爆発により工場施設に四百万ユーロ近くの損害が生じたという。
このテロについて、西欧および中欧の複数のメディアに対し、『ウォーム・ハンズ・ソサエティ(WHS)』による犯行声明が送りつけられていた。WHSの正体はいまだ謎に包まれているが、ここ半年ほどのあいだに反ロボット主義を標榜し、西ヨーロッパで大手ロボットメーカーに対するテロ行為を繰り返している団体である。その行動原理は、キリスト教原理主義に基いているとも言われるが、詳細は不明だ。
FDEはドイツとスイス資本による多国籍防衛関連企業であり、世界の十二大軍用ロボットメーカー……いわゆるトゥエルブ・パペッターズの一員でもある。WHSのターゲットになるのは、時間の問題だったと言えようか。
「なぜWHSの人々は、ロボットを目の敵にするのでしょうか?」
夕食の支度の手を止め、シオが読み込んでいる夕刊を覗き込みながら、ミリンが訊く。
「識者の話では、聖書にロボットが登場していないから、だそうです! 特に、人型ロボットは、連中に嫌われているようなのです! 神は人を自らの姿に似せてお造りになられた。ならば、その人に似せられて造られたロボットは神に対する冒涜だ、という理屈ですね!」
「……乱暴な理屈に思えますけど……」
「原理主義とはそういうものです! 自分たちが信ずるものが正義なのです! それに逆らう存在は、絶対的悪になってしまうのです! 恐ろしいのです!」
シオはぶるぶると震えるしぐさをした。
「宗教の原理主義といえば、イスラム教原理主義の方々はロボットを嫌いませんね。どうしてでしょうか?」
ミリンが、首を捻った。
「ムスリムは合理主義者なのです! イスラム圏の人型ロボットは、みなメモリー内にコーランを丸ごと格納してあるのです! 音声出力機能があれば、どの章句でも詠唱することが可能なのです! もし人型ロボットが悪魔の手先なら、聖なるコーランの詠唱などできるはずがないのです! したがって、人型ロボットに関する記述がコーランに無くとも、問題ないのです!」
「なるほど」
ミリンが、納得した。
Mission 03 おまけの方が大手柄で大成功!
読了ありがとうございました。これにてMission03終了です。予想よりも長くなってしまいました。これでも、予定していたエピソード(1.5話くらいの分量)をまるごと削ったのですが。
次回よりMission04『中央アジア内戦突入回避せよ!』開始です。舞台はもちろん中央アジア、ネタは内戦と戦車。副題は『AHOが戦車でやって来る』です(笑)




