第二十五話
第二十五話をお届けします。
「何者だ? いったい」
自分の拳銃……旧ユーゴ製のツァスタバ・モデル70を手に、ジェームズ・ドランボ将軍は二階の窓から外の様子を窺った。
「陸軍じゃありませんね。内務省の公安部隊では?」
エネンガル海軍少佐の濃紺の制服に身を包んだ細身の士官が、ちらりと非難するような視線を黒いスーツ姿の中年男に向ける。
「内務省はFAMASを使っていない」
ぼそりと、中年男が言って首を振った。
「閣下。リビエール兵舎と連絡が取れました。陸軍二個小隊を急派してくれるそうです。到着は、三十分後を予定」
携帯電話を握り締めたシラリア陸軍大尉が、戸口から半身を突き出して、早口でそう報告する。
「三十分か」
ドランボ将軍は渋面を作った。
「大丈夫です、閣下。敵主力は倒しました。残るはせいぜい十名ほどでしょう。『ティグル』の敵ではありませんよ」
エネンガル人海軍少佐が、ことさら明るい声で言う。
ドランボ将軍は手持ちの戦力を計算した。生き残っているのは、自分と副官のデイゴ大尉、それに下士官兵が三名。エネンガル内務省のエージェントが五名。エネンガル海軍のシダ少佐と、その部下の海兵隊員二名。合計、十三名。
建物の中に立てこもっている有利さに加えて、軍用ロボットの存在。さらに、いざと言う時に切り札として使える人質、ロデ大統領もいる。
……三十分であれば、充分に持ち堪えられるか。しかし、ドジを踏んだ。
おそらく、大統領の別荘を出発するところからつけられていたのだろう。尾行されぬように充分に用心して行動したはずだが、どうやら手抜かりがあったようだ。
……『ティグル』を借りたのは、我ながらいい思い付きだったな。
ドランボ将軍は心中で微笑んだ。ロデ大統領の移送を秘匿するためには、民間車両を使わざるを得ず、当然装甲車などは使用できない。そして民間車両といえども、兵士を満載した大型トラックを何台も連ねることも目立ちすぎて無理だ。ありふれたトラック一台に積めて、なおかつ装甲車並みの火力と防御力を持った兵器……ドランボ将軍が目を付けたのが、エネンガル海軍海兵隊が導入テスト用に秘かに入手していた『ティグル』であった。エネンガル海軍に貸しを作る形で、無理を言って貸してもらった兵器だが、それだけの価値はやはりあったようだ。
M621が、単発で発射された。
ばしんという音と共に、民家の外壁にバスケットボールが楽々通せるほどの大穴が開く。シンダーブロックの破片が、白い煙となって濛々と立ち込めた。
「駄目だ、こりゃ。完全に、こちらの位置を掴まれてますよ」
慌てて頭を引っ込めた越川一尉が、無念そうに言う。
「うむ。おまけに無駄弾を撃たない。賢いな、こいつは」
唸るように、デニスが言った。
ありがたいことに、ティグルはデニスらを追ってはこなかった。おそらく、与えられた任務はビルの防衛にあるのだろう。二名の死体を座らせたままのシトロエンの横に陣取り、あたりを油断なく見張っているようだ。
幸いなことに、周囲に住民の気配はなかった、銃声を耳にして、さっさと逃げてくれたのだろう。
「軍曹とロボットたちと合流したいけど……無理ね」
メガンが、悔しそうに言う。道路を横切れば、確実にティグルに発見され、射弾を浴びせられるはずだ。
「諦めていったん引きますか。ドランボ将軍が、どこかに救援を求めたのは確実でしょう。もたもたしていると、こっちは全滅ですよ」
越川一尉が、そう提案する。
「何か手はないのか?」
デニスが、ルイに詰め寄る。
「……このあたりには、他に武器も人員もない。あんたらが、頼りだったんだ。……打つ手なしだな」
しょんぼりとした様子で、ルイが答えた。さすがの彼も、上司を含む仲間たちが眼の前で惨殺されたことに、ショックを受けているようだ。
「なにか、いい手はないかしら」
トウモロコシ畑の中でしゃがみ込んだ石野二曹が、眉根を寄せる。
「加藤清正公でも呼んでまいりましょうか」
スカディが、真顔で言う。
「それなら、一休禅師の方がいいのであります!」
シオはそう言った。
「木に登るというのはどうでしょうかぁ~。勝手にぐるぐる廻ってバターになってくれるかもしれませんですぅ~」
ベルがそう提案する。
「斉藤雅、梶間、山本昌、中田賢、三浦……あかん。どんどん欝になってくるやん」
雛菊が、頭を抱えてうずくまる。
「ひとつ、マジな提案があるんだが」
亞唯が、真面目な口調でそう切り出した。
「あの坂の上に、廃材置き場みたいなものがあるじゃないか。よく見ると、ドラム缶がたくさん積んであるのが見える。あの中に、廃油とか入っていないかな」
「なるほど。ティグルを火攻めにしようというのですわね」
スカディが、うなずく。
「そう上手くいくとは思えないけど……他に手もなさそうね。いいわ。その案採用しましょう」
石野二曹が、携帯電話を取り出した。
作戦意図をデニスらに伝えた石野二曹とAHOの子たちは、ティグルに見つからないようにビルを目隠しに使いながら、道路脇の緩い斜面を登りだした。地面が平らになったところで、日干し煉瓦の空き家の陰に隠れて、道路脇まで出る。
廃材置き場は、予想していたよりも広かった。サッカーのフィールドと同じくらいはあろうか。錆で茶色になった廃車の列。これまた錆の固まりになった金属廃材。乱雑に積み上げられた廃プラスチックの山。陽光を浴びてきらきらと煌いているガラス屑が集められた一郭。石材の山は苔むしてすっかり緑色になり、一部からは草すら生えてきている。
「ちょうどいい空き缶があるのですぅ~。わたくし、これで成型炸薬を作りますですぅ~」
ベルが、生活用品ごみの山から、大きな空き缶を拾い上げた。
「さっそくドラム缶を調べるのです!」
シオは積み上げられたドラム缶に駆け寄った。
「あかんわ。これ、空っぽやで」
雛菊が、こんこんと側面を叩いて中身を確認しつつ言う。
「こっちは天板がない」
転がっている何本かのドラム缶……リサイクルしようとしたのか、天板の部分が無くなっている……を軽く蹴りながら、亞唯が言う。
「これは液体が入っていますが……どうやら水のようですわね」
ゆさゆさとドラム缶……三分の一くらい液状のものが詰まっているが、どう見ても油性のものではない……を揺らしながら、スカディが言った。
「どうやら、雨水しか入っていないようね」
石野二曹が、悔しそうに言う。
「他に何か役立つものがあるかもしれないのです! 探すのです!」
シオはそう主張した。映画であれば、このような廃材置き場には必ず武器に転用できるものが見つかるはずである。
成型炸薬造りに熱中しているベルを除く一人と四体は、手分けして廃材を漁った。だが、棍棒にちょうど良さそうな鉄パイプよりマシな武器は、まったく見つけられない。
「結局無駄足でしたわね」
スカディが、肩をすくめた。
「爆薬ができたのですぅ~」
空き缶二つを両脇に抱えたベルが、にこやかに寄って来た。
「念のために予備も造っておきましたぁ~。モーターから永久磁石を回収して取り付けましたので、吸着地雷として使えるのですぅ~」
「威力はどうなのです? あの虎さんを退治できるのですか?」
シオは訊いた。
「充分すぎる威力なのですぅ~。ぴったりと貼り付けることができれば、旧式MBTの砲塔側面装甲を打ち破るくらいの威力はあるのですぅ~。ティグルなら、ばっちり破壊できるのですぅ~」
「せっかく造ってもらったけど、ティグルの側まで近寄れる方法がないと、宝の持ち腐れですわね」
スカディが、諦めの口調で言う。
「忌々しい。廃油さえあれば、こうして奴を火攻めにできたのに」
亞唯が、転がっていたドラム缶のひとつを脚で蹴って転がした。ごろごろと転がっていったドラム缶が、路上に出る。追いかけていった亞唯が、さらに足で蹴ってドラム缶の向きを変え、道路に対しほぼ正対させた。
「それっ」
気合と共に、蹴りを入れる。
ドラム缶が、路上を転がった。坂道に達し、速度を上げながら路面をごろごろと転がり始める。亞唯の蹴り方がぞんざいだったせいで、いったん路肩に寄ってしまったが、薮にぶつかって跳ね返り、また路面を転がり始める。
ティグルが、反応した。銃塔が、ぐるりと廻る。
20ミリ機関砲が、ぱっと閃光を発した。射弾が、坂道を転がるドラム缶を正確に捉える。爆発が、薄いスチールを粉々に引き裂き、ドラム缶は文字通り消し飛んだ。
「さすがティグルですぅ~。FCS(射撃統制装置)は優秀なのですぅ~」
ベルが感心したように言う。
「このままドラム缶を転がし続けたらどうでしょう? そのうち、弾切れになるかもしれないのです!」
シオはそう提案した。
「そこまでお間抜けなプログラムは搭載していないでしょう。脅威じゃないと判断すれば、発砲をやめるはずよ」
石野二曹がそう指摘する。
打つ手がなくなって、一同の会話が途絶えた。亞唯だけは、必死に何かを考えている様子で、ドラム缶の山を睨んでいる。
「この天板を切り取ったやつは、何に使おうとしていたんやろな」
静寂に耐えられなくなったのか、雛菊が円柱ではなく、底のある筒状になったドラム缶を手で揺らしながら訊いた。
「ゴミ入れかしらね。あるいは、焼却炉代わりとか」
スカディが、推測を口にする。
「ひょっとして、ドラム缶風呂ではないでしょうかぁ~」
ベルが、言った。
「お風呂ですか! 我々AI‐10には、必要のないものですね!」
シオは、自分がドラム缶風呂に浸かっている光景をメモリー内に構成して、笑顔になった。
「ベルの爆薬を、ドラム缶に仕込んで見舞ったらどうだろう」
唐突に、亞唯が提案する。
「仮にティグルに直撃したとしても、効果は薄いですねぇ~。成型炸薬は、密着しなければ効果がありませんからぁ~。榴弾に作り変えれば、それなりに効果はあるでしょうが、それでも破壊は難しいと思いますですぅ~」
ベルが、答える。
シオのメモリー内には、自分がドラム缶風呂に入っている光景がまだ残されていた。それが、先ほど亞唯が転がり落としたドラム缶の映像と重なる。
坂道をごろごろと転がるドラム缶の中に、シオが入っている……。
「おっと! シオは閃いたのです! あの虎さんを退治する手を!」
ティグルに与えられた命令は、要約すればこうであった。
1.ビルの防衛。
2.近接する敵の排除。ただし、1を優先とする。
3.自衛。ただし、1および2を優先とする。
この命令に従って、ティグルはビルの側を離れずに、敵の排除に努めてきた。今のところ、敵は積極的な動きを見せてはいない。
と、ティグルのサブセンサーが南側の路上での動きを捉えた。すかさず、メインセンサーをそちらに向け、状況を把握しようとする。
緩い坂をなす路上を、こちらへ向けて転がってくる数個のドラム缶を視覚センサーが捉える。
プログラムが素早くドラム缶の脅威度を判断した。
『脅威度中。排除せよ』
防御プログラムが、排除方法として射撃を選択した。メモリー内データを参照し、7.62ミリによる射撃では威力不足と判断したプログラムが、使用兵装をM621に決定する。すぐさま銃塔が旋回し、砲口が南を向いた。
メインセンサーが捉えた視覚情報と、ミリ波レーダーが捉えた情報が、統合処理される。ティグルは、転がってくる複数のドラム缶の未来位置を素早く予測した。それに基き、FCSに射撃諸元が入力される。
立て続けに、ティグルは20ミリの単射を行った。四発の砲弾が、四個のドラム缶を確実に破壊する。
『脅威の排除を確認。通常の警戒態勢に移行』
ティグルは銃塔を標準位置に戻し始めた。だが、サブセンサーが再び転がってくるドラム缶を捉える。
先ほどと同様、ティグルは射撃準備を整えた。だが、別のプログラムが注意喚起を行う。
『脅威度の再評価を要請。兵装節約の要あり』
……要するに、先ほどの射撃は囮を破壊しただけの無駄弾であったのではないか、という疑問がティグルのプロセッサー内で生じたのである。陽動や単純なトリックに引っ掛からないように、メインプロセッサーの挙動は複数のサブプログラムによって常に監視、評価されているのだ。
ティグルは砲口を転がるドラム缶に向けたものの、発砲は控えた。代わりに、メインセンサーとミリ波レーダーによる観測を継続し、ドラム缶がどこまで転がるかを予測しようとする。
四つのドラム缶のうち、ひとつは自己を直撃しそうな位置まで転がってくると判断したティグルは、そのドラム缶……メモリー内では、目標Bと呼称されていた……にのみ20ミリ砲弾を発射して破壊した。かなり逸れると判断したAとCは無視し、Bよりは遠いがかなり近付くと思われたDは、数歩北へと移動して躱すことにする。
Aが、トウモロコシ畑に突っ込んで止まった。Cは民家の壁にぶち当たって、止まる。Dは路上のシトロエンに当たって、止まった。
ティグルは停止したドラム缶を観察した。A、C、Dともに爆発も、炎上もしない。
『当該ドラム缶の脅威度、低ないし無害』
ティグルのプログラムは、そのように判断した。
さらに四個、ドラム缶が転がってきたが、ティグルは一発も撃たなかった。脅威度ゼロとは判断しなかったので、完全に無視することはせずに、近付いてきたものだけ移動して躱す。
今回も、ドラム缶はいずれも爆発も炎上もしなかった。
ごろごろごろごろ。
シオとベルは、天板を外したドラム缶の中に入って、坂を転がっていた。
もちろんかなりの振動に見舞われているが、手足を突っ張って、身体を支えているから、衝撃はかなり緩和されている。人間がこれをやれば、脳震盪確実だが、ロボットは人間よりもはるかに丈夫にできている。加えて、ロボットには人間には真似のできない『外部センサー入力完全遮断』や『体内ジャイロ停止』といった手段を取ることができる。
こちらの予想通り、ティグルはシオとベルの入っているドラム缶に対し射撃を行わなかった。スカディと雛菊がよく狙って転がしてくれたおかげで、シオのドラム缶はティグルから十五メートルほど離れた路上に、一方のベルのドラム缶は二十八メートルほど離れた民家の軒先に停止する。
『シオ、ベル。ドラム缶が停止したわ。機能回復して大丈夫よ』
坂道の上から見守っているスカディから、通信が入る。
『了解なのです!』
シオは返信しつつ、外部センサーからの入力を回復させた。オフにしていた視覚も、復旧させる。停止していた体内ジャイロも、作動させた。こちらの方は、安定するまで多少の時間が掛かる。
『位置はシオの方が近いわね。目標は四時の方向。距離十五メートル。ベル、あなたは九時の方向。二十八メートルよ』
シオはメモリー内3Dマップに擬似的に自分とベルの位置を描き足した。
『充分狙える位置なのです! では準備を開始します!』
シオは廃材から回収した電源コードで腹部に括りつけてあった成型炸薬を外した。破損していないことを確かめてから、あらかじめ五秒に設定してある時限信管をセットする。
『準備完了なのです! ベルちゃんは、どうですか?』
『こちらも完了なのですぅ~。ですが、ちょっと目標まで遠いのですぅ~。ここは、シオちゃんに譲るのですぅ~』
『合点承知なのです! 任せるのです!』
陽動の口火を切ったのは、石野二曹とスカディ、雛菊の二体であった。
坂の上から、伏せ撃ちでFAMASとミニUZIを放つ。
すぐさま、ティグルが反応した。どちらの銃弾も、この距離ではまったく脅威にはならないが、敵の排除は命じられている。
銃塔が、ぐるりと旋回する。
そこで、第二の陽動がティグルを襲った。民家の陰から、デニスがミニミを、越川一尉とルイがFAMASを乱射する。
こちらをより差し迫った脅威と判断したティグルは、いったんは坂上に向けた砲口を、民家へと向け直した。
タイミング良く、三つ目の陽動が行われる。大胆にも、隠れ場所から走り出てきたメガンとアルが、ティグル目掛けて手榴弾投擲の態勢に入ったのだ。
ティグルのプログラムが、メガンとアルの二人を最優先目標に指定する。手榴弾程度で破壊されることはまずありえないが、より近い位置にいる敵の方が脅威度は高い。
メガンとアルが、手にしていた物体……シオとベルの攻撃の邪魔にならぬように、手榴弾ではなく実はただの石だったが……をティグルの方へ向け投擲し、すぐに民家の陰に引っ込んだ。一瞬遅れてティグルが発砲する。数発の20ミリ砲弾が民家に叩き込まれ、道路に面していた壁面があっという間に消し飛ぶ。
『今よ、シオ!』
スカディから、通信が入った。
成型炸薬を抱えたまま、シオはドラム缶から飛び出した。ティグルへ向け、まっすぐに突っ走る。目指すは、脚のあいだである。そこは搭載火器からの死角になるし、腹部の装甲も他に比べればやや薄い。成型炸薬を貼り付けて起爆させれば、確実に屠れるはずだ。
「虎さん、覚悟なのであります!」
シオは懸命に疾走した。




