第十八話
トラックの荷台の中には、数々の装備が積み込まれていた。
ルイがハンドライトを点灯し、古びた毛布の上に並べられた歩兵用小火器を照らす。古いフランス製のMAT49サブマシンガンが六丁、これまた古いMle.1949半自動小銃六丁、それにMle.1924/29軽機関銃一丁が、置かれている。
「なんだ、この骨董品は。エネンガル陸軍はFAMASを使ってるだろう」
デニスが、抗議の声を上げる。
「仕方ないだろう。正規軍現用の装備を借り出すには、何人か現地スタッフの手を煩わせなきゃならん。どこにシラリアへの内通者がいるかわからない現状では、危険すぎる。予備役兵用の保管倉庫なら、俺の個人的なコネでどうにでもなるからな。古いやつで、我慢してくれ」
ルイが、言い訳した。
「五十年代くらいのアフリカかインドシナを舞台にした、フランス外人部隊ものの映画でも撮れそうですねぇ~」
ベルが、嬉しそうに言った。
「こいつは、古いがいい銃ですよ」
アルが、MAT49の一丁を取り上げた。箱型の機関部の下にピストルグリップと三十二発入り箱弾倉が突き出し、前方には無骨な銃身が伸びていると言う実用一点張りの構造のサブマシンガンである。ショルダーストックは、生産性の良いワイヤー製だ。使用弾薬は、おなじみの9mmルガーである。
Mle.1949は、第二次世界大戦後にフランス陸軍が歩兵銃として正式採用した半自動小銃であり、MAS49の名でも知られている。ストックをはじめ木部を多用した古めかしい作りで、見た目は対戦中に使われた歩兵用ライフルと大差ない。弾倉はさすがに箱型着脱式だが、容量は十発しかない。使用弾薬も、7.5mm×54という、フランス独自のものだ。
Mle.1924/29軽機関銃はさらに古く、第二次世界大戦でフランス軍が主力軽機関銃として使用した実績があるほどだ。当時としては一般的な、銃口付近の二脚と、機関部から上方に突き出した箱弾倉という構造である。弾薬はMle.1949と共通の7.5mm×54で、弾倉容量は二十五発。
「ご注文の重火器は、これだ」
ルイが、さらに奥の方に光を当てる。
澄ました顔で鎮座していたのは、迫撃砲であった。射角調節機能付きの二脚と、短い砲身。その下に敷かれたおむすび型のベースプレート。ごくありきたりの、ミディアム・モーター(中迫撃砲)である。
「81ミリクラスだな。MO‐81か?」
デニスが、訊く。
「MO‐81‐61Cだ。ちと古いタイプだ。大丈夫、充分使える」
ルイが請合って、ハンドライトの光をさらに奥に向けた。迫撃砲弾が収まった円筒形コンテナを八本ずつ収納した金属箱が、いくつも積み重ねられている。
武器は、他にも揃っていた。スカディが、弾薬箱の上に並べられていた四丁の自動拳銃のうち、ひとつを手に取る。
「MAS1935S。これまた古い銃ですこと」
これも戦前にフランス陸軍制式となった拳銃である。7.65mm×20という、比較的威力の低い弾薬を使用する。
「手榴弾は、いっぱいあるのです!」
シオは二つ並べて置かれていた段ボール箱の片方を開けた。中に入っていた二十発のうち、ひとつを取り出す。高級ブランデーのボトルの首の部分を切り取ったような形状の、小ぶりな手榴弾だ。
「OF37だね」
亞唯が、そう識別した。
「あちゃー。こっちは、発煙手榴弾やで」
雛菊が、もうひとつの段ボール箱を開けて、嘆きの声をあげる。ぎっしりと詰まっていたのは、円筒形のF2スモーク・グレネードだった。
「……夜間にスモークは役立たんだろう」
デニスが、ルイに突っ込む。
「むう。破片手榴弾をふた箱頼んだはずなんだが……手違いがあったようだ」
ルイが、唸る。
「爆破用のお道具は揃っているようですねぇ~」
小さな工具箱とキャンバス製の雑具入れを探っていたベルが、嬉しそうに言った。次いでいそいそと木箱を開け、中から茶色い防水紙に包まれた直方体を取り出す。
「なんでありますか、それは?」
シオはベルが防水紙をめくるのを肩越しに見守った。防水紙の中からは、ラードの塊を思わせる白っぽい物体が出てくる。
「プラストライトですねぇ~。結構強力なプラスチック爆薬なのですぅ~」
武器の他にも、多くの装備が用意されていた。ER79A無線機……アメリカ製のPRC‐10のフランス版……が二つ。双眼鏡、ハンドライト、コンパス、地図、食料、ペットボトル入りの水、ファーストエイド・キット、偽装網代わりの灰色に染色したシーツ八枚、金網切断用のワイヤカッター、錠前破り用の電動ピッキングガン二つ、などなど。
「あー、銃はシリアルを削り取ってあるし、無線機も古すぎて足がつかないはずだから、装備はいざとなったら持ち帰らなくてもいい。だが、そのピッキングガンだけは返してくれよ。DGSEの備品だからな」
雛菊がひねくり回しているピッキングガン……小振りの電動ドライバーによく似ている……を指差しながら、ルイが注意を促した。
段ボール箱のひとつには、AHOの子たち用の装備が人数分入っていた。ベルト代わりの丈夫な布と、それに括りつけられる網袋だ。手榴弾や予備弾倉などを、携行できるようにするためのアイテムである。さらに、身体と頭を覆うための黒い布も、用意されている。
「これは、何ですの?」
スカディが、大きな布袋を拾い上げた。中から丁寧に巻かれた細いロープの束を引っ張り出し、首を傾げる。
「君たちに持っていってもらう。工場から証拠を押収した場合に、それに入れて持ち帰って来てくれ。どんな形状の物が入手できるか判らないからな。大きな袋とロープの組み合わせが、一番汎用性がある」
デニスが、説明する。
「これも渡しておこう」
ルイが、ポケットから携帯電話を取り出し、デニスに渡した。
「エネンガルはともかく、シラリアでも携帯が通じるのかい?」
亞唯が、訝しげに訊く。
「今アフリカでは急速に携帯網は普及中だ。固定電話よりも、初期投資が安く済むからな。もっとも、契約条件があやふやなユーザーが多いから、ほとんどがプリペイド式だが。シラリアでも、市街地や主要道路沿いなら結構繋がる。番号はプリセットしてあるからな」
「了解した」
デニスが、携帯をポケットに落とし込んだ。
「よし。そろそろ、出かけるぞ。遅くなると、国境越えの検査が厳しくなるからな」
ルイが、言う。
一同は準備に掛かった。兵器類をまとめ、走行中に不用意に動いたりしないように固定する。やがて、トラックが走り出した。疎林の中を真っ直ぐに突っ切る路面状況の悪い小道を十五分ほど走ったところで、ギニア湾のアヨロヴィルからサン・ジュスタンを経由し、シラリアの首都ブルームフィールドへと至る街道に出る。内陸国であり、かつ鉄道が未発達なシラリアにとっては生命線ともいえる物流の大動脈なので、二車線ながらきちんとアスファルト舗装されており、補修も随時行われているので、かなりのスピードを出しても快適に走ることができる。
「おっと、渋滞なのです」
ほどなく、トラックは停車してしまった。幌の隙間から覗くと、前方に大小のトラックが何十台も連なっているのが見えた。ちなみに、反対車線は、がら空きである。
「国境開放待ちのトラックだ。朝イチはこいつらが一斉に国境越えするから、検査もおざなりになる」
運転席のユベールと、小型のトランシーバーで時折連絡を受けながら、ルイがそう説明した。
六時きっかりに、トラックがゆっくりと動き出した。ルイが言った通りに、検問所の職員はユベールが差し出した書類を確認しただけで、荷台には目もくれずに通してくれる。
シラリア側の検問も、パスポートのチェックが加わったくらいで、ごく簡単に済んだ。検問所を抜けたトラックが、スピードを上げる。
「拍子抜けするくらい、簡単でしたね」
アルが、言う。
「シラリア側検問でも、ユベールの顔を知ってるからな。賄賂も定期的に掴ませてるし。とりあえず、気を抜いても大丈夫だ」
ルイの言葉に、人間勢がそれぞれ楽な姿勢を取った。AHOの子たちは、小火器の箱弾倉に実包を詰める作業に入った。夜間作戦なので、五発に一発の割合で、曳光弾を込める。もちろん、暗闇でも問題なく視程の確保できるAHOの子たちが使う予定のMAT49用弾倉には、曳光弾を入れない。
トイレ休憩……脇道に逸れて、人気のない場所にトラックを止めて行われた……を一回挟んだだけで、しばらくは何事もなく数時間が過ぎた。スライスしたバゲットにローストチキンとチーズを挟んだサンドイッチと茹で卵、それに水という栄養学的には問題のある昼食を午前十時ごろ終えたところで……朝早かったから、みんなお腹が空いていたのである……、ルイがユベールと運転を交代する。
昼過ぎに首都ブルームフィールド市に近付いたが、市街地の通過は避け、地方道のひとつに乗り入れてなおも北を目指す。当面の目的地であるダベルク市に到着したのは、午後四時少し前であった。
デニスが渡した手書き地図を頼りに、ユベールがルノー・トラックを裏通りに乗り入れる。SIS現地職員が手配したアジトは、古びた一棟の倉庫だった。通りに面したところにはトラック二台が並んで入れるほどの大きなシャッターが下りている。その上に掲げられている看板は白く塗りつぶされていたが、ペンキの量をケチったらしく下に書かれた文字がうっすらと透けて見えていた。
ルイが人目を気にしながら荷台から降り、シャッターの脇の扉の組み合わせ錠を、デニスから教えてもらった数字で開ける。倉庫の中に入ったルイが、すぐにシャッターを開放した。すかさずユベールが、ルノー・トラックをバックで倉庫内に入れる。トラックの鼻先がシャッターラインを越えたと同時に、ルイがシャッターを下ろした。
倉庫内には、SISが準備した車両二台がすでに置かれていた。トヨタ・ランドクルーザーが一台と、ニッサンのピックアップトラックが一台。
「おお。まだダットサンだった頃のピックアップやな」
雛菊が、嬉しそうにニッサンのボディをぺちぺちと叩く。
「亞唯、雛菊、シオ、ベル。君らは武装して外を警戒してくれ。スカディ、君は作戦打ち合わせに参加だ」
ランドクルーザーのボンネットの上に手書き地図を広げたデニスが、命ずる。
亞唯がMAS1935S自動拳銃、あとのAHOの子たちはMAT49サブマシンガンを持って、各々倉庫の隅に散った。ルイもユベールに武装しての警戒を指示する。
デニスが立てた作戦は、単純なものであった。2100に車両二台でアジトを出発。礫砂漠を迂回しながらブドワ農薬工場に接近。メガン、アル、亞唯の支援班は、工場の東三キロメートルの地点にある低い岩山の陰で迫撃砲射撃準備。作戦班……デニス、越川一尉、石野二曹は突入班であるスカディ、雛菊、シオ、ベルを伴って車両で工場南側三キロメートルまで進出。そこで待機。
2330に突入班が徒歩で待機地点より出発。速やかに工場内へ侵入、サリン製造の証拠を記録ないし押収して離脱、作戦班待機地点まで移動。突入班から要請があった場合に限り、支援班が工場内または工場外の目標へ砲撃を行う。射撃統制は、原則として突入班が行う。
ルイとユベールは、工場の南側三十キロメートルほどの位置をほぼ東西方向に走っている小道でトラックを待機させる。撤収してきた支援班と、突入班を回収した作戦班と合流、そのままエネンガルへ向けて脱出する。この方法が使えなかった場合は、各車両ごと、あるいは合流してニジェール国境を目指す。
「無線は封止状態で行う。緊急時、交戦時にはもちろん使用自由。コードは支援班がロック。メガンがロック1、以下アルが2、亞唯が3。作戦班はストーン。わたしがストーン1、大尉が2、軍曹が3。突入班はペブル」
「では、わたくしがペブル1ですわね」
ランドクルーザーの前部フェンダーの上に立ったスカディ……床の上に立ったのでは、視線がボンネットの上まで通らないのだ……が、口を挟んだ。
「いや。君らは色だ。レッドペブル、ホワイトペブル、イエローペブル、グリーンペブル」
「……戦隊物か魔法少女みたいですわね」
スカディが、顔をしかめ気味にして言う。
「では装備を配分しよう」
デニスが、シオらAHOの子たちを呼び寄せた。代わりに、ルイがライフルを手に警戒に立つ。
支援班はニッサン・ピックアップを使用する。MO‐81中迫と、HE(高性能炸薬)砲弾四十八発が、さっそく積み込まれた。小火器は、ライフル一丁とサブマシンガン一丁、それに自動拳銃二丁。
作戦班はランドクルーザーを使用。火器は軽機関銃、ライフルが二丁、サブマシンガン一丁、自動拳銃二丁。
突入班は各自がMAT49サブマシンガンで武装する。もちろんベルはその他に大量のプラスチック爆薬と各種信管、その他小物類を持参する。
無線機の一台は、ランドクルーザーに積み込まれた。もう一台は、ルノー・トラックに載せられる。支援班は、亞唯が通信を担当する。突入班はもちろん、四体とも無線を内蔵している。
「手榴弾はどうする?」
段ボール箱を開けながら、アルが訊いた。
「突入班が……ベルを除き一体当たり四発もあれば充分だろう」
スカディを見ながら、デニスが言う。
「妥当ですわね」
スカディが、同意した。
アルが、手榴弾を配った。残りの八発は、支援班と作戦班で四発ずつ分け合う。
「おや、雛菊ちゃん。スモークも持ってゆくのですか?」
発煙手榴弾の箱を開けた雛菊に、シオはそう問いかけた。
「せっかくやから、二発ぐらい貰とこうと思うんや。シオ吉も、どや?」
雛菊が、箱から引っ張り出したモスグリーンの円筒をシオに差し出す。
「そうですね! あたいも持って行くのです!」
シオはF2発煙手榴弾二発を、自分の網袋に突っ込んだ。
2100。時間通りに、作戦が開始された。
目立たぬように、五分のあいだを開けて、ピックアップとランドクルーザーが出発する。市街地を抜けた二台は、ピックアップが北回りで、ランドクルーザーが南回りでそれぞれ目的地を目指した。
シオは亞唯を除く三体のAHOの子たちと一緒に、石野二曹の運転するランドクルーザーに詰め込まれていた。装備は、MAT49サブマシンガンと予備弾倉四本、OF37破片手榴弾四発とF2発煙手榴弾二発。ピッキングガン。ワイヤーカッター。それに、ベルの装備であるプラスチック爆薬も、五キログラムほど携行している。
「いいか。目的は情報の入手ではない。情報の持ち帰りだ。帰還不可能になるような無理はするな。判断に迷ったら、無線封止を破って、こちらに相談しろ」
デニスが、諭すように言う。
三十分ほど走ったところで、石野二曹が小道を外れ、礫砂漠の中にランドクルーザーを乗り入れた。ヘッドライトも消灯し、スモールランプだけで低速で進む。待機位置に近づいたところで、ずっと目隠しをして暗闇に眼を慣らしていた越川一尉に、運転を交替する。星明りだけで越川一尉が車を進め、ランドクルーザーは無事に2230近くに待機位置に到着した。ちょうど車一台の下半分を隠せるほどの、浅いくぼみの中に停車し、上から四枚を繋ぎ合わせたシーツを被せ、風で飛ばないように要所を石で押さえる。
デニスが、双眼鏡をブドワ農薬工場に向けた。ここからだと、肉眼ではぼんやりと明るいだけで細部は見分けられない。当然向こうからも、こちらは視認できないはずだ。
一同はじっと待った。2330時になっても、支援班から無線が入らなかったので、順調に作戦は推移しているものと判断する。
「では、行って参ります」
スカディが見送りの三人に一礼してから、歩き出す。シオ、大荷物を背負ったベル、殿に雛菊が続いた。全員、黒い布を巻きつけた『砂漠の民』スタイルである。
「……で、なんで三人とも『泥棒被り』なのかしら?」
歩きながら、スカディが苦言を呈する。
「シオちゃんを真似てみましたぁ~」
ベルが、そう言い訳する。
「こんなもん持っとるせいか、しっくり来るんやな、これが」
ピッキングガンをかざして見せながら、雛菊が笑う。
「……AHOの子らしいといえばらしいけど……」
諦め顔で、スカディがため息をついた。
ブドワ農薬工場に接近した四体は、何回か停止して周囲を探った。ゆっくりと慎重に接近を続け、0030近くになってようやく外周フェンスに辿り着く。
前回侵入に使った破れ目はすぐに見つかった。観察した限りでは、補修された跡はない。
『罠もなさそうね。前回撤収した時の映像と、まったく変化がないわ』
メモリー内映像を参照しながら、スカディが赤外線通信で言う。
四体はさっそくそこから構内に侵入した。前回と同じルートを辿り、内郭を目指す。
無事に内郭をめぐるフェンスに辿り着いた四体は、そこで物陰に隠れて様子をうかがった。内郭内の工場では、この時間でも解体工事が続けられているようで、がんがんとコンクリートを砕いている音があたりに響き渡っている。
『これなら、多少物音を立てても大丈夫ね。シオ、雛菊。フェンスを切ってちょうだい』
念のため赤外線通信を使って、スカディが指示を出す。
シオと雛菊はワイヤーカッターを出し、金網フェンスを切りに掛かった。充分な開口部ができたところですばやく内側に入り、目立たぬように金網を押し戻しておく。
『ここで分かれましょう。シオ、ベル。あなたたちは管理棟に侵入して。わたくしと雛菊は、工場棟を探ります』
スカディが、赤外線通信で命ずる。
『了解なのです、リーダー! ベルちゃん、行くのです!』
『はいぃ~』
泥棒被りの下からはみ出しているポニーテールを揺らしながら、シオは小走りに鉄筋コンクリート二階建ての管理棟を目指した。プラスチック爆薬でぱんぱんに膨らんだ袋を担いだベルが、続く。
第十八話をお届けします。




