第十四話
停止した車列から、シラリア兵が続々と降り立つのを、スカディは見守った。
先頭のトラックから、まず運転手と助手が降りた。二人とも、L1A1自動小銃を手にしているが、警戒している様子はない。トラックの荷台からも、五名が降りる。スターリング・サブマシンガンの伍長が一名と、L1A1自動小銃の四名だ。一台目のランドローヴァーからも、運転手が降りる。こちらも、得物はL1A1だった。二台目のランドローヴァーからは、スターリングを持ったナカマシ大尉とウッカ曹長、それにL1A1の運転手が出てくる。
最後尾のトラックも、停車した。運転台のドアが、開く。
「悪くないわね」
スカディは呟いた。
亞唯と雛菊が隠れている箇所は、最後尾のトラックの左側やや前方約三十五メートルという、絶好の位置であった。一方のシオとベルの位置は、最後尾のトラックの右側真横、約七十メートル。少し遠いが、まずまずの位置と言える。
スカディは無線で目標に対する角度と距離を伝えた。AHOの子たちが早期に二台目のトラックの兵員を無力化できれば、勝算は充分にある。
デニスは近付いてくるシラリア兵たちを醒めた目で眺めた。
緊張感は、見て取れない。周囲を警戒しているそぶりもない。銃器は手に持っているが、おそらく安全装置は掛かったままだろう。
……ぎりぎりまで引き付ける。
デニスの右手には、すでにツァスタバ・モデル70自動拳銃が握られている。さりげなく腰の後ろに隠されたそれは、威力、射程ともに小さな.32ACPを使う銃である。敵を確実に仕留めるには、近い距離で撃つ他はない。
先頭をゆくトラックの運転手とその助手までの距離が、デニスの目測で三十ヤードを切った。さらに近付き、二十五ヤードを切る。
助手の顔に、訝しげな色が浮かんだ。急に歩みが止まり、自動小銃を手にしていた腕に力がこもったのが見て取れる。
閉じられていた口が、開きかけた。……肌の色の偽装を見破ったのか、あるいは他の不審な点に気付いたのか。
……潮時だ。
「ナウ!」
一声叫ぶと、デニスは隠していた右腕を上げた。トラック助手の胸を狙い、引き金を引き絞る。
その一瞬前に、デニスの頭上を石野二曹が放った7.62×51弾が駆け抜けた。秒速八百メートル超で放たれた銃弾は、一台目のランドローヴァーから降りてきた兵士の胸を正確に貫いた。
デニスが発射した二発の銃弾は、シラリア兵の腹と胸を捉えた。
アルがスターリング・サブマシンガンの一弾倉をフルオートでぶっ放し、ウニモグの右側を歩んでいた伍長と小銃手二名をなぎ倒す。
越川一尉も、モデル70自動拳銃を連射し、トラックの運転手を射殺する。
石野二曹が放った二発目は、二台目のランドローヴァーの運転手を倒した。ナカマシ大尉とウッカ曹長が、慌てて一台目のトラックの陰に転がり込む。
ウニモグの左側にいた小銃手二名が、急いで身を伏せた。L1A1自動小銃を構え、反撃しようとする。
素早く弾倉を入れ替えたアルが、短い連射を浴びせる。その間に、丸腰のメガンが急いでヘロンの機内に逃げ込んだ。デニスと越川一尉も、ヘロンの主翼についたレシプロエンジンの陰に移動する。
ナカマシ大尉とウッカ曹長が、サブマシンガンを乱射した。デニスと越川一尉が、拳銃で撃ち返す。アルが、もうひとつのレシプロエンジンの陰に身を伏せた。二本目の予備弾倉を、スターリングの左側面に叩き込む。
デニスが、射撃指示を出す数秒前。
スカディは、二台目のウニモグ・トラックの荷台から降りた兵士たちが、全員トラックの左側に入ったことを見て取った。
『みんな聞いて。二台目のトラックから降りた兵員は運転手を含め七名。六名はトラックの左側にいるわ。シオ、ベル。あなたたちはまだ待機。運転助手がそちらを見ているから。亞唯と雛菊も待機。今出て行ったらすぐに見つかってしまう。銃撃戦が始まれば隙ができるはずよ。合図したら出てきてすぐさま手榴弾投擲をお願い』
スカディはそう無線で指示を出した。
「まだでしょうかぁ~」
焦れたのか、ベルが訊く。
「ここは我慢のしどころなのですよ、ベルちゃん!」
砂を被せたパラシュートの下で、シオは辛抱強くそう言った。
と、二体の聴覚センサーに銃声が届き始めた。L1A1の、鋭さを伴った重々しい銃声を皮切りに、スターリング・サブマシンガンの弾けるような連射音と、小口径拳銃のぱんぱんという軽い銃声が交じり合って聞こえてくる。
「始まったのですぅ~」
ベルが、嬉しそうに言う。
『シオ、ベル。シラリア兵の注意が逸れたわ。出てきて正面のトラックに向け前進して。亞唯と雛菊はまだ。ブレンガン・チームがぐずぐずしている。雛菊、始まったら真っ先に彼らを潰してね』
スカディから、無線で指示が入る。
「行きますよ、ベルちゃん」
シオとベルは、砂を被せたパラシュートの下から這い出した。
スカディからの情報どおり、最後尾のウニモグの右側にはすでに誰もいなかった。運転助手は、仲間と合流しようと左側へと移動したらしい。
シオとベルはウニモグ目指して砂の上を駆けた。
スカディの合図を受けて、亞唯と雛菊は砂の下から飛び出した。
気付いたシラリア兵七人が、慌てて銃を向けてくる。だがその前に、二体は充分に距離を詰めていた。約二十五メートルの位置から、亞唯はトラックの運転手と助手、それに少尉の軍服を着たシラリア人と、それに続く小銃手に向けてリボルバーを撃った。雛菊は、少し離れて続いているブレンガン・チームの二名と、そのすぐ後に続いている最後尾のランス・コーポラルに向け手榴弾を投擲する。
亞唯が放った拳銃弾は、なぜか四発とも外れた。
「なんで当たらないんだよっ!」
亞唯はわめきながら瞬時に状況を分析した。弾着は詳しく観測できなかったが、光学系に捉えられた限りでは、いずれも左上方に逸れたように見えた。狙いは正確であったにも関わらず、同じように逸れたということは、拳銃の照準が弾道とずれている可能性が高い。……経年劣化で銃に歪が生じているにも拘らず、誰も規正をしていなかったのだろう。なにしろ、貧乏空軍がパイロットに支給している旧式な護身用拳銃である。おそらく、何年も前から試射もろくな手入れもされていなかったに違いない。
亞唯はわざと照準を右下にずらし、少尉を狙って撃った。今度は銃弾が少尉の右肩を掠める。
さらに右下にずらして発砲。銃弾はようやく、少尉の胸部を捉えた。少尉が仰け反り、その手からスターリング・サブマシンガンがこぼれ落ちる。
一方、雛菊の投げた手榴弾は正確無比に作動していた。L2A2はブレンガン銃手の左脚右側十センチほどの処の砂に軽くめり込んでから起爆し、無数の弾殻と切れ目の入ったワイヤー片を撒き散らした。ブレンガン銃手とその助手、それにランス・コーポラルの三名が即死する。
砂に伏せた運転手と助手が、L1A1を乱射した。小銃手も、同様に撃ちまくり始める。慌てていたせいで狙いは甘く、銃弾のほとんどは素早く砂に伏せた亞唯と雛菊の頭上を通過する。
『スカディ、やばいことになったよ!』
亞唯は無線で助けを求めた。
「まずいな」
デニスは唸った。
状況は膠着状態にあった。トラックの陰から、二名がサブマシンガンを乱射してくる。小銃手の一人は石野二曹が倒したが、もう一人はトラックの処まで後退し、タイヤを遮蔽物にしてL1A1を撃ち返して来る。
弾薬は、残り少なくなってきた。アルは最後の弾倉を、セミオートで撃っている。石野二曹はまだ充分に予備弾を持っていそうだが、一丁だけではその火力は限定的だ。
今のところ、AHOの子たちが二台目のトラックの兵員を抑えていてくれるからなんとか持ち堪えているが、敵の数がこれ以上増えれば勝ち目は薄くなる。
「グレネード!」
アルが叫ぶ。
デニスは姿勢を低くし、レシプロエンジンのケーシングに身を押し付けた。
どん。
トラックの陰から投げられた手榴弾が、盛大に砂を巻き上げる。一部の破片が機体を直撃し、外板を貫く鈍い音が聞こえた。
越川一尉が、日本語で毒づきながら拳銃を撃ち返した。
「デニス! このままじゃやばい!」
アルが、わめいた。
「機内に入れ!」
デニスは命じた。
意図を察した石野二曹が、援護のためL1A1をセミオートで撃ちまくる。
デニス、アル、越川一尉の三名は、急いでヘロンの機内に避難した。もう一発、手榴弾が至近で爆発する。飛び散った破片のいくつかはヘロン胴体のアルミ合金を貫いたが、床材を貫通することはできなかった。
「手榴弾じゃ無理だ。あれを持ってこい!」
ナカマシ大尉は弾倉交換の合間に、ウッカ曹長にそう命じた。
ウッカ曹長が身軽にトラックの荷台に飛び乗り、奥に駆け込む。
『シオ、あなたはトラックの前から。ベル、あなたは後方から回りこんで。亞唯と雛菊を撃っている三人を急いで倒して』
スカディから無線で指示が届く。
シオはベルと別れると、リボルバーを握り締めてトラックの前方を目指した。
ライフル弾が、亞唯の左腕を貫通した。
衝撃を吸収し切れなかった肩の関節部分が、歪みを生じる。亞唯は冷静に被害を分析すると、左腕への主要な電力供給をカットした。配線その他が切断された可能性が高いので、通電を続けると二次被害のおそれがある。
「亞唯ちゃん、やばいで、これ」
隣で砂に伏せている雛菊が、わめいた。それまで隠れていた砂の窪みまで這って後退できたので、なんとか生き延びられているが、危険な状況には変わりない。銃弾は間断なく降り注ぎ、二体の周囲で小さな砂の花を咲かせている。
銃撃では埒があかないと考えたのか、小銃手が手榴弾を取り出した。ピンを抜き、伏せた姿勢のまま放り投げる。
亞唯と雛菊は、砂に顔を押し付けた。
どん。
手榴弾は、雛菊の顔からわずか三メートルのところに落ち、炸裂した。弾体が砂にめり込んだことと、雛菊がわずかではあるが窪んだところに伏せていたことが重なり、幸いにして撒き散らされた破片は一片も雛菊には当たらなかった。
亞唯と雛菊からの反撃がないことに気付いた小銃手が、身を起こした。もう一発手榴弾を取り出し、膝立ちの状態で腕を引き、投擲準備に入る。先ほど一発投げたことで距離感を掴んだのであろう。その黒い顔には自信の程を表すわずかな笑みが浮かんでいた。
「あかん。今度こそお陀仏や」
雛菊が、泣きそうな声で言った。
7.62×51が、亞唯の左腕を撃ち抜いたとほぼ同時刻。
ウッカ曹長がウニモグ・トラックの荷台から持ち出し、肩に担いだ兵器を見て、ヘロンに立てこもっているデニスたちは顔色を失った。
細長い筒と、その左側面上方に付けられた光学照準器。ロケットランチャーだ。
「LRAC89か!」
アルが、叫ぶ。
「LRACよりも、若干長いですわね。旧ユーゴ製の、M79オーサではないでしょうか」
唯一冷静を保っているスカディが、そう識別した。LRACはフランス製の89ミリロケットランチャーで、アフリカの旧フランス植民地国家ではお馴染みの対戦車兵器である。ピストルグリップと、その前方のバーチカルグリップ。最後部にあるショルダー・レスト。ランチャー後端に運搬用円筒形コンテナーごと装着/装填される対戦車ロケット弾。M79も同様の構成で、よく似ている兵器であるが、口径は90ミリとなっている。
「どっちにしても、一発喰らったらお終いですよ!」
越川一尉が、わめいた。
発射を阻止しようと、石野二曹がL1A1で慎重に撃ち始めた。だが、サブマシンガンによる弾幕射撃を受けてまともに狙えない。
「デニス!」
メガンが、切羽詰った表情でデニスを見た。
ベテランのSIS工作員が、諦め顔で首を振った。
ヘロンの胴体右側に乗降扉でもあれば機体を捨てて逃げる、という手も使えたが、それは無理な相談である。非常用の脱出口が天井部分にあるが、そこを使えば狙撃されるのは必至である。
ウッカ曹長が、M79の先端をぴたりとヘロンに向けた。光学照準器を使わなくても、外す距離ではなかった。
トラックに辿り着いたベルは、手榴弾のセイフティ・ピンを抜いた。すぐに投擲できるように構えながら、走って後部へと回り込む。
と、ベルはトラックの荷台に動きがあることを捉え、そちらに顔を向けた。
シラリア兵だった。驚いたような顔で、ベルを見下ろしている。右手には、自動拳銃を握り、左手には、固定電話機の受話器のような無線の送受話器を握っていた。背中には、背負い式のポータブル無線機と、そこから延びる線状アンテナ。……通信兵だ。
通信兵が、慌てて拳銃の銃口をベルに向ける。
「もったいないですが、仕方ないのですぅ~」
ベルは手にした手榴弾をトラックの荷台に投げ入れた。同時に、拳銃の狙いを逸らそうと砂の上にダイブする。
どかん。
大音響と共に、いきなりウニモグ・トラックが大爆発を起こした。
亞唯と雛菊に向け射撃を続けていた三人のシラリア兵の姿が、火球の中に消える。その次の瞬間、焼け焦げた人体が爆風で千切れながら広がる火球の中からいくつも飛び出してきた。慌てて砂に顔を押し付けた亞唯と雛菊の頭上を、砂交じりの熱い爆風が駆け抜けてゆく。
いきなり生じた大爆発に、シオも巻き込まれていた。
身体が宙に浮き、五メートルほど離れた砂の上に叩きつけられる。巻き上げられた大量の砂が、その上に降り注いだ。
ロボットであるAI‐10は、人間よりも衝撃耐性に優れている。だが、人間ならば、即死してもおかしくないだけの衝撃を受け、シオの機能は一時的に停止してしまった。安全回路が働き、必要最低限の部分を除き電源カットが行われたのだ。すぐに、自己診断プログラムが起動し、体内各機能のチェックが始まる。
衝撃波は、デニスたちも浴びていた。
いきなり座布団を巻きつけた金属バットで顔面を殴られたような衝撃(越川一尉談)に襲われ、デニス、アル、越川一尉は仰け反った。赤黒い火球が凄まじい勢いで膨らみ、そして大量の黒煙を残して消える。
「なんだ、こりゃ」
越川一尉が、唖然とした表情で呟くように言った。
爆発を起こしたウニモグ・トラックは、一瞬にして黒々とした骨組みだけの残骸になり果てていた。砂も大量に吹き散らされ、トラックの周囲には丸い皿状に窪みが生じている。衝撃波をまともに受けたのだろう、一台目のトラックの陰で射撃していたシラリア人二人は、砂の上に手足を投げ出して伸びていた。発射寸前だったM79ロケットランチャーも、砂の上に転がっている。
L1A1の銃声が、響いた。衝撃波を浴び、トラックの陰から弾き飛ばされてしまったシラリア小銃兵を、石野二曹が冷静に射殺したのだ。
デニスは状況を確認した。敵の銃声は、止んでいる。あの爆発……さながら、二千ポンド誘導爆弾の直撃を喰らったかのようだった……では、最後尾のトラックの周囲にいたシラリア兵が生き延びることは不可能だろう。
「助かった」
アルが力の抜けた声で言う。
「スカディ! 他のロボットは無事か?」
横を向いたデニスは、そう叫んだ。
「亞唯と雛菊とは無線連絡が取れました。シオとベルは応答ありません」
スカディが、冷静に答える。
「二曹、アル。援護してくれ」
越川一尉が拳銃を構え、ヘロンの機外に飛び降りた。
「わたしも行くぞ」
デニスも残弾少ないM70を握り直すと、機外に飛び降りた。
「よいせっと」
亞唯と雛菊が、砂に半ば埋まったシオを助け起こす。
「ぷはー。死ぬかと思ったのです」
砂に尻を着いてへたり込んだシオは頭を振った。幸いなことに、大きな故障は起こしていなかった。ただし、ようやく基本機能は回復したものの、いくつかの機能はいまだ停止状態にあり、本調子とは言えない。
「敵はどうなったのですか?」
「制圧したよ」
亞唯が、シオの背後を指差す。シオは振り返った。
生き残ったらしいシラリア士官と下士官が、デニスと越川一尉に拳銃を突きつけられ、ヘロンの方へ連行されてゆく所であった。メガンが抜け目なく、砂に落ちている銃を拾い集めている。
「お、亞唯ちゃん怪我をしているではないですか!」
「左腕をやられたよ。とりあえず、問題ない」
亞唯が、安心させるように言う。
「そうだ、ベルちゃんは……」
「探しに行くで」
雛菊が、シオの手を引っ張って立たせる。
ベルは、すぐに見つかった。ワンピースのあちこちに焦げ目を作った状態で、シオよりも深く砂にめり込んでいる。
シオたち三体は急いでベルを掘り出した。
『ありがとうございますぅ~。衝撃でいったんリセットが掛かってしまったのですぅ~』
赤外線通信で、ベルが説明する。衝撃と共に、かなりの熱を浴びたのだろう。耐熱性人工毛髪の一部が、焦げて縮れている。
『まだ自己診断プログラムを走らせている最中なのですぅ~。喋れないのもそのせいですぅ~。動くのも無理なのですぅ~。しばらくお待ち下さいぃ~』
「しかし、凄い爆発だったのです。さすが、ベルちゃんなのです。あの短い時間で、手榴弾を強力な爆弾に改造していたのですね!」
シオはそう褒めた。
『わたくし、何もしておりませんがぁ~。それに、自分の爆弾で自分を吹き飛ばすなど、素人のやることなのですぅ~。わたくし、そこまでおドジではありませんですぅ~』
ベルが、抗議する。
「とにかく、スカぴょんと合流や」
雛菊が、ベルの両脇に手を差し入れる。シオは、ベルの両足を持った。
「大爆発の原因は、これですよ」
越川一尉が、もう一台のウニモグの荷台から持ち出した二十リットル入りジェリカンを、どさりと砂の上に置いた。
「三十個ほど積み込んでありました。中を確かめましたが、緑色でした。航空ガソリンです」
「なるほど。ヘロンを炎上させるためか」
デニスはうなずいた。偽装工作の痕跡……おそらくはAI‐10たちのメモリーを確実に消去するために、大量の航空ガソリンを持参したのだろう。ベルが投げ込んだ手榴弾がジェリカンを破壊し、気化した大量のガソリンに引火したのだ。
「そっちはどうだ?」
デニスはメガンとアルに歩み寄った。二人揃って仲良く額に大きな瘤をこしらえたナカマシ大尉とウッカ曹長は、パラ・コードで後ろ手に縛られた状態で砂の上に座らされ、CIAコンビの尋問を受けている。
「取引したいそうよ」
M70自動拳銃をちらつかせながら、メガンが言う。
「どういうことだね?」
デニスはしゃがみ込むと、ナカマシ大尉の顔を覗き込んだ。
「任務に失敗した以上、生きて帰ってもドランボ将軍に拷問の上処刑される。家族も、牢獄送りになるだろう。なんでも協力するから、死んだことにして国外へ逃がしてくれ。頼む」
「協力の内容によるね」
デニスは素っ気なく応じた。本音としては、ナカマシ大尉が洗いざらい話してくれるのは大歓迎だったが、それを悟られるのは尋問の基本テクニックに反する。
ナカマシ大尉は積極的だった。直属の上官であるナナンド中佐のこと。彼がララニ大佐なる人物から命令を受けていることなどを、詳しく話してくれる。さらに、ヘイゼルによる情報提供があったことまで、明かしてくれた。
「なるほど。だが、あの娘がミトライ教授の信頼をあっさりと裏切るようには思えないけどね」
渋い表情で、メガンが訊いた。
「詳しくは知らないが、ナナンド中佐は彼女を脅す材料を持っていた。無理やり、協力させたことは間違いない」
ナカマシ大尉が、答える。
「出発の準備、完了しましたわ」
スカディが、報告に来た。ようやく動けるようになったベルを含むAHOの子たちは、無事だったウニモグ・トラックから余分なものを降ろし、ガソリンを補充するなどしてニジェールへの脱出準備を整えていたのだ。
「スカディ、ランドローヴァーの一台は、動くんだな?」
デニスが、確認する。
「エンジンは掛かりましたけど」
「結構。そいつを、彼らに置いていってやろう」
大河原教授を含む調査団一行は、ウニモグに乗り込むと東へ向け出発した。残されたナカマシ大尉、ウッカ曹長、それにヘロンの機長の三人は、薄れゆく光の中で死体を集めてヘロンの機内に運び込む作業に没頭した。それが終わると、AHOの子たちがトラックから降ろした航空ガソリンのジェリカンの中身を、ヘロンにぶちまける。シラリア陸軍が、焼け跡から丁寧に焼死体を回収するとは思えない。三人が居なくなったことが、気付かれるおそれは少ないだろう。
作業を終えた三人のシラリア人は、轟然と燃え上がる火葬の炎を背にランドローヴァーに乗り込んだ。
第十四話をお届けします。




