第十三話
機長に再び銃口を突きつけ、情報を引き出す。
機長、副操縦士、空軍の軍曹とランス・コーポラルの四人は、パラシュート降下した後に、可能ならば集合を行い、その場を動かずに地上部隊の到着を待て、と指示を受けていたらしい。念のために各自一本ずつ上空発射式のスモーク兼用のシグナル・フレアを持たされていたが、これは緊急時以外は使わないように言われていたという。地上部隊の規模や装備に関しては、まったく知らない。ただし、機長の予測では、車両数台程度ではないか、とのこと。
「妥当だね。極秘の作戦だろうから関わる人数は少ない方がいい。だけど、墜落の偽装工作をやるには人手がいる。少なくとも七、八人。多くても、二十人以下だろうね。四輪駆動車二台から四台。あるいはトラック二台から三台、ってとこだね」
亞唯が、そう予想する。
「武装は軽火器程度でしょうね。交戦は想定していないはずだし、あくまで自衛装備のみ。まず間違いなく、不時着機を見つければ調べに来るでしょう」
スカディが、うなずきつつ言う。
「地上部隊を撃破してお水ゲット! そして車両を頂戴して逃げるわけですね! なんだか、『アラビアのロレンス』みたいでかっこいいのです!」
シオは勢い込んで言った。
「しかし、なんでうちらの正体がばれたんかな」
雛菊が、首を捻る。
「そうですねぇ~。シラリア側がここまで過激な手段を使ってきた以上、偵察活動が発覚したと考えざるを得ないのですぅ~」
ベルが、同調する。
と、ヘロンの乗降扉付近に動きがあった。赤毛の女性が、のっそりと顔を見せる。メガンだ。
「お目覚めですか」
スカディが素早く近付いて、機体から降りるのに手を貸す。……まだ薬が効いているのか、足元がおぼつかない様子である。
砂の上に力なく座り込んでいるメガンに、スカディが状況を説明しているあいだに、雛菊が機内に戻って他の調査団メンバーの様子を調べてくる。
「みんな、もう少しで目を覚ましそうやね」
戻ってきた雛菊が、そう報告した。
「それで、今後の方針はいかがいたしますか?」
スカディが、メガンに訊く。
「こうなった以上、国外へ逃れるしかないわね。作戦を終わらせるにしても、態勢を立て直して再挑戦するにしても。東へ行けば、ニジェールへ出られる。国境までの距離は?」
「約百三十キロメートルですわ」
「水なしで歩くのは無理ね。あなたたちの想定通り、地上部隊の車両を奪う以外に良策はなさそうね」
メガンが、恨めしげに空を見上げる。だいぶ太陽は西に傾いてきたが、日差しはまだまだ強い。
次に目覚めたのはデニスだった。
「迂闊だった。滑走路脇で振舞われた紅茶に薬物が仕込んであったんだな。いや、諸君らのおかげで助かったよ」
謙虚に反省の言葉を口にしたデニスが、AHOの子たち全員と握手をして廻る。
「で、どうします?」
メガンが尋ねる。
「武器が少ないが、その地上部隊を待ち受けて迎撃するしかないね。長距離通信の手段があれば、別だが」
デニスが、肩をすくめた。石野二曹の衛星電話は上空から砂漠に投げ捨てられてしまったし、ヘロンの無線機も壊されている。AHOの子たち内蔵の無線機は近距離しか使えないし、外部に救援を求める手立ては、現状では完全に断たれている。
ほどなく、他の調査団メンバーも続々と目を覚ました。
「どうなっているのかね?」
薬物の後遺症のせいか、やたらと首筋を揉みしだきながら、大河原教授が訊く。
越川一尉が、助けを求めるかのようにデニスを見た。デニスが、肩をすくめる。
「こうなったら、隠し通すのは無理だろう」
「そうですね」
諦め顔の越川一尉が、ブドワ農薬工場偵察作戦について簡単に説明を始める。
「では、諸君らは遺跡調査を名目にスパイ行為を行っていたというわけかね?」
大河原教授が、居並ぶデニスやメガン、アルを睨みつける。
「端的に言ってしまえば、そうですな」
デニスが、認めた。
「許せん!」
大河原教授が、怒鳴った。
石野二曹が、びくっと身をすくめる。
「許せんぞ、絶対に!」
大河原教授が、興奮して拳を振り回す。
『あちゃー。ついにあの温厚な教授が切れたわー』
雛菊が、呆れ顔で赤外線通信をよこす。
『日頃怒らない人が怒ると、激しいのですぅ~』
ベルが、言う。
だが、怒りの矛先は、デニスや越川一尉に向けられたものではなかった。
「大量破壊兵器を製造し、さらにテロリストに売却するなど、絶対に許せるものではない!」
怒鳴ったことで落ち着いたのか、大河原教授が拳を下ろした。
「仕事柄、墓所を発掘することも多い。中には、戦争によって殺されたことが明白な死体もある。通常の事故では折れそうにない骨が複数個所で砕けていたり、頭蓋骨に穴が開いていたり、な。だが、それらの死体はみな男性で、青年か壮年だ。老人や少年はいないし、女性もいない。現代の基準から見ればはるかに未開であった古代のアフリカ人でさえ、戦争に女子供を巻き込むことはなかったのだ。自らの政治的主張を通すために、赤ん坊や妊婦すら暴力にさらすことを厭わぬような卑劣なテロリストどもに、化学兵器を売りつける政権など、断じて許してはならん」
「仰るとおりなのです! エサマ大統領許すまじ、なのです!」
シオは大河原教授を煽った。どうやら教授を味方に付けられそうだと判って、越川一尉や石野二曹がほっとした表情を浮かべる。
「とりあえず、シラリアの地上部隊が近付いてきたらこれを迎撃し、車両を奪うという前提で準備を進めましょう」
デニスがそう提案する。反対意見は、出なかった。
デニスとアルが、機長からさらに情報を引き出す。地上部隊が接近してくる方向は、たぶん西から。パラシュート降下する予定地点はもっと西方だったので、そこから東へと追って来るはずだ、というのが機長の見解だった。
「しかし……この程度の装備では、苦しいですね」
主翼の上に並べられた武器類……自動小銃とサブマシンガンが各一丁、手榴弾が二個……を見やりながら、越川一尉が言う。デニスが、唸った。
「ならば敵を油断させて引き付け、一気に攻撃するしかないな。よし、死体と機長からユニフォームを剥いで、シラリア軍人に成り済ますんだ。作戦に支障が生じて胴体着陸してしまったが、状況は掌握しているという振りをすれば、作戦を完遂させようとして敵は無警戒で接近して来るだろう」
「肌の色でばれますよ」
アルが、そう指摘する。デニスが、にやりと笑った。
「エンジンオイルを抜くんだ。これを塗れば、遠目にはアフリカ人に見える。頭部は、砂除けの布を被って隠せ」
「手が滑りそうね」
メガンが、顔をしかめる。
「作業用の手袋がありますよ」
アルが、言う。
「いや。銃のほうに布を巻くんだ。皮膚より金属の方が滑らかだからな。その方が、滑りにくい」
デニスが、そうアドバイスする。
「わたくしたちはどういたしましょうか?」
スカディが、訊ねた。
「こっちの切り札は、二個の手榴弾だ。こいつを有効に使えば、勝機は存分にある。かなり危険だが、諸君らには近接して手榴弾を使ってもらうしかないな」
「下手に使うと、車両をぶっ壊しちまいそうだけど」
亞唯が、危惧する。
「その危険は冒すしかないな。とりあえず四輪駆動車一台確保できれば、国境外へ逃れることは可能だろう。諸君らは、砂に隠れて地上部隊を待ち伏せるんだ。隙を見て接近し、手榴弾を投擲しろ」
「砂に隠れるのはどうすればいいのですかぁ~。埋まるのですかぁ~」
ベルが質問する。
「いい手がある。パラシュートを引き出すんだ。これを被り、上から薄く砂を掛ける。これで、周囲と見分けがつかなくなる。人間なら窒息死の可能性があるが、ロボットならば大丈夫だろう」
「排熱の問題が生じそうですが……まあ短時間なら問題ないと思いますわ」
スカディが、言う。
一同は着々と準備を進めた。引き出したパラシュート……ごく普通の、白いラウンドシュート(円形)タイプだった……を適当な大きさに切り、カムフラージュ用として確保する。パラ・コードも切り取り、これで機長を縛り上げ、ヘロンの機内に隠す。
武器も分配された。元陸軍で射撃が上手いアルが、軍曹の作業服を着込んでスターリング・サブマシンガンを持った。デニスがランス・コーポラルの服を着て、モデル70自動拳銃を持つ。機長の服を借りた越川一尉が、同じくモデル70自動拳銃を持った。射撃に自信がないというメガンは、副操縦士の服を着て丸腰。
「なあに、銃器なしでも問題ないですよ、わが上司は」
銃を渡せなくてすまん、とメガンに謝るデニスに向かって、アルが言う。
「どういうことだね?」
「格闘術に長けているんですよ。部下になったときに、一回お手合わせ願ったんですが、あっさりと負けました。俺の軍隊流格闘術じゃ、歯が立ちませんでしたよ」
そう言って、アルが笑う。
ヘロンの昇降口には、L1A1自動小銃を構えた石野二曹が陣取ることになった。そばにスカディが隠れ、指揮統制を補佐する。大河原教授も助力を申し出たが、皆に説得されて戦うことを諦め、機内に隠れることになる。
残るAHOの子四体は、亞唯と雛菊、シオとベルのコンビに分かれた。それぞれのペアに、カムフラージュ用の布とリボルバー一丁、それに手榴弾が渡される。
「わたくしに、手榴弾を下さいぃ~」
ベルが、進んでL2A2手榴弾を手にした。卵形で、外皮がのっぺりとした形状のよくあるタイプの破片手榴弾である。炸薬量は百七十グラム。これも、平均的と言える。
「ベルちゃんは、本当に爆発物が好きなのです!」
シオは拳銃を手にした。エンフィールドNo.2 Mk.1リボルバー。第二次世界大戦中に大量使用され、その後英連邦諸国の軍隊や警察に大量に供与された中折れ式リボルバーである。原型となったウェブリー&スコットの中折れ式軍用リボルバーは、十九世紀末に正式採用されているから、二十一世紀の今では骨董品レベルの代物だ。
「予備弾薬がないのが心もとないですが、致し方ないのです!」
シオは銃身を握ってかちりと折ると、シリンダーに装填されている弾薬を確認した。本来の使用弾薬は.38エンフィールドだが、これに装填されているのは互換性のある.38スペシャルのようだ。
すべての準備を終えた一同は、待機状態に入った。AHOの子たちは、各自有機薄幕太陽電池シートを広げ、充電を始める。人間たちはシラリア空軍兵士の装備から頂戴した水を節約しつつ回し飲みした。
「来ませんね」
ヘロンの胴体が作る日陰に座り込んだ越川一尉が、言う。
「どうせなら、暗くなってから来て欲しいものだが」
西の方を見やりながら、デニスが言う。貧乏なシラリア陸軍が暗視装置の類を持っているとは思えない。夜間戦闘ならば、AHOの子たちがいるこちらが圧倒的に有利になる。
「来ましたわ」
ヘロンの胴体の上に立って見張っていたスカディが、声を上げた。待機していた全員が、スカディを見上げる。
「方位2‐8‐5。砂埃しか確認できませんが、明らかに自然現象ではありませんわ。車列と判断します」
スカディが、続ける。
「よし、作戦開始だ」
デニスが、命じた。AHOの子たちは、急いで太陽電池シートを畳んだ。それぞれが、事前の打ち合わせ通りの配置につく。太陽はだいぶ西に傾いたが、まだ周囲は相当明るかった。気温も、それほど下がってはいない。
シオとベルは、パラシュートの布を抱えて走った。スカディからの無線の指示に従い、身を隠せそうな窪みを探す。
「ここがいいのですぅ~」
ベルが、適当な窪みを見つけ、腹這いになった。シオは付いてきた越川一尉にパラシュートを渡すと、ベルの隣に腹這いになった。越川一尉がパラシュートを広げて被せ、砂を手ですくって掛け始める。すぐに、パラシュートの白さは黄色い砂に隠れて見えなくなった。満足した越川一尉が、走ってヘロンへと戻る。百メートルほど北に離れたところでも、同じように亞唯と雛菊を隠し終わったメガンが、ヘロンへと戻りつつあった。
ヘロンの窓から、スカディは接近する車列を見張った。
砂埃のせいで一度に視認するのは無理だったが、数えたところ車両は全部で四台であった。先頭を走るのは幌付きの中型トラックだった。次いでランドローヴァーが二台連なり、その後ろにもう一台、幌付きの中型トラックが続いている。幸いなことに、どの車両も無反動砲や重機関銃などの強力な火器は搭載していないようだ。
車列が、速度を落とし始めた。砂埃が小さくなり、車両の細部が見て取れるようになる。スカディは、トラックが二台ともウニモグであると識別した。フロントの形状からすると、古い404か406のようだ。
スカディは、敵の人数を把握しようと、ランドローヴァーの窓に視点を合わせてズームした。一台目に乗っているのは、運転手だけのようだ。二台目には、運転手の他に二名が乗っているのが見えた。
「あれは……」
スカディはカメラが捉えた映像と、メモリー内の顔画像を比較識別した。間違いない。
二台目のランドローヴァーに乗っている二人は、ナカマシ大尉とウッカ曹長だった。
「ドジな空軍さんだ」
ナカシマ大尉は毒づいた。
四発のレシプロ輸送機は、砂漠の中に無様に座り込んでいた。四人の空軍軍人は、頭部を砂と日除け用の布でぐるぐる巻きにした姿で砂の上に立ち、近付く車列を見守っている。
「何があったんでしょうか」
隣に座るウッカ曹長が、訊く。
「本当に、エンジントラブルを起こしたのか。あるいは、制圧に手間取って、燃料が足りなくなったのかもな。パラシュート降下には高度が必要だ。やむなく、不時着したってところじゃないか?」
ナカマシ大尉は推測を口にした。少しばかりシナリオを変更する必要があるが、許容範囲だろう。エンジントラブルで不時着を敢行、しかし失敗して機体が炎上、乗員乗客は全員死亡。ロボットも丸焼けになった、で問題ないだろう。不時着敢行前になぜ無線で救援要請をしなかったのか、などの矛盾点、疑問点は生ずるが、ごまかしは効く範囲である。
「こんな処に降りやがって。危うく見つけられないところだった」
ウッカ曹長が、不満げに言う。ナカマシは唸り声で応じた。計画では、もっとスワンナ飛行場に近い位置に墜落させるはずだったのだ。それが、予定よりもなんと百キロ以上離れた位置に不時着してしまった。幸いなことに、天候に恵まれて視程が良かったからすぐに発見できたが、もし風が強くて砂嵐に近い状態だったら見つけるのに何日もかかったに違いない。計画では、日没までに機体を炎上させる手筈だったが、どうやらその時間もないようだ。細かい偽装工作は、明日回しにするしかないだろう。
「しかし、調査団の連中はどうしたんですかね? もうとっくに薬は切れているはずですが」
ウッカ曹長が、問う。
「機内に縛って転がしてあるんだろう。これで、偽装工作がさらに難しくなったな」
ナカマシ大尉は唸った。空軍のドジのせいで、仕事が増えた。腹立たしい限りである。しかし、陸軍では輸送機を飛ばせないし、シラリア陸軍には空挺部隊がないからパラシュート降下できる者もいない。空軍の協力がなければ、この作戦が成立しなかったことも、事実である。
先頭のウニモグ・トラックが、停車した。ランドローヴァー二台も、ゆるゆると速度を落として止まる。ナカマシ大尉はスターリング・サブマシンガンを掴むとドアを開けた。反対側から、ウッカ曹長が降りる。
第十三話をお届けします。




