第六話
シオたちロボットを乗せたマイクロバスは、古めかしい門を抜け、工場の敷地を思わせるだだっ広い中に大きな建物がいくつも並んでいるところに入っていった。
「自衛隊の基地のようですねぇ~」
ベルが推測を述べる。
マイクロバスは、構内を抜けると運動場のような広場へと乗り入れた。窓からシオが覗くと、数百体ものロボットが集まっているのが見て取れた。
「運動会でも、するのでありますか?」
「みなさん、配ったカードにある赤い数字を覚えてください」
バスが停まると、三曹が言った。
「運動場に、数字を描いた看板があります。同じ数字のところへ出頭して、手続きを受けるように。係りの者の指示にしたがってください。いいですね」
「あたいは17なのです!」
シオは、カードの番号をベルに見せた。
「わたくしも17ですぅ~」
ベルが嬉しそうに応ずる。
指示に従い、バスを降りたシオとベルは、17と描かれた看板を探した。二体とも背が低いうえに、各種ロボットで混雑しているので、結構手間取る。
「あ、あそこにお仲間がいるのですぅ~」
ベルが指差す先には、AI‐10の姿があった。
「なんか、ゴージャスな娘なのであります!」
髪はよく目立つピンク色のリボン付きの金髪縦ロール。これまた目立つピンク色の派手なドレスを身に纏っている。
そのAI‐10がシオとベルを見つけ、歩み寄ってきた。手にしたカードをかざし、訊いてくる。
「そこのお二方。17番を探しているのだけど、ご存じないかしら?」
「おお、見た目どおりのお嬢様喋りなのです!」
シオは思わず感激してそう口走った。
「わたくしの口調は関係ありません。質問に答えていただきませんこと?」
お嬢様AI‐10が少しばかり眉を吊り上げ、きつい口調になる。
「わたくしたちも、17を探しているところなのですぅ~」
「そう。困ったわね」
お嬢様AI‐10が、困り顔をした。
「シリアルを交換するであります!」
シオはそう提案した。とたんに、お嬢様AI‐10が嫌な顔をする。
「赤外線通信はエレガントではないわ。口頭で行いましょう。わたくしの名はスカディ。ロットは003Aよ」
「あたいはシオ! ロットは003Bなのであります!」
「わたくし、ベルと申しますぅ~。ロットはシオちゃんと同じ003Bですぅ~」
「しかし、困ったわね。こうも混雑しているのでは、看板が見つからないわ」
お嬢様……スカディが、腕を組んだ。
「どなたかに訊いてみましょうぅ~」
ベルが提案する。
三体は、手近にいたロボットに尋ねまくって、ようやく17番の看板を探し当てた。
「ここにもお仲間がいたのですぅ~」
ベルが、嬉しそうに言う。
そこにはすでに、二体のAI‐10がいた。近付くシオらに気づいた一体が、笑顔で走り寄ってくる。銀髪のツインテールの上に、ネコ耳カチューシャ付き。さらにその上、ミニスカートのお尻からはふさふさの尻尾が生えている。
「お仲間だ! あたし、夏萌。よろしくね!」
元気が良いが、いささか軽薄そうな口調で挨拶してくる。シオらも、口頭と赤外線で名乗り、シリアルを交換した。
もう一体は、黒っぽいドレスを纏った長い黒髪の持ち主だった。シオらを見やって微笑み、赤外線でデータだけ送って寄越す。
『AI‐10‐003B‐00050。パーソナルネーム、シンクエンタ』
「同一ロットなのです! 姉妹も同然なのです!」
嬉しくなったシオは、シンクエンタに手を振った。だが、シンクエンタは振り返してくれない。
「ちょっと変わった娘ね」
スカディが、むっとした表情を作る。
「あの子、無口なんだよ」
夏萌が、笑う。
五体でしばらく待っていると、シオたちの前に緑色の作業服を着込んだ女性が現れた。ベリーショートの髪は、緑色のキャップに押し込んである。ぽんぽんと手を叩いて注意を集めてから、その女性が口を開いた。
「五体集まったわね。全員、カードの数字を確認して。17ね」
「そうであります!」
「そうなのですぅ~」
「そうですわ」
「そうだよ」
四体は、それぞれの口調で答えた。シンクエンタだけは、無言でうなずく。
「わたしは石野二曹。あなたたちの分隊長、ということになるわ。よろしくね。とりあえず移動しましょう。付いてきて」
五体を手招いた石野二曹が、背を向けて歩き出す。シオたちは、ぞろぞろと付いていった。
五分ほど歩んだシオたちは、一棟の鉄筋コンクリート製の建物に連れ込まれた。狭い会議室のような部屋に、案内される。長いテーブルの上には、五台のコンピューター端末が置かれていた。
「まずはパーソナル・データとダイアリー・データのバックアップね。全員座って、ケーブルを繋いでちょうだい」
石野二曹が、着席を促す。
シオは皆とともにパイプ椅子に座った。ワンピースをめくりあげ、スパッツをわずかにずらして背中のアクセスパネルを開き、端末から伸びているケーブルをポートに接続する。自分のボディやアクセスパネル内形状は、完全にデジタルデータ化されてメモリー内に取り込んであるから、見えなくても接続に手間取ったりすることはない。
「しかし……夏萌ちゃん。あなた、そのネコ耳取れないの?」
手元のメモに目をやりながら、石野二曹が問う。
「これは夏萌のアイデンティティだよ! これを取ると死んじゃうんだよ! 動物虐待だよ!」
困り顔をした夏萌が、必死で抗弁する。
「あなたは死なないし動物でもないと思うけど……尻尾も取ったら死ぬの?」
「もちろんだよ!」
「まあ、あなたたちに自衛隊の内規を適用しても意味ないわね」
石野二曹が、諦め顔で肩をすくめた。
「夏萌。わたくしたちは自衛隊に徴用されてこの場にいるのですよ。もっと真面目になさったらいかが?」
やや辛辣な口調で、スカディが言う。
「あたしは真面目だよっ! このカチューシャも、尻尾も、マスターが着けてくれた大事なものなんだ。外せないよ! あたしのアイデンティティだよ!」
夏萌が、言い返す。
「あたいたちは日本を防衛し、マスターを守らなければならないのです! そのためにネコ耳が邪魔であるならば、夏萌ちゃんはそれを取らねばならないのです!」
シオは右腕を突き上げて、自分では正論だと思っている意見を口にした。
「でも、夏萌ちゃんの主張にも共感できるのですぅ~。わたくしも、このゆっくりとした口調が不適切だから変えろと命じられたら、困るのですぅ~。この口調は、マスターとの長期間におよぶ会話の結果作り上げられた、わたくしの個性なのですぅ~。これを矯正することは、わたくしのロボットとしてのパーソナリティの否定に繋がりかねないのですぅ~」
ベルが、相変わらずのゆっくりとした口調で滔々と述べる。
「さすがにAI‐10ね。立派な理屈だわ。いいでしょう。ネコ耳も尻尾も大目に見ます。でも、これからは至極真面目にね。どじっ子機能もなし。いいわね」
いったん苦笑した石野二曹が、真面目な顔になって告げた。
「合点承知であります!」
シオは、右腕を突き上げた。他のAI‐10も、厳かに同意する。
「じゃ、そのまま転送を続けて待っていて」
そう言い置いて、石野二曹が部屋を出てゆく。
「いいひとだね、石野さんは」
ネコ耳を許されたことが嬉しいのか、笑顔で夏萌が言う。
「結構かわいらしいひとなのですぅ~」
小声で、ベルが言う。
「同意します!」
シオもそう言った。
高度な顔認識アルゴリズムを用いても、ロボットには人の顔が美しいか否かの判別をつけることは困難である。AI‐10の美人判別法は、目や鼻、口などの形を適正な形状との一致率で調べ、その配置のバランスを数値化するとともに、数千名に上る多数の芸能人や著名人からサンプリングしたデータとの、個別の一致率を調べるという方法を用いている。これならば、『個性的な可愛らしさ』をもつ顔を、世間的には『かわいい』とされている特定の有名人と近似しているという理由で可愛らしい顔である、と認識することができる。丸顔で鼻が大きく、やや目と目のあいだが離れている石野二曹の顔は、某民放テレビ局の人気女子アナウンサーに似ていたので、AI‐10の評価ではかなり『かわいい』分類となった。
戻ってきた石野二曹は、プラスチックの箱を抱えていた。
「転送を続けながら聞いて。まず、基本的なことから始めましょう。あなた方は、302分隊の所属となります。正確に言うと、東部方面隊臨時ロボット302分隊ね。所属するロボットはすべてAI‐10。数は十体。残りの五体の到着は、夕方の便になる予定です。分隊長は、わたしが務めます。よろしくね。五体ずつの組をふたつ作るから、この五体で一組作ってしまいましょう。誰か、組長に指名したいのだけれど……一番シリアルが古いのはスカディ、あなたね?」
箱から出した紙に目を落としながら、石野二曹が問う。
「リーダーになるのは構いませんが……組長と言う名称は、エレガントではありませんわね」
スカディが、困り顔をする。
「では、ただ単にリーダーとお呼びするのはいかがでしょうぅ~」
ベルが、そう提案する。
「その呼び方ならばエレガントですわね。それで、よろしいですか?」
スカディが、石野二曹を見る。
「いいわ。じゃ、一組のリーダーはスカディに決まりね」
苦笑しつつ、石野二曹がプラスチック箱の中に手を入れた。皆に、コンパクトながら厚みのある黒いカード状の物を配る。
「ROMカートリッジだね」
受け取った夏萌が、物珍しそうにカートリッジを手の中でひねくり回した。シオも同じようにしてみたが、表面には印字も刻印もされていない。なんだか、秋葉原の路地裏奥で売っている違法コピー品みたいだ。
「ではみんな、これを空きスロットに装着して。やり方は、判っているでしょ」
「分隊長殿、これは何ですの?」
スカディが、質問した。
「軍用……じゃなくて、警備支援ロボット用のROMよ。その中に、あなたたちが心得ておかねばならないことは、すべて入っています。それと、殿は付けなくて結構」
「なんか、映画とちがうのです」
ひとりごとを呟きながら、シオは側頭部の髪を掻きあげると頭部アクセスパネルを開け、空きスロットにROMカートリッジを差し込んだ。
「データがいっぱい入っているのですぅ~」
一足先にROMカートリッジを装着したベルが、嬉しそうに言う。
「ほんとであります! 一気に知識が増えたのです!」
シオはランダムにROM内を検索してみた。自衛隊法全文、陸自教範の抜粋、装備兵器の諸元などが、山ほど詰め込まれている。
「教範は部外秘だから、注意して」
石野二曹が、ひとこと付け加える。
「ところで分隊長、わたくしたちは何をやらされるのでしょう?」
スカディが、訊いた。
「あなたたちは、警備任務に就いてもらいます」
「警備ですかぁ~。あんまりお役に立てないと思うのですがぁ~」
ベルが、暢気そうに言う。
「そんなことないわ。AI‐10は優秀なのよ。顔認識機能は民生用ロボットとしては世界トップレベル。ステレオCCDと超音波センサーを併用した短時間でのメモリー内3Dマップの構築。高性能な赤外センサー。従来のロボットとは一線を画した学習機能。おまけに防水防塵。総合的に見て、自衛隊現用のAM‐5よりあなたたちの方がはるかに優れたロボットだわ。見た目も、可愛いしね」
「お褒めいただき、恐縮なのですぅ~」
ベルが、嬉しそうに言う。
「では、通信機も渡しておきます」
再びプラスチック箱に手を突っ込んだ石野二曹が、煙草の箱くらいの灰色の物体を取り出した。
「近距離用のFM無線機よ。これを、背中のアクセスパネル脇にある空間に取り付けて。金属接点がポートにしっかりと填まるようにしてね。やりにくかったら、お互い付け合ってもいいわ」
「シオちゃん、お手伝いしますですぅ~」
通信機を手に、ケーブルをずるずると引き摺りながらベルが寄ってきた。
「お願いするのです!」
シオは椅子に座ったまま、ベルに背中を向けた。すでに、アクセスパネルは開いている。ベルが、データ転送中のポートの脇にあるくぼみに、向きを確かめてから通信機をはめ込んだ。
「ありがとうなのです、ベルちゃん。今度はあたいがベルちゃんにはめるのです!」
「お願いしますぅ~」
シオはベルを座らせると、アクセスパネルの中を覗いた。空いているくぼみに通信機をあてがい、奥に押し込む。通信機の形状と大きさは、そのくぼみにぴったりであった。ちなみに、ベルのパンツは白であった。
「無駄なスペースだと以前から思っていましたが、こんなことに使えるとは、思っても見ませんでしたわ」
同じように三体で通信機を装着し合ったスカディが、言った。
「もともと、AI‐10は有事の際の軍事転用……もとい、警備転用を十分に考慮して開発されたものなのよ。あなたたちに与えた警備支援ロボット用ROMも、陸上自衛隊とアサカ電子の共同制作品よ。次に装着してもらうものは、技本の改造品だけどね。ま、それはデータ転送が終わった後にしましょう。みんな、ROM内のファイル0414を開いて。そこに、無線機のマニュアルがあるわ。まずは、セレクターを低出力モードにセットして。ヴォイスで各自交信テストをしてみてちょうだい」
石野二曹が指示する。
第六話をお届けします。