第十二話
動きが生じたのは、ヘロンが水平飛行に入ってしばらく後のことであった。
副操縦士がコックピットから出てくると、調査団メンバーが座る座席をひとつひとつ覗き込むようにしながら、機体後方へと歩んで来る。それを見た空軍の軍曹とランス・コーポラルが同時に立ち上がり、AHOの子たちが座る貨物スペースにやってきて、置いてあった金属のコンテナを開けに掛かった。
「お手伝いいたしましょうか?」
スカディが、気を利かして声を掛ける。
「気にするな」
素っ気ない口調で答えながら、軍曹がコンテナから緑色のバックパックみたいなものを引っ張り出した。ベルト状のハーネスが、何本もくっ付いている。
軍曹からそれをふたつ渡された副操縦士が、通路をコックピットの方へと戻ってゆく。軍曹とランス・コーポラルは、その場でバックパックを背負い始めた。ハーネスを装着し、長さを調節する。
「パラシュート、に見えるのですがぁ~」
ベルが言って、首を傾げる。
「何でかわからんけど、みんな寝てるで」
不審に思ったのか、調査団一行の様子を確かめに行った雛菊が、そう報告する。
「おかしいのです!」
シオはわめいた。大河原教授はともかく、調査で疲れたからといって、プロであるデニスやメガンらがここで眠り込んでしまうのは、不自然すぎる。
貨物スペースでは、軍曹とランス・コーポラルがお互いのパラシュートの装着具合をチェックし終わっていた。
「よし。始めるぞ」
軍曹が言って、座席に置いてあったスターリング・サブマシンガンを取り上げ、コッキングハンドルを引いた。ランス・コーポラルはL1A1自動小銃を肩に掛けると、腰のホルスターからツァスタバ・モデル70自動拳銃を引き抜き、スライドを引く。
軍曹が、スターリングの銃口を調査団一行に向けた。ランス・コーポラルは、拳銃の銃口を眠りこけている石野二曹の側頭部に押し当てる。
唖然としている……実際、状況が論理的に理解できずに適切な対応が取れないでいるAHOの子たちに向け、軍曹が凄みを効かせた声で告げた。
「大人しくしていろ。逆らうと、お前たちのマスターを射殺する」
シオは、ようやくことの次第を理解した。
『映画で見たことあるのです! この機を墜落させて、みんな殺してしまうつもりなのです! 自分たちは、パラシュートで脱出する魂胆です!』
赤外線通信で、自分の見解を仲間に伝える。
『どうやらそのようですわね。調査団のみなさんは、抵抗できないように一服盛られたに違いないわ』
スカディが、そう言った。
『このままでは、みんなお終いなのですぅ~。人質を取られてしまったのでは、ロボットは動けないのですぅ~』
ベルが、悲観的な物言いをする。
言うまでもなく、ロボットの行動原理の原則のひとつが、『人命の尊重』である。軍用プログラムにより現在のAHOの子たちは、その原則が大幅に緩和されているが、それはあくまで『任務遂行に障害となる敵性の人命ならば、尊重の必要なし』というレベルであり、無辜の人命や味方の人命は原則通り最大限に尊重しなければならない。
「よしお前ら。そこから飛び降りろ」
軍曹が言って、左舷後方にある乗降用扉を顎で指し示す。
「……悪い。あんたらの言っていることが、よく理解できないんだけど」
亞唯が、そう言いつつ首を傾げる。
「簡単な話だ。そこの扉を開けて、ひょいと飛び出せばいい。さもないと、こいつらを殺すぞ」
軍曹が言って、眠り込んでいる調査団に向けたサブマシンガンの銃口を脅すようにわずかに揺らす。
『どうもあの軍曹の意図がつかめないのだけれど』
スカディが、途方にくれたような表情でシオを見る。
『薬物では、あたいたちの動きを封じることはできないのです! あたいが見た映画では、主人公はあらかじめ薬物に対する耐性を高めていたために、墜落寸前に眼を覚まし、コックピットに駆け込んで操縦桿を引き、間一髪のところで窮地を免れるのです! 軍曹はおそらく、自分たちが飛び降りたあとに、あたいたちが飛行機を操縦してしまうことを恐れているのではないでしょうか!』
シオは詳しく自分の考えを説明した。
『なら、なんで撃たないのでしょうかぁ~』
ベルが、訊く。
『それならわたくしにも判るわ。あくまで事故に見せかけたいのでしょう。銃痕があれば、事故でないことは明白ですからね。あとでわたくしたちのボディを回収し、飛行機の残骸に加えれば、わたくしたちも事故に巻き込まれたように見える。調査団に盛った薬も、おそらく強い睡眠薬でしょう。毒殺してしまったら、死体にはっきりとした証拠が残ってしまいますからね』
スカディが、そう分析した。
石野二曹の座席でなにやらごそごそやっていたランス・コーポラルが、衛星電話機の入ったケースを引っ張り出した。それを手に、拳銃でAHOの子たちを牽制しながら、乗降扉へと向かう。ロックを解き、扉を開放したランス・コーポラルが、衛星電話機を機外へと放り投げた。
「さあ、早くしろ!」
ランス・コーポラルが石野二曹のもとへと戻るのを待って、軍曹が急かすように命ずる。
『ここであたしたちが飛び降りても、どうせ調査団の面々は飛行機が墜落して殺されちまうんだろ? なら、飛び降りる必要はない』
亞唯が、そう主張する。
『せやな。うちらには武器があるんや。今こそ使う時やで』
雛菊が、言う。もちろん、西脇二佐が付けてくれたスタンガンのことである。
『でも、あれは近接しないと使えないわ』
スカディが、言う。最低でも、腕が届く位置まで近付かなければ、使用できない。
『事故に見せかけるために、この方々は調査団にしろわたくしたちにしろ、なるべく撃ちたくないと思っているはずですぅ~。そのあたりが、狙い目ではないでしょうかぁ~』
ベルが、そう言った。
シオは頭を絞った。無理やり近付けば、自分が撃たれてしまうだろう。なんとかして、離れたところから電撃を浴びせることができれば……。
『おっと! シオは閃いたのです! ベルちゃん、手伝ってください!』
シオは赤外線通信で自分の意図を仲間たちに伝えた。
「わかりました! ではあたいが最初に飛び降りるのです! 準備するから待っていてください!」
軍曹とランス・コーポラルに向けてそう宣言したシオは、置いてあるデニスの荷物をごそごそとまさぐった。
「おい、やめろ!」
軍曹が脅すように言うが、シオの読み通り発砲する気配はない。
「あったのです!」
シオは、荷物の中からコンベックスを引っ張り出した。左手に持ったそれを、軍曹に向け突き出すようにして見せる。
「これで、測るのです! あたいが単純に扉から飛び出したら、尾翼にぶつかるおそれが強いのです! そうなったら、飛行機は墜落してしまうのです! マスターを守るためには、助走をつけて飛び出す必要があるのです! あたいの計算では、四メートル三十センチ走れば安全に飛び出せるのです!」
説明しながら、シオはコンベックスの帯を引き出した。最大の三メートルまで引き出したそれで、機内の床を測り始める。
「やめんか!」
軍曹が、わめいてスターリングの銃口をシオに向けた。
シオは構わず、床に這いつくばるようにして長さを測った。
「これでは足りないのです! 三メートルまでしか測れません! ベルちゃん、手伝ってください!」
「了解なのですぅ~」
ベルが素早くアルの荷物を探り、コンベックスを引っ張り出した。帯を引き出し、シオの隣に並んで床を測り出す。
「やめろ! 本当に、撃つぞ!」
軍曹が、スターリングを肩付けしてシオを狙った。
シオは顔を上げた。軍曹の視線が、自分の頭部に集中しているのを確認してから、左手をそろそろと伸ばす。
『ベルちゃん、準備はいいですか?』
『いつでもいいのですぅ~』
『では、亞唯ちゃん、お願いします』
『了解』
シオの指示を受けた亞唯が、ランス・コーポラルに向け半歩近付いた。気付いたランス・コーポラルが、自動拳銃の銃口をさっと亞唯に向ける。
『ベルちゃん、今です!』
シオは最大限まで伸ばしたコンベックスの帯の先端を、軍曹の脚に押し付けた。同時に、スタンガンに通電する。
最大の百五十ミリアンペアに設定された百万ボルトの電流が、スチール製の帯を通じ、作業服の布地を貫いて軍曹の身体に流れ込んだ。
ばしっという音がして、きな臭い臭いがぱっと広がる。次の瞬間、筋肉を硬直させた軍曹は即死していた。隣では、ベルに高電圧を流し込まれたランス・コーポラルも即死状態となっていた。瞬時に硬直した指の筋肉が、引き金を引き絞ることはなかった。
「コックピット!」
スカディが、叫びつつ前に飛び出し、軍曹の手からサブマシンガンをもぎ取る。
亞唯と雛菊が、通路を走った。騒ぎに気付いたコックピットから、副操縦士が現れた。手にしたリボルバーを上げ、突っ込んでくる亞唯を撃とうとする。
「伏せて!」
スカディが、叫んだ。亞唯と雛菊が、左右に散り、メガンとアルの膝に乗って身を隠す。
射界が開けた。スカディが、素早く一連射を副操縦士に浴びせる。頭部に三発の9ミリ弾を喰らった副操縦士が、まるで蹴られたかのようにコックピットに勢いよく背中から倒れ込んでゆく。
シオは床に倒れ込んだランス・コーポラルの手から自動拳銃をもぎ取ると、走り出したスカディのあとに続いた。L1A1を手にしたベルが、続く。
シオがコックピットに駆けつけた時には、すでに制圧は終わっていた。敵わぬと見た機長は、突っ込んできた亞唯と雛菊に大人しく自分の拳銃を差し出したらしい。
「狭いわね。誰か、この死体を片付けてくれない?」
スカディが、床に伸びている副操縦士の死体をサブマシンガンの銃口で指す。
「あたしがやるよ。雛菊、手伝ってくれ」
亞唯が、分捕ったリボルバー……旧式なエンフィールドNo.2 Mk.1だった……をベルトに差し込み、死体に手を掛ける。
「それが終わったら、調査団のみなさんの具合を確かめてちょうだい。それと誰か、空軍の兵士の死体の確認と武装解除を」
「それはわたくしにお任せ下さいぃ~。手榴弾を持っていらしたので、頂戴しておくのですぅ~」
爆発物好きのベルが、いそいそとコックピットを出てゆく。
「さてと」
スカディが、副操縦士席に滑り込んだ。しっかりと、銃口を機長に向けてから、口を開く。
「どういうことかしら? 説明していただきたいわね」
「喋るから、撃たないでくれ。上官から命令されただけなんだ……」
すっかり観念した様子で、機長がぺらぺらと喋り出した。要するに、空軍の上官……基地司令から、基地を訪れた陸軍士官の指示に全面的に従うように命じられただけのようだ。
「陸軍士官? 彼は名乗ったの?」
スカディが、訊く。
「ナナンド中佐、と言ってた」
「ピーター・ナナンド中佐?」
スカディが、訊き返す。
「ファースト・ネームまでは知らん。所属は名乗らなかったが、ありゃ事務屋だね。顔見りゃ判る」
機長が、ナナンド中佐の容姿を事細かに述べる。シオはスカディと顔を見合わせた。間違いない、ブルームフィールド国際空港で調査団を出迎えた、あのナナンド中佐である。
機長によれば、細かい準備……パラシュートの用意や、護衛の兵士の選定、機体への工作などは、すべて基地司令とナナンド中佐が整えたという。機長は、副操縦士と共にナナンド中佐の指示通りにヘロンを飛ばし、乗り込んだナカマシ大尉の指示に従えばいいと言われていただけらしい。
「飛び降りるのも、軍曹の合図を受けて、という段取りだった。あんた方は外国のスパイだと聞かされた。それ以上のことは、何も知らん。あんた方を恨んでもいないし憎くもない。軍人らしく、上官の命令に従っただけだ」
さばさばとした表情で、機長が申し開きをする。
「副操縦士を射殺してしまったけど、それでも恨んでいないのかしら?」
スカディが、機長に対し手にしたスターリング・サブマシンガンを見せ付けるようにしながら訊く。
「あいつと組んだのは、今回のフライトが初めてだ。俺はヘロンには慣れているが、ノーザン・テリトリーには疎いんでね。……で、そろそろいいかな?」
「なにかしら?」
機長の唐突な問いかけに、スカディが怪訝そうな表情をする。
「着陸場所を探したいんだ。不時着しなきゃならん」
「何を言っているのでありますか! 当機はあたいたちが制圧したのであります! 目的地はあたいたちが決めるのであります! ゴー・トゥー・ハバナなのであります!」
シオはこれ見よがしにモデル70の銃口を機長の側頭部に押し当てた。
「いや。悪いが燃料がない。計器盤右下隅に燃料計があるだろ? 見てくれ」
「……本当ですわね。あらかじめ、抜いておいたのですか?」
燃料計の針が『E』のところに張り付いていることを確認したスカディが、問う。
「最初から少なく入れておけ、というナナンド中佐の指示だ。スワンナを出る前に、無線機を壊しておけとか、救難用品を降ろしておけ、とかも指示されたな。あんたら、どう考えても、俺にパラシュートは使わせてくれないだろ? スワンナへ戻るだけの燃料はないし、このあたりに他に滑走路はない。死なないためには、この機を砂漠に不時着させなきゃならん」
理路整然と、機長が説明する。
「上手く不時着できるのでありますか?」
シオは不安を覚えつつ訊いた。不時着シーンがある映画はたくさん見てきているが、たいていは機体が大破したり主役以外の乗員乗客が何人も死んだりするものばかりだ。
「ヘロンの扱いには慣れている。だが、砂漠は慣れていない。硬い地面を見つけて上手く降りる手もあるが、そいつはちょっと自信がないな。広い砂地を探して、そこに胴体着陸する方が安全だろう。すまんが、チャートを調べてくれ。そこのフォルダーの中に入っている」
「それには及びませんわ」
スカディが、素早くメモリー内の地形図と衛星写真、それにGPSデータを照合した。
「針路0‐7‐2へ。二十二キロ飛べば、長さ十七キロメートル、幅三キロメートルほどの砂砂漠がありますわ」
「便利だな、ロボットは。よし、推力をセーブしつつ、高度を落とすぞ」
機長が、やや緊張の色が見える面持ちでスロットルレバーに手を掛けた。
不時着は、呆れるくらい平穏無事に行われた。
「映画とは違うのです!」
シオは不満げに言った。揺れが激しかったのと、コックピットの窓が吹き上げられた砂で汚れたことを除けば、通常の着陸と大差なかったのだ。
「ナイス・ランディングです、機長」
スカディが、褒めた。
AHOの子たち五体は、機長に銃を突きつけたままヘロンを降りた。砂の上に機長を立たせたまま、状況を検討する。
「困ったわね。越川一尉たちが起きないと、今後の行動計画が立てられないわ」
スカディが、困り顔で言う。
「とにかく、ここから脱出しなければならないのですぅ~。空軍のみなさんの個人装備を調べましたが、水は一人あたり二リットルほどしか持っていらっしゃいませんでしたぁ~。合計で八リットルですぅ~。これだけでは、いくらも持たないのですぅ~」
ベルが、そう報告する。
「地図が正しければ、近くに水場はあらへんなぁ」
黄色い砂ばかりの周囲を見渡しながら、雛菊が言う。
「水を少ししか持っていないということは、連中パラシュート降下したあとすぐに救助されるつもりだった、ということだろうね。おそらくは、別行動する支援部隊が地上にいて、そいつらに拾われる段取りだったんじゃないかな。墜落後の偽装工作も、その部隊の仕事だろう」
亞唯が、推測を口にする。
「その推測は正しそうね。この不時着も、その連中に見られていたかも」
スカディが、言う。
「となると、そいつらと一戦交える必要がありそうですね! ベルちゃん、回収した武器はどの程度でしたか?」
シオはそう訊いた。
「火器はL1A1自動小銃一丁、予備弾倉四本、弾薬合計約百発。スターリングMk4サブマシンガン一丁、予備弾倉三本、弾薬合計百三十数発。ツァスタバ・モデル70自動拳銃二丁、予備弾倉二本、弾薬合計二十数発。エンフィールドNo.2 Mk.1リボルバー二丁、弾薬十二発。それにL2A2破片手榴弾二発。以上なのですぅ~」
ベルが嬉しそうに分捕った兵器のリストを並べ立てる。
「充分とは言えないわね」
スカディが、ため息混じりに言った。
第十二話をお届けします。




