第四話
「ところで二尉殿、質問があるのですけれど」
スカディが、声をあげる。
「どーぞー」
「シラリアが化学兵器製造と無差別な販売を行っている決定的証拠をつかんだあとで、アメリカやイギリスはどうするつもりなのでしょうか?」
「巡航ミサイルでも撃ち込むんちゃうか?」
雛菊が、傍から推測を口にする。
「聞いていないけど、荒事にはしないだろうなー」
畑中二尉が、言った。
「イギリスには西アフリカで本格的軍事行動を起こせるだけの予算がないし、タッカー大統領も票に結びつかない軍事行動は行わないだろー。シラリア人民共和国なんて、アメリカ人のほとんどが聞いたこともない国だからなー。対テロ戦争の一環として行ったとしても、化学兵器工場を叩き潰す作戦を支持率の向上に結び付けるには、充分なマスコミへの根回しと半年くらいかかる大衆向けプロパガンダが必要だろー。おそらく、裏でエサマ大統領を脅しつけて、化学兵器製造プロジェクトの放棄とすでに製造した物の廃棄、それに売却先リストの提出を行わせるくらいだろうなー。金も時間も掛からず、大事に至らない。保険適用のうえ日帰り退院できる内視鏡手術みたいなもんだなー」
「なるほどぉ~」
ベルが、感心したような声をあげる。
「はい! あたいからも質問があるのです!」
シオは勢いよく挙手した。畑中二尉が、無言でシオを指差す。
「先ほど、五名の調査要員各々に一体ずつAI‐10を通訳兼助手として付けると仰ってましたが、あたいたちは四体なのです! 一体足りないのであります!」
「うん。そこのところはもう手配済みだー。一体増やすぞー」
前に突き出した右手の人差し指を伸ばし、一体を強調しながら、畑中二尉が答える。
「おおっ! ついにAHOの子ロボ分隊に新人が加入するのですか! 一日で二人も後輩ができるとは、感激なのです!」
シオは嬉しがって椅子の上で上体をぴょんぴょんと上下させた。
「あー、残念だが新人じゃないぞー。出戻り、とでも言うかなー」
石野二曹に手を振って合図しながら、畑中二尉が言う。
出入り口前に立っていた石野二曹が、がらがらと扉を開け、外に声を掛けた。すぐに、スーツ姿の中年男性が入ってきた。シオたちとはすでに顔なじみの、技術研究本部陸上装備研究所ロボット技術研究部の、西脇二佐だ。
「おおっ! 西脇二佐殿はロボットだったのですね! しかもAI‐10だったとは驚きです!」
「んなわけあるかー」
シオのボケに、畑中二尉がめんどくさそうに突っ込みを入れる。
西脇二佐のあとに続いてとことこと入ってきたのは、シオたちには見覚えのあるAI‐10であった。
服装は、黒いタンクトップと迷彩柄のカーゴパンツ。漆黒の髪を小ざっぱりとしたベリーショートに刈り込んだ姿は、男っぽい服装も相まってちょっとボーイッシュな雰囲気を漂わせている。
「亞唯ちゃんではないですか!」
シオは椅子から飛び上がって驚きを表現した。かつて、東アジア共和国のヴォルホフ弾道ミサイル基地強襲の際に、サーブリャ中距離弾道ミサイルの装甲ランチャーの中に置き去りにしてしまった、302分隊二組のリーダー、亞唯である。
「亞唯っち! 会いたかったでー」
椅子から転げ落ちるように飛び出した雛菊が、亞唯に抱きついた。両腕を振り回すようにしながら、亞唯の背中をばんばんと叩く。
「あー、見ての通り、お前らのかつての分隊仲間、亞唯だー。彼女はお前らほどではないが、REAでお前らと一緒に修羅場を潜り抜けてきたから、それなりに戦闘経験は積んでいる。ど素人のAI‐10を起用するよりは、よっぽど役に立つからなー」
「亞唯ちゃん、お久しぶりなのですぅ~」
ベルが、ひらひらと手を振る。
「ベル、シオ。また会えて嬉しいよ。こら、雛菊。やめないか。真面目なブリーフィングの席だぞ」
亞唯が、嬉しがって暴れている雛菊をたしなめる。
「亞唯。無事復活できたようで何よりね」
スカディが、微笑んで言う。
「ありがとうスカディ。あんたが、ダイアリー・データを持ち帰ってくれたおかげだよ」
亞唯が、笑った。
「よーし、感動の再会はそこまでだー。お前ら席に戻れー。このまま、新装備のデモンストレーションに入るぞー」
畑中二尉が、命ずる。雛菊が、素直に自席に戻った。亞唯は、そのまま西脇二佐の脇で立ったままだ。
「新装備ですかぁ~。これは楽しみなのですぅ~」
ベルが、期待に身をよじらせる。
「学術調査団に随行する以上、お前らに火器を携行させるわけにはいかないー。まあ、調査用装備の中に拳銃くらいなら忍ばせることは可能だと思うが、それでもリスクは高い。まず間違いなく、シラリア当局にこっそりと調べられるはずだからなー。武器だけではなく、潜入偵察行動に必要な装備が見つかっても、まずい。スパイと断定されたが最後、逮捕あるいは抹殺されかねないからなー。まあ、学術調査という隠れ蓑があるから、スチールカメラやビデオカメラくらいは見逃されるだろうが、暗視装置や無線機が見つかれば、アウトだー。その点、お前らは都合がいいー。カメラ機能内蔵、何千時間もの動画を記録できるメモリー内蔵、もちろんIRモードや光量増幅機能付き。無線機も、単なるコール機能および位置通報機能と説明すれば装備していても不審ではない」
「たしかに、隠密偵察任務に必要な装備の大半はあらかじめ持っていますわね」
スカディが、うなずく。
「問題は、武器だー。さすがに完全に丸腰で送り込むのはまずいー。そこで、お前らに武器を内蔵させることにしたー」
「内蔵武器ですか! 指がマシンガンになっていたり、脚からミサイルを撃てるようになるのですね!」
シオは右腕を水平に伸ばし、指をわずかに開いて『射撃姿勢』を取った。
「左腕を外すと銃になっている方がかっこいのですぅ~」
ベルが、右手で左手首を掴みながらそう言う。
「いやいや。ここにガトリングガンが付いている方がええで」
雛菊が、両手の人差し指で自分の額の両側をつつく。
「恥ずかしいですから、お尻にマシンガンを仕込むのだけは止めていただきたいですわね」
スカディが、真顔で言う。
「あー、お前らアニメの見過ぎだー。内蔵するのは、もっとシンプルな護身用のものだー」
畑中二尉が横を向いて、西脇二佐に目礼した。うなずき返した西脇二佐が、亞唯に向け合図する。
亞唯が左腕を上げた。中指と薬指のあいだをわずかに開く。
ばちばちっという音と共に、いきなり亞唯の中指と薬指の先端を繋ぐようにスパークが走った。
「エレクトロショック・ウェポン。日本では、スタンガンの方が通りがいいな」
西脇二佐が、説明する。
「電圧は百万ボルト。電流は可変式で、十ミリアンペアから百五十ミリアンペアまで。護身用と言っても、百五十ミリアンペアなら、確実に人を殺せる。注意してくれ」
「おおおっ! 電撃ですか! バ○ル2世ごっこで遊べますね!」
シオは喜んだ。
「これでマスターに『ダーリンのバカぁ~』ができるのですぅ~」
ベルも、嬉しそうに言う。
「いやいや。ピカ○ュウごっこの方が楽しいで」
雛菊が、ノリノリの口調で言う。
「みなさん古過ぎますわ。御○美琴ごっこくらいでいいのでは?」
スカディが、控えめに突っ込む。
「……お前らアニメしか見てないのかー」
畑中二尉が、呆れ顔で突っ込みを入れる。元ネタが判らないのか、越川一尉や三鬼士長は困惑顔だ。
「しかし、どうやって内蔵させたのですか? わたくしたちの体内に、たいして空間は残されていないと思いますが」
スカディが、質問する。
犯罪……特にテロ行為に使用されるのを防ぐため、アクセスパネル等により外部から容易に確認できる箇所や、排熱排出のために必要不可欠な場合を除き、自立行動ロボットの体内には不要な空間を設けることは禁じられている。将来的な機能拡張などであらかじめスペースを確保しておく場合でも、そこには追加のバッテリーなどを装着して空間を潰しておくのが普通だ。
「うむ。装備スペースを確保するために、実は腕を換装してある」
西脇二佐が言って、亞唯の腕を掴んだ。
「オリジナルのAI‐10の腕よりも、わずかに太い腕にしておいた。長さも、肱から先が二センチ長くなっている。ちなみに、外板の材質もチタン合金を主に使用したタイプに変更した。だから、長くかつ太くはなったが重量の増加はわずかだ」
「チタンとは豪勢なのです!」
シオは嬉しがって叫んだ。
「バランスを取るために、右腕も換装するぞ。こちらは空間が生ずるが、ま、諸君らは特殊なロボットだからな。多少の法令違反はいたし方あるまい。将来的な機能向上に備えて、そのままにしておこう」
西脇二佐が言って、いたずらっぽく片目をつぶってみせる。
「いずれにしろ、警察用ロボットでもないのに、スタンガンを内蔵している時点ですでに法律に反しているんやから、気にする必要ないでー」
平然と、雛菊が言う。
「ついでに、バッテリーもワンランク上の、お高い物に交換した。メモリーも強化してある。もし市販するとしたら、彼女の価格は五百万円をくだらないだろうな」
やや自慢げに、西脇二佐が続けた。
「ということだ。お前らをこの開成工場へ集めたのは、これが理由だー。ただちに、亞唯と同じ改造を受けてもらうぞー」
あとを受けるように、畑中二尉が言った。
「腕が太くなるのは嬉しくありませんが、機能強化のためとあれば仕方ありませんね」
スカディが、諦めの口調で言った。
「ほー。やっぱりみんなのマスターの所にも、新しいAI‐10が来たのですか!」
腕をぷらぷらと振りながら、シオは言った。
シオ、ベル、雛菊の三体は、先ほどブリーフィングを行った場所とほとんど変わらない大きさの倉庫内にいた。すでに、腕の換装は済んでいる。あらかじめ用意されていた新しい腕と、以前の腕を交換しただけなので、作業は十分と掛からなかったのだ。
自立行動ロボットの多くは、実のところ複数のロボットの寄せ集めで構成されている。すべての部位の制御をメインのプロセッサーによって行うやり方では、滑らかな動きを維持するのは困難だからだ。末端センサーからの入力を一ヶ所で解析して命令を作り、それを伝達して各部品を動かすのは時間が掛かるし、プロセッサー自体にも負担が掛かる。
それを防ぐ方法のひとつが、主要な構成部分ごとにプロセッサーを配し、センサー情報を個別に処理させて、簡単な反応などの制御はそこで行わせて、メインプロセッサーに送る情報は主要なものと処理済のものに止める、といったやり方である。いわば、ロボット全体を低性能ロボットの集合体にしてしまい、高性能なプロセッサーがそれら低性能ロボットを統括運用する形にするわけである。
AI‐10も高性能自立ロボットの常として、この分散制御システムを採用しており、左右の腕と左右の脚に関しては、きわめて独立性の高い構造になっている。本体と言える胴体とのあいだで、荷重を支えるためのジョイントと、情報伝達と電力供給のためのケーブルさえ接続してしまえば、換装はほぼ完了だ。
だが、ハード面での換装は簡単に済んでもソフト面はそうはいかない。より細かく、かつ素早く滑らかな動きができるようになるには、システムとしてのAI‐10全体が新しい腕に『慣れ』なければいけないのだ。といったわけで、シオたちは倉庫内で色々と腕を動かしつつ歩行を始めとする様々な動作を繰り返して、AIに学習をさせているところであった。
ちなみに、スカディはバッテリーの換装とメモリーの強化中である。こちらは、ボディを一部分解する必要があるので、腕の換装のように短時間では済まない。
「うちに来た娘は姫撫子ちゃんになったでー」
雛菊が、自慢げに言う。
「お花繋がりですねぇ~。可愛らしいのですぅ~」
ベルが嬉しそうに言う。
「ベルたその処にきた娘は、なんて命名されたんや?」
雛菊が、訊く。
「ヘザー、と名付けられたのですぅ~」
「英語圏の女性名ですね! ベルちゃんと繋がりがないようですが?」
シオは首を傾げた。
「実はわたくしと一緒でスコッチウィスキーが元ネタなのですぅ~。ホワイト・ヘザーという銘柄があるのですぅ~」
ベルが応じる。
「シオ吉のところはなんや? やっぱり、サトウちゃんとかか?」
雛菊が、そう訊いてくる。
「それはマスターに却下されました! 調味料繋がりでミリンちゃんに決定したのです! サイドテールの美少女なのです! あたいをセンパイと呼んでくれるいい子なのです!」
シオは自慢げにそう言った。
「お待たせしたわね」
開け放たれた扉から、改造を終えたスカディが入ってきた。
「次はわたくしですねぇ~」
ベルが、嬉々として倉庫の外へと出てゆく。
「どうや、スカぴょん」
さっそく雛菊が、スカディに改造の感想を訊く。
「大きな変化はないわね。むしろ、空き容量が一気に増えたせいで、なんだか頭が空っぽになってしまったような錯覚に陥りそうね」
やや眉根を寄せて、スカディが答える。
「おおっ! 頭が空っぽとはまたAHOの子っぽいですね!」
シオは大げさに驚いてみせた。
「錯覚に陥る、なんて人間臭い高度な反応やな。メモリー強化の影響かもしれんで」
雛菊が、考え深げに言う。
「それはないでしょう」
スカディが、雛菊の考えを一笑に付す。
「いやいや。うちらはロボットとしては極めて特殊な経験を積んできたんや。パーソナル・データの中にはそれらが積み重なっとる。元々、AI‐10は人間臭い思考や反応をするように作られたロボットや。もっと大容量のメモリーを積んで、プロセッサーも強化したら、かなり人間に近づけると思うで」
珍しく真顔で、雛菊が言った。
改造を終えた四体は、亞唯と合流すると今度は越川一尉と石野二曹からブリーフィングを受けた。まずは、石野二曹が配ったROMカートリッジを装着する。
「英語とフランス語。シラリア人民共和国に関するデータ、ブドワ農薬工場についてのデータ。その他、今回の任務に必要と思われるデータが入っている」
越川一尉が、その良く言えば精悍な、悪く言えば汗臭い風貌に見合った歯切れの良い口調で説明する。
「……アフリカ学について、膨大な資料データが入っていますわね。わたくしたちに、必要なものでしょうか?」
ROM内容を整理していたスカディが、質問を発する。
「必要なデータだ。今回、俺を含め四名のエージェントが学者や研究者を装って作戦に参加する。もちろんCIAおよびSISのエージェントは専門家を装えるだけの知識を詰め込んでくるだろうが、しょせん付け焼刃だ。プロに根掘り葉掘り尋ねられれば、間違いなくぼろを出す。日本から参加する大河原教授は、日本アフリカ学会の重鎮にして、日本を代表するアフリカ史学の大家だ。彼から、エージェントたちを守らねばならない」
越川一尉が、力説する。
「どうやって守るのですかぁ~」
ベルが、首を傾げる。
「実は、教授は外国語が苦手なんだ。英語ですら、片言しか話せない。だから、CIAとSISエージェントと会話するには、君らの通訳を介さねばならないだろう。君らは会話を通訳する際に、上手くごまかして、エージェントがアフリカ史に関して該博な知識を持ち、教授の質問や意見に対し的確な返答をしているかのように振舞ってくれ。頼むぞ」
「なるほど! 通訳しているように見せかけて、あたいたちがそれらしい返事を返してやればいいのですね!」
シオはそう言った。戦争映画で、似たようなシュチュエーションを見たことがある。あの時は、英語とドイツ語だったが。
「そうだ。君らの能力と、このROMの内容があれば、難しいことではないだろう」
「よく判りましたわ。しかし、一尉殿と二曹殿はどうなさるのですか?」
スカディが、当然の質問を放った。日本の大学の教授である以上、日本語には堪能であるはずだ。どうやって、ごまかすのだろうか。
「二曹に関しては、研究者ではなく梅鉢歴史財団の職員の肩書きで参加する。君らを連れてゆくに当たって、ロボットに詳しい職員ということで、選抜されたという設定だ。コーディネーター的な役割も担うが、英語が喋れるから偽装は完璧だろう。俺に関しては、代理ということで通す」
「代理とは、どういうことですかぁ~」
ベルが、質問した。
「実は、大河原教授の愛弟子の一人で、現在梅鉢歴史財団で研究員をやっている男性がいるんだ。本来は、彼が梅鉢代表で参加するはずだったが、説得して、病気を理由に辞退してもらった。俺はその代理で行く、という設定だ。アフリカに関して詳しいのは国際関係論と現代経済学だけで、歴史や考古学に関してはごく一般的な知識しかない、ということになっている」
「なるほど。それならいっそのこと、教授の代わりに長浜一佐あたりに行ってもらうのはどうでしょうか?」
シオはそう提案した。畑中二尉や三鬼士長はまず無理だが、長浜一佐なら大学教授といっても通りそうな容貌と雰囲気を持っている。
「いやいや。一人くらいは本物がいないとまずい。大河原教授は、現地アフリカの史学会でも、結構名前の知られた人物なんだ。論文は英訳、仏訳されて現地でも読まれているそうだし、著作すらロンドンやパリで翻訳出版されたものが出回っているほどだ。今回の作戦が純然たる学術調査だと装うには、最適な隠れ蓑なんだよ。シラリア教育文化省が環状列石群調査に許可を出したのも、大河原教授のネームバリューに拠るところが大きいと思う」
「でしたら大河原教授には、ぜひとも参加していただかなければなりませんね」
納得顔で、スカディが言った。
第四話をお届けします。




