第三話
「今回お前らが派遣されるのは、西アフリカの内陸国、シラリア人民共和国だー。位置はそれぞれメモリー内地図を参照しろー。現在、シラリアは軍出身のモーゼス・エサマ大統領による事実上の独裁体制にある。一応、旧宗主国であるイギリスや、アメリカを始めとする西側主要国と協調する姿勢を見せてはいるが、潜在的テロ支援国家と看做されているのが現状だー。その国の、おそらく大統領認可の元で、国防軍も絡んで化学兵器が量産され、その一部がテロリストの手に渡っているとの情報があるー。この決定的な証拠をつかむために、英米当局は諜報活動を続けてきたが、はかばかしい成果が挙がっていないー。外国人立ち入り禁止地帯だらけだし、独裁国家の常として防諜には金を掛けているからなー。そこで、お前らの出番というわけだー。ちなみに、シラリアは国連化学兵器禁止条約批准国だー。だが国連査察団が調べることのできた施設はごく一部であり、秘かに生産、備蓄している可能性は高い」
「わたくしたちが、シラリア国内で査察を行うのですか?」
スカディが、眉をひそめる。
「そういう訳じゃないー。一から説明するぞー」
畑中二尉が合図すると、三鬼士長がノートパソコンをくるりと反転させ、ディスプレイがシオたちに見えるようにした。赤茶けた大地の上に、巨大な焦げた棒パンのような物体が何十本も突っ立っている画像が映っている。
「なんや、これ」
雛菊が、首を傾げる。
「遺跡のようですねぇ~」
ベルが、そう感想を述べた。
「当たりー。これが、シラリアの環状列石群と呼ばれる、遺跡の一部だー。時代的には、九世紀から十世紀頃にかけて作られたもので、ある種の墳墓だそうだ。似たようなものはセネガルとガンビアにもあるが、こちらは世界遺産に指定されている。いずれにしても、貴重な遺跡であることは間違いないー」
「世界遺産にしては、せこい様な気がしますが!」
シオは正直な感想を述べた。
「いやいや。この写真は、ごく一部なんだー。遺跡の数は一千を越えるし、突っ立っている石柱は大小合わせて十万とも十二万とも言われているー。かなり大規模な遺跡群なのだー」
「ずいぶんアバウトですわね。きちんとした調査が行われていないのでしょうか」
スカディが、訊く。
「そうだー。植民地時代にイギリスの学術調査が行われたが、すべての遺跡を網羅することはできなかったー。シラリアが独立してから細々と調査が行われていたが、貧乏国家ゆえ金も人手も不足ー。最近は、ろくに調査も行われていないー。数年前から、北都大学と梅鉢歴史財団が、海外の大学と協力する形で、発掘を含む大規模な調査を申し入れていたが、最近やっと予備調査の許可がシラリア文化教育省から下りた。これに目を付けたのが、SISとCIAだー。遺跡は、化学兵器工場だと推定される農薬工場の目と鼻の先にあるんだー。大学関係者と偽って、エージェントを送り込ませて欲しい、と頼んできたー」
「梅鉢歴史財団ですかぁ~。アサカ電子も、梅鉢グループの一員ですねぇ~。関係あるのですかぁ~」
ベルが、訊く。
「大有りだ。調査の許可が下りたとは言え、やはりシラリア側も警戒しているらしく、調査要員はわずか五名に制限された。これに、財団職員を一人含めた総勢六名が、調査団の人数となる。しかし、同行するロボットの数に制限は加えられていないー。そこで、調査要員一人ひとりに一体ずつ、通訳兼助手のロボットを付けることにした。アサカ電子製のお前らなら、梅鉢歴史財団に寄付のうえ調査団に貸与、という形にしても不自然ではないからなー。あんまり有能そうなロボットだと、シラリア側も警戒するだろうが、アホっぽいお前らなら怪しまれることはないだろー」
「なるほど。調査団に偽装したスパイさんたちのお手伝いをすればいいのですね!」
シオは興奮して腕をぶんぶんと振り回した。スパイ映画も、大好きである。
「越川一尉が、梅鉢歴史財団主任研究員の肩書きで、調査要員の一人として、お前らに同行する。お前らは、一尉の指揮に従うこと。石野二曹が、財団職員として一緒に行く。他に日本側からは、北都大学考古学部の大河原教授が参加するー。彼は、一般人であり、本作戦の内容は知らないのでそのつもりで。あとは、アメリカからCIA要員が二名、イギリスからSIS要員が一名参加する。いずれも、大学関係者を装うことになっているー」
「ではわたくしたちは、何をすればいいのでしょうか?」
スカディが、訊いた。
「農薬工場について説明しとこーか」
畑中二尉が、三鬼士長に向け指を振った。三鬼士長が長い腕を伸ばし、ノートパソコンのキーを三つほど押す。画面が切り替わり、偵察衛星から撮ったと思われる一群の建物の写真となった。
「これが、シラリア人民共和国北東部のアッパー・イースト州にある『ブドワ農薬工場』だ。原体製造工場として、殺虫剤、殺菌剤、除草剤などを製造している。原体、というのは聞き慣れない言葉だと思うので説明しとくと、薬剤などで有効成分が含まれている製剤前の製品のことだー。医薬品や農薬などでは、この原体と商品となる製品のメーカー、工場は別であることが普通だ。このブドワ工場も、製造は原体のみで、これを他の工場に出荷しているだけだー。製剤加工その他は、他所で行われているー」
パソコンのディスプレイが切り替わった。
「工場敷地は見ての通り南北に細長い長方形だー。全体は五つのブロックに分けられているー。南側四分の一は、殺菌剤製造プラント。北側四分の一は、除草剤製造プラント。残る中央部分は、縦に三等分されているー。正面ゲートがある西のブロックが、管理および倉庫区域で、事務所や食堂、原料の倉庫やタンク、製品倉庫とタンク、出荷場などがある。警備施設が置かれているのも、ここだー。ゲートの外には、モータープールがある。東側のブロックが、有機リン系殺虫剤の製造プラント。そして……」
畑中二尉が言葉を切ると同時に、三鬼士長が映像を切り替える。一群の建物が、アップになった。
「残る五つ目のブロック、もっとも中央部にあるここが、『コア』と呼ばれている区域だー。一応ここは、きわめて毒性の高い有機リン系殺虫剤の製造プラントがあるために、特別に警戒が厳しく、製造関係者以外は立ち入り禁止となっている、と表向きは説明されているー。だが、アメリカ側の衛星写真解析の結果では、それ以外の施設……管理施設や、おそらくは研究施設と思われる……が複数あることが判っている。これは、シラリア側の説明と矛盾する」
「なるほどぉ~。ここで化学兵器を生産している可能性が高いというわけですねぇ~」
ベルが言った。畑中二尉が、うなずく。
「その通りだー。有機リン系神経剤を生産している、と英米当局は確信しているー。お前らはCIA、SIS要員と協力し、ここを探ることになるー」
「ここでは、具体的に何を製造しているのでしょうか?」
わずかに眉根を寄せて、スカディが訊ねた。
「CIAとSISは、メチルホスホノフルオリド酸イソプロピルを生産している、と断言している」
「日本語でお願いしますぅ~」
ベルが、控えめに突っ込みを入れる。
「お前らも聞いたことのある通称で言えば、サリンだー」
「うわー。めっちゃやばいやっちゃ、それ」
雛菊が、顔をしかめる。
「確実なのですか、それは?」
スカディが、念押しした。
「状況証拠しかないが、確実らしいー。原料となる三塩化リンは、ドイツ、フランス、イギリスの企業から大量購入、搬入した証拠が残っているー。まあ、これは他の殺虫剤や除草剤の原料にもなるから、あまり根拠にはならないがー。あと、ジエチルアニリンの搬入も確認されている。染料業界ではよく使われるが、農薬製造ではマイナーな物質だからなー。まあ、サリン製造に使われる物質は、ヨウ素だのフッ化ナトリウムだのありふれたものが多いから原料だけで特定するのは難しいんだがー。五塩化リンなんて、三塩化リンから簡単に造れるしなー」
そう言いながら、畑中二尉が持参したスプレー容器を手にした。容量一リットルはありそうな大きなものだ。ハンドルを握ってしゅこしゅこと動かし、霧状になった中身をAHOの子たちに浴びせかける。
「なんですか、これは」
シオは首を傾げた。
「IPA。イソプロピルアルコールだー。安心しろー。手指や器具の殺菌用に市販されている無害なものだー。普通にホームセンターとかで売ってるぞー。メチルアルコールより安いからなー。実はこれもサリンの材料なんだー。サリンを製造していると言っても、おそらくはその前駆体であるメチルホスホン酸ジフルオリドまでしか生成していないと思われるー。これに、イソプロピルアルコールを元にした化合物を混ぜると、サリンが生成されるー。いわゆる、バイナリー兵器というやつだなー」
「バイナリー兵器、とはなんでありますか?」
シオは訊ねた。メモリーには入っていない単語である。
「二成分分離型兵器だなー。ミサイルや砲弾に、混ぜると毒性を発揮する物質を別々に入れておく。投射時にこれが混合され、着弾すると毒性を発揮する、という仕組みだー。二箇所からそれぞれ別な物質を投射して、着弾地点で混合させるという手もある。万が一事故などで物質が漏れても、大きな被害が生じないようにするための工夫だなー。ま、メチルホスホン酸ジフルオリド自体もかなり毒性が強いから、漏れたらただじゃすまないんだけどー」
言葉を切った畑中二尉が、改めてAHOの子たち四体を見渡す。
「お前らが起用されたわけも、その辺りにもあるんだなー。何しろ神経が無いから、神経剤を浴びても平気なんだなー」
「なんだか、無神経だと言われたようで、心外ですわね」
スカディが、少しばかりむっとした口調で言う。
「はは。そう言うな。ま、サリンは金属腐食性があるから、実際には平気とはいかないんだがなー」
畑中二尉が、からからと笑う。
「一応、ブドワ農薬工場の警備体制についても説明しとくぞー。常駐しているのはシラリア陸軍ではなく、内務省に属する国家憲兵隊だー。基本的に治安維持部隊だが、質は陸軍よりも高いぞー。工場警備部隊は、一個中隊規模で、約二百名。武器は、軽火器のみ。あっても、汎用機関銃止まりだろう。装甲車両もなし。明らかに、外部からの武装襲撃に備えた配備ではなく、スパイの潜入や情報などの不正な持ち出しに備えた警備だなー。ハイテクな侵入防止装置などは、ないようだー。監視カメラくらいは、当然あるだろうがー。……じゃ、今度は気分を変えてシラリアの歴史について勉強しとくかー」
畑中二尉が、三鬼士長に合図した。再びディスプレイが切り替わり、西アフリカの地図となる。
「いきなり十九世紀からいくぞー。シラリアと、その南にあり、ギニア湾に面して現在はエネンガル共和国となっている地域は、1884年のベルリン会議の結果ドイツ領西アフリカとなったー。だが、第一次世界大戦でドイツが負け、ドイツ領西アフリカは国際連盟の委任統治領となる。その後、英仏で分割が行われ、南部四分の一がフランス領西アフリカに編入、残る四分の三が英領シラリアとなるんだー」
「ずいぶんと不公平な分け方なのです!」
シオはそう突っ込んだ。
「そうでもないぞー。北の方は砂漠だからなー。ろくに資源もないし、もちろん農業にも不向きだー。あまりに利用価値がないから、イギリスの核実験を誘致しようとした、なんて話もあるぞー。もちろん、実現しなかったが。……話を続けるぞー。英領シラリアは、1960年、いわゆるアフリカの年にシラリア共和国として独立ー。イギリス連邦加盟国となったー。しばらくは安定した国家建設を続けていたが、やはり貧乏が堪えたらしく八十年代にクーデターが起きて軍事政権となった。その後英連邦を脱退、しばらくは非同盟主義を標榜してインドやユーゴスラビア、リビアなど接近していたー。面白いことに、ソ連にはなびかなかったんだなー。その後、イギリスとはそれなりに関係を修復。冷戦終結後、ジェラルド・ダキア将軍がクーデターを起こし政権を掌握、シラリア人民共和国に改名のうえ、大統領に収まる。この頃から、再び独裁体制が始まる。ダキアは親米、親英路線を取ったし、あまり悪さはしなかったから、世界はシラリアを無視していた感じだなー。その後、ダキアが病気となり後継者に腹心の部下であったモーゼス・エサマ将軍を指名。疑惑てんこ盛りの胡散臭い大統領選挙でエサマ大統領が誕生する。ダキア元大統領は、病死。で、現在に至るわけだ。最近仲良くしている国は、南アフリカ、キファリア、パキスタン、イランといった結構胡散臭い連中ばかりだー」
「なるほどぉ~。いかにも化学兵器製造に手を出しそうな国ですねぇ~」
ベルが、なぜか嬉しそうに言う。
「シラリアの化学兵器製造の目的は何なのでしょうか? 国防上や外交面でそれほどメリットがあるとは思えないのですが」
スカディが、そう質問を放つ。
「外貨稼ぎではないか、とSISは見ているようだー。もちろん、エサマ大統領の懐に入ったり、陸軍や内務省憲兵隊の装備に化けたりする外貨だろうがなー」
「顧客はどこなのですかぁ~」
ベルが、訊く。
「政権維持のためのいざと言う時の切り札として、化学兵器を持ちたいというプチ独裁者は、世界中どこにでもいるからなー。心理的には、カッターナイフをポケットに忍ばせている中学生とたいして変わらないと思うんだがー。あと上得意は、やっぱりテロ組織だろう。未確認情報だが、東南アジアのイスラム原理主義勢力とも接触があるらしい。連中の大半は、反日だからなー。シラリア産のサリンが、東京や大阪で撒き散らされる可能性は、ゼロではないぞー」
「これは、日本の国益にも関係してきますわね。ぜひとも、阻止しなければ」
スカディが、まなじりを決して言う。
「政権維持のためにも、エサマ大統領は一ドルでも多くの外貨を欲しがっているー。シラリアは基本的に貧乏国家だー。輸出品はコーヒーとカカオ、トウモロコシくらいしかなく、もちろん儲かる商品じゃない。一人当たり国民所得は七百ドル以下。ばりばりの最貧国だー。ちなみに、兄弟国家といえる隣国エネンガルの一人当たり国民所得は、三千五百ドルを越えてるぞー」
「アフリカで三千五百ドルと言えば、優良国家やな。なんでそんなに差がついたんやろか?」
雛菊が、首を傾げる。
「昔はどっこいどっこいだったんだが、八十年代にエネンガルの海岸で原油の採掘が始まったんだー。OPECに加盟、今では周辺諸国やヨーロッパにまで原油を輸出する立派な産油国となったー。稼いだ外貨は工業化や教育に投資して、それなりに成果を挙げている。産油量は少なめだが、油質は硫黄分が少なくて高いと言われている」
「この前のサンタ・アナ共和国の一人当たり国民所得が二千ドルちょっとでしたからね。そう考えると、シラリアの生活水準はサンタ・アナ以下なのでしょうね」
スカディが、言う。
「ま、左翼ゲリラが跳梁跋扈していないだけマシかもしれないがなー」
畑中二尉が、歪んだ笑顔を見せる。
第三話をお届けします。




