第五話
【お知らせ】あまりのアクセス数低迷ぶりにつき、やむなく本作のジャンルを冒険から戦記へと変更しました。きわめてミリタリー色の強い作品ですので、ご理解のほどを。
「ブラックアウル?」
「空軍とCIAが共同開発したステルス・グライダーです。現在、空軍特殊作戦軍団が運用中。最大ペイロードは五千ポンド。通常の作戦の場合、キャビン内にパイロット一名と完全装備の特殊部隊員十名を収容可能です」
空軍参謀総長が、答えた。
「その提供を、日本側が求めているのか」
大統領が、視線を国防長官と国務長官に向けた。
「タナベ首相からの直接要請です」
国務長官が、うなずく。
ホワイトハウス西棟地下にあるシチュエーションルームで行われた安全保障会議は、二時間前に終了していた。すでに時刻も深夜ではあったが、大統領以下安全保障会議の主要メンバーは、陸海空三軍の参謀総長を交え、情報の収集と分析、そして打開策の検討を続けていた。
「ブラックアウルを使い、SEALsかデルタを送り込んで、ミサイル基地を制圧できないのかね?」
大統領首席補佐官が、訊いた。
「ステルス機とはいえ、しょせんグライダーです。何十機も集中投入すれば、夜間であっても目視発見されるでしょう。それに、降着地点の不足も生じます。精鋭部隊でも、基地に隣接する飛行場に強行着陸するのは無謀です。常識的に考えて、一度の作戦で投入できる機体は十機以下でしょう。REAのミサイル基地を制圧するには、戦力不足です。もうひとつ、グライダーは常に片道切符であることも留意していただきたい。部隊の撤収を考慮すれば、ブラックアウルは決して使い易い兵器とは言えないのです」
空軍参謀総長が、続けて答える。
「だが、日本人はミサイル基地攻撃にブラックアウルを使う気なのだろう? 何機求めているのだ?」
大統領が、訊いた。
「三機です」
「たった三機? それだけでどうやって?」
首席補佐官が、驚きに目を見開く。
「推測ですが、日本は軍用ロボットを送り込むつもりのようです」
「ロボット? あんな重いものを、グライダーで?」
国務長官も首を傾げる。
「高性能な軍用ロボットが重かったのは、過去の話です。日本人は特に、小型軽量で高性能なマシンを作るのが得意ですからね。おそらく、彼らは現在開発試験中の新型『AM‐7』を投入するつもりでしょう。これならば自重が約一千ポンド。予備のバッテリーや弾薬を含めても、一機に四体は乗せられます。そのうえ、ロボットならばいざと言うときにはミサイル感覚で使い捨てることが可能です。生身の兵士では、そうはいきませんが」
空軍参謀総長に代わって、陸軍参謀総長が答えた。
「操縦はどうするんだ? ロボットにできるのかね?」
大統領が、空軍参謀総長に視線を転じた。
「ブラックアウルは航法にGPSを使用したほぼ自動操縦の機体です。高度三万フィートからを開始すれば、四百キロメートル以上の滑空性能があります。航続距離延伸用の外部装着ロケットを使えば、千キロメートル以上の遠方へ投入可能です」
「ステルス性能は?」
大統領が、続けて訊く。
「主翼を含め主要な部分はガラス繊維強化プラスチック製なので、レーダー波を透過します。コックピットを含むペイロード部は、ステルス性に優れた円筒形状のうえ、厚くRAM(電波吸収材)を貼付してあります。グライダーなので赤外放射も音響放射も僅少。夜間の単機行動であれば、まず発見されることはありません。欠点はグライダーゆえに速度が遅いことですが、見つからなければどうということはありません」
「ふむ。で、諸君らは日本の軍用ロボットとブラックアウルの組み合わせで、REAによる東京核攻撃を阻止できると思うかね?」
大統領が、鋭い眼差しで空軍参謀総長と陸軍参謀総長を見据えた。
先に口を開いたのは、空軍参謀総長だった。
「ブラックアウルの性能とREA防空部隊の能力を勘案すれば、三機のブラックアウルがミサイル基地至近に降着できる可能性は非常に高いものと思われます。よほどの幸運に恵まれない限り、REAが日本の計画を阻止するのはむずかしいでしょう」
「日本側の作戦の詳細も判りませんし、AM‐7の性能も詳らかでない以上、確かなことは申し上げられませんが……」
歯切れ悪く、陸軍参謀総長が言う。
「成功の可能性は十分にあると思います」
「わかった。諸君、意見を聞きたい」
大統領が、副大統領を始めとする主要閣僚を見据えた。
「日本がやりたがっているのであれば、やらせるべきでしょう」
最初に口を開いたのは、副大統領だった。
「成功すればよし。失敗したとしても、わが国が非難されるおそれはありません」
「日本にもチャンスを与えてやりましょう。信頼に足る同盟国であることを、証明するチャンスを」
国防長官が、言う。
「安保条約発動を渋ったことで、わが国に対する日本国民の感情は悪化しています。作戦成功後に、使用兵器がわが国提供のものだったと発表できれば、日本の世論も好意的となるでしょう」
国務長官が、そう指摘した。
「テオ、君はどう思う?」
大統領が、国家情報長官に問う。
「日本に軍事行動を取らせることには賛成です。しかし、失敗する可能性にも備える必要があります。ロベルト・ルフの性格からすれば、まず確実に報復核攻撃を行うでしょう。日本の作戦が失敗した場合に、ただちにわが国が介入できる態勢を整えておくべきです」
「当然だな。サム、ロシアとの共同作戦に関して、進展はあったかね?」
「ロシア側は乗り気です。準備にはまだ時間が掛かりますが」
国防長官が、請け合った。
「よし。そのまま進めてくれ。……日本はいつ作戦を行うつもりなのだろう?」
「ブラックアウルを輸送機に搭載し、日本へ運ぶとなると、現地到着は……早くても明日の……いや、今日の午後になるでしょう。日本時間では、早朝くらいですね。組み立てとテストに二十四時間は必要です。作戦は夜間に行う必要があるので、もっとも早くても実行は翌日の夜、今から五十時間後くらいでしょうか。東部標準時であさっての明け方になります」
空軍参謀総長が、ざっと頭の中で計算し、告げた。
「まる二日も後なのか。それまで、ルフが大人しくしていてくれますかな」
副大統領が、顔をしかめる。
「ルフはデッドラインを定めているわけではないし、こちらに時間稼ぎの手段がないわけでもない。フィル。ケヴィン。日本の作戦に関して、君らの意見も聞こうか」
大統領が、首席補佐官と国家安全保障問題担当大統領補佐官(APNSA)を見た。
「ひとつ質問が。ブラックアウルを日本人に渡しても、問題はないのかね?」
首席補佐官が、空軍参謀総長に尋ねた。
「ステルス関連については、既知の技術ですから問題ありません。RAM(電波吸収材)に関しては、一部に日本の企業から入手した材料を使用しているくらいですから。REAの手に入ることは望ましくありませんので、着陸後は自爆炎上する装置が組み込んであります」
「ならば、よろしいでしょう。わたしは賛成します」
「わたしも賛成です。ただし、わが国が全面的にバックアップするとの条件付きですが」
APNSAが、慎重に言った。
「日本が本格的な軍事行動を起こすのは、七十年ぶりだということに留意してください。経験不足からとんでもない単純なミスを犯す可能性もあります。それだけは、なんとしても避けねばなりません」
「ケヴィンの言うとおりだな。よし。サム、日本人の要求通り、ブラックアウルを渡してやれ。組み立てやテストに人員が必要であれば、それも与えてやるのだ。衛星写真、シギント情報、その他日本人が求めるものは何でもくれてやれ。終わったあとで『失敗したのは合衆国が協力を惜しんだせいだ』と言わせないためにな」
「はい、大統領」
国防長官が、うなずく。
「メリッサ。北京と接触してくれないか。時間稼ぎのために、中国政府経由でルフに懐柔のサインを送るのだ。核武装を廃棄ないし制限するのならば、今回のことは穏便に済ませると匂わせてやれ」
「承知しました、大統領」
国務長官が、厳しい表情で応じた。
「では諸君、少し眠ろうか。フィル、十二時間後に最新情報をまとめて報告してくれ。頼むぞ。みんな、ご苦労だった」
大統領の言葉に、軍人三人がさっと立ち上がって敬礼した。国防長官と国務長官も、大儀そうに立ち上がる。
第五話をお届けします。