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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 19 カリブ海謎の研究所探索せよ!
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第十八話

 ロシア連邦大統領は、多忙である。

 世界最大の面積を持ち、世界第九位の人口を抱え、一定の国々からは『盟主』の立場にあると看做されている『大国』の指導者が多忙なのはもちろんだが、ロシア連邦大統領が忙しいのはそれだけが理由ではない。政務と並行して、権力の維持にも、多くの時間を費やしているからだ。

 一見すると、現職のロシア大統領は極めて『強力』な指導者に見える。だが、その権力基盤は実はそれほど強くない。国民の多くは彼に好感を持っているものの、それは政治家としてその政策や政治方針を支持しているわけではなく、むしろ指導者としての『イメージ』が彼らの持つ理想像に近いことから『大統領として認めている』といういわば偶像的人気に基づくものである。事実、所属する与党の勢力は、大統領の人気にも関わらず、年々弱まりつつある。政治的な敵が多いことも問題だ。大統領はあらゆる手段を講じて政敵を葬り去ってきたが、さながら子供向け戦隊ものかロボットアニメのように、毎週のように次から次へと新たな敵が目の前に立ちふさがって来るのが現状だ。また、身内にも虎視眈々と『親分』に取って代わろうとする輩がひしめいている。……まるで、戦国時代の大名か、マフィアのボスのような立場である。今のロシア連邦大統領は、全力を自身の権力維持に費やし、余裕があれば大統領としての職務をこなしている、と言っても過言ではないだろう。……まあ、非民主主義国家の独裁的な指導者の日常は、たいていこんなものなのだろうが。

 そんなわけで、サスキア共和国から九千キロメートルほど離れたモスクワで、ロシア連邦大統領は執務に勤しんでいた。本当なら、連邦軍参謀本部の通信センターに乗り込んで作戦の推移を逐一モニターし、必要とあらば適宜指示を与えたいところだが、とてもそんな時間は取れない。大統領は、空挺軍が派遣した少将から、随時最新情報を報告してもらうだけで済ませていた。ただし、自分が手綱を握らねばならぬような緊急事態に備えて、別室には空挺軍と海軍と航空宇宙軍の大佐が控えており、いつでも参謀本部経由で現地の各部隊に直接命令を下せるように準備してある。そのあたり、この大統領に抜かりはなかった。

「閣下。よろしいですか」

 目立たぬように地味なグレイのスーツ姿の空挺軍少将が、大統領の書類仕事が一段落したタイミングを見計らって声を掛けてくる。大統領は、無言でうなずいて許可を与えた。

「先遣部隊は官庁街に到達。合衆国海兵隊およびサスキア公安部隊と交戦中です。第二陣は、移動用車両を調達し次第、重装備の移動を開始します。合衆国海軍駆逐艦はサスキア島近海に到達しましたが、やはり住民の巻き添えを恐れたようで攻撃を控えております。現在のところ、作戦は順調に進行中です」

「よろしい」

 大統領はうなずきながら、立ち上がった。次は農業省次官の一人を交え、連邦漁業庁からの報告を聞かねばならない。国民にタラやサケを喰わせてやることも、大統領の仕事のひとつなのだ。



 想定外のロシア正規軍サスキア侵攻に直面し、合衆国政府は狼狽した。

 事態はすでに『自衛のため交戦中』という状況まで発展している。ここで中途半端な対応をするわけにはいかない。軍事においては、腰が引けた様子見は一番の悪手である。ましてや、相手はロシア正規軍、場所は合衆国が長年軍事介入を繰り返し、コントロールしてきた中米カリブ地域である。合衆国の外交/軍事ドクトリンに則れば、ここは強気に出なければならない。

 とは言え、打てる手は限られている。カリブ地域は合衆国から近いとはいえ、サスキアは合衆国本土からは二千キロメートル以上離れている。弾道ミサイルなら数分で届く距離だが、もちろん使うわけにはいかない。プエルトリコなら至近だが、現在そこに展開する合衆国軍は少数かつ限定的装備しか持たないので、素早くサスキアに送り込むことは難しいし、仮に送り込めたとしても、戦闘よりもハリケーンの後始末や人道支援が得意な連中では、ロシア空挺軍の足止めにもならないだろう。

 国防総省は、かき集められた雑多な戦力をとりあえずサスキアに送り込むことにした。フロリダとジョージアとサウスカロライナから、戦闘機、輸送機、空中給油機、特殊戦機などが出動準備に入る。メキシコ湾と東海岸南部にいた海軍艦艇にも、針路変更の命令が出された。だが、フロリダのティンダル空軍基地から飛び立つ予定のF‐35Aでも、途中で空中給油が必要なこともあり、到着は三時間後と見込まれている。それまで、サスキア派遣の海兵隊一個中隊がロシア空挺軍相手に持ち堪えられると確信している者は、国防総省には誰も居なかった。



『スカディ。車列が来る。セダンが三台。その後ろに大型バスが二台。その後ろにトラック二台。乗ってるのは、空挺兵のようだ』

 雑貨屋兼土産物屋の二階の窓に陣取った亞唯から、通信が入る。

「ロシア人かしら。陣容は?」

 スカディが、聞いた。

『まだ遠いんで詳細不明。低速で接近中。セダンが四人として十二人。バスが四十五人として九十人。トラックは平ボディの中型で、重火器と弾薬を積んでるみたいだ。こちらが一台十人として二十人。合計推定百二十名。増援部隊だな』

 亞唯が、そう報告する。

「げ。ちょっとあたいたちが襲うには多すぎるのでは?」

 シオは無線でそう言った。奇襲効果を加味しても、いささか手に余りそうな数である。

『わたくしの特製IEDなら、バス二台を潰せますぅ~。残りの敵は、皆さんにおまかせしますぅ~』

 自信ありげに、ベルが言う。

『ぐずぐずしていたら、海兵隊の連中が全滅してしまうで。ここはベルたその腕前を信じて、強襲すべきやね』

 雛菊が、そう主張した。

「では襲うとしましょう。ベル、あなたは二台のバスを潰してちょうだい。あなたの爆破で開始します。亞唯はセダン三台のエンジンと運転手を狙撃。残りはわたくしが始末します。シオはトラックを撃って。重火器は鹵獲したいから気を付けてちょうだい」

 スカディが、てきぱきと取り決めた。

「なんだか、あたいのパートだけハードすぎるような気がするのでありますが!」

 シオはそう抗議した。

「そこは亞唯と雛菊がカバーしてくれるから。ではみなさん、準備を」

 スカディが軽くいなす。かくして、AHOの子ロボ分隊はなし崩し的に戦闘準備に入った。



 車列が待ち伏せを防ぐためには、高速で走行すべきかそれとも低速を維持すべきか?

 教本では、路面や天候に留意しつつそれなりの速度を出し、充分な車間距離を空けて……機動できる余地を残しつつ相互支援および無線に頼らない通信(手ぶりや声など)で連絡できる距離……を保ちつつ走行せよ、となっている。だが、高速では待ち伏せを事前に察知することは困難だし、地雷などを発見するのも難しくなってしまう。さらに、人間心理として危急の際にはなるべく味方が近くに居てくれる方が安心できる。

 というわけで、分捕った地元車両を連ねて現れたロシア空挺兵たちの車列は、ごく普通の市街地走行の速度で走ってきた。各車の車間距離は、せいぜい十数メートル。教本よりも遅く、かく密な状態である。

 シオはコンクリート製のバスタブほどもある大きなプランター……鮮やかなオレンジ色の花をつけたグズマニアが繁茂している……の陰から道路を窺った。先導する三台のセダンが、それぞれ通過してゆく。続くバスには、ロシア空挺兵がぎっしりと詰め込まれていた。窓から銃口を突き出し、待ち伏せ攻撃に備えている。

『では、一発目行きますですぅ~』

 ベルが、路肩に置いた段ボール箱から伸びているコードに、無造作に通電する。

 どーん。

 腹に響く大音響と共に、段ボール箱が閃光に包まれた。濃い白煙がぱっと広がり、同時に灰白色の奔流のようなものが、走行するバスの側面に打ちかかる。

 ベルがIEDに詰めた小砂利は、工事用に海岸で採取し、雨水で塩抜きしたうえで積み上げられていたものであった。つまり、長年波に洗われて丸くすり減った石であり、当然かなりの硬度を持っている。

 バスの側面に使われている鋼板は、厚さ一ミリもない。指向性爆薬によって加速された小石たちは、あっさりとそれを貫通し、中にいた空挺兵を殺傷した。

 爆発音に一瞬遅れて、亞唯が発砲を開始した。一発目を先頭のセダンのエンジン部に撃ち込み、少し狙いを変えて二発目を運転席に撃ち込む。じっくり狙う必要はない。12.7×99mmなら、手足の先以外人体のどこに命中しても、一発で敵を無力化できる。

 亞唯は三発目と四発目で二台目のセダンも仕留めた。五発目の照準に掛かったところで、ベルの二発目のIEDが爆発する。二台目のバスがようやく、ベルが二発目のIEDを仕掛けた箇所に差し掛かったのだ。

 二発目のIEDも、ほぼベルの思惑通りに作動した。多数の小石が、爆風とともにバスの側面に襲い掛かる。

 シオも射撃を開始していた。爆発音と銃声に驚いて減速したトラックの荷台にいる空挺兵目掛け、M27を単射で撃つ。銃弾を浴びた兵士が、悲鳴を上げて荷台から転げ落ちた。

 相次いで停車したセダンに、スカディがM27を撃ち込む。全弾を撃ち尽くした亞唯が、素早く次の十発入り弾倉をはめ込み、射撃を再開した。セダンから転がり出て、車体を遮蔽物にして応戦しようとした空挺兵が、車体ごと12.7×99mmに撃ち抜かれて、後方に吹っ飛ぶ。

 凄まじい待ち伏せ攻撃で、あっという間に九十人以上が死傷したが、ロシア空挺兵は精兵であった。損害を物ともせずに、果敢に反撃に転ずる。だが、その指揮統制は完全に乱れていた。各人が、その本能と訓練と胆力に応じて、ばらばらに『見える敵』に向かって撃ち返している。

 一番苦戦しているのは、やはりシオであった。トラック二台から集中射撃を浴び、仕方なく射撃を中断してプランターの陰に縮こまる。飛び交う銃弾がグズマニアを粉砕し、鮮やかな緑とオレンジ色の細片が辺りに飛び散った。

『シオ、援護するぞ』

 三つ目の弾倉を装填した亞唯が、狙撃対象を最後部のトラック二台に変更した。AGS‐30自動グレネードランチャーの発射準備に取り掛かっていた上級軍曹と、それを手伝っていた伍長の二人が、一発の12.7×99mmに貫かれてほぼ同時に絶命する。狙撃されていることに気付いた准尉が、慌てて手にしたPKP汎用機関銃の銃口を正面に向けたが、まともに狙いをつける前に亞唯の銃弾に胴体を貫かれてトラックの荷台から弾き飛ばされる。

 その頃にはもう、三台のセダンに乗っていた兵士たちはスカディの射撃と雛菊が二階から投擲したM67手榴弾で全滅していた。バス二台の方も、駆け寄ったベルに止めのM67手榴弾を放り込まれ、一人残らず無力化されている。

 亞唯の援護のおかげで射撃が弱まったので、シオもプランターの陰から射撃を再開した。トラックの前方に回り込んだベルが、バスの残骸を盾にしてM18自動拳銃で撃ち始める。大した火力ではないが、多方面からの攻撃による心理的効果は絶大である。

 生き残りの指揮を執っていた上級中尉が亞唯に撃ち殺されたところで、さしものロシア空挺兵の抗戦意欲も尽きた。曹長が後退命令を叫び、残った六名ほどがAK12を乱射しながら、走って逃げだす。

「逃げる奴は放置で。みなさん、急いで車両と重火器のチェックを」

 スカディが、命ずる。

 シオは念のために、ロシア兵たちが逃げた方を見張った。ベルがトラックの荷台に上がり、自動グレネードランチャーや迫撃砲の様子を調べる。スカディは、運転台に登ってトラックが動くかどうかを調べた。

「二台とも動きますわね。そちらはどう?」

「大きな損傷はありませんですねぇ~。82ミリ迫撃砲弾がたっぷりとありますですぅ~。AGS‐30自動グレネードランチャーが二基と、RPG‐26ロケットランチャーが十本ほどぉ~。PKP機関銃も二丁ありますぅ~」

 嬉し気に、ベルが報告する。

「このAGS‐30を、もう一台に移そう」

 バーレットM82を抱えて走ってきた亞唯が、提案した。

「あたしと雛菊で運転するよ。みんなで、荷台からグレネードを撃ちまくればいい」

「それがよさそうね」

 スカディが、賛成した。

 亞唯と雛菊がさっそく運転台に潜り込み、トラックをバックでもう一台に横付けした。弾薬を含めて約三十キログラムあるAGS‐30を、スカディ、シオ、ベルの三体掛かりで持ち上げ、移動させる。続いて三体は、めぼしい物をかき集めてもう一台のトラックに放り込んだ。メタルリンクで連結されたAGS‐30用の三十ミリグレネード、PKP用の二百発ベルト、RPG‐26ロケットランチャーなどである。

 シオは荷台に載せたAGS‐30に取りついた。同グレネードランチャーが使用する30×29ミリ弾は、西側の標準タイプである40×53ミリ弾よりも小さく、対人榴弾としての性能は半分以下である。しかしそれでも、一秒間に六発という速度で撃ち出されるグレネードを浴びせられたら、一個分隊程度の歩兵であれば二秒持たずに全滅するだろう。

 ベルが、シオと反対側に設置したAGS‐30に取りつく。そのあいだで、スカディがPKPを構えた。

「スカディ。このまま官庁街を目指す、でいいのかい?」

 運転台から、亞唯が訊く。

「いいえ。大きな火力を得たとはいえ、敵の数は多い。まともにやり合えば勝ち目は薄いでしょう。少し迂回して、敵の背後に出ましょう」

 AN/PRC153無線機の傍受を再開したスカディが、言った。

「亞唯、このまま直進して、メリディアン通りとの交差点で左折。その先でエイベール通りに入って。そのまま行けば、ウェスター街あたりで、海兵隊と交戦中の敵の不意を衝けるはず」

「よし判った。雛菊、頼んだぞ」

 亞唯が、運転台の下に潜り込んでいる雛菊の頭をぽんぽんと叩いた。


 第十八話をお届けします。

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